第2話 外回り

「いやっ!来ないで・・来ないで・・・!!」


怯え竦む少女。

視線の先には複数の狼が、今にも飛び掛からんとばかりに低く唸り、構えている。

死にたくない、そう祈り目を閉じた時であった。

シュッ、と何かが風を切る様な音が数度、素早く聞こえた後、少女の頬に生暖かい感触が生まれた。同時に恐ろしい唸り声は止み、静寂に包まれる。


「え・・・?」


目を開けると、そこには先程まで自分を戦慄させていたモノ達の亡骸が血の海と共に横たわっていた。

そしてその中に、肩を上下させ息を切らし、険しい表情で狼達の死骸を見る男がいた。


「たす・・・けてくれた・・・?」


少女の声に反応したのか、男は両手の短剣を収め、呼吸を整えながら歩いてくる。

そして、その手を少女に伸ばす――




――マロン宅。


「先輩・・・ありがとう・・・」


ピピピピピ、と目覚まし時計の音が鳴り響いている。


「・・・え、朝?」


マロンはパッと目を見開き、時計を見る。

短針は10時を指していた。ちなみにギルドの始業は8時30分である。


「ああぁぁぁー!!」


けたたましい大声を上げ、ベッドを飛び起きる。

慌てて身支度を整えたマロンは、部屋の真ん中にあるテーブルに置かれた手紙を見つけた。


―――双頭の番犬、第3人事担当部


4人が黙々と仕事をしている中、廊下からバタバタと騒がしい足音が近づいてきた。


「あー、ようやくお目覚めか」


レイスがペンを動かす手を止め、ぐっと背伸びをする。

と同時に扉が勢いよく開かれ、そこには息を切らすマロン。


「ね、寝坊しましたぁー!すみませーん!!」


深々と頭を下げるマロン。オージェ達も手を止め、マロンへ眼をやった。


「ちょっとちょっとマロンちゃ~ん、体のほうは大丈夫なの?」

リディアがマロンに駆け寄り、体の心配をする。

「昨日大変な目にあったのですから、一日くらいは休みが必要ですよ。レイス先輩は伝えてないんですか?」

「いやいや伝えたって!お前テーブルに置いといた手紙読んでないの?」


レイスが呆れ顔で言葉を投げた。

先ほどマロンが見つけた手紙にはこう書かれてあったのだ。

『今日は労災で休みだから一日寝とけ  ――レイス』

マロンもそれを読んだのだが、慌てて準備をして出勤してきたのだった。


「そんな訳にもいかないですよ!昨日の事も謝らないといけないのに!」


必死でレイスにすがりつく。


「も~本当にまじめちゃんなんだから」

「ある意味俺のとばっちり食らった様なもんだから気にすんなって」

「でもでもぉ~・・・」

「そこまで仕事熱心であれば、今日の外回りはマロン君にも同行してもらいましょうか」

「・・・外回り?」


外回り。人事担当部にはギルド外での仕事もあるのだ。

基本的に採用に関しては志望してきた者から選び、採るのだが、それだけでは十分な数の有望な人材が見つけられる訳ではない。

この国では多くのギルドが存在し、冒険者も多数いる。その中には特定のギルドに所属せず活動を続ける者もおり、またギルドから追放された者もいる。

そんな人材の中から、有望な者を見つけ、スカウトする事も人事担当部の仕事である。


「マロン君は外回りの経験がまだでしょうからね、しっかり指導してあげてくださいね?」

「はい!分かりました!」


元気よく返答するレイス。そのままマロンの腕を掴み部屋を出ていく。


「ほんと、レイス君は部長の指示だけは元気よく聞くのよねぇ~」

「あのレイス先輩を飼いならすなんて、どんな弱みを握ってるんですか?」

「はは、別に弱みなんて握ったりはしてないんだけどね」

「ただ、彼には人事担当としての素質があるからね」

「確かにレイス君、仕事は雑なのに人材を見抜くセンスだけは抜群にいいですよねぇ~」


3人の談笑が続いた。



――城下街


「それで、外回りってどこ行くんですか?」

「そりゃフリーの冒険者が集まりそうなとこっていやぁ一つだろ?」


二人は城下町でも大きく目立つ、酒場の前で足を止める。


「え、まさか真昼間、それも勤務中に飲むつもりなんですか?」

「んなわけあるか!俺をなんだと思ってんだよ・・・」

「手抜きの常習犯としか・・・」


ガツン、と拳骨が振り落とされる。


「ひどい、パワハラ!」

「うるせ、入るぞ」



「よぉマスター。面白いやつ来てないか?」

「ああ、レイスか。今のところはまだ特にないな」

「そうかー、平和なもんだなぁ。とりあえずノンアル1つ!」

「結局アルコールないとはいえ飲んでるし・・・あ、私エールで」



「で、どうするんですか?」

「ちょうどいいからお前に外回りの重要性を教えといてやるよ」


この酒場には多くの冒険者達が集まってくる。情報を求めて来る者、やることも無くただ酒をあおる者、依頼達成の打ち上げにと飲みに来る者、そしてギルド未所属のパーティーメンバーを探す者など――

その中から、スカウトできそうな人材を探し、声をかけるのがレイスが外回りで行う常套手段である。


「でもそんな都合よく見つかるんですか?」

「まーそりゃ空振ることも多いけどな」


それもそのはず、基本的に酒場に来る者の多くはパーティーを組んでいるか、そもそも冒険に出る意思もなく飲んだくれているかの場合が多い。

そもそも、双頭の番犬にふさわしい者がフリーでいることが少ないのだ。


「前はそこそこ、優秀な奴が理不尽に追放されてふらついてるって事もあったんだけどなぁ」

「そんな都合いい話なんてないですよ~。無能なメンバーに囲まれて、自己肯定感がとんでもなく低くて、周りもその才能に気づかないなんてあり得るわけないじゃないですかぁ~」

「・・・そうだな、都合のいい話なんてあるわけがないんだ」


僅かに、レイスの顔が曇る。彼の呟いた言葉はマロンには聞こえていなかった。

と、その時二人のテーブルの横を一人の男がとぼとぼと横切った。

レイスはふと視線をその男にやる。


(分析<アナライズ>)


レイスが呟くと、彼の目の前に多くの情報が映し出された。

分析<アナライズ>、レイスが持つ特殊能力<スキル>である。

スキルとは、各々が持つ特性ともいわれる力であり、生まれ持った先天性の才能だ。

レイスの持つアナライズは、自分自身のみ見ることができる、相手の詳細な能力を視覚化するスキルでった。仕事が雑と言われる彼が人事担当部で功績を上げている裏にはこのスキルの存在があった。

(なんとなく見ちまったけど、ステータスも低いし熟練度も・・・ん?)

様々な情報の中、目に留まるものがあった。

創造<クリエイト>のスキルである。

(このスキル・・・気になるな)


レイスは突然立ち上がる。


「なぁあんた、暇かい?」

「え、ちょっ、先輩!?」

「な、なんですか急に・・・」


男はびくびくしながら答える。

深緑のローブを纏い、樫の杖を抱える身なりからも、魔術師であるように見えた。


「な~んか辛気臭ぇ顔してるから、やな事でもあったんだろ?一緒に飲もうぜ!」

「ちょっ、まっ・・・」


半ば強引に自分たちのテーブルに引っ張り、座らせる。

男はあたふたとしながらも、レイスの強引さに逆らえていない様子であった。


「俺が当ててやるよ、ずばり!ギルドかパーティーを追放されたんだろ?」


男は驚き目を丸くする。

図星であったのだ。


「な、なんでわかったんですか!?」

「どういうことですか先輩?」


レイスが答える。


「きょろきょろ辺りを見回す様子が無いことから、新人冒険者って訳でもないだろ。かといって見るからに安っぽい装備で一人、辛気臭い顔で酒場に来てるんだ。新しく冒険や依頼を探しに来たって顔でもない。となりゃ答えは一つ。「追放」されて途方に暮れたままここに来た、って訳だ」

「す、すごい!一瞬でそこまでわかるなんて・・・」

「先輩エスパーですか!?」


(まぁ、単純に嫌な事があって飲みに来ただけの可能性も十分にあったが、当たったんだしいう必要はないわな)

そう、レイスは半分当てずっぽうに言っていた。

もし予想が外れていてもただ謝って別れるだけでよいのだから。


「お恥ずかしながら・・・僕は魔術師をやってるリーンと言います」

「なるほど、それで魔術師として力不足で、スキルも役に立たないからと追放されたんだな?」

「な、なんでそこまで!?」


これも推論であり、安い装備を身にまとっている時点で十分に稼げる能力はない、というよりレイスにはアナライズでステータスが具体的な数値で見ることができている。また、能力は低くとも優秀なスキルがあれば追放される事はない。追放されるという事はスキルも含めた上で無能であると判断されたからである、と考えた。


「まー魔術師として未熟でもスキルがあればなんとかなるだろ?あんたのスキルはなんなんだ?」


アナライズの事は隠し、男に尋ねる。


「僕のスキルはクリエイトと言って、色々な物を魔力で作り出すことができるんです。最初の内は矢などの消耗品も作れるって事で有難がられたんですけど、資金も十分になってからは不要だって・・・」

「あ~・・・」


納得するようにマロンが声を出してしまう。

リーンはそんなマロンの声に、目を潤ませる。


「あ、ご、ごめんなさい!」

「ちなみに、他にはどんな物が作れるんだ?」


レイスが細やかに聞き出そうとする。

リーンの話によれば、矢や罠など、無機的な物がほとんどであった。しかし、中には浄化ハーブなど、多少魔力のこもった物も入っていた。

(予想通りだな、大した物は作れねぇが・・・)

レイスの頭の中には一つの考えがあった。

スキルは、洗練し能力を熟知する事によって、昇華させる事ができる。その能力を特性技術<スペシャリティ>と呼び、スキルよりも更に幅広い使い方が出来るようになる。

しかし、スペシャリティの存在は知らない者も多く、ただのスキルとして終わらせてしまう者も多い。

レイスはリーンのクリエイトに対しスペシャリティという将来性を考えていた。

クリエイトに似たスキルは多く見られるが、その多数は作った物に魔力を宿すことはできない。リーンは無機物を作り出すだけの能力ではなく、魔力の宿る物も作る事ができれば、その能力を昇華させる事で大きな貢献につながる、と。


「よし、じゃあ俺が口利きしてやるからうちのギルドに来いよ!」

「え、僕みたいなのでもいいんですか?ちなみになんていうギルドなんでしょうか?」

「双頭の番犬」

「・・・え?ええぇぇ!?」


リーンが驚くのも無理はない事だ。

王国最大手ギルドに、まさか無能と追放されたばかりの自分がスカウトされるとは誰でも考えられるはずがない。


「詐欺ですか!?」

「サギじゃねぇ、ガチだ。人を見る目だけは特に買われてるんだよ俺は」


自慢げに胸を張るレイス。

リーンは疑いの眼差しでレイスを見ている。


「まあ、とりあえずこれ名刺だ。話だけでも聞きに来いよ?俺の名刺見せれば話が通る様に伝えとくからさ」


ポケットから名刺をリーンに渡し、レイスはマロンを連れて席を立つ。


「挨拶代わりに今日の分は俺が払っとくよ」


支払いを済ませ、レイス達は去っていった。

「・・・僕まだ何も注文してないんだけど・・・」


リーンの腹がぐぅ、と鳴った。



―――第3人事担当部


「お疲れっすー、今戻りました~」


軽快にドアを開き、席へとつくレイス。

マロンも後ろからやってきて、自分の席へと移る。

室内にはオージェとリディアが居た。


「お帰りなさい、レイス君。その様子だとうまく見つかったようですね」


書類の束をトントン、と揃えながらオージェが微笑む。

それに答える様に、満面の笑顔で返す。


「もちろん!戦闘要員ではないんですけど、将来ギルドに貢献してくれそうな若者を見つけてきましたよ!」


先ほどのリーンについて、報告をする。

ステータスは低く、戦闘面においては将来性もあまり見込めない点、しかしスキルでの将来性が高い点。

オージェは少し考え、顔を上げる。


「なるほど・・・ですがある程度のサポートは必要になるかもしれませんね。ちゃんとそこまで面倒見るんですよ?」

「任せてくださいよ!俺の得意分野ですからね!」


気分高々に返答し、推薦書類の作成を始める。

静かにしていたマロンが、口を開いた。


「先輩、なんで一目見ただけでスカウトする気になったんですか?」


レイスのスキルについて知らないマロンにとって当然の疑問である。

レイスは鼻歌を歌いながらマロンの質問に答えた。

クリエイトについて、そしてその先のスペシャリティの将来性について。


「へぇ~・・・そんなものがあるんですね。先輩のスペシャリティってなんなんですか?」

「ん?ああ、俺のはアナライズを昇華させて、更に詳細の情報まで見れる様になったんだ。視線の動き、心拍数、筋肉の微細な運動まで。そしてそれらの情報を瞬時に名付けて――」

「多面的分析<マルチフェイス・アナライズ>、だっけ?」


リディアが口を挟む。

決め場を取られたと言わんばかりにリディアに不服そうな視線を送るレイス。


「瞬間的に相手の情報を取り込んで、次の動きから予測して先手を取ることが出来る、反則的な力よねぇ~」


はぁ~と感嘆の声を上げるマロン。

そしてハッと気づいた様にレイスに尋ねる。


「私のスペシャリティってどんなのなんですかね!?」


鼻息を荒くし、目を輝かせるマロン。


「まー基本的にはスキルを更に改良したものになるとは思うが、スペシャリティ自体そんなたくさんの人間が見つけられてないからな。わかんねーよ」


書類の作成を終えたレイスが席を立つ。


「部長、こんな感じでいいすか?」


オージェが書類を受け取り、目を通す。

うん、と頷き判を押しレイスへと返した。


「短時間でよくできてるね、それじゃあ後で提出しておくよ」

「よっしゃ!ちょうど定時になるし、飲みにでも出るかな!」


指を鳴らし、意気揚々と帰り支度を始めるレイス。


「あ、先輩私もー!」

「しゃーねーなぁ、上手くいったついでに今日は奢ってやるか!」


二人は和気藹々と部屋を出ていった。

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