第6話 救いの教え

「突然ですが、貴方は今日で解雇となります」


双頭の番犬、憩いの場。

フリントが解雇通知の書類を見せ、言い放った。

日常の一コマとなっている程当然の空気で、一人の男に解雇通知が渡された。

男の名はレーガン。

Bランクの熟練剣士であり、ギルドに所属して長い者であった。


「あー、一応聞いておくが、なんでだ?」

「依頼者への報酬の無理な吊り上げに地方の村教会での窃盗です。辺鄙な場所ならばれないと思いましたか?」


ピタリと自身の悪事を指摘されたレーガンは、頭をボリボリとかきながらため息をつく。


「はぁ、あんたらの事だ。どうせ裏は取ってるんだろうなぁ」


諦めた様に吐きながら、席を立つ。


「わかった、今日中には出ていくわ」


意外にもあっさりと身を引くレーガン。


「全く、教会に手をだすなんて、罰が当たりますよ」

「はっ、これが罰だってか?神様なんていねーもんよりもあんたらと諜報部の方が断然こえーって」


皮肉を残し、席を立つ。

ギルドでの生活が長いからこそ、ギルド内の諜報員の腕も承知しているのであろう。

無意味に争うことに利が無いどころか、下手な方法をとれば犯罪者となってしまう。

そうでなくとも、冒険者としての未来さえ無くなってしまいかねないのだ。

とはいえ、ここ数日今回の様にすんなりと解雇を受け入れる者が増えていた。

フリントはもちろん、他の人事担当職員達も同様で、違和感を覚えていたのだった。



――その日の夜、町の酒場


そこには一人酒をあおるレーガンの姿があった。


「くっそぉ、バレねぇようにやってたつもりなんだけどなぁ」


酒を飲み、つまみを食べては愚痴をこぼし続ける。

潔く通知を受け入れたはいいが、やはり失った物は大きかった。

双頭の番犬に在籍し、Bランクまで上った冒険者といえば、他のギルドから一定の優遇はされる程度の実力が保証される。

ギルドから受ける福利厚生も大きく、今後の安定が見込める立場であった。

しかし、彼は欲に負け、今に至る。


「考えてるとあの男、むかつく感じだよなぁ。人の人生かかってるってのにあんな淡々と言いやがって…」


アルコールに飲まれ、沸々と怒りが込み上げる。

が、改めて冷静になると、仮にフリント個人に復讐という名の八つ当たりをしたところで、間違いなく自分は犯罪者として人生を閉ざすことになる。

巧妙にやったとしても、それを暴き上げるのが諜報部の腕だからだ。


「お困りの様ですね」


と、不意に黒いローブを身にまとう男に声をかけられた。


「なんだあんた、聞いてたのか」

「ええ、ええ。聞いておりましたとも」


男は妙な笑顔でレーガンに答える。

全身を真っ黒なローブに包み、気味の悪い笑顔で近寄る男は、完全に不審者そのものである。

が、アルコールの力とは不思議なもので、酔いが回っていると気にならなくなってしまう。


「我らアモハン教が貴方の救いとなりましょう」


男は、一層不気味なほどの笑顔で言った。




――日がたち、第3人事担当部


オージェを除く4人が今日も変わらず仕事を進めていた。

ちょうど、そんな時オージェが戻ってくる。


「皆さん、少しお時間よろしいでしょうか」

全員が手を止め、オージェに顔を向ける。


「ここ最近、アモハン教と名乗る者達が冒険者に対して勧誘をかけていると情報が入りました」


アモハン教。最近になってたまに街中でもその名前を聞く程度に名前が売れてきた新興宗教である。


「なんでも、誰かに怒りや恨みを持つ者に対し、救いの手を差し伸べて負の感情の海に落ちないようにするとの事ですが…」

「とか言って、結局復讐の手伝いしてやるよって事じゃないんですか?」


割って入ったレイスに、そうですね、とオージェが返す。

諜報部からの伝達によると、双頭の番犬を追放された者もいくらかアモハン教に入信しているとの事であった。

そのリストを眺めていたフリントの目に留まったのは…


「レーガン!?」


つい、大きな声をあげてしまう。

先日自身が解雇通知をした彼が、なぜこんな怪しげな宗教に入っているのか。

それよりも、あれだけ神だの宗教だのに興味が無さそうであった彼が、突如入った事に驚きを隠せなかった。


「こっちも、宗教嫌いだった人の名前が載ってるわぁ」

「俺も、ぜってー入んねえだろって奴いるわ」

「あ、私もです!」


次々と声が上がる。

そもそも、冒険者という者自体が自身の力を信じており、神頼みといった事を嫌う人種が多い。もちろん例外もいるが。

そんな彼らが、王国で信仰されているノレア教ではなく、名前も聞かない新興宗教に入っている事がすでに異常な状況であった。


「信仰自体は自由なので構わないのですが、少々この状況にはギルドでも警戒しています。皆さんも彼らと接触する事が起きた場合、気を付けるようにしてください」


オージェが周知する。

そんな中、レイスは特に神妙な顔となっていた。



――終業後、第2諜報部


「ジン、いるか?」


レイスが扉を開き現れる。

諜報部では必要に応じて時間帯をずらして仕事を進める必要があるため、定時というものは存在しない。

偶然、部屋にはジンだけが残っていた。


「レイス。どうした」

「アモハン教、話は聞いてるよな?」


ジンが頷く。


「こいつら、まさか前に依頼した奴らと関係性が…」

「それはなかった」


レイスの言葉を遮るように言い放つ。


「アモハン教は調べがついてる。まだ話せない、けどマスターが対応を今考えてる」


元々、みだりに調査内容を漏らしてはいけないと徹底されているため、それ以上の情報は聞くことができなかった。

が、レイスにとっては、マロンが被害にあった時の犯人でなければそこまで興味のある内容でもなかった。


「そうか、それならいいんだ。悪いな急に押しかけて」


それだけ残し、レイスが帰ろうと振り向いた時――

突如ブツン、と小さな音が鳴った。

足元を見ると、靴の紐が切れている。


「うわ、もう結構古いからなぁこの靴も…」


切れた紐を手に取ろうと、しゃがみ込む。

そのままレイスが黙り込み、動きが止まる。


「…なんだ。よくわからんが嫌な胸騒ぎがするな」


ボソリとつぶやくと、切れた紐を結びなおし、改めて部屋を出る。




――その翌日。

双頭の番犬に衝撃が走る。

ギルドの告知掲示板前に、多くの人だかりができていた。


「おいおい、あのランツさんが…」

「マジかよ、さすがにやべぇんじゃねえの…」


憩いの場で、メンバー達がこぞってランツという名を発していた。

それは、双頭の番犬において名の知れたSランクの剣士の名であった。

そして、過去にギルドマスター達とパーティーを組んでいた、戦闘能力のみで言えばギルド最強との噂もあった男の名である。

そんな彼が、アモハン教に入信したとの知らせが告知されたのであった。

それも、ただの告知ではなく、『厳重警戒事項』として。

これは本来、ギルドでも総出を挙げて対処すべき事態にのみ使われる物であり、年に1度見るか見ないか程に稀な状況である。


「ランツ…今度はあいつかよ」


不機嫌な様子で、レイスが呟く。

レイスは、ランツと面識があった。

と言うよりも、過去にギルドマスターのパーティーと関わりをもったことがあるのだ。

ランツは、ギルドマスターにこそ大人しく従いはするが、元々乱暴な性格の持ち主であり、ギルド内でも何度かもめ事を起こしている。

彼の実力がゆえに、大目に見られていたため、除籍となることは無かったが。

レイスもその揉め事に巻き込まれた経験があり、ランツの事は嫌っていた。

が、そんなレイスもランツの実力だけは認めていた。


「先輩、どうなるんですかね…」


横にいたマロンが不安そうに呟く。

アモハン教が復讐の手伝いをするという情報が真であれば、双頭の番犬はかなりの警戒を強いられる事になる。


「けどアイツ、割と好き勝手やってたくせになんの恨みがあるってんだよ…」


レイスの言う通りであった。

実力をかさに、ある程度は自由にふるまう事が出来ており、新しく組んだパーティーメンバーとも良好な関係であったと聞いている。

依頼についても順当にこなし、性格はともかくギルド内での人気もそれなりにあった。

そんな彼が双頭の番犬に恨みを持つのであろうか?

復讐したい相手とは、他の誰かなのであろうか?

様々な疑問が、レイスだけではなくギルドメンバー全員に浮かんでいた。


「レイス君、ちょっといいですか」


不意に声をかけられ、振り向くとそこにはオージェの姿があった。


「なんすか、部長?」

「ここではちょっと、ね」


いつもと違い、重苦しい空気を感じた。

少し緊張しながらも、レイスはオージェと共にその場を離れる。


「ランツの事については見ましたね。その事で君に警告をしておかないとと思って」


警告?とレイスが聞き返す。

少し間を置き、オージェは重い口を開いた。


「彼の狙いは、おそらくレイス君です」

「へ!?」


突然の言葉にレイスが驚きをあらわにする。


「彼は、君がマスターのパーティー解散の原因であると考えています」


思いもよらない言葉に、レイスは言葉を失う。

オージェも、過去にランツと同じギルドマスターのパーティーメンバーの一人であった。

そんなレイスをよそに、オージェは話を続ける。


「君がうちのギルドに入った時の事は、『もちろん』覚えていますね?」


レイスが真剣な顔になり、頷く。


「あいつ、確かに俺に妙につっかかってきてた覚えがあります。それで一度大モメしたこともありますね」

「はい。実際はマスターが、ギルドメンバーを君の様な目に合わせない為に、ギルド内の構造を徹底するためにパーティーを解散し、管理に集中するためだったのですが…ランツはそれを君が原因で解散したと思い込んでいます」


レイスが唾を飲み込む。


「新しくパーティーを作り、ダンジョン探索や依頼に集中できるようになって解決したとばかり思っていましたが…」


いつもは穏やかに、笑顔を崩さないオージェが珍しく焦りを見せる。

レイスもその状況を理解してか、緊張が走る。


「ともかく、今日からは帰るときは私かジンと行動してください。決して一人にはならないように」


強く忠告する。

レイスも、素直に頷いた。

だが、それでもランツに襲われたとなれば無事では済まない事も理解している。


「それと、マロン君には過去の事はまだ話してないんでしょう?彼女ももはや立派な後輩だ。もしかすると巻き込まれないとも言い切れない。辛いでしょうが、ちゃんと事情を話しておいてください」


レイスがピクッと反応する。

少しの間、考え、はいと答える。

それを確認すると、オージェは去っていった。


「確かに…いい加減話しておかないといけないよな」


目を閉じ、大きく深呼吸を一度。

意を決し、レイスはマロンの元へ戻る。


「マロン、ちょっといいか」

「あ、お帰りなさい先輩!どうしたんですかそんな真剣な顔して。もしかして愛の告白とか?キャー!」


茶化すマロンを静かに諫める。

その様子に、マロンは少し怯えた様子を見せた。


「お前に、話しておかないといけない事がある。あんまり人に聞かれたくないから場所移すぞ」


いつもとは大きく異なるレイスの様子に、大人しく従うマロン。

二人は、ギルド内の面談室へと入る。ここであれば、誰かが入ってくることはない場所である。


「それで、話ってなんですか?」


先に口を開いたのはマロンであった。

というのも、部屋に入り椅子に座って数分、レイスは何かを悩む様子で全く言葉を出さず、長い沈黙が続いたためであった。


「…お前に話してない、俺の過去についてだ」


マロンが、その言葉に対し真剣な表情で見つめる。

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