第3話 囮調査 前編
「ジン、上手くいったら例の件頼んだぜ」
「分かってる」
城下街の中にある大きな屋敷を前に、二人の男が立っていた。
――遡ること、2日前。
双頭の番犬、第2諜報部。
このギルドには大きく分けて2つの諜報部が存在する。
一つは冒険者達の依頼を通して、諜報活動を担当する。
そしてもう一つは、この第2諜報部であり、ギルドの一部の人間の目的のため動いている。
「で、この件について調べて欲しいんだ」
発したのはレイスであった。
その手には、数枚の書類がある。内容は、いずれも『ギルドメンバーが正体不明の者に危害を加えられた』という内容である。
「直接依頼に来るなんて珍しい」
書類を受け取った男が答える。
彼の名はジン。この第2諜報部に所属する、レイスと同じSランクのメンバーある。
「半分個人的な依頼でもあるからな」
渡した書類の中には、先日マロンが人質に取られた際の内容も記されてあった。
あの時彼女は言ったのだ。「変な奴に眠らされて」と。
レイスはその言葉が気になり、ギルド内で似たような件が無いか調べていた。
この件については人事担当部の担当範囲ではないため、あくまで秘密裏に。
「・・・似たような報告、来てる」
ジンが書類を見て、表情を変える。
謎の人間によるギルドメンバーへの襲撃は、既に第2諜報部へと報せが届いており、ジンもその件については動いていた。
しかしいずれも、主として動いている物ではなく、ギルドに対し恨みを持つ者へのサポートとしてであった。
「力は貸す。代わりに、レイスにも手伝ってもらいたいことがある」
ジンはにやりと笑いを浮かべ、別の紙束を渡してきた。
レイスはそれを受け取り、広げる。
「なんだこれ、見取り図?随分広いなこれ」
ジンが言うには、ギルドに対し反発的な対応を見せる勢力に対し、裏で出資をしている者がおり、その出資者の拠点であるとの事であった。
双頭の番犬は王国と密に関わりのあるギルドであり、それは公となっている。
騎士団が請負う事が出来ない依頼がギルドに回ってきたり、逆にギルドで対応できない範囲の依頼を騎士団が対応するなど、協力体制をとっており、そういった関係上ギルドへの助成金や利権の一部貸与など、他の一般ギルドに比べ優遇されている部分が大きい。
だがそれも、あくまで厳戒な管理体制の下に存在しているものである。
そのため、他のギルドに比べ情報統制が十分にされ、不祥事を起こす者に対しては厳しい処罰が下されている。
しかし、そういった事情は公的には知らされておらず、優遇されている面に対し不満を持つギルドや、厳罰に対し理不尽だと感じるメンバーなどから、強い恨みを買う事がある。
この屋敷の主は、そういった者へ出資を行い、裏から支えているとされているため、出資先や明確な協力を示す証拠をつかむために潜入調査を行う事が今回のジンの目的であった。
「で、俺に何をしろっていうんだ?潜入調査なんて経験ないぞ?」
「囮として陽動を起こしてほしい」
――屋敷前
「最後の確認。敵は殺さず、無力化して放置」
「いやその方が難しいだろーよ・・・」
「大丈夫、レイスの毒なら簡単にできる」
レイスの主となる戦闘スタイルは、暗器と毒による攻撃である。
特に毒については幅広い範囲の物を扱い、致死性の高いものから、五感を奪うもの、神経に作用し身体の自由を奪うものなど。
そしてそれを確実に効果的に扱うための身体能力の高さも持ち併せている。
「わかったよ、やってやるさ」
覚悟を決める。
作戦の内容としては、ジンは2階にあるベランダから侵入。その後レイスが『警備員の交代の時間』に合わせて襲撃。あえてそこで発見を誘い、正面から潜入。
その後、受け取った見取り図に記されているルートで逃走しながら警備員達を無力化しつつ、ジンの目的があると考えられる場所から離れる。
「こちらの仕事が終われば、合図を出す」
「そしたら俺も撤退するわけだな」
この作戦のポイントは二つ。
まずはジンが目的を達成するため、少しでも敵の目をレイスへと向ける事。
もう一つは、あくまで自分たちの正体は隠し通す事。あくまで捜査権を持った王国行為ではないため、正体を知られた時点で双頭の番犬が責を問われることとなってしまうのだ。そのため、絶対的にそれは避けなければならない。
「んじゃまぁ、派手にこっそり暴れるとするか!」
ジンが2階へと昇り、それから間を置き仮面とローブで身を包んだレイスが入り口の警備員に近寄る。
「止まれ、何者だ!」
二人の警備員が武器を突きつけ、レイスを威嚇する。
レイスは黙って両手を上げる。と、同時に両袖からナイフが落ちる。
次の瞬間、そのナイフを両手にしたまま二人の警備員の横腹を切り裂いていた。
あくまで浅く切っているが、ナイフには麻痺毒が塗られており、警備員は身動きを取ることができない。
倒れこむ警備員のうち一人を隅へと追いやり、もう一人を入口前に運ぶ。
ガチャ、と入り口が開き、交代の警備員が二人現れる。
「っ!?おい、何があった!?」
すぐに、横たわる警備員に気づき声を上げる。
レイスは勢いよく、現れた警備員を蹴り飛ばし屋敷へと侵入する。
「ぐっ、侵入者だ!!警報を鳴らせ!」
警備員が玄関にあるスイッチを押すと、屋敷内にけたたましい警報音が鳴り響く。
狙い通り、と仮面の下でほくそ笑み、足早に入口右側のドアへと進む。
事前に受け取った見取り図には、想定される逃走ルートが記されており、効率的に警備の目を引き付け、かつ3階にある資料庫から警備員を遠ざけるための経路が考えられている。
一方その頃、2階から侵入したジンは警報が鳴り響き、慌てた様子の警備員が通り過ぎるのを確認したところで、資料庫へと移動する。
可能な限り接触は避け、資料庫にたどり着くとそこには警報の中、一人の警備員が守る扉があった。
(やっぱり残しているか)
本来であれば手の空く者は侵入者を追うためのこらないであろう。
しかし、屋敷の主の部屋など、要所となる場所には当然警備が残るのは当然。
つまり、この資料庫には警備を残す価値のあるものが存在する。
ジンが事前に手引きした、内部の者から得ていた情報通りであり、欲する物があることを確信する。
「睡眠魔法<スリープ>」
扉の前の警備員を魔法で眠らせると、ジンは鍵を手慣れた様子で開け、中へと入る。
もちろん、警備員も中へと運んだ上で。
「さ、すぐに見つけないと」
ジンは急ぎ資料庫を探り始める。
(本当に警備少ないのか!?)
一方で、想定されたルート通りに逃走するレイス。
ジンに言われていた様に、致命傷は与えず、神経毒を塗布したナイフで相手の無力化を図りつつ移動する。
しかし時間が経つにつれ敵の数は増える。
正面から突如現れた警備員を、身を翻し躱しつつ、すれ違い様に一太刀入れる。背を追う警備員からの攻撃を、通路にある家具で防ぎつつ、蹴とばし妨害する。
その場にある物を十分に活用し、あらゆる手で逃走を続ける。
気づけば既に2階にまで来ている。
事前の計画では、3階へは向かわず、2階を一回りした後に1階へと戻り、その間にジンが目的の資料を手に入れ、逃走する予定である。
だが、その計画は今、瓦解しようとしていたのだった。
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