第5話 解雇の意味
第3人事担当部。
今日もここに一件の解雇通知辞令が届いていた。
対象の名はサラ。登録後3年目の魔術師である。
彼女はFランク冒険者として双頭の番犬に登録し、その後同ランク帯のパーティーメンバーとして活動している。
が、その後他メンバーはD、Eランクへと昇級していくが、彼女だけFランクから上がれずにいた。
原因は明確で、彼女には昇級できるだけの実力が無かった。
他メンバーはそれでも良いと、彼女と共に在ったが、つい最近請けた魔物の討伐依頼でパーティーは壊滅。幸い、居合わせた他のギルドメンバーの手によって魔物は討伐され、パーティーも救助されたが、4人の内一人が死亡。彼女も含めた3人も重傷を負った。
ここにきて、パーティーリーダーから彼女の除隊希望が出たのであった。
「ひぇ~、なんかちょっと伝えづらい案件ですね、これ・・・」
書類に目を通したマロンは、机の上に戻す。
最近あった解雇通知は、軒並み不祥事を起こした人間に対するものが多かった。
だが、実際はそのような懲戒的なケースだけでなく、単純に実力不足から解雇となるケースも存在する。
それまでパーティーとして組んできた情から、限界まで切り捨てる様な事をしたくないという人情でとどまる事が多いが、今回のように死者まで出るとそうはいかない。
「まぁ、しゃーないわな。3年目で一度も昇級できない、ましてやそいつのミスで死人まで出しちまったとなれば切りたくもなるわ」
「えー、それはわかるんですけど・・・」
レイスとマロン、両者の思いは正反対にあった。
レイスは自分自身がSランクの冒険者として活動していた経験もあってか、今回の解雇は妥当であり当然と考える。
マロンも自身がまだDランクであり、戦闘経験も薄く、サラへの同情的な気持ちが捨てきれていない様子だった。
「本人の為でもあるんだよ。つってももう遅いけど、こうやって自分が原因になって死者を出させちまったら、それこそトラウマもんだ」
一枚の書類を手に取る。
そこにははっきりと『魔術師サラの魔法誤射によりパーティーメンバーである戦士リーガンが負傷、そこから戦線が崩れ全滅に至った』と書かれている。
他のメンバーからの証言であり、この事実はサラも認めているとの事であった。
通常、魔術師の魔法は詠唱者のコントロールによって敵に対し放たれる。
そのため、魔術師の腕によっては外れる事もあり、今回の様に味方に対して危害を加えてしまう事もある。もちろんメンバーの位置取り次第で味方への誤射は防ぐ事もできるため、一概に魔術師がすべて悪いと言える訳ではないが、今回他メンバーはサラよりも上のランクであり、戦闘経験も浅くはないためそういった初歩的なミスは侵すはずがない、と周囲は考えている。何より、術者本人が誤射を認めているため、疑う余地はないのである。
「いい機会だ、今回お前一人で通知にいってこい」
「えぇ!?」
これも経験だ、と戸惑うマロンをレイスは背を押し見送る。
――ギルド宿舎
双頭の番犬は広い土地を所有しており、居宅を持たぬメンバーには手ごろな値段で貸し与えている。サラも故郷が遠いため、ギルドに登録した際に居室を借りている。
「はぁ~、気が重いよ・・・」
書類を手に歩くマロンの足取りは重い。
何度か解雇通知は経験があるものの、今回の様なケースは初めてであった。
元々心優しい性格の彼女にとっては、不祥事を起こす人間よりも、サラの様な相手への通知のほうが心苦しく感じる。
だが、解雇自体はパーティーメンバーも希望しており、それを上が承認している以上は決定事項である。
そうこう考えている内に、サラの居室前にたどり着く。
ゴクリ、と唾を飲み込む。
大きく二度、深呼吸をして決意を決めたマロンはドアをノックした。
「どなたでしょうか?」
中から声が聞こえた。
か細く、優しく、聞いただけで声の主の繊細さがイメージできてしまうような。
その声は、今のマロンにとっては逆に不安を招くものであった。
「第3人事担当部のマロンです」
「第3の・・・」
声が暗くなる。
第3人事担当の人間がメンバーの所に来る、という事はおおよその予想がついてしまうのだ。
「・・・どうぞ」
中からの返答に、再度大きく深呼吸をしたマロンが部屋へと踏み入る。
中には、書類にあった写真の主が椅子に座っていた。
傍には魔術書が数冊積まれている。勉強でもしていたのであろう。
だが、よく見てみるとどれもが入門の魔術書であった。
(3年目で入門書かぁ・・・)
魔術師の入門書は、大体1年以内にはほとんど会得することが多い。
というのも、本当に基礎的な事ばかりが書かれており、それを身につけなければ次のステップに進む事が出来ない、基礎中の基礎と言われる代物だからだ。
そういった基礎を学んだ上で、様々な魔法を身に着けるための応用へと進むのがセオリーとなっている。
「・・・ご用件は?」
部屋に入り、魔術書に目が行ったまま言葉を発さないマロンに、怪訝そうな目で尋ねる。
いや、用件はサラ自身わかっているであろうが。
「あ、すみません!今日はサラさんにお伝えしないといけないことがあって・・・」
慌てながら答えるマロン。
「わかってます。私、クビなんですよね?」
サラの諦めた様な返答に、黙ってしまう。
そのままサラは言葉を続けた。
「私に才能がないのは気づいてました。昔から故郷の村でも、今のパーティーに入ってからもずっと感じてました」
俯いたサラの表情が見えない。
だが、震える声と体から想像は容易かった。
「でも。それでも、って思って努力してきたんです。なのに、今回メンバーの盾役のヒュースさんを傷つけてしまって。それが原因でパーティーが壊滅して、ゼノンさんも大怪我を負って、ジュリアさんが死んで・・・」
段々と声の震えが強くなる。
俯いた顔からも、涙がポタ、ポタと零れ落ちた。
マロンはそんなサラに、かけられる言葉がなかった。
「私、冒険者をやめて故郷へ帰ります。今までこんな私でも受け入れてくれたパーティーの皆やこのギルドには感謝しています。そして、ご迷惑をおかけしてしまって、すみません」
サラは涙を拭き、立ち上がりマロンから書類を受け取った。
マロンは最後まで何も言うことができなかった。
半端に優しい言葉をかける事も、淡々と対応する事も、どちらもとる勇気が足りなかった。
第3人事担当部
部屋の中にはレイスとリディアがいた。
二人とも黙々と書類仕事を進める中、リディアが口を開く。
「・・・マロンちゃん、無事に伝えられたかしら」
心配そうにはぁ、とため息をつき手が止まる。
「ま~上手くは伝えられてないでしょうねぇ」
対するレイスは、淡々と仕事を進めながら答える。
「レイス君先輩なんだから一緒についていってあげればよかったのに~」
「甘やかすだけじゃあいつの成長につながりませんからね」
ビシッと言い返されたリディアは何も返せず、再び仕事の手を進める。
「・・・まぁ、フォローくらいはするつもりですよ」
と、レイスがつぶやいたとき、部屋の扉が静かに開く。
マロンの姿があった。
「おかえりなさいマロンちゃん!」
リディアが席を立ち、元気の良い声で迎える。
そんなリディアを見て、マロンは堰を切ったかの様にポロポロと涙を流し始める。
「わた、私・・・サラさんに何も言ってあげられなかった・・・」
自分の無力さを悔やむ。
何かサラのために言葉をかけてあげたかった、彼女の無力さは自分にも言えると、痛いほど感じたのだった。
「いいのよ、あなたはちゃんと仕事を責任もって果たしたんだから」
優しく抱きしめ、マロンの頭をなでる。
しばらくの間、部屋にマロンの泣きじゃくる声が響いた。
その時。
「行くぞ、マロン」
レイスが突如席を立つ。
二人は、「え?」と困惑していたが、レイスはマロンの手を取り部屋を出た。
「ど、どこ行くんですか先輩・・・」
「いいから黙ってついてこい」
それ以外何も答えず、マロンを連れていく。
その先は、ギルドの医療施設にある一室であった。
表札には、ゼノン、ヒュースと名前が書かれている。
そう、サラのパーティーメンバーの生き残りである。
「ここって・・・」
マロンが言いかけたのを遮り、部屋の扉を開ける。
中には、ベッドで療養するゼノンとヒュースであった。
「レイスさん!」
一番に気づいたゼノンが声を上げた。
彼はサラのパーティーのリーダーを務めていた。
「失礼するよ」
部屋にある椅子を二つ手に取り、二人のベッドの間へと置き、腰かける。
マロンにも、座れ、と指で合図を送る。
おずおずと椅子に腰かけるマロン。
何を考えてここに連れてきたのだろうか、とレイスを見つめる。
「今回はありがとうございました」
口を開いたのはゼノンだった。
思いもよらない感謝の言葉に、マロンは目を丸くする。
「サラは、冒険者を続けないほうがいいと思ったんです」
ゼノンが続けた。
「今回ジュリアが死んでしまった事は確かに悲しい事です。俺もヒュースも、仲間が死んで辛い」
ゼノンの言葉に胸を痛めるマロン。
「でも」
強く、ゼノンが発する。
「俺たち冒険者はいつ死んだっておかしくない。自分たちの予想もつかない事で死んでしまうことも多々あります。その覚悟だって皆している」
二人は黙ったままゼノンの言葉を聞き続ける。
ヒュースも、黙ったままゼノンを見守っている。
「サラは違った」
その言葉にマロンが反応するが、レイスがそれを抑える。
「彼女は優しすぎた。今回の事を、ジュリアの死をすべて自分の責任だと思い込んでる」
ゼノンの声が震え始めた。
「確かにきっかけはサラの誤射だったかもしれない。でも、それは俺たちの動きが悪かったせいでもあります。なのに彼女は自分だけを責め続けた」
再び、全員が黙る。
「こういった事故は十分にあり得る事です。でも、誰も彼女を責めるつもりなんてない」
それならどうして、と言いかけたが、マロンは口を閉じた。
「だからこそなんです。彼女には冒険者を止めて、戦いとは遠い場所で静かに暮らしてもらいたい」
ゼノンが涙を流しながら、無理矢理に笑顔を作る。
「優しすぎる彼女には冒険者は向いてない」
それだけ言うと、ゼノンは再び口を閉じた。
サラのパーティー除隊は、彼女を追放したい気持ちではなかった。
自分を責め続ける彼女に、冒険者という危険と隣り合わせの職業を続けてほしくなかったのだ。
このままサラが冒険者を続け、再び今回の様な事になれば、今度こそ彼女の心は壊れてしまうかもしれない。
そして、そのまま自分を責め、自身で命を断つこともあるかもしれない。
そう、ゼノンは考えたのだ。
「僕が、誤射に困惑せず役割を果たせていればこうならなかったかもしれないです」
口を開いたヒュース。
彼もゼノンと気持ちは同じであった。
「今回は、非常につらい役割を押し付けてしまってすみません」
ヒュースが頭を下げる。
「いいんですよ、それが俺たちの仕事ですから」
レイスが席を立つ。
「二人はゆっくりと休んでください」
そう言い残し、マロンを連れて部屋を出る。
「二人とも、サラさんの事をあんなに考えていてくれてたんですね・・・」
マロンが再び泣きそうな顔を見せる。
「一言にパーティーを追放するっつったって、恨み憎しみで追い出すばかりじゃないさ。同じパーティーで死線を潜り抜けた仲だ。互いをほかの人間よりも何倍も思いやってるもんなんだ」
レイスは静かに続ける。
「冒険者を続ける事だけが正解じゃない。それに本人が気づけない事だってある。だがメンバーからそれを言うのは辛い。だからこそ、俺たちが代わりにそれを伝えてやらなきゃいけない」
マロンが黙ったまま頷く。
解雇通知。そこには様々な者の思いが詰め込まれている。
そういった思いを理解し、適した言葉で伝えていく。
それが彼ら人事担当部の重要な役割であると。
今回の経験が、マロンを大きく成長させると、レイスは信じていた。
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