第5話 伝説のカチコミ
「一つお尋ねしたいんですが、猿飛金融とはここのことですか?」
「あぁん? 誰だお前」
「一つお尋ねしたいんですが、猿飛金融とはここのことですか?」
「あ、ああ、そうだぞ。そうだが……お前には関係ない話だ。ほら、帰った帰った」
屋上から飛び降りた俺は、平然と着地をした後に学校から走り、猿飛金融の本社ビルまで駆けつけた。やはり最近のテクノロジーは素晴らしい。車並みの速度で走ったところで、しっかりとナビゲーションをしてくれるんだからな。
そうしてたどり着いた猿飛金融の窓口にて、俺はタバコを吸っていた男を相手に確認する。ここは猿飛銀行か、と。
『何してるんだクソガキ』
「確認」
『殴って乗り込めばいいじゃねぇか』
「それは最終手段。穏便に行けるならそれに越したことはない」
『はぁ~ん。成長したねぇ、クソガキも』
さて、ここが猿飛金融であることもわかったことだし、俺にしか聞こえない声でしゃべるお面を横にずらして、俺は改めて受付の男に
「代表を出してくれ」
「は?」
「代表出してくれって言ってるんだ。お前らの」
「……おいガキィ、調子乗ってると――」
ダンッ! 言葉に続けて男が受付の机を力強く叩いた。それだけで、その男が只者ではなく、そしてその警告を無視すれば、どれほどの因果応報を受けるのかがわかってしまうほど。
ただ――
「調子に乗ると、なんだって?」
男が机を力強く叩いて脅してきた後に、俺はそれ以上の力で机をぶん殴り、受付そのものを叩き割って破壊した。
『いいねぇ! そっちの方が、やっぱりお前にはお似合いだよ!』
狗頭餅にそう言われて、ちょっと短絡的だったかと後悔してしまう。ただ、俺の行動の効果は絶大で、子供とはいえそんな脅され方をした受付の男は、しりもちをついて破壊された受付の奥から俺の方を見ていた。
「な、何もんだお前!」
「さっきから言ってるだろ。代表を出してくれって。ああ、いや。金融ってなら頭取って言った方がいいんだっけ?」
確か、銀行とかだと代表者のことを頭取というんだったっけか。そんな気遣いが通じたのかはわからないが、受付の男は急いで床に散らばった電話を取って、どこかへと連絡をし始めた。
「はいっ、はいっ、それが変な子供が受付を粉々にしやがりまして……はいっ……えっ?」
ただし、その連絡は長く続かない。なぜならば、驚きに染まった受付の男が青ざめた表情で見る方向には、謎の男が――俺が求めていた、この金融の代表が居たからだ。
「何の騒ぎだ、これは」
「か、頭! この子供が、受付を破壊しやがりまして……」
「それで、お前はビビッちまったと」
「そんな!」
「あははは! いや、いい。責めはしねぇよ。お前はダンジョンに行ってないんだもんな。なら仕方ねぇ」
現れた男を受付の男が頭と呼んだことで、俺はその男こそが金融の代表だと知る。
「どうも。初対面から手荒なことをして申し訳ありません」
「なんとも机を叩き割ったやつとは思えねぇセリフが出て来たな。それで? 何の用だ?」
「廉隅プロダクションの借金の件について、お話を、と思いまして」
「へぇー、例の夜逃げした奴か。それを俺に訊いてどうしようって話だ。別に、不当なら不当って訴えてくれてもいいんだぜ? こっちには書類も何もかも揃っているから――」
「いや、それはいいんですよ。俺は何も別に、不当な借金だから取り消せ、なんて言いに来たわけじゃないんで」
「ほお?」
俺の言葉に、代表の男は興味深そうに目を光らせた。
「その借金をこさえた奴の性格はよく知ってますから。少なくとも、どれだけ理不尽な借金だろうと、正式なものなんでしょう? なら、別にいいですよ。だから、俺は別のことを頼みに来たんですよ」
「別のこと、というと?」
「借金の返済を少し待ってほしいんです。三年――いや、一年で。きっちりと十億、耳を揃えて返しますので」
「そうかそうか……なるほど。面白いことを言う」
けたけたと俺の言葉に笑いながら、彼はぴんと指を一本立てた。
「そうだな。年長者から若人へとアドバイスをしてあげよう。まず、十億なんて借金は、利子が嵩んだところで普通は不可能だ。まあ、それだけの立場に君の言うあの男が居たということでもあるだろうが……それ以上に、我ら一金融が取り立てるには、あまりにも不可能な額。不良債権どころの話じゃない。どうしてそうなったかはわかるかな?」
「複数の闇金から借りてたんじゃないですか。十社、二十社……そんぐらいの、やばいところから」
「正解だ。我ら猿飛金融はそれら会社の一つでしかない。もちろん、廉隅の娘に借金を取り立てに行ったのが我々なのは間違いないけど、それもあくまで代表として、でしかない。私たちの会社をねじ伏せたところで、他の会社が黙っていると思うかな?」
「思いませんね。それに、それだけの金を用意できるとなれば、社会的にも随分な地位の人間とのコネクションもたくさんあるのでしょう。俺のような学生一人、破滅に追い込むなど簡単にやってのけてしまうかもしれません」
ただ、その逆もまた然り、だ。
「ただ、だからこそ俺は言わせてもらいます。いくらいくつもの会社から借りた借金が積み重なった結果だとは言え、十億もの大金。一割でも帰ってこなければ、困るのはあなた方だと思うのですが」
「ほぉ……。つまり、君はこう言いたいのかい? 十億の借金が帰ってこなければ私たちが困るから、少しだけ待ってくれ、と。大した脅迫じゃないか」
「安心してください。別に、伸びた期間で夜逃げの準備なんてしませんから。というか、学生の俺たちにそんなことは難しい」
「本当にそうかな?」
「本当にそうです」
そもそも、芥の親父が破滅するとわかって金を貸してきた連中だ。端から帰ってこない前提で貸していた可能性もある。ただ――
「たとえすべてが帰ってこない前提で貸し付けていたとしても、すべて帰ってくるならその方がいい。戻ってくるのなら、より多くの金額が懐に入る方がいい。そうじゃないんですか?」
「ああ、その通りだ。しかし、当てはあるのか?」
「ありますよ」
人の命よりも金を選ぶ連中だ。芥を連れて行こうとしたところを見れば、そんなことは一目瞭然。だからこそ、確実なメリットを提供するのだ。
横にずらしていたお面を正面に戻して、俺は言った。
俺が蓋をした過去を――少年Xとなって、言った。
「俺が、あいつを冒険者のトップランカーにすれば、その程度の借金はすぐに返せますよ」
「まさか、お前は……」
「疑うのならいくらでも試していいですよ。その時は、このビル一棟が無くなっているかもしれませんが」
少年X。
それはかつて、世界で初めて難易度SSダンジョンを攻略した少年の名だ。
そしてその少年こそが、芥の幼馴染にして、現在私立の高校に通う学生に過ぎない男子高校生の――虚居非佐木の過去なのだ。
もう二度と晒すことはないと思ったその姿を、俺はさらけ出した。
「俺はただ、あいつがあのくそ野郎のせいで落ちぶれていくのを阻止したいだけです。だから、一年待ってください。しっかりと、返済させますので」
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