式神祭直前

 リーザの成仏から夜が明けた。寮の庭に朝日が差す。そこに響と緋奈がいた。

「ええぇ……ホントにいいの?」

「うん。ばっさりお願い」

 響はジーパンを穿いて、上半身は裸だった。こうして見ると、義手の存在が目立つ。右腕は肩まで義肢であり、固定する金具は鎖骨の部分まで続いている。左は肘までが機械だが、やはり接続の関係で二の腕まで金具が続いている。

 ジーパンの固さと相対する様な柔らかさのある素肌だが、この肉体も多くは人工のもの。普通ならここまで細身で、目にも止まらぬ動きは不可能だ。

「でも突然髪を切りたいなんて……」

「失恋したら髪を切るのが日本の伝統なんでしょ?」

 響は切った髪を避けるための、ビニールのポンチョを羽織って椅子に座る。緋奈は勿体ないと思いながら、彼の艶めく髪に鋏を入れる。

 緋奈が髪を斬る鋏を持っているのは、彼女の紅い髪が原因だった。魔法少女を長く続けた副作用で髪の色が変化していまい、黒染めも出来なくなっていた。美容院に行く度、奇異の目で見られるのが嫌で、自分で髪を切る様になったのだ。

 もっと奇抜な髪色に染める人もいるだろうが、彼女は自分の意志で染めたわけではない。だから、響の黒髪を羨ましく思っていた。

「失恋したら断髪ねぇ。するのかな皆」

 響の日本観は大分、恩人の奏に毒されているところがある。緋奈も当然奏を知っており、どこの影響かはすぐにわかった。

「ま、髪切ったら少しは男の子っぽくなるかな?」

 緋奈はそこを期待して髪を切った。響と出会った頃、既に彼の髪は長かった。なので最初は新手の魔法少女かと思ったものだ。

「なんだかさ、ここまでいろいろあったよね」

 髪を切りながら、緋奈は思い出す。響との付き合いは漫研より長い。だが、響が長く苦しんでいたものには気付かなかった。当時は彼女も魔法少女へのトラウマで手一杯だったから仕方ないのだが。

「でも、これからなんだよね。私も、響も」

 緋奈は軽い気持ちで魔法少女の力を手にし、家族や友人を失った。だが、生き残ってしまった彼女にはまだ未来がある。

「そうですね。リーザさんの分も頑張りましょう」

 一足先に逝った仲間の為、二人は決意を固める。まずは式神祭。リーザの分まで楽しむと決めた。


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「響、どうしたお前……」

 月曜日、一日ぶりに響に会った遊騎は驚愕することになる。髪を切ったというのは漫研の誰にも言っていなかったのだ。

 彼は部室に来た時に気付いたのだが、これが似合っているのだ。髪を切れば少しは男っぽくなるだろうと思われたが、実際は違った。

「失恋したら髪を切るのが定番ですよね?」

「定番? 定番……うーん」

 響は机にもたれながらいきさつを話す。遊騎にはそれが定番かどうかは判断できなかった。

 明るい印象に加え、失恋が理由だからかどことなく色気が滲んでいた。制服もブレザーの上着を脱ぎ、合服の黒いセーターを着るようになったため細い体のラインもはっきり見えるようになった。

 これがまたなんというか、腰付きが豹を思わせるしなやかさを持っており、女性的というか遊騎が危うく道を踏み外しそうになるものだった。

 それが目立つのは、今までの猫背のような丸まった姿勢をやめたからだろう。『小学校入る前に引っ越してしまった内気な女の子と高校で再会したら積極的になっていた』みたいな成長ぶりを見せた。

 一日でこうなるのは不思議だが、十五年分の変化が憑き物の落ちたことで押し寄せたと考えれば納得できる。

「も、もったいない……切った私が言うのもなんだけど」

 一緒に来ていた緋奈も頭を抱える。これは断髪の効果が全然予想外のところに出た分も抱えている。

「ていうかゆいとスティングはまだかよ!」

 部員を一人失っても平常運転な二人に、遊騎は呆れと頼もしさを感じた。

「失礼します」

 その時、誰かが部室の戸を開けて入ってきた。

「ん?」

 それは、見知らぬようで馴染みのある顔の女の子だった。付近の中学の制服であるセーラー服を着ている。

 どことなく、リーザの身長を伸ばして大人びさせたような顔立ちをしている。メガネのせいか余計にしっかりして見える。

「あ、メイさん」

 響は彼女と面識があった。彼女はリーザの妹の暦メイ。手には何処なのか良さげな和菓子屋の紙袋があった。

「初めまして、妹の暦メイです。姉がお世話になりました」

「すげぇ! リーザに似てるから違和感ハンパネェ!」

 遊騎はすごい失礼なことを言うが、それくらい似ているがよくできた妹だ。

「姉が迷惑かけてなかったでしょうか?」

「あ、うん。迷惑……ね、カケテナイデスヨー」

 遊騎はなんとかごまかした。ぶっちゃけると掛けられたが、死人に鞭を打つ様なことは敢えて言うまい。

「なんだか、こうしてみるとまだ姉さんがいるみたいですね」

 メイは部室を眺め、リーザの気配を感じる。そういえば、リーザは生きた身でこの部室にいたことがない。

「ああ、なんだか暗くなっちゃいますね」

 メイは自ら、しんみりした空気を打ち切る。

「みなさんに紹介したい方がいます」

「え?」

 メイは誰かを連れてきたらしい。彼女に促され、その人物が入ってくる。

「どうも。ここがリーザのいた部活?」

「胡桃さん!」

 入ってきたのは、なぜか白楼の制服を着た木葉胡桃だった。あとからデニスや響のクラスメイトであるエルフの女子も入ってくる。

「よぉ。主力いなくなってピンチだろ? 絵は描けねぇが手伝いにきたぜ」

「響、ほんと髪綺麗なのに勿体ないよね」

 突然のオールスターに、遊騎はなんだかテンションが上がる。

「すげぇ、大集合だ!」

 みんながここに来たのは、漫研の手伝い。ただでさえ突然の申し出を引き受けたのにメンバーを欠いてしまったので、生徒会もいろいろ手を回したのだ。

「というわけじゃ。みんなで成し遂げるんじゃ!」

「わっ! びっくりした!」

 遊騎の隣に、ゆいが突然現れた。これだけいれば、リーザの抜けた穴は埋められる。式神祭は今週の日曜日。いざ決戦である。


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 天地市の隣、尾平良おへら市にあるボロアパート、それがジーラインらの隠れ家であった。六畳一間、風呂とトイレが付いていることが辛うじてセールスポイントになるくらいか。何気に風呂とトイレは別だが、ユニットバスなどというオシャレな物が入ってくる前の建物だ。

「本っ当……風呂使えないのどうにかしなさいよマルス! あと生臭い!」

 アンジェは消臭スプレーを浴室に吹き付けながら不満を言う。義肢のせいで目立つのを避けるため、銭湯にも行けないのだ。機械の義足の女の子が銭湯にいたなんて情報が白楼に届けば、潜伏先がバレてしまう。

 兵士なら風呂くらい我慢できる、と基幹世界人は思うだろう。しかし彼女は宇宙の出身。狭い宇宙船での衛生管理は死活問題で、貴重な水を使ってでも体を洗うのは義務なのだ。戦場が宇宙のため、泥にまみれた野戦とは縁がない。

 マルスは風呂場で新しく調達した魔獣の肉体と融合しており、この世の悪臭という悪臭を濃縮した臭いを放っている。例えるならバケツ一杯の下痢便を汗だくな運動部の部室にひと月、それも真夏にひと月置いた様な匂いをしている。これでは蛆も沸きまい。

「我慢しろ! 融合に時間が掛かるが、これさえあれば誰の攻撃も受けつけん!」

 肉の繭と化したマルスは自慢げだったが、基幹世界日本国の文化を学んだアンジェには『フラグ』というものにしか見えなかった。

「さらば、私の敷金……」

 ジーラインは匂いが畳に染みついているのを感じ、敷金は帰って来ないだろうと覚悟した。いくら空き部屋が埋まらないからといってこんな身分の怪しい連中に貸す大家も悪いのだが。犯罪に使われたらどうするつもりなのか。

「こんなに臭いんじゃ通報されちゃいますよ! 一佐、どうします?」

「……」

 ジーラインはアンジェの言葉に答えず、考え込んでいた。

「悩んでいる……だと?」

 原因はゆいの言葉。人身売買の被害者である響をこれ以上追い回すことに、意味があるのだろうか。敷金の事が頭によぎる復讐者などいるものか。

「ああ、一佐早く決めて下さいよ。ミソとショウユどっちにするんですか? こんな匂いじゃ食欲出ないと思いますけど」

 なんだか所帯じみてきたアンジェを見ていると、彼女が辿るべきだった未来も浮かんでくる。

 きっと、強化手術を受けてなければもっと歳を取っていて、夫や子供もいただろう。

「一佐?」

 アンジェはぼんやりするジーラインを心配そうに呼ぶ。

「アンジェ、俺達はこれでいいのか?」

「いいって……何がです?」

 ジーラインは、アンジェに聞いた。彼女はこれまで、エストエフに生じた歪みを追ってきた頼れる部下だ。

 遺伝子編集禁止法により生まれた反デザインベイビーを掲げる過激派や、逆に追いやられてテロリストとなった者たち、そしてそんな悪法を制定した強権的な連邦政府と反対派を弾圧してきた組織の殲滅。その特命に付いて来た仲間はいくらでもいる。が、こんな世界まで響を追いかけてきた部下はアンジェ一人。

「このまま、あの継田響を討って、我々に道理はあるのか?」

 だからこそ聞ける。今や善良な市民となった響を討ち倒すことに意味があるのか。

「ありますよ。そうでなければあの日、新兵集会の場で命を落とした同胞は、安らぎを得られない」

 アンジェに迷いは無かった。響は連邦政府への見せしめを目的とし、新兵とその家族が集まる集会で惨劇を起こした。脚を失いながら生還したアンジェには、響に明確な恨みがあった。

「その新兵集会、昔は私も参加したな」

 ジーラインはかつて、自分がその集会にいた時のことを思い出す。力なき市民を守るという使命に燃えていた時のことだ。

「あの場でエストエフの新兵はある誓いを立てる。覚えているな?」

 ジーラインはアンジェに聞いた。彼女の方が、その記憶は新しいはずだ。

「もちろんですよ。『力無いことは罪ではない。我々が民の盾となり剣となる』」

「では、我々はそう成れているか?」

「……」

 この問には、アンジェも詰まった。思い起こせば、響を狙って随分と徒に混乱を起こしたものだ。

 その時は響への復讐で頭がいっぱいだった二人も、彼の変貌に敗北という二つの冷や水を浴びせられれば冷静にもなる。

 これは彼らが敗北を繰り返さない優秀な兵士であるが故だ。

「あいつがもうちょっとろくでなしだったら、やり易かったのに……」

 アンジェは呟く。響が悪党なら簡単だったが、その彼もまた遺伝子編集禁止法の被害者という事実が話をややこしくする。

「食べましょう、麺が伸びます」

「正直、この悪臭では食う気しないがな」

 迷いと臭いで二人の食欲は無い。だが、食事も兵士には仕事の一つ。無理にでもカップ麺を流し込み、明日に備える。


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 漫研は主戦力を欠いたものの、救援要員を得て作業ペースは衰えずに済んでいた。式神祭は今週の日曜。すでに今週はゴールデンウィークに入っているため、たっぷり作業ができる。

「姉さんの原稿は、私と響さんで終わらせます」

 リーザの遺作はメイと響で完成させることになった。響のアシスタント能力は遊騎も知っていたが、メイが彼に肉薄する腕前を見せる。普段から姉の原稿を手伝っていたことが伺える。

「へぇ、リーザってデジタルで描いてたんだ」

 遊騎は画面にペンを走らせてできていく漫画を見ていた。道具がないので響以外のメンバーはアナログで仕上げていた。

「デジタルも結局、素の実力がないと意味を持ちませんが修正や分担がよりやりやすいですね」

 メイによれば手伝ってもらい易い様に手は打ってあった様だ。ペンタブは何かと便利だが、これを導入したからといって急に腕が上がるわけではない。メイに手伝わせる気満々の準備が今回は状況に突き刺さる。道具をしっかりリーザが使いこなしていたことが伺える。

「でもまさか、遺作をボクに任せてもらえるとは」

 響ははみ出すことなくベタを筆ペンで塗りながら呟く。てっきり、彼はメイが一人でやるものと思っていた。

「響さんがアシスタントをしたサークルの同人誌に目は通しました。メイン作家の急病を抱えながら原稿を落とさなかった完走力は信頼に値します」

「あー、あれか。響が死にかけたって言ってた」

 メイの話を聞き、遊騎はそのことを思い出した。響は拾ってくれた奏の恩に報いるつもりで必死だったのだろう。商業誌ならともかく同人誌で急病なら周りも納得しようが、その匙加減など当時の響に知る由も無い。

「しかし、あのサボりんぼなスティングが原稿をもう仕上げておるとはのう」

 ゆいは自分の原稿を描きながら、スティングの机を見る。原稿が置かれており、彼の姿は無い。やはりマルスを追っているのか。

「あいつがそんな責任感のある奴だとは思わなかったよ」

 原稿を置いていったスティングは、遊騎に『足癖の悪いシンデレラに会ってくる』と言っていたが、それはアンジェのことだろう。そしてそれが彼なりの照れ隠しに違いないと思っていた。

「まぁ、あれは半分本心じゃろうな。残り半分は、マルスが再度仕掛けて来るなら人の集まる式神祭。女子に被害が及ぶことを奴が見過ごすとは思えんわい」

 ゆいとしてはそう予想した。スティングはよくも悪くも一貫した人間だ。

「ま、そっちの方があいつらしいか」

 遊騎もそういうことで流した。あのスティングに、急に使命感や責任感に目覚められても気持ち悪いだけだ。そのくらいが彼らしい。

「ところでお主、その羅列された文字は?」

「ん? ああ、ちょっとな」

 ゆいは遊騎が作業しながら紙に言葉を書き溜めていることに気付いた。やれ『聖杯』だの『王』だの、漫画には関係なさそうである。

「前にゆいさ、能力の名前がどうのって言ってただろ? リーザのポルタ―ガイストに頼れなくなった今、俺の超能力も強化する必要があってな」

 漫研はリーザを失い、制作的にも戦闘面でも戦力が減少している。それを補うため、ゆいのアドバイスを元に超能力を強化していたのだ。

 無銘の能力に名前を付け、制御する。まずは第一段階だ。

「あー、しっかし乾燥するなここ」

 ハンカチを取り出し、遊騎は乾いた目を拭う。部室には空調を効かせてある。乾燥してインクが少しでも早く乾くことを期待してのことだ。

「ん?」

 ハンカチをしまった時、彼は制服のポケットに何か入っている事に気付いた。それはシートに入った響の鎮痛剤だった。正確には精神安定剤的なものだが。響に貰ってから、ずっと入れっぱなしだったようだ。

 シートに空いた穴は四つ。響が使った三つに遊騎の使った一つ。

「あ、これ……」

 最初の一つ以降、結局使わないまま痛みも引いたので、響に返そうとする。しかし、遊騎は彼が集中している様子なのでその場で返すのをやめる。

「また今度でいいか」

 そのままポケットにしまい直す。使用期限はあるだろうが腐るものでも無いし、すぐで無くともいい。

「よし、と」

 胡桃は既に出来上がっている原稿をコピー出来る様に準備していた。

「全く、リーザのためとはいえリザードマンと協力することになるなんてね」

「俺も、エルフと仕事なんて一生ねぇと思ってた」

 エルフの女子とデニスはそんな会話をする。響はデニスが死闘と書いてデートの話をした時、エルフと戦ったと言っていたのを思い出す。

「そういえばデニスさん、この前エルフと戦った経験があるって言ってましたよね?」

「ああ、そうだったな」

 響に聞かれ、デニスも思い出す。エルフの女子がそこを解説した。

「私達エルフとリザードマンは同じ『アバロニア』出身だけど仲が悪いの。まぁ、それでも同じ種族で殺し合う人間よりマシよ。人間とか肌の色違うくらいで殺し合うって本当? 最悪肌の色同じなのに殺し合ってるんだけど。もう意味わからない」

 それを言われたらおしまいである。リザードマンとエルフの対立も、同じ学校に通って一緒に作業できる程度のものである。ガチ殺し合いになっている勢力もあるが、この二人はまだ穏健派。

「アバロニアね、また新しい世界だ」

 また新しい世界の名前が出てきて、遊騎は情報を整理する。

「アバロニアか。ゆいの世界が桃源世、響がエストエフ、スティングはヘルサイト、そんでアバロニア……こうして並べると随分多いんだな」

 僅か数人の友人で出身世界が被っているのはデニスとエルフの女子だけ。改めてスケールの大きさを実感する遊騎であった。

「そういえば、うちの学校ってどこからの留学生が多いんだ? 傾向くらいあんだろ」

 遊騎はふとそんなことを思った。響を狙う連中やスティングに恨みを持つマルスが即座に追って来なかったというのも気になる理由だ。特に響は地球に来てから五年も経った今になって、ジーラインが追ってきた。

「ふむ、そうじゃのう。一口に世界がゲートで繋がったとはいえ、その度合いは異なる」

 ゆいが説明する。『真の2000年問題』で世界間の行き来が可能になったとはいえ、全ての世界が積極的に地球へ目を向けたわけではない。

「まず、開いたゲートの数じゃ。儂らの桃源世はこの地に一つ、そして他にも基幹世界に数か所開いておる。加えて、何れも都に近い。じゃから利便性も高く、交流が進んだんじゃ」

 天地市のゲートなら遊騎も見たことがある。ゲートは一つの世界につき一つ、というわけではないようだ。

「そうだな。俺の故郷アバロニアは名古屋の地下街の他に、イギリスに繋がっている」

 デニスの世界も複数のゲートが繋がっている。

「じゃが、エストエフは基幹世界側のゲートが南極に開きおった。加えて、エストエフ側のゲートも辺鄙なところときておる。これが唯一のゲートじゃ。ジーライン殿はよくもまぁ、響の消息を追えたものじゃ」

 ゆいはエストエフの状況を改めて確認し、ジーラインの能力を測る。響が管理される立場だったからこそ販売ルートを使って追えたものを、これがただの逃亡犯なら追跡は不可能に近い。

「次に、交流の度合いというものがあるのう」

 ゆいが次に出したのは交流について。

「桃源世は真の2000年問題以降から親密にしておるが、そうでない世界も多数あるのう。エストエフは先程言うた不便さからも交流が今までなく、エストエフ出身者はこの学校じゃと響しかおらんかった」

 さらに、と彼女は付け足す。

「異世界によっては基幹世界侵攻を考える世界もあるのじゃ。なんといっても、基幹世界を押さえれば他の異世界にも手が届く。ヘルサイトの一部貴族がそれじゃ」

 ヘルサイトはスティングのような穏健派が止めたが、決して友好的な世界ばかりではない。積極的に関わろうとしない世界もあれば、世界の一部勢力が侵略を狙う場合や、『真の2000年問題』の時に日本以外から攻撃を受けて基幹世界に反感を持つ勢力もいる。

 マルスがスティングを追えなかったのは、ゲートを穏健派が抑えていたから。おそらく地球にはこっそり侵入したのだろう。無理矢理突破すれば、その情報はスティングに漏れてしまう。

「じゃが、もしそのような思惑があっても実現は不可能じゃ」

 しかしいくら基幹世界を欲しても、それは叶わない。

「基幹世界を取られるということは儂ら他の世界の住人にとっても危機じゃ。なにせ閉じられない出入口が基幹世界に開いておるからのう。もし基幹世界を得ようと軍を進めれば、多くの世界を敵に回すことになるのう」

 そんなわけで、地球はおいそれと侵略出来る土地ではない。

「今回、エストエフから二人の軍人が派遣されたのは、向こうの政府の意向ではなかろう。星空に人が住まい、大地を欲する世界とはいえ基幹世界を得るというのはあまりに困難じゃ」

 エストエフは基幹世界に関して『不干渉』の立場。交流しようにも『行き来が不便』という壁は言葉尻よりも厚い。アンジェやジーラインが日本語を話せる辺り、主要都市の調査はしているだろうがそれもどこまでしているか。

 基幹世界ではアメリカなどが大きな力を持っているが、異世界間交流において日本は重要な土地である。案外エストエフ政府としてアメリカやイギリスはノーマークかもしれない。

「そうか、そんなにたくさん世界があるなら、二代目漫研レッドも意外な世界から出るかもな」

 遊騎は感慨深げに呟いた。それを聞き、ゆいは思わず驚いた。

「お主、漫研ファイブはダサいと言うておったろう?」

「ダサいよ? そこは否定できないんだが、リーザが俺らに遺してくれた最後の物だし。この名前さ」

 遊騎が今になって漫研ファイブという名前に固執したのは、理由があった。

「俺さ、ばあちゃんとお袋と暮らしてんだよ。親父はいなくてな。俺の名前、親父が付けてくれたんだ」

「ほう。突然な自分語りじゃな」

 遊騎は祖母、母と暮らしている。それはゆいのみならずスティングや響も知ることだ。だが、名前を亡き父が付けたという話は初耳だ。

「その話結構聞くし、だからか残してくれた名前に思い入れがあるのかもな」

 漫研ファイブという名前は自身の名前、そこからもう見えない父との絆を思い起こさせる。それが例え、とてつもなくダサいネーミングでも。

「漫研ファイブを再度成立させるには、赤が必要不可欠だ。できれば名前の先頭が『こ』で始まればいいが……最近の戦隊ってメンバーの名前の頭文字並べても意味のある言葉になる例少ないから気にしないでいこう。むしろ初期メンバーで『コミックス』になったのが奇跡だ」

 遊騎は漫研ファイブ再結成に意欲を燃やしていた。ゆいはすでに、新メンバーに見当を付けてはいた。

「赤なら、緋奈がおろう。リーザを愛した男の親友というのも立場が美味しい。リーザ関係なら、胡桃もよいが……」

 残念ながら、胡桃は他校の生徒だ。可能性が一番高いのは緋奈だ。幸い、部活にも所属していない。

「そうだな。式神祭終わったら緋奈とも話してみるか。ちょうど、クラスメイトだし」

 遊騎は意思を固めた。クラスメイトとして、緋奈が部活を決めあぐねているのは知っていた。彼女にとっても、悪い話ではあるまい。


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 今日の作業を終え、遊騎は帰宅する。電車通学であるが、以前アンジェが荒らしたJRではなく私鉄を使う。

 ここに出店したら儲かるだろうに、駅前にはコンビニがない。そのせいで買い食いは家の最寄りで降りてからするのが彼の日課だ。

『まもなく、尾平良、尾平良です。お忘れものなさいませんようお降り下さい。ホームでの歩きスマホは……』

 私鉄の赤い電車に乗り、目的の駅に着く。学生や社員が多いからか行き交う人々はどことなく黒い。

 駅はそこそこ大きく、特急も止まるようだ。広いホームを黒い人の群れが埋め尽くし、しばらくして水の様にはけていく。人ごみが嫌いな遊騎は、ホームでしばらく待ってから改札へ向かう。

「ん?」

 同じことを考えていたのか、黒い中にあって目立つ白が人のいなくなったホームにいた。それは、アンジェ・ボガードであった。

「んな……」

「あ、ターゲットと一緒にいた一般市民」

 絶句する遊騎に対して、アンジェは落ち着いていた。彼は慌ててゆいから貰ったカエルの折り紙を探すも、その様子を呆れて見ているアンジェに攻撃の意思がないことを確認して諦めた。

「こんなところで何してる?」

 遊騎はアンジェに聞く。彼女は買い物袋を手にしており、服装もハイネックにロングスカートとどことなく所帯じみている。ズボンは裾に義足が通らないのだろう。

「見れば分かるでしょ。買い物」

 アンジェは正直に答える。だが、例え買い物袋の中身が消臭剤でも、エストエフの超技術で爆弾になりそうだと遊騎は警戒した。

「嘘だ! なんか匂うぞ?」

 遊騎は彼女から妙な匂いを察知した。それは彼女の拠点で悪臭を放つマルスのものだった。

「げ……匂う? ああ、もう! マルスの奴……」

 流石にアンジェも恥ずかしそうだった。即座に買い物袋から消臭剤を取り出し、自分に吹きかける。

「はぁ……全く」

「おいあんた。今なら俺を人質に出来るが……しないのか?」

 遊騎はアンジェに聞く。だが、彼女は意にも介さない。

「いらない。そんなテロリストじゃあるまいし」

「ええ………。一般人を負傷させて罠に使った奴の言うことかよ」

 遊騎はクラスメイトの緋奈が負傷した経緯は知っていた。魔法少女ではあるが、彼女は一応一般人の括りだろう。

「それ言われるとキツイわね……。こっちだっていろいろ悩んでんの」

 どうやら、それについてはアンジェも思う所があるらしい。

「つーかお前ここで降りるのかよ……」

「あんたこそ」

 二人はなんとなく、一緒に改札を出た。遊騎は定期券を、アンジェは切符を改札に通す。

「へぇ、ICカードじゃないんだ」

「まぁな」

 遊騎は紙の定期券を使っていた。それには理由がある。

「学校の最寄り駅、天地橋駅なんだけどよ、改札が三つしか無いんだ。その内、ICカード使える改札は二つでな。朝の時間帯はその内片方が一方通行になるから、降りる時にICカード使える改札は一つだけになるな。そうなると混むんだよ。みんなICカードの定期使うからな。紙の切符しか使えない改札が一つあるんだけど、それで混雑を抜けられるってわけ」

「へぇ」

 便利な物に落とし穴あり。ICカードはICカードで記名式にしておけば紛失しても大丈夫だったり定期区間外の清算が便利だったりする。定期が二枚以上になる場合は圧倒的にICカードの方がいい。

 だが、遊騎は滅多に定期区間外に出ないので紙の定期にしているのだ。彼は無駄にポイントカードや電子マネーを持ち歩くタイプではない。

「ローテクでも十分な時ってあるのね」

「むしろローテクの方がいい時ってのはあるんだ。精密機械ってのはどうにも壊れやすくていかん」

 アンジェの言葉を聞き、遊騎は自宅で祖母が乗る車を思い出した。もう生産が中止されたスバルの軽自動車だが、老人会の友達が買ったプリウスより長持ちしている。そういえば自分が生まれてからあの軽は変わっていないなと遊騎は思い出した。

「ああ、多分あの車壊れたら婆ちゃん、もう運転やめるな……」

 祖母の賢明さからして、歳を取ってから慣れない車を運転したがらないだろうと遊騎は考えていた。

「運転? 車? まさかスポーツ車でも無いのに運転してるの?」

「そうだよねーエストエフは自動運転ですよねー」

 アンジェは耳を疑ったとでもいいたげだ。エストエフの超技術なら、今話題の自動運転もお手の物だろう。しかし、彼女の口から語られたエストエフの現状は別のものだった。

「エストエフのコロニーは公共の交通機関が多いよ」

「そうなの? 自動運転は?」

 意外なことに聞こえるが、これには理由がある。

「ああ、それね。数が増えるといくら自動運転でも事故が避けられないし、危険な運転してでもショートカットやスピード出そうとするプログラムが流通したり、遠隔操作で車を暴走させる事件もあってね。公共の交通機関を人の手で運転するようになったのよ」

「そうなのか」

「エストエフで公道の運転を認められているのは、公共交通機関か物流の関係者くらいね。三年くらい専門の学校行かないと免許取れないの。後は金持ちのスポーツでサーキット」

 地球の日本国ではみんなが必死こいて向き不向きも無視して自動車学校に通い詰めるというのに、エストエフでは運転がエリートの仕事。やたら『日本は遅れている!』と声高に叫ぶ連中を遊騎は快く思わないが、こればかりはエストエフに軍配が上がる。

「そうだ。聞いておきたいことがあるんだよね」

 遊騎は、アンジェに聞いた。同じエストエフ出身者でも、これは響に聞けなかったことだ。

「な、なに?」

 アンジェは緊張の面持ちで質問を受けた。こうしてのんびり話をしているが、一応二人は直接の戦闘こそ無いが敵対関係にある。

「エストエフにも麺ってあるのか?」

「め、麺? それってヌードルのこと?」

 質問を聞き、アンジェは拍子抜けした。てっきり、響を狙う理由について詳しく聞かれると思っていたのだ。

「そ、婆ちゃんが言っていた。世界には何処に行っても麺があるってな。だから洋の東西が変わっても、人間の心は一緒なんじゃないかって」

 遊騎は超能力者であるから白楼に入った。ただ、白楼へ入学した理由はそれだけではない。暴走の危険が無い能力者である遊騎には、他の進学先も選べた。だが、祖母の教育があって異世界の事に興味があったのだ。

「あるにはあるけど、心まで同じかなぁ……。箸とか二本の棒で食べるとか考えられないし、ましてや啜るなんて……」

 アンジェは、とても世界を跨いでまで人間の心が同じだとは思えなかった。麺はあるが、コンビニでカップ麺を買った時は箸でなくフォークを貰うくらい食べ方が違う。麺があるからといって、そうは言い切れないのではないだろうか。

「俺は響見て余計に思ったぞ? あいつ、髪黒いせいもあって精々ハーフにしか見えん。異世界人だとは義手に気づくまでとてもな」

 響は五年いるとはいえ、基幹世界に馴染み過ぎている様な気が遊騎はしていた。というのも、彼のアイデンティティの殆どは地球で作られたものであり、エストエフでは感情を捨てた兵器の様なものだったという経緯もある。

 それを加味しても、彼が吐露した内面というのは基幹世界人の身でも理解できるものだった。罪悪感から自分が生きていいのか悩む。少し違うかもしれないが、基幹世界にも『サバイバーズギルト』という言葉があり、それに響の内面は通ずるところがあった。

「ホント、あいつなんでああなってんのよ……」

 アンジェは復讐しにくさへの愚痴を吐く。集会に乱入し、同期の命を奪った襲撃者と響の間にイコールが付けられないほど変貌していたので、どうにも本人とは思えなかった。

 管理タグが確かに本人であることを示しているが、響の発言からして真犯人のタグを移植して成りすましました、という可能性もアンジェは否定出来ていない。強過ぎる自罰感情のあまり、真犯人と交渉して罰せられる業を手に入れた狂人の可能性さえ彼女は考えていた。

 そのくらいの人物なら、相手の特徴に合わせて腕を切り落とし目を抉るのも軽く成し遂げるだろう。

「っ……く」

 そこまで考えて、アンジェの脚を鈍い痛みが襲う。万力で存在しない脚を潰されるかの様な激痛に、思わず彼女はうずくまる。腕を切り落とすところを想像してしまったせいか、自分が脚を切られた瞬間が蘇る。

「お、おい。大丈夫か?」

「こ、この程度……」

 遊騎は心配してアンジェを見る。義足を押さえていることから、痛みの原因に気が付いた。

「幻肢痛か。そうだ、薬があったな」

 以前、人格入れ替えの件で響から貰った薬を遊騎は思い出す。それを制服のポケットから取り出し、アンジェに渡した。

「薬あるぜ」

「え? 幻肢痛は普通の鎮痛剤じゃ……」

「その薬だ」

 アンジェは不思議そうにそれを受け取る。一般人の遊騎が致死性の毒薬など持ち歩かないと踏んで、使うことにした。単に痛くて疑う余裕も無いのだが。

 薬の服用方法など分からないが、痛くて聞いていられないので水無しで錠剤を呑みこんだ。

「……っ、はっ、はぁ……」

 スーッと痛みが引いていくが、同時に頭もぼやける。他人の薬など、あまり飲んでいいものではない。

「ん? あんた義肢じゃないよね?」

 ふと、アンジェは遊騎が五体満足にも関わらず幻肢痛の薬を持っていることに疑問を持った。幻肢痛はその名の通り、存在しない手足が痛むため、通常の鎮痛剤は効きが悪い。

「ああ、響がくれた」

 薬をあげる直前にも同じことを言ったが、アンジェの様子では聞いていまいと遊騎も重ねて説明する。

「なんで?」

「人格入れ替え機ってのを使ってな。体が響と入れ替わったことがあるんだよ。そん時、義肢使ってる響の体に俺の人格が入ったからか、スゲー幻肢痛喰らってな。それでくれたんだ」

 アンジェは白楼を調査した際、科学部が通過儀礼として人格を入れ替える装置を作るという話を聞いたことがあった。その一環で響の体に入った遊騎に、彼が薬をあげたのだ。

「ふーん、あいつ優しいんだ」

「言ってるじゃねぇか。響は漫研で一番信頼できるって」

 ちょっとした話だったが、アンジェはどうしても自分の脚を切断した襲撃者と響を重ねることが出来なかった。それだけの優しさがあれば、人の命を奪い、手足を切り離すことなど出来るものか。

「ねぇ、あんたは響が数々のテロに加担したって聞いて、信じられる?」

「お前らが言うだけなら信じねぇが、あいつが言うならそうなんだろ」

 アンジェは思い切って聞いてみたが、遊騎の回答は淡白だった。それくらい、強く響を信頼しているということなのだろうが。遊騎も最初は信じていなかったが、他ならぬ響がいうのでその話を信じた。

「響って、学校じゃどんな奴なの?」

「どんなって、そうだな。気がきく奴だ」

 今度は、学校でのことを聞いてみた。少しでもかつて自分が対峙した襲撃者の残虐性が感じられないか、縋る様な思いだった。

「お茶入れてくれるし、お茶菓子も用意してくれるし。ちょっと自分に自信無い感じだけど、いざって時は本当、頼りになるぜ。バトルになった時なんか、響がいたらもう勝ち確定ってくらいだ」

「ふぅん……」

 適当に聞き流しているようで、アンジェの胸には深く痛みが走っていた。もし遊騎の言うような優しい人が、無理矢理戦わされていたとすれば。

 当時は感情を殺していたとしても、後からその優しさが芽生えたとすれば、かつての積みに心が耐えられるのだろうか。

「んー、そうだな。でも俺高校であいつと会ったし、ひと月しか見てないなぁ」

 遊騎はそんなアンジェの心を知らず、最近の彼に起きた変化も語る。

「ああ、でもリーザが成仏してから、なんか明るくなったな。憑き物が落ちたっつうか」

「ん? ジョーブツ? どういうこと?」

 アンジェはそこでつい聞き返した。成仏という単語自体、仏教の思想なので異世界人の彼女には意味が伝わらなかったようだ。

「ああ、あいつ好きな奴がいてな。そいつがゴーストだったんだよ。そいつが無事天に召されて、失恋はしたけど響も悩みが解決したのかな」

「ゴーストね……」

 アンジェは潜入用に覚えた地球日本国の文化から、ゴーストにまつわる知識を引き出す。

「あっ、もしかしてあの浮かんでたやつがポルターガイスト? あれビット兵器じゃなくてゴーストの仕業だったんだ!」

「ああ、そうか。リーザは作品見ないと見える様にならないんだっけか」

 そこで初めて、以前響との戦いで目撃した謎の新兵器の正体をアンジェは掴んだ。そして、やけにニマニマしながら遊騎を見る。

「なんだ? 急にニヤケて。気持ち悪いぞ」

「ふっふーん。あの妙な攻撃はリーザっていうゴーストの仕業だったんでしょ?」

「そうだけど……」

「で、そのゴーストは天に召されたから、もうあのビット兵器は出てこないんだ」

「あっ!」

 遊騎は自分がまんまと内情を喋らされていることに気がついた。よく考えれば、味方にしか見えないリーザという存在は強い牽制になれた。

「くっそー、スパイだったのか!」

「最初から敵でしょ?」

 アンジェは重い袋を持ちながら、軽やかに去っていく。遊騎はしてやられて、悔しそうに拳を握り締める。

「情報は頂いたよ! ハニトラも無しで喋っちゃうなんて、やっぱ素人ね」

「んじゃ、俺も帰るからな。今響を狙おうとかても無駄だってことは言っておく。リーザとか比べ物にならないくらい、もっと強えーのが学校に山ほどいるからな」

 遊騎もアンジェに警告して、彼女と別れた。


   @


 遊騎がアンジェと頭脳戦を繰り広げている間、白楼の寮はちょっとしたお祭りになっていた。

「アマゾンから例の荷物が届きやしたぜ」

「うむ、いよいよだな」

 通販のダンボールを開け、寮生達が取り出したのはいつも遊んでいるコマの玩具だ。まだ箱に入っており、同じ様な箱がいくつもダンボールに詰まっていた。

「なにこれ」

 体験入寮という形でやってきた胡桃は茫然とする。種族が違うものの、明らかに大人の一団が玩具に群がっている。奇怪他ならない光景だった。

「なにって、ランダムブースターだよ」

「ランダム? カードじゃなくてコマがランダムで入ってるの?」

 デニスが説明したが、胡桃にはさっぱりだった。カードならともかく、玩具のランダム封入という発想には生憎縁が無い。あってもグリコのキャラメルか笛ラムネのオマケくらいだ。

「そ、この中のどれか一つが入っているの」

「へ、へぇ……」

 緋奈がウキウキしながら箱を見せるが、やっぱりわからない。千円近くするものなのに中身が選べないのはいかがなものか。とは、この楽しそうな集団にとても言えない。

 男の子の玩具に、夢中になっている緋奈は胡桃からは少し特殊に見えた。が、先程漫研で仕事を手伝っていたエルフの女子も一緒になって楽しんでいる所をみるに、これが白楼スタンダードなのだろう。楽しいことに性別は関係ない。

「あれ? そういえば響は?」

 胡桃は響の姿を探す。一緒に寮へ来たはずだが、いつの間にかいなくなっていた。

「おう、響ならさっき車飛ばして……」

「ただいま」

 デニスが行方を説明すると、響が帰ってきた。手には買い物袋が握られ、その中には通販のダンボールから出て来たのと同じものが握られていた。

「どこ行ってたの?」

「うん、ちょっと買い物。ボクだけ予約してなかったからね」

 通販で届いた玩具は、発売より前に予約したものであった。その時に十字架背負うマンしていた響は予約しておらず、発売日の今日に店頭で買ってきた。複数買う人が多い中、車まで出したのに買ってきたのは一つだけという辺りがまだ彼らしい。

「うんうん、お前に物欲が芽生えて嬉しいぞ俺は」

 付き合いの長いデニスは、そんなたった一つでも響が自分で欲しがって手に入れたことが感慨深かった。

「と、しんみりタイムはここまで! 狙うぜレア物!」

 そして即座に切り替え、箱を開ける。寮生達も活気付きながら開封する。

「やった、レアだ!」

「お、これもなかなか」

 結果は悲喜交々。案外、レアじゃないものが欲しかったりするのだ。

「ん? コマ以外もあるみたいだけど」

「ああ、これは遊騎さんとしてるカードゲーム」

 胡桃は響の買い物がコマだけでないことに気づいた。カードゲームもいくつか購入している。

「そういえば、デニスさんはそんなに買ってお金とか大丈夫なの?」

「ん? そうだな」

 そんなとこより、胡桃はデニスが結構買っているので収入が気になった。高校生をしているということは、表立って稼ぐ時間はそう無いはずだ。

「俺は本業が武闘家でな。アバロニアにいた時は用心棒で稼いでた。今は警察の依頼でたまに事件解決したり、奏の店の用心棒とかだな。あと道場で教えてたから月謝も収入だ。月謝以外は響も同じ収入だが……あいつはサークルのアシスタントがあるのか」

 デニスと響は当然というべきか、働いていたので収入がある。加えて警察との提携は続いているので、先日の様な襲撃に対応した場合は報酬が出ている。

 スティングは貴族の息子、ゆいはベテランの呪術師なので、この二人も収入はある。他の異世界から来た留学生も、本業を持っていたり留学そのものが任務だったりしてお金には困らないのだ。

「そうだ、緋奈は……」

 胡桃は二人から話を聞き、こうなると気になるのはちゃんと高校生の緋奈である。だが答えは明快であった。

「親の遺産と遺族年金」

「あ、ごめん……」

 またしんみりした空気になってしまう。緋奈は表情が変わっていないのに目のハイライトが消えている様に見えた。だが、気を取り直して胡桃に言う。

「でも実際助かってるよ。将来年金もらえないかもしれないからって言わずに、保険料納めてね。遺族年金と障害年金もあるから!」

「凄い説得力だ」

 これには社会保障に疎いデニスも納得。四人で話をしていると、大体開封の儀式が終わったようで、みんなが早速試しにコマを回していた。

「そうだ。緋奈、お前部活決めたか?」

「うっ……」

 デニスが思い出した様に、緋奈へ聞いた。まだ決めていなかったのである。

「ま、無理はしなくていいが」

 言い出したデニスも無理強いは出来なかった。なにせ、緋奈が部活に入りたがらないのは、魔法少女だった時に仲間を悉く失ったトラウマがあるからだ。そうした過去から、彼女は積極的に友達を作りたがらない。

「そうだ。漫研入りません? 絵が描けなくても大丈夫ですよ?」

 響は緋奈を漫研に誘う。メンバーとしても既知の仲で、かつ強いので仲間を失うトラウマは少し解消されるのではないかという考えだ。

「うーん、考えておく」

 緋奈は少し悩んで、返事を保留にした。新漫研レッド、このまますんなり決まるだろうか。

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