「あなた、クビです」~最強ギルド人事担当員の苦悩~

@hitogake

第1話 「あなた、クビです」

ガアラ大陸の中央に位置する、セレスティア王国。


大陸一と呼ばれるこの国で今日も多くの人々が町を賑わしている中、事件は起こる。




『ギルド 双頭の番犬、憩いの場』


セレスティア王国最大手であり、王国騎士団とも連携し、国からの依頼を取り扱う由緒あるギルドである。




「貴方は今日限りでクビです」




男が冷静かつ強気に言い放つ。


言葉の先には豪快に酒を流し込む戦士の姿があった。


戦士は少し固まっていたが、すぐに酒の入ったカップをテーブルにたたきつけ歩みよる。




「はぁぁぁ!?どういう事だおい!」




男よりも一回り、いや二回りか三回りも大きい戦士の怒号が響き渡る。


というか、この男がやや小柄なせいもあるか。




「どういう事も何もありませんよ」




男は怒号を意に介さず、平然と返す。




「依頼の急な無断放棄、パーティー内での暴力沙汰、挙句に報酬の横領――」




淡々と戦士の犯した悪事を並べ、最後には役満ですね、と半笑いで締める。


戦士はわなわなと震えていたが、男の襟首を掴み上げ、壁へと叩きつけた。




「ざっけんなよてめぇ、あのパーティーから俺が抜けたら回んなくなるぞ?」




男を睨みつけるが、全く動じず。




「ったく、人が穏便に終わらせてやろうとしてんのによぉ――」




言うが否や、男は戦士の股間を蹴り上げる。


男を掴んでいた手を放し、言葉にならぬ悲鳴を上げその場に崩れ落ちた。




「正直この暴力も含めて、騎士団に突き出してもいいんだが・・・上からは穏便にと言われてるんでね」




男は襟元を直しながら言い放つ。




「とっとと荷物まとめて出てけ。次にうちでその顔見つけたら容赦しねぇぞ」




吐き捨てるように、そのまま男は立ち去った。






――第3人事担当部


それは双頭の番犬における冒険者を初め、様々な関係者の雇用、その逆に辞めるもの、解雇される者への処理を担当する部署である。


国内最大手ギルドなだけあり、特に冒険者達の間では人気最高潮であるため、ギルドに入ろうとする者が多い。しかし、全てを採用できるわけではないため、日々採用面談が行われている。


その採用に関わるのがこの人事担当部である。なお、大手であるこのギルドには人事担当部だけで4部署存在しているのだ。




「はー、つっかれた・・・」




先ほどの男が机にドカッと座り込む。


室内には壮年の男、それと若い女が居た。




「お疲れ様ですレイスせんぱ~い!」




若い女が元気に話しかける。眩しいばかりの笑顔で。




「おや、レイス君。襟元のボタンが取れかけていますよ」




壮年の男は、レイスと呼ばれる男の襟元に気づく。


レイスは目線を落とした。




「げ、さっき掴みかかられた時に取れたのか。全く、人事担当は身だしなみが大事だってのに・・・」


「じゃあ先輩、私が縫い直してあげますよ!」




すぐに若い女が裁縫道具を取り出す。




「お、サンキューマロン。んじゃあその間に報告書をパパっと書き上げとくかな」




レイスはシャツを若い女、マロンに渡す。


マロンはそれを受け取ると手慣れた様子で修繕し始めた。




「オージェ部長、これから採用面接ですっけ?」




レイスが視線を壮年の男へと送る。




「ええ、今日は2人ですね。ここの所連日ですよ」


「別に面接なんてうちから人出す必要ないでしょうにねぇ」




基本的に、採用面接自体には元々人事担当部は同席することは無かった。


しかし、近年採用された人間に問題行動が多くなり、解雇や契約解除の件数が増えるにつれ、採用面接内容自体が問題視され始めた。結果、人事担当部の人間も採用面接に駆り出される事が増えたのだった。




「我々は人を見る目も鍛えなければなりませんからね、これもお仕事ですよ。しばらく留守にするので、何かあったら連絡をください」




オージェは穏やかに笑いつつ、書類を手にして部屋を去る。


部屋に残ったのは、黙々と書類を書き続けるレイス、服の裁縫をするマロン。




「はい、終わりました!」


「助かるわ」




マロンから、修繕の終わったシャツを受け取り、そのまま腕を通す。




「そういえば、今日先輩が解雇通知した人って、あのゴリラみたいな人ですよね?けがとかないですか?」


「バーカ、あんなクソCランクの戦士にケガさせられるわけないだろ」




レイスが呆れた様に返す。


冒険者たちには階級付けがされており、上はSSランクから、下はFランクまでが存在する。このランクは、ギルド内で決められており、昇級試験を受ける事でランクを上げる事ができる。入団時にはランクの確認が行われるが、大体の冒険者はEかFランクからとなっている。




「なんせ先輩はSランクですもんねー!」




マロンが他人事ながら自慢気な表情を見せる。




「そういやお前は今どれくらいなんだっけ?」


「Dです・・・」




レイスの返答に、一気に顔を曇らせる。


人事担当部もランク付けの例に漏れてはいない。




「もーちょい上げないとな。俺のサポートするならせめてBくらいは欲しいとこだぞ」


「フリント先輩とリディア先輩もBなんでしたっけ?」




レイスが頷く。


この第3人事担当部には、部長であるオージェ、レイス、マロンのほかに席を外しているがフリントとリディアと呼ばれる男女がおり、計5人で業務を担っている。




「まぁ、お前はまだ2年目だしな。1年でFからDまで上がったと思えば上出来な方か」




通常、未経験で登録した場合はほとんどがFランクとなる。


中にはセンスのある者や武術や魔術等の経験、素質のある者は例外として上のランクとなる事があるが、このランク付け自体が戦闘スキルだけでなく、ギルドに関わる者としての知識や経験も考慮されているため、高くてもEランクとなっている。


そこから経験を積み、試験を受ける事で昇級していくのが通常の流れであり、おおよその目安としては1年で1ランク程度なのだ。


その中で、1年で2ランク昇級したマロンは一般的に見ても優秀な部類であると言える。




「こう見えて私、意外とやる気十分ですからね!」


「自分で言うな自分で」




ドヤ顔のマロンと対象にあきれ顔のレイス。


マロンはFランクとしてギルドに入り、それ以来第3人事担当部でレイスの後輩として勤務している。


多くのギルドにおいて、ダンジョンに潜ったり人々の依頼をこなしていく冒険者の他、人事担当、ギルド受付といった必要最低限な部署から、「双頭の番犬」の様な大御所ギルドでは、登録している冒険者の能力や実績を把握し、各々に適したパーティーを推薦する「冒険者管理部」、人々や王国からの依頼と契約、報酬等を管理し、かつ難易度分けを行う「依頼管理部」、人物から出来事等幅広く情報を集める「諜報部」など、様々な部署が存在する。




「よーっす、部長さんいますー?」




燃える様な赤い髪を立てた、屈強な男が部屋に入ってきた。


それを一瞥すると、レイスは不機嫌そうな顔で背ける。




「いねーよ、見りゃわかんだろ」


「おっとこりゃ問題児担当さん、失礼しましたぁ」




男は嘲笑するような顔で軽口を叩く。


彼は第2人事担当部のメンバー、カイル。




「そういやあんたが今日解雇を伝えた奴、相当キレてましたよ~?どんな伝えかたしたんですかねぇ?」


「お前にゃ関係ねーだろ」




レイスはカイルには目もくれず、淡々と書類作成に勤しむ。




「ま、いいや。新人ちゃん、この書類部長が帰ってきたら渡しといてよ」




カイルはマロンに書類の束を押し付けると、手をひらひらとさせ軽快に部屋を出ていく。




「あっ、ちょっと何の書類なんですか!って、もういないし・・・」




書類の束は、解雇通知や内部事務通知など、様々な書類が入っており整理されいる様子は見られない。


”適当に積まれた”といった様子がありありと見られた。




「ったくあいつら、最近担当した奴がメキメキと頭角表してるからって調子に乗ってんな・・・」


人事担当部の功績の一つに、採用担当した者の目覚ましい活躍がある。


多くの冒険者採用にかかわる人事担当部としては、その中から才覚のある者を選定することは、部署としてもギルドへの大きな貢献であると考えられているためだ。




「それに比べて、うちは採用どころか解雇と契約解除の通知がたくさん回ってきますもんねぇ・・・」




マロンが書類の束をぺらぺらとめくりながら呟く。


双頭の番犬は登録されている冒険者が多い反面、その中で問題行動が目立つ者も少なくない。


先ほどレイスが解雇通知をした男、ハワードもその一人であった。




「また、来るんですかね?」




マロンが心配そうに呟く。


解雇を受けた者はギルドから除名され、以降ギルドでの依頼受託はもちろん施設利用の禁止など、多くの制限を受けることとなる。


そのため、これまでの様に活動することができなくなるため、反感を買う事も多い。




「来たら速攻返り討ちだ。除名されたからにゃ遠慮なく騎士団に突き出してやるさ」




反感を持った者が、復讐にと職員を襲う事も頻繁に起きている。


それも解雇を決定しているギルド上層部などではなく、通知をした職員に対して行う者が多い。




「人事担当部なら弱くて憂さ晴らしできそう、って考えてるんですよねきっと」




はぁ、とため息をつくマロン。




「ま、そういう事だな。だからお前も力つけとかないと危ねーからな」


「え~先輩が守ってくれるって信じてますよ」




目を輝かせ上目遣いでレイスを見つめる。


マロンよりも一回り大きくため息をついたレイスは、彼女を無視し仕事を進める。






―――その晩




「くっそー、ギリギリになって仕事が入ってくるとかついてねぇな~」




ぶつぶつと愚痴をこぼしながら帰路につくレイスの姿があった。


定時ギリギリに、翌日採用担当となる案件が舞い込んできたため残業を余儀なくされた様子である。


日が落ち、辺りはすでに暗くなっている。


レイスの住む家の周辺は、閑散としており、人通りがあまり見られない地区であった。




「・・・はぁ、俺はとっとと帰ってひとっ風呂浴びたい気分なんだが」




レイスが急に足を止め、振り返る。


そこには、昼間に解雇通知をしたハワードが立っていた。




「よぉ、今日は世話になったなぁ人事担当さんよ」




険しい顔でレイスを睨みつける。


そしてその太い右腕には、見知った顔が抱えられていた。




「マロン・・・そいつをどうするつもりだ?」




右腕に抱えられたマロンは気を失っており、ぐったりとしている。




「はっ、別にこいつにゃ恨みはねぇからな。お前をたっぷりいたぶって土下座させて、すっきりしたら解放してやるよ。とりあえずその場で土下座しろや」




マロンにナイフを突きつける。


ハワードは興奮気味で、ナイフを握った手が震えている。




(ちっ、ほんとに刺しかねねぇなこいつ)




レイスは不服そうに膝をつき、両手を地面へと置いた。




「おら、その汚ねぇ顔も土にこすりつけろ!」




ハワードが歩み寄り、右足を大きく上げ、レイスの頭を踏みつけようとしたその時であった。




「カスが、てめーに下げる頭はねーんだよ」




レイスの両手が黒く光り出す。


”拘束魔法<バインド>"


レイスが呟くと、途端に無数の黒い帯のような物がハワードの足から現れ全身を締め付ける。




「ガッ!グッ・・・」




ピクリとも体を動かすことができないハワード。


そんな彼を尻目に、レイスはゆっくりと起き上がり膝についた土をはらう。




「ったく、こんなんに引っかかるからテメーは雑魚なんだよ。とりあえず俺の後輩は返してもらうぜ」




ゆっくりと右腕を掴んで広げ、マロンを解放する。


そして、大きく体を逸らせ―――




「こいつは俺の分だ!」




全力でハワードの顔面を殴りつけ、巨躯が大きく後方へと吹き飛ばされた。


気を失ったままのマロンを背負い、そのままレイスはハワードの体をロープで縛る。




「めんどくせーがこのまま騎士団に突き出してやるよ。もうギルド員じゃねーから大目に見る必要もねーからな」




縛り付けたまま、騎士団の詰め所へと引っ張っていき、彼を引き渡したレイスはマロンを背負ったまま改めて帰路へとつく。




「あれ・・・先輩・・・?」




道中、ふとマロンが目を覚ました。


ぼんやりとした目をこすりながら、辺りを見回す。




「やっと起きたか。とりあえずこのまま家まで運んでやるから休んどけ」


「すみません、急に変な奴に魔法で眠らされて・・・」


「変な奴?ハワードじゃないのか?」




こくりと頷くマロン。


レイスは訝し気な表情を浮かべる。




「ありがとうございます・・・先輩に助けてもらうの、2回目ですね」




マロンが安どの表情でレイスの背中にすがる。


そんなマロンの様子に表情が緩み、いつもの様子が戻った。




「は?お前助けるのなんて初めてだろ?」




レイスが背負ったマロンに目をやる。


が、そこには背中で寝息を立てるマロン。


はぁ、とため息をつき足を進める。




(先輩は覚えてないかもだけど、2回目なんですよ・・・)




虚ろな中、マロンはそれを声には出さず、眠りについた。

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