スティング・インクベータの優雅なモーニングルーティン

 スティングは異世界、ヘルサイト出身であるが寮には属していない。彼自体集団行動が苦手で自覚もしている。そのため駅前の豪勢なマンションに居を構えている。寮は住居による経済負担を軽減する策であり、そこに住まなければならないわけではない。スティングの様に、資産に余裕がある場合はこうして別個の住居を用意する。

 ゆいは桃源世ゲート付近に住んでいるので彼女もまた寮生ではない。

「ふむ……」

 スティングは英字新聞を読んでコーヒーを飲む。優雅な朝だ。しかしその内容をまるで理解できていない。成績はいい方だがそれもすべて女の子に対してかっこつけるためであり、試験の攻略に重点を置いているので実用性は皆無だ。

「ふむふむ」

 コーヒーも本当はブラックを飲みたいが、クリームと砂糖がガンガン入っている。かっこつけるの本当に向いてないよ。

 こうして誰も見ていないところで優雅なモーニングを過ごして登校する。細部にこそ神は宿る、見えていないところへのこだわりは大事とはいうがこれはなんとも。彼はエレベーターを使わないが、ああいう閉鎖空間でナンパは却って恐怖心をあおるだけだと理解しての行動だ。彼の行動原理は基本、女の子と楽しくおしゃべりしたいに基づいている。無論相手が受ける印象も重要視している。

「ん?」

 高層なマンションの階段を降りていると、その途中で立ち尽くす少年の姿を見かけた。ぱっと見中性的で遠巻きでは女の子に見えるが、スティングは問題なく見分けられた。手首や足首、肩幅など男が出る場所は多数あるが、彼の女の子に対する執着がなければ判別は難しい程度に二次成長の痕跡がない。

「おい、大丈夫か?」

 スティングはそんな少年に声をかける。別に彼も男が嫌いというわけではない。この世のあらゆる人間が女の子の大切な人かもしれないと考えると、スティングは人並みに親切だ。

「……ぁ、はい」

 少年は消え入る声で返答する。手には新聞を多数持っている。新聞配りだろうが、このマンションの郵便受けは一階にある。ここは最上階からそう遠くない場所だ。彼はここで見ない顔であり、このマンションにオートロックはないので新聞を届けようとして登ってきただろうことが伺える。

「郵便受けは一階だぜ」

「え、あ……ぁ、すみません……」

 スティングは自身の能力で少年の名前を確認する。名前というのは魔術的に重要なので、それを見抜くためにある力だ。特別な防御策をしていなければ、『倉木夜くらきよる』と少年の名前がはっきり見える。

「ここから降りるのも骨だろう。掴まってろ」

 スティングは少年の手を取り、指を鳴らして一回の郵便受け前に瞬間移動する。事前に千里眼で飛んだ先に人がいて驚かせないかもチェックする。どちらも普段は使わないのだが、それは歩いてナンパ相手を見つけたいのと覗きになっては失礼という流儀故。

「え? あれ?」

「一階の郵便受けだ」

「あ……ぁ、あの、ありがとうございます……」

 その少年、夜はぎこちなくお礼を言う。スティングは空間転移で冷蔵庫からサンドイッチを取り出して彼の口に突っ込む。飢餓状態の人間の状態は一目でわかるほど、ヘルサイトのインクベータ領は貧しかった。すべてスティングの親で領主のインクベータ卿が原因だが。

「食っとけ」

「んむっ……」

 何か返される前にスティングはそそくさと登校する。この程度礼を言われるほどでもない。ただ、少し気になることがあった。夜から基幹世界の人間とは違う気配を感じたのだ。根幹は基幹世界のそれだったが、その内部に何か異質なものが潜んでいる。

「あとで相談してみっか……」

 ただスティングはこれまでヘルサイトの安定化に注視しており異世界情勢には詳しくなかったので、ワールドセイバーの様なこの世界で活動している組織に聞いた方がいい。

 そんな出会いが四月のことであった。


   @


 ゴールデンウィークに近くなったこの時期、夜を見かけることはなかった。再度会えばワールドセイバーに突き出したりできるのでちょっと探しているのだが、一向に見かけない。

(まぁお前ほどの男が気になるんならワールドセイバーの施設で検査した方がいいな。とりあえず知り合いにも見かけたら連れてくる様に言っておく)

 日本語教師の府中はそう判断した。何か気になることがあれば調べる、これを繰り返さないと世界の滅亡は防げない。彼はスティングの能力を知った上でこの感想。

 別に男一人を見かけない程度で神経質にはならないが、あんなふらふらで新聞配っていると少しは気になるのだ。

「あ、やっべ宿題……」

 教室でどの女の子に話しかけようかと考えていると、ふと宿題のことを思い出した。各異世界のことをレクチャーする動画をネットに白楼が上げているのでそれを見て感想を言うという、入学初期にありがちな簡単なものだ。

「なるべく女の子が映ってるので……これか」

 どの世界もピンとこないのでスティングは講師で動画を決めた。パッと目に入ったのはゆいに似た妖狐の女の子が授業をしている桃源世の動画。苗字が妙蓮寺なので親族か何かだろう。

『桃源世では呪術が存在しています。これは無条件に誰でも呪えるわけではなく、名前を知らないといけません。なので呪術師の多くは実名を隠してします。また、業というのも重要でして、業に釣り合わない呪いをかけるとその負荷が術者に跳ね返ってきます』

 桃源世編の中でも、呪術を取り扱った内容だ。ゆいのメイン戦術である。

『例えば呪い殺すというのは、相手が無辜の者を殺した場合に業が釣り合います。一発自分をひっぱたいた相手を呪い殺すと、そのつり合いが取れない分が自分に返ってきます。相手の行いに合わない強大な呪いをかけると返ってくる余波の方が大きくなり、自分の方が死にますね。貨幣経済のある世界の方は、おつりをイメージしてください。十円のガムを買って一万円札を出すとめっちゃ店員さんにいやな顔されますよね? あんな感じです』

 見ているが話の内容は入ってこない。この子かわいいなぁが先行している。内容はどうでもいい、宿題さえ終了すれば。そんなノリと気の抜き方で生きている。

『業というのは悪いことをしなければ溜まりません。世界によって法律は様々ですが、殺しはいけないとか人をだましてはいけないとかそういう基本的なものですね。特に業の変動が大きいのは、運命への介入ですね。魔法と呼ばれる力で他人の幸運をかすめ取るなんかはとっても危険です。業がめっちゃ溜まりますから』

 ただその中で気になったのはこの部分。幸運をかすめ取ることができるなら、女の子に降りかかる不運もかすめ取ることができるはずだ。理屈の上では。しかしそれは業の観点でどう判断されるのだろうか。やはり悪いこととして、溜まってしまうのだろうか。講師もそんなことは想定していないので最後まで触れなかった。

「もしそれで業が溜まったら……それは名誉の負傷だな」

「お前は何言ってんだ」

 スティングがそんなことを独り言ちるも、遊騎に聞かれていた。

「いや、この動画で呪いの業がどうとかで、幸運を奪うのがいけないことだから不運を奪うのはどうなのかなって」

「さぁ、んなことやる奴が稀有だからな。お前は女の子の不幸は奪うだろうけど」

 遊騎は彼の考えそうなことを見抜いていた。やれる方法があるなら学術的な観点から試すこともあるだろうが、それが真の2000年問題で世界が混ざって初めて生まれた懸念なら解明しきれないこともある。


   @


 一方で響は暦メイとのやりとりをするため、早朝にいつもとは逆方向へ向かった。大型のネイキッドバイクを飛ばし、早急にあっちやこっちを往復する。車もあるが取り回しはこっちの方がいい。強化人間の筋力があれば自転車の様に軽々と方向転換できる。

「あれ恥ずかしくないのかなぁ?」

 ふと通り道の高校に掲げられた横断幕を見る。こういうのは大抵、部活名が記載されているものなのだが個人戦の成績であるためか『春総体優勝 倉木まひる』と個人名で書かれている。

「まぁいいか」

 部活の成績で人を呼びたい私学はともかく、公立でこれは珍しいなぁと思ってバイクで通過する。頭蓋骨が強化金属でできているが故の特殊許可でノーヘル運転が許されているが、面倒に巻き込まれて学校に遅れたくないのでフルフェイスのヘルメットとライダースジャケットを着用しておく。制服も隠した方がいい。

 響はリーザとの約束を果たすため、バイクを安全運転で走らせる。ワルキューレルーン、この戦乙女と呪いを打ち破ったのも随分懐かしく感じるほど、ここ最近はいろいろあった。

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