初デートは緑と赤で②

 とりあえず落ち着くために三人は場所を移った。自販機のある休憩エリアで、ベンチに座って一休み。

「なるほど、事故死した友人が幽霊になって」

 胡桃の同行者である、ポロシャツを着たナイスミドルが状況を整理する。中年男性らしいビール腹等は見られない、引き締まった体をしている。

 スキンヘッドのせいか若々しく見え、温和な顔立ちで近寄りがたさはない。

「あービックリした。リーザの幽霊なのね」

 胡桃も落ち着きを取り戻した。リーザが幽霊であることは、実際に見えていることと真の2000年問題の事情から信じてもらえた。

「リーザって描いた絵を見れば誰にでも見えるんだ」

「凄いでしょ」

 リーザは彼女が描いた絵を見れば、誰にでも見ることができる幽霊だ。ただし、作品を解して見える様になることが出来るのも幽霊としての力なので家族など繋がりの深い人物を除いて、死後に描いた作品でなければ効果が無い。

 なので、生前のリーザしか知らない胡桃には始め見えなかったのだ。

「で、この人は? 最終回迎えたみたいになってるけど」

 響は真っ白に燃え尽きていた。ここに来るまで、泣きじゃくっている胡桃を連れてくるのはそれくらい大変だったのだ。リーザは彼女の絵を見たことがない人には見えないので、胡桃を泣かせた責任は彼が一人でおっ被り、周りの痛い視線に耐えることとなった。

「あ、この子は継田響。クラスメイトで私のクラスの学級長なんだ」

 男の子だよ、と教えると胡桃と同行者は響を二度見した。

「え? 男の子?」

「最近の男の子は線が細いというがこれは……」

 そう聞いた胡桃は響をマジマジと見た。特に同行者は「ちょっと失礼」などといいながら難しそうなことを言い、細部まで観察する。おまけに割と容赦なく腰などにも触れていく。

「肌の張りまで女の子みたい。匂いからして男性ホルモンの分泌を感じないから、ホルモンの影響かな? 骨格への影響を見るに、ホルモン異常は成長期より前、男性ホルモンが行き渡る前に起きたと思う」

 響は不意に触られたせいで、完全に固まる。リーザも同行者の方がここまでグイグイ行くとは思って無かった。

「ど、どうしたの? お医者さんみたいですよ?」

「だいたい合ってます。正確には成長停止措置の影響ですが」

 響は同行者の判断が概ね正しいと断言する。リーザに言われ、同行者の男性も我に返る。

「おっと……しまった。ごめんごめん、急にさわっちゃって。珍しい症例だからさ。触った感じ、骨が金属だよね? 大怪我した?」

「そんなこともわかるんですか?」

 響は同行者の観察眼に感嘆した。響の改造は義手以外、言われねば分からないものばかりだ。内臓や骨、筋肉の置き換えに集中しているからである。それを種明かし抜きで見抜くとは、只者ではない。

「もー、杉田先生、すぐ熱中するんだから。杉田先生はお医者さんなの」

 胡桃が言うに、この同行者、杉田先生は医者らしい。しかし、そんな杉田先生と胡桃の関係はいかに。なぜ休日の昼間から買い物などしているのか。

 そこの説明は杉田先生がした。

「私たちは未来の医師を育てるプロジェクトを展開している『松永総合病院』の関係でね。木葉くんは医師を目指して財団の支援を受けているんだ」

「あ、そういえばくーちゃん、お医者さんになりたいって言ってたもんね」

 リーザは胡桃の夢を思い出した。珍しい病気で幼い頃から入院生活をしていた彼女は、その病気の治療法を見つけた医者に憧れ、医者を目指している。

「そそ。そのためにこの辺りじゃ一番の進学校の北高校入ったんだし。もう一年生の教科書終わりそうだよ」

 胡桃は北高の生徒で、リーザ達と同じ一年生とのこと。

「でもよかった、元気そうで。私が死んだのってくーちゃんが退院する直前くらいだし、なんか前例の無い手術だって聞いて心配してたんだから」

 リーザは胡桃のことを心配していたのだ。幽霊になってからは自分のことで精いっぱいだった上に、落ち着いた頃には離れ離れ。連絡を取ろうにも幽霊が頑張るとどうしても怪談めいたことになってしまう。

「木葉くんを支援しているのは、手元に置いておいた方が術後の経過も見やすいという、打算もあるのさ」

 杉田先生はハードボイルドぶって言ってみるが、全然似合わない。前例がない手術というのは、成功しておしまいではない。術後の経過というのも重要だ。

「松永総合病院って結構医師不足の問題にも斬り込んでいてね。昔は医者になる勉強ってお金掛かって『医者の息子しか医者になれない』なんて言われていたみたいだけど、改善されたんだって。杉田先生もこうして今でこそ土曜日に出歩けるけど、昔はホント忙しかったんだって」

 そして、彼女は鞄からリップクリームを取り出す。

「ほら、唇乾いてる」

 それを響の唇に塗る。彼も名付け親といい緋奈といい、こういう扱いは慣れっこなので抵抗しない。

「いやー、結構ビックリすると唇乾くよね。私も塗っとこ」

 そのまま胡桃もリップを塗った。関節キスになるのだが、全く気にされていない辺り本当に異性として見られていない様だ。

「はは、本当に勤務体制が改善されてなかったら医者なんてオススメしないよ。これも、全部真の2000年問題様さまかな」

「え? そんなところにも影響が?」

 杉田先生が出した例の事件の名前に、響は意外そうな顔をする。一見すると、異世界へのゲートとは関係なさそうな医療の世界。そこにも影響が出ていたのだ。

「うん。なんといってもあれ以来、大規模な事件が増えたからね。その一つひとつが天災に匹敵する。だから、医師不足の問題にも真剣に取り組む必要が出たのさ」

 目の前に脅威が現れた、それが改善の大きな理由だった。案外、人間というのは早急に対応すべき事態以外は先送りにしがちなのだ。負傷者の増加という目前の危険は、医療業界の見直しを迫るものであったということか。

「ん? 待ってよ?」

 急に、リーザは指折り数え始めた。そして、バンザイしながら言った。

「もしかして死んでから会ってない人もういない? コンプリート!」

「ええ?」

 どうやら、リーザは死んでから会っていない人がもういなくなった様だ。生前の知り合いには全員再会したのだ。

 響は不安げにリーザを見る。魂を現世に繋ぎ留めるのは他人への未練。それを下手すると、解消したことになる。

「じょ、成仏しちゃうんですか?」

 響が泣きそうになって聞くため、リーザは笑って答える。

「成仏はしないよー。漫画家になるか妹が結婚するまでは、ね」

 それを聞いて、響は安心する。妹が結婚するまで、かなりの時間がある。少なくとも在学中の成仏は見送られた。

「未練か……。幽霊を見られるとはね」

 杉田先生は感慨深げに呟く。命と向き合う仕事だけに、思うところもあろう。

「そうだ。今日総合病院の関係者でバーベキューやるんだけどリーザ達も来ない?」

「バーベキュー?」

 胡桃はバーベキューに二人を誘った。彼女が買い物をしていたのは、これの買い出しだったのだ。

「お医者さんってもっと忙しいイメージあったんだけどなぁ。総合病院頑張ったね」

 リーザは医者と言えば寝る暇も無いくらい忙しい印象を持っていたが、バーベキューをやる暇は生まれた様だ。誰だって、例え盲腸の手術でも目の下に隈を作った医者にしてもらいたくないだろう。

 杉田は詳しく内容を語った。

「総合病院でバーベキューするのも医師を目指す若者と現役の交流って意味合いがあるから」

「ええ? そんなちゃんとした交流会に飛び入りでいいの?」

 リーザの心配ポイントはズレているが、杉田先生は笑って応える。

「いいさ。君たちだって、医者を目指すようになるかもしれない。君ら、漫画研究部だっけ? 漫画の神様、手塚治虫は医師免許を持っている。ちょっとした縁さ」

 それに、と杉田先生は続ける。

「交流会ってのも建前でさ、普通にバーベキューだよ。大人の世界って、バーベキューするにも建前がいるのさ」

 結局は理由付けて騒ぎたいのである。

「話は聞いたぞ。よいではないか」

 リーザ達の前に、突然ゆいが現れた。彼女が全く耳も尻尾も隠さないので、胡桃は絶句していた。

「交流が広がるのは良い事じゃ。リーザの知り合いならちょうどいいじゃろうて。バーベキューとは面白そうじゃな」

 そう言って、ゆいは歩いていった。響は今更ながら呟く。

「妙蓮寺さん、どこで聞いてたんだろう……」


   @


 響とリーザは胡桃達の買い物を手伝うことにした。誘われたのだからそのくらい義理は果たしてもいいだろう。

「人数はかなりのモノになりそうだ。余ったら山分けしてしまおう」

 とにかく肉や野菜を籠に入れていき、買い物を進める。カートを使い、上下に籠を搭載して買い込む。

 杉田先生が大体の量を見積もり、買い物を主導した。

「まぁ、こんなものかな?」

 一通り買い物を終え、四人は専門店街へ向かう。そこに杉田先生がよく使うスパイスの専門店があるらしい。食料品売り場と同じ一階にあるため、移動はカートを押しても楽々だ。

「スパイスだって。海賊のみんなが見たら卒倒するかな?」

 リーザはスパイスが高価な交易品になっている異世界を思い出した。響も寮で胡椒の瓶を前に過呼吸を起こしている連中を見ているため、卒倒で済めばいいなと思った。下手すればショック死だ。

 残念ながら、異世界に市場価格を揺るがす様な物を持ち帰るのは禁止されている。

「そうだ。タロ元気? 猫飼ってたでしょ」

「うん。元気だよー」

「でも犬みたいな名前ね。エサ忘れてない?」

 リーザと胡桃は積る話に花を咲かせ、響と杉田先生の前を歩く。

「継田くん」

「はい?」

 急に、杉田先生が響に声を掛けた。そして、こう告げる。

「君、暦くんのこと好きだろ?」

「え……?」

 響は凍り付いた。遊騎達ならともかく、こんな初対面の人にまで好意を見抜かれるとは。リーザは気づいてしまっているのかと心配になる。

「はは、ま、好きな人の前ではカッコつけていきな」

 杉田先生は話を軽く流す。響は乾いた笑いを浮かべつつ、つくづく隠し事出来ない性質だとため息を吐く。

「ん?」

 彼はふと、物音に気付いた。どうやら、広場で騒ぎがあったらしい。

「ねぇ、あの衣装って……」

「え? あれって」

 リーザが指を指す先は噴水。響が義眼の拡大機能を使って確認すると、見覚えのある衣装の人物が噴水に突き刺さっている。頭から噴水の泉に、垂直に刺さっているではないか。

「緋奈ぁッ?」

 緋奈だ。あろうことか魔法少女に変身した緋奈だった。逆さまでもめくれないスカートは魔法少女の力なのか。リーザと響が駆け寄り、緋奈を助け出す。

「大丈夫? 金田一少年みたいな状態だったよ?」

「リーザさん、犬神家はじっちゃんの方です」

 緋奈を噴水から救い出し、響は後ろから彼女の腹部を抱く様に押して水を吐き出させる。

「げほっ……」

 水を吐き出すと同時に、緋奈は目を覚ます。若干、吐いた水に血が混じっているように見えた。

「うっ……ひ、びき」

「緋奈! 一体何が……」

 表立った負傷は見られないが、ダメージを受けているようだった。とすれば打撃によるものだろう。響は緋奈を安静にするため、周りを確認した。

「き、気をつけ……これは、わ……」

「うん。分かってる」

 緋奈が何かを伝えようとするが、そこで意識を失ってしまう。その言葉を、響は聞き流す。

そして、冷たい声で言い放った。

「バレバレだよ」

 瞬間、響の手で緑色の光が走る。フォトンサーベルを抜いたのだ。その瞬間、彼の周囲に三つの人影が出現した。

「ええ?」

 一緒にいたリーザは突然の事に戸惑う。三人同時の攻撃。回避する方向が存在しない。

「甘い」

 響の言葉と共に、三人が微妙な時間差で弾き飛ばされる。最初に飛んだ一人は壁に激突するが、残る二人は着地する。

「なっ……」

「え? 何、今度は何?」

 杉田先生は絶句し、胡桃は混乱するばかり。常人の目には見えないが、響は三人の接近する僅かな時間差を見つけ、突出している順に攻撃を弾いたのだ。

「負傷した仲間をエサに罠を張る。随分と教科書通りの退屈な手ですね」

 緋奈を傷つけられ、さすがに腹に据えかねたのか強い口調で響は言った。

「ふん、まさか気付いていたとはね」

 襲撃者の一人は、以前駅にいたアンジェだった。

 一方、壁に激突した襲撃者は生きていたマルスであった。パワーで劣る響に吹き飛ばされるとは、噛ませ犬ここに極まれり。

 しかし、以前と打って変わって左腕に二本角の馬みたいな顔が取り付けられている。

「な、なんだ?」

「化け物だぁ!」

 突然の事に、周りはパニックになっていた。避難誘導する人物もいなければ、自力で逃げることもしない。白楼から少し離れただけで、ここまで異世界の存在が不慣れな物になっている。

 テレビなどで存在は知っていても、目の前で暴れられるのとは別だ。

「それにしても、よくあの全方位攻撃を対応したな。仲間がいては避けられまい」

「一人、やけに突出している奴がいた。雇われは緻密な作戦に使わない方がいい」

 響の言葉に、最後の襲撃者がフォトンサーベルを振り回して呟く。

「フン、ようやく貴様を見つけることが出来たな」

 この襲撃者は装甲の付いたパワードスーツで武装していた。顔もフルフェイスのヘルメットで見ることができない。

「……」

 響は上着のカーディガンを寝ている緋奈に掛けてやり、パワードスーツを確認した。フォトンサーベルといい、響と同じルーツを持っている様に見える。無論、アンジェとも出自は同じだろう。

「勘付いているようだな。俺が貴様を裁くためにエストエフから来たということに」

「……」

 響は間違いなく、この男が自分と同じ世界から来ていることに気づいていた。

「行くぞ」

 襲撃者は床が割れるほど強く踏み込んだ。その音が響の耳に届くか届かないかの短時間に、襲撃者は彼の眼前へと移動していた。

「このスピード!」

 リーザは驚愕した。そう、この速さは響の特権だったはずだ。人間の出力を超えた動き、それは響の全身改造された肉体があって初めて可能になるはず。

「くっ!」

 響はサーベルで相手の剣を受ける。だが、以前マルスと打ち合った様に押されている。パワーも桁が違うのか。

(だったら!)

 マルスの時と同じ、ならば同じ様に対処すればいいだけ。響は力を抜き、床に倒れこむ。

「むっ?」

 襲撃者もバランスを崩した。マルスと同じで、押し合っていた力を失って転倒すると思われた。

「甘い!」

 だが、彼はすぐに、逆に思い切り体重を掛けて響を床に押し付ける。固い床と骨格がぶつかり、鈍い音がする。

「ぐっ……」

 相手の体勢を崩した隙に離脱しようと考えていた響は、床に押し倒されて動けなくなる。スピードが自慢の彼が動けなくなるというのは、致命的だ。

「俺は貴様を殺す為に、全身に強化手術を施した。その身体能力は貴様の特権では無い、ということだ」

 襲撃者は語る。リーザは彼の動きと言葉を聞き、あることを悟る。

「級長と同じ、強化人間?」

「違うな」

 その言葉をすぐに襲撃者は否定する。

「俺はこいつより後に強化手術を受けた。それが何を示すか、テクノロジーの恩恵を受ける貴様らならわかるはずだ」

 リーザは一瞬わからなかったが、胡桃は一つの答えに思い至る。

「まさか、響のそれより性能が上なんじゃ……」

 強化手術はテクノロジー。つまり、時代が後になればなるほど、その技術がロストしない限りは性能が上がっていく。

「そうだ。貴様と俺とでは世代が違う。性能が段違いなのだよ。基幹世界の一民間企業が作る通信機器ですら、この25年で大きな進歩を遂げた。それがもっと大きな予算と人手で作られる兵器ならば……!」

「それがどうした」

 性能差を見せつけられても、響は冷静だった。寝た状態で床を蹴り、横に滑って拘束を離脱する。

「まだわからんか」

襲撃者は突如消える。立ち上がった響は辺りを見渡し、それを探した。

「逃げた?」

 そう呟いた時、響は全身から血を噴き出した。

 殆ど知覚する時間も無く、斬られたのだ。白いワイシャツが腕を除いて赤く染まる。

「え……?」

 響は何も理解出来ず、痛みも感じる事なく床に倒れた。彼の身体からは、彼生来のものではない改造された血液が流れ出す。

「響ぃぃぃっ!」

 リーザの叫びが突き抜ける。襲撃者は既にその姿を現しており、フォトンサーベルを収めた。

「これが、性能差だ。貴様は前世代、かつメンテナンスも受けていない」

 リーザには信じられなかった。緋奈ばかりか、響まで倒された。敵の強さは異常だ。

「継田くん! 暦くん、彼の血液型は?」

 杉田先生が響に駆け寄り、応急処置をしようとする。そして輸血のため、リーザに血液型を聞いたが、彼女には答えられない。

「えぇっと……」

 リーザが考え込んでいると、響は血を滴らせながら起き上がる。まるで痛みなど感じていない様に、ダメージなど無かったかの様に。

 実際、響の体は大きなダメージを受けると痛覚が麻痺するようにされている。

「この程度では死なんか。だが、これでどうかな?」

 襲撃者は次の攻撃に出ようとしているのか、響もフォトンサーベルを手にして備える。

「え……?」

 しかし、襲撃者がしたのはヘルメットを脱ぐことだった。その下にあった顔に、響は見覚えがあったのか絶句する。

 襲撃者は若い男だった。しかし表情は肌の張りに反して固い。茶色の髪も、ただヘルメットのために適当に短くしただけといった感じで切り揃えられてはいない。

「まさか……」

 その後、妙に安らかな顔をした。

「級長?」

 リーザは響の反応に首を傾げる。普段ぎこちない笑顔を見せる彼がここまで引っかかりのない笑顔を見せるとは。

「覚えているか? 貴様を、我が子として迎え入れようとして裏切られた男の顔を」

「うん、覚えている……。来たんだ」

 響はなんと、フォトンサーベルの刃を収め、それを落としてしまう。そして柄だけになったそれを足で蹴飛ばし、遠くへやってしまう。

「ど、どういうこと?」

 リーザは困惑するが、襲撃者は彼女が認識できないため何も語らない。響は襲撃者に向かって歩いていく。

「待ちよれ」

 襲撃者と響の間に、青い炎が撃ち込まれる。それを放ったのは、ゆいであった。

「おい大丈夫か?」

 遊騎やスティングもおり、緋奈を安全な所へ運んでいた。

「妙蓮寺さん……」

「勝手に、儂より先に死のうとするんじゃないわい」

 ゆいは少し不機嫌であった。彼女は長寿の種族故に、友を亡くすことに少し過敏なところがある。

「曲者よ、説明、してもらおうかのう。まるで話が見えんわい」

 ゆいは襲撃者に説明を求める。だが、襲撃者は応じない。

「貴様に関係は無い」

「それがあるんじゃよ。事情も知らんで、友を奪わせるほど儂は寛大ではない。お前さんの迷いもついでに聞かせや」

 彼女の言葉に、襲撃者は表情を歪める。迷いという言葉は響ではなく、襲撃者へ向けたものであった。

「迷いだと……」

「そうじゃ。儂にはわかる。事情次第では融通も考えてやらなくないが?」

 ゆいの実力を推し量った襲撃者は、面倒を避けるため渋々説明し出した。

「私は、エストエフの連邦軍、特務一佐、ジーライン・エンホーカーである」

「自己紹介どうも。儂は桃源世の呪術師、妙蓮寺ゆいじゃ」

 襲撃者、ジーラインの丁寧な自己紹介にゆいも返す。

「私はこの前言った」

 アンジェは以前、身分を明かしていた。階級はジーラインの方が上。つまり彼がアンジェの上司ということだ。

「ふん。語ってやろう。私とそこにいる者の過去とやらをな」

 ジーラインは語り始めた。響も口を挟まずにただ聞く。

「私はかつて、エストエフの宇宙にある居住区、コロニー02の警備隊をしていた」

 エストエフにはコロニーがある。それは遊騎達も聞いていた。その警備をしているのがジーラインだった。

「クリュード……いやこの世界では継田響か。ある日、宇宙で遭難したというそいつを保護したのだ。エストエフ連邦ではこいつの様な遺伝子編集を受けた人間は法律で禁じられ、生存権を持たない。私はそいつを、遺伝子編集の事実を隠して家族として迎えるつもりだった」

 ジーラインは淡々と語るが、徐々に語気が強まっていた。響を助けたばかりか家族にしようとしたところから、以前のジーラインが慈悲に溢れた人物であることが伺えた。

「なぁ、しれっとヤバイこと言ってないか?」

 一方でスティングは遺伝子編集関連の法律に意識が向いた。法律に違反したら生存権はく奪、それもおそらく当人の意思で避けられない出自が原因。この世界で言うと不倫で生まれた子供に人権がないようなものだ。恐ろしい。

「だが、こいつは……俺の妻と娘を殺した! 最初から騙すつもりで保護されたんだ!」

 遊騎とリーザは衝撃を受けた。遊騎は響が以前人殺しをしたと聞いてはいたが、まさかここまで悪辣な行いだとは思っていなかった。精々、戦闘での殺し合いという不可避なものだけだと思っていた。

 平和に暮らす遊騎には理解できないことであった。一体かつての響に何があったのか。

「お、おい。マジなのか? てめぇ、適当言ってんじゃねぇだろうな!」

 遊騎はジーラインの発言を嘘だと断定した。響はゲームでも勝ちを譲る様な男だ。戦闘能力が高くても、そんな非道なとこはしないと信じている。

 前に言っていた人殺しも、無理矢理戦わされてやむにやまれずのこと、と考えていた

「おいエセ軍人! この響がそんな三文芝居の悪役みたいなことするって俺らが信じると思ってんのか?」

 遊騎は強い言葉で反論する。響を僅か一か月程度しか見ていないとはいえ、ジーラインの言葉が信じられなかった。信じたくなかったのだ。

「私だって信じられないよ。遺伝子編集禁止法に反した者に埋め込まれた『識別コード』は確かに、私の脚を奪ったあいつなのに、全然記憶と感じ違うもん」

 響に復讐しようとしていたアンジェにも信じられなかった様だ。それほど響の変貌は大きい。

「本当かのう? 貴様のカラクリの目は曇っとらんか?」

「本当だ。私は連邦の新兵が集まる集会でコイツに同僚と脚をやられたんだ! ジーライン一佐の後の話だから、記憶はより正確だ!」

 ゆいはいちいちアンジェを煽る。どうやら彼女の恨みはジーラインと別件な様だ。

「またホイホイと嘘くせぇ話を……」

 遊騎はアンジェの発言に我慢ならなかった。部内で彼が部長として一番信頼するのが響だった。

「こいつはな、うちの漫研じゃ一番働くぞ? お茶菓子も用意してくれるし、カードゲームも付き合ってくれるし!」

 遊騎の反論が、響には重くのしかかる。

「その人の言葉は本当です」

 だから響はジーラインを肯定する。遊騎の信頼が、今の彼には傷より痛かった。自分が遊騎の言うような人だったなら、どれほど良かったか。

「やめてくださいよ。ボクは……そんな」

 ハッキリとした拒絶を、響は口にする。遊騎の評価は買いかぶりだ。響はそう思っていた。

「ボクは当時、所属していた組織の命令で人身売買の被害者を装って、コロニーの警備隊に入り込みました。組織のメンバーを手引きして、テロを起こすためです」

 響は改めて自分の言葉で、過去を語る。テロ組織にいるしか生存する術がなかったという情報を除いて。

「その時、家族として迎え入れてくれたジーラインさんの奥さんと娘を殺しました。部下も一緒に。どういうわけか、ジーラインさんだけ生き残りましたが」

「お前……」

 遊騎は愕然としていた。自分の中にあった継田響の姿が崩れていく。

「だってお前、皆といるときあんなに楽しそうだったじゃねぇか!」

 必死に、残った響をかき集めて形にする。リーザは茫然として、何も言えなかった。

「楽しかったですよ。でも苦しかった!」

 響は声を張り上げる。本当に心の奥から、思っていることを口にしている。

「楽しくなれば、嬉しくなればそれだけ苦しい! ボクにはそんな資格無いのに、みんながボクを助けてくれる!」

 響には周りの優しさが苦痛だった。自分の幸福が後ろめたくて堪らない。多くの人を手にかけた以上、このまま安穏としてはいられない。カードゲームにコマのオモチャと、趣味も付き合い程度にしていたのは、この罪悪感が原因だった。

「戦い続ければいつか罰が下って、死ぬことが出来ると思った。でも、ここまで来てしまった」

 響が戦い続けたのは、戦場に罰してくれる存在を求めたからだった。自殺しようにも生半可な方法では死ねない身体だ。殺される以外に方法がない。

「でも、今日やっとなんだ。ボクは……やっと」

 響の心を推しはかれる者はいない。響はただ、救いを求めていた。

「待たせましたね。ジーラインさん、殺してください」

「……貴様」

 話を終えて、再びジーラインに響は歩み寄る。復讐を目論んでいたはずの彼も、すぐには斬ることが出来なかった。こうもすんなり受け入れられては、拍子抜けというやつだ。

 いや、それ以上に彼にも響の想いが理解できなかったということだろう。せめて、殺した自分の家族でも揶揄してくれれば幾分かやり易かっただろう。

「ん?」

 その時、ジーラインの困惑を深める物が現れた。

「なんだ? 浮いているだと?」

 店の中から、本や靴が浮いて彼らの方へ向かって来るではないか。ジーラインとアンジェは警戒する。

「一佐、地球って重力ありましたよね? それも天然のが」

「そのはずだ。ビット兵器か? 警戒しろ!」

 しかし、それらの物はジーライン達をスルーする。

「あ、あれは……!」

 遊騎はこの現象の犯人を見つけた。なんと、リーザが宙に浮きながら物をポルターガイストで操っていたのだ。

「響の……」

 狙いは、どういうわけか響だ。

「え……?」

「ばかぁあっ!」

 彼女の号令で、物が一斉に響へ飛んでいく。その速度は弾丸の様に早く、さしもの響も義手で叩き落とすのが精いっぱいだ。

「ちょ……リーザさん、何ぶっ!」

 しかし、安全靴のつま先にアッパーカットを貰い、響は噴水にカップインした。

「綺麗に決まったのう……」

 嫌な音を聞きながら、ゆいは頭を抱える。響の骨格が金属でなければ大怪我だ。

 噴水に落された響は、起き上がるだけ起き上がり、茫然としていた。彼を吹っ飛ばしたリーザはというと、なんだか怒っていた。

 頬を膨らませるなどという生易しいものではない。紅いオーラが溢れ、彼女を中心に原理不明の風圧が起きている。

「何が起きている?」

 ジーラインにはリーザが全く見えておらず、現状を理解できない。隙ではあるのだが、迂闊に飛び込むこともできないのだ。

「リーザさん?」

 響も混乱はしていた。斬られた時より、一撃もらった顎が痛む。

「響ばぁああか! なんでわからないの?」

 リーザも感情が爆発しており、気持ちを伝えられていない。それだけに、飾らない本心の言葉をぶつける。

 普段は級長と呼ぶのに、今では名前で呼んでいる。

「響がどんなことしたかなんて、どうでもいい! 私は、響に生きていてほしい! 響に幸せになってほしい!」

 その言葉に、響は撃たれた様に目の前が明るくなった。今まで、自分は幸せでいいのか、という彼の疑問に『いいに決まっている』と答える人はいくらでもいた。

 だが、リーザは自分が望むから、生きていてほしい、幸せになってほしいと思っていた。響の疑問に答える形ではなく、自分の意思として。

「私さ、幽霊だから生き物には触れないんだ」

 リーザはそんなことを語る。ポルターガイストとして物体には干渉できるが、生物は不可能。そんな中、ほとんど肉体が人工物でできている響は唯一触れ合える人間となった。

「だから触れられる響に会えてうれしかった。私はそれだけで幸せな気持ちになることができた。だから、そんな気持ちをくれた響が幸せになってほしいんだ」

 きれいに言葉にできるわけではない。だが自分に与えてくれた者への幸福は当然願わずにいられないのだ。

「そうだ! 俺もだ!」

 その言葉は遊騎の想いでもあった。

「お前いい奴だからよぉ、ここで死ぬのは割に合わねえ!」

 響の傷ついた体を体験した身として、彼の幸せを願っていたのだ。

「おい響、女からこう言われちゃ、死ねねぇだろ!」

 スティングの発破は実に彼らしいものであった。ゆいもそれに乗る。

「そうじゃ! 一人でもお主が生きることを望んでおる限り、死ぬことは不義理じゃ!」

 響は自分の視界が歪み、頬を何かが濡らしたことに気づく。

「あ……」

 リーザは響の濡れた身体を抱き締める。彼の身体は、見た目以上に重くて硬い。それだけ、細い身体では耐えられないほど過酷な過去を背負い続けていた。

「辛かったね。気づけなくて、ごめんね」

「う……あぁ」

 響は機械の両目から、大粒の涙を流す。いつ以来か、声を出して泣いた。ジーラインの家族を手に掛けた時もできなかったことだ。。

 被害者のまま加害者になっていた歪みが、初めて癒された。

 ひとしきり泣き、響は乱暴に目を擦って気持ちを切り替える。生き抜く、と決めたら、後は迷わない。立ち上がって、ジーラインを見据える。

「というわけで、やっぱやめます」

 彼はあっけらかんと話を反故にした。散々振り回されたジーラインはというと、こめかみをピクピクさせていた。

「貴様……勝手が過ぎるぞ! あと何が起きたのか説明しろ!」

「そうだね。許される気も教える気もないのだけど」

 響はニヤリと悪そうに笑っていた。これまでに見せたことの無い表情だ。振り切ってすっきりしたのだろう。

「ふん、だが性能差が覆ったわけではないぞ。そして、人数差もな」

 ジーラインの隣に、マルスとアンジェが立つ。響は戦うことを決意した。だが、ジーラインとの差は未だ決定的。

「差じゃと? そりゃ寝言かのう?」

 ゆいが前に出る。スティングも、剣を抜いて敵に対峙する。

「響に勝てても、俺らはどうかな?」

 そう、響にも仲間がいるのだ。実際、ジーラインはともかくマルスとアンジェは彼らに黒星を付けられている。

 高速で両脇の二人を片付けて三対一に持ち込めば差など無かったことになる。

「それがどうした! 死ねぇスティングぅぅぅ!」

 ただ、マルスはそうした戦略を考えられないのか、無策に突っ込んできた。スティングも迎撃するため、剣を構え直す。

「ていうかお前、なんか段々玩具みたいになってんぞ? 腕に馬の顔とか正気か!」

「これも全て貴様を殺すためだスティングぅうう!」

 そこで初めて、彼はマルスの左腕に引っ付いた馬の顔に気づいた。

「ぐふぉおお!」

 しかし、マルスは突然何者かに吹き飛ばされた。噴水を盛大に砕き、マルスは瞬殺される。

「定期的にカップインするなあの噴水……」

 遊騎は噴水の扱いにあきれている。マルスは元々強くはない奴だが、突然のことにスティングは軽く動揺する。

「んん?」

「緋奈と響が世話んなったらしいな」

 スティングの眼前に、正拳を突き出して深く息をするデニスがいた。腰を深く落とし、急に何の脈絡もなく地面を叩きつける。

「い、いきなりなんだ?」

 遊騎には何も見えていなかったが、その地面にはアンジェが倒れていた。馬鹿なマルスを補助するために目にも止まらぬ高速で飛翔したところ、デニスに倒された様だ。

「な、何が起きてるのかわからねぇ……。味方でよかったってこと以外はな」

 二人を瞬く間に処理したデニスに、遊騎は息を呑む。スティングやゆいが強いのは知っていたが、まだ強い奴が学校に残っていたのだ。

「そういえば、響ってデニスくんと組んで世界守ってたんだっけ……?」

 リーザも響がデニスと組めている理由を今まさに実感できた。デニスは明らかに、響より強い。

「ふぅ、もう少しマシな奴を用意しておくれ」

 余裕綽々なデニスに、スティングとゆいはブーイングだった。

「おいコラ、俺らの分まで取るんじゃねぇ」

「儂らの見せ場じゃったのに……」

 随分と舐められたジーラインの怒りは如何程か。フォトンサーベルを呻らさせ、三人に突撃した。

「見せ場ならくれてやる、噛ませ犬としてのな!」

「面白い!」

 デニスとスティングが散開するも、ゆいはその場に棒立ち。案の定、ジーラインのサーベルで首を撥ねられてしまう。

「あ、危ない!」

「狐さん!」

 ゆいの首が宙を舞って、床に落ちる。だが、彼女を心配する声は既知の者から上がらなかった。驚いたのは胡桃と杉田先生のみ。

「思い知ったか……」

 ジーラインが残心していると、隣から声が聞こえた。

「残念じゃったのう」

 斬り倒されたゆいの姿も、いつの間にか藁人形になっている。ゆいはジーラインの隣に立ち、軽く火の粉をぶつける。

「チィ、なに?」

「お前さんが迷い人でなければ、今の終いじゃ」

 デニスは、その火の粉が業火だったら決着だったと思いながら言葉を返す。

「狐婆ちゃん……悪戯が過ぎるぜ」

「迷いだと? さっきから何を……」

 ジーラインはゆいに問う。自分は迷いなど持っていない。そう信じているからだ。

「そうじゃ、持っとるじゃろ? 響が悪法の犠牲であることを知り、助けようとしたお主なら」

「ふざけやがってぇえッ!」

 ジーラインは激昂した。どうやら図星、とゆいは感じた。

「わかっとるんじゃろ? 被害者である響に復讐する無為さが」

「黙れ! 妻子を直接殺したのはそいつだ! そいつを殺さねば、歪んだ立法で生まれたひずみを全て潰しても妻子への弔いは完成しない!」

 ゆいとジーライン、それぞれの人生を重ねた舌戦に響は入り込む隙を見失う。ゆいも呪いを司る呪術師。復讐や憎しみには付き合わされたのだろう。

「あの、妙蓮寺さん……ボクの出番……」

「ええんじゃ、休んどれ」

 勝手に戦い始めるゆい達に、響は放置気味である。ただ、ここは響も譲れない。

「いえ、ここだけはボクの手で、決着を」

 ゆいは響の泣き腫らした目に、今までに無い決意を感じていた。怪我が心配だが、すこし任せてやることにする。

「おいスティング、デニスや、響に花を持たせとやれ!」

 彼女が二人に呼びかけながら取り出したのは、小さな細工箱。しかし、リーザや遊騎ら人間は、その箱から悍ましい気配を感じた。

「舞台装置は儂が組み立てよう。コトリバコ、最悪の祟り、ハッカイ。お見せしよう!」

 遊騎はインターネットのオカルトサイトで聞いたことがあった。コトリバコは、胎児の死体を籠めた細工箱。特に八人の胎児を用いたハッカイは、作り方を伝えた本人が『絶対にやめろ』というほどの代物らしい。

「祟りだと? そんな非科学的な!」

 ジーラインはあくまで信じない。科学の世界の住人らしい反応であった。

「お主、儂が相手でよかったのう。半端者の呪術師なら、手加減出来んからな」

 細工箱がゆいの手で浮かび、彼女の詠唱と共に細工を外して中身を晒していく。

「籠めたは八つ、泣け恨め憎め怒れ嘆け喚け叫べ呪え」

 彼女の呪いは、普段の余裕ある声とは違った。静かな、何処か妖艶で引き込まれそうな、神聖な響きのある詠み上げだった。

 祟りを信じないジーラインも、聞き入って動くことが出来なかった。

「子を盗り箱に籠め、籠めては盗ってハッカイ」

 箱が開かれ、青白い赤子のような亡霊が飛び出した。それはジーラインの背にしがみ付き、ズシリと重みを掛ける。腹を空かせた赤子の泣き声が、八重に彼の耳をつんざいた。

「ぬぅ……なんだ、これは!」

「子盗箱、八戒!」

 詠唱を終えると、ゆいはいつもの調子に戻る。

「ちょっと呪文短縮につき弱体化バージョンじゃがな」

 要するに、ジーラインのスピードを落とした様だ。これなら響も追い付ける。

「俺からも手向けだ、地球土産に致命傷持って帰れ!」

 動きが鈍るジーラインに、デニスが飛び掛る。回避を試みたジーラインだが、背が重くてなっており、間に合わない。

「影は違えど根は同じ! 『正中撃』!」

 そして、デニスの見えない拳が破裂音を鳴らす。ジーラインは身体の中央を何箇所か打たれた様にしか感じなかったが、一気に膝から崩れ落ちてしまう。

「むぅぅうッ!」

「人体の急所だ。打たれて気絶しねぇのはさすがだがな」

 更に弱体化を重ねられることになったジーライン。これでは折角のアドバンテージも無駄になる。

 後発の強化人間、そして相手はろくにメンテナンスも受けられていないので性能が落ちている。これだけの利点を仲間が埋めた。

「もういっちょ、行くぜ」

 デニスはジーラインが動けなくなった隙を見逃さず、腰を落として次に備える。

「これは緋奈の分だ!」

 拳を握り、腰を捻る。大柄かつ柔軟な肉体から、杭打ち機の様な速度で右腕が『発射』された。

「正拳突き!」

 技名を叫ぶほどでもなさそうな、シンプルな一撃がジーラインに直撃する。だが単純な攻撃ほどロスが無くて強い。腕で防いだものの、ジーラインは吹き飛ばされて近くの柱に激突する。

「響!」

 スティングが、魔剣ソルドリッドを響に投げ渡す。彼がソルドリッドを手にした瞬間、緑色の炎が剣に纏われる。

「行くぞ!」

 義眼もこれからの高速戦闘に合わせて解像度を上げたからか、緑ではなく赤になっていた。

 剣を振り上げると、フォトンサーベルにはない重さに響が振り回される。怪我もしているので尚更だ。

「っと……」

 だが、すぐに持ち直してジーラインへ斬りかかる。ジーラインは砕いた柱の残骸を跳ね除けて立ち上がり、迎撃する。

「舐めるなぁッ!」

 彼は弱体化させられても、その一撃をフォトンサーベルで防いだ。響とジーラインは鍔迫り合いをしながら睨み合う。互いにダメージは重いが、譲れない。

「チィ!」

 ジーラインが響の剣を振り払い、姿を消す。瞬間、また二人は違う場所に目にも止まらぬ速さで動いて鍔迫り合いをする。

 それを繰り返し、苛烈な打ち合いが続く。フォトンと鉄のぶつかる音が、デパートにこだまする。

「埒が明かないな」

「諦めなよ」

 ジーラインは元より、響もこれ以上続けても無駄だということはわかっていた。

「次の一撃で決める」

「同感だ」

 響とジーラインは、最後の一撃で全てを決するつもりだった。二人は剣を構え、突撃する。その場にいる全員が結末を見守る。 フォトンサーベルと魔剣がぶつかり合い、今まで以上に激しく火花が散る。

「ハッ!」

 しかし、ジーラインは脚を振り上げて響の義手にぶつけ、その手に握られていた魔剣を蹴り落とした。

「終わりだ!」

 勝利を確信したジーラインは、思い切りフォトンサーベルを振り上げた。だが、煌めく緑の光にその考えも消え失せる。

「馬鹿な!」

 響は捨てたはずのフォトンサーベルを手にしていた。さっきジーライン達がゆいの詠唱に聞き入っている間に、拾ってきたのだ。スティングもそれを知っていて、ソルドリッドを投げ渡し、気付かれない様にしたのだ。

「いやホント、そのチームワーク部活で使えよ」

 これには遊騎も苦笑い。特にスティングはそのナイスアシストを一部でも部活で使ってほしい。

 響はフォトンサーベルでジーラインの手を打つ。そして、彼のフォトンサーベルをはたき落とした。

「こいつ……!」

 その時点でジーラインは悟った。響のフォトンサーベルはセーフティが掛けられており、斬ることが出来ない。それに、今ならガラ空きの腹を突き刺して殺すことも出来た。

 宙に浮くフォトンサーベルを、響は返す刀で叩き粉砕する。勝負は決した。

「貴様、殺さなかったのか?」

 ジーラインが響に問う。だが、彼は何も返さずにそのまま倒れてしまう。 

「フン、殺さなかったこと、後悔するぞ」

 そういうと、ジーラインはアンジェを拾い上げて立ち去った。ゆい達も深追いはしなかった。響の選択を尊重する形となる。

「お、おい待てよ!」

 フラフラとマルスがジーラインを追う。響に二度の敗北を喫して、スティングは無傷。生きていて恥ずかしくないのか。

「おい響、大丈夫か?」

「う……頭がボーッとする……」

 デニスが響を抱き起こし、怪我を確認する。出血は多いものの、もう傷は塞がっている。ただ、義眼はオーバーヒートを起こしたのか緑でも赤でもなく、灰色に変化していた。

「よかった、響」

 リーザはすっかり安心していた。響の怪我が大したことない事と、彼の心についても。

「り、リーザ!」

 胡桃の慌てた声が聞こえ、リーザは振り向く。

「ん? どうしたの?」

「か、身体が透けて……」

 リーザの身体が薄くなっていた。そして、何か光っている。胡桃はそれが幽霊の特性なのか判別出来ない。

「あ、本当だ。でもこんなの初めてかも」

 リーザとしても、見えている人間どころか自分にすら『身体が薄くなっている』ことが認識出来る状況は初めてだった。

「そうか、遂にきたか……」

 ゆいは何が起きているのか理解出来た。だが、何も語らない。そんな彼女を見て、リーザは自分が成仏しようとしているのだと理解する。

「そうね、もうくーちゃんには会えたし、響も大丈夫そうだし。そろそろ行くね」

 リーザの心残りは、胡桃のことは勿論、響にもあった。彼女は無意識で響を級長と呼んでいたが、今日明らかになった様な引っかかりを感じていたから名前で呼べなかったのだろう。

 だが、もう心配はいらない。響も自分を赦し、前に進むことが出来る。まだ完全に、というわけではないだろうが、罪悪感に囚われていた時よりは大分マシだろう。 

「ま、待ってリーザ……ボクは……」

「響なら大丈夫だよ、みんながいるから」

 デニスから離れた響は何とか、リーザに想いを伝えようとする。だが、言葉に詰まってしまう。そんな彼を見て、リーザが微笑む。

「ねぇ、ベタで悪いんだけど、笑って?」

「え?」

 響は自分で泣いていることに気付けていなかった。まだ、感情のコントロールが出来ない。

「泣いている顔も可愛いけど、やっぱ最後は笑顔がいいな」

 リーザの頼みに、響は応えようとする。だが、どうしても、涙が溢れてしまう。

「……やっぱり、ダメかも」

「そう。だったら、響が最後まで生き抜いた時に、向こうで見せて。その時には、きっと出来るはずだから」

 リーザはふわりと浮いた。どうやら、本当にこれでお別れの様だ。少しずつ、身体が光に溶けていく。ぼやける視界で彼女の姿を収めようと、響は必死に涙を拭う。

「約束します。絶対、悔いがないように、リーザさんの分も生きます」

 そして、決意を口にする。それを見て安堵したかのように、リーザは微笑んで消え行く。

「あ、お墓にはカロリーメイトお供えしてね、チョコ味だよ!」

 消える寸前に、リーザはそんなことを言う。最期の言葉がそれでいいのか、という全員のツッコミは感動の空気に呑まれた。

「なんというか、あいつらしいな……」

 遊騎はいろいろな意味で呆れた。胡桃も空を見上げ、リーザを見送る。

「……」

 ゆいは何も語らない。悲しんでいるのかすら、表に出さなかった。

「まったく、なんでいい女から先に逝っちまうかね」

 スティングも彼なりに弔いの言葉を向ける。胡桃は最後に会えた事に、ただ感謝した。

「ありがとう、リーザ。私に会いに来てくれて」

 一方、医者の杉田先生は不可解な現象の連続に唖然としていた。

「……幽霊、か」

 幽霊という死者の未練が、生きている人を救った。響の心はリーザによって初めて助け出されたのだ。

「リーザさん……ボクは」

 響は少し後悔した。結局、想いを伝えることはできなかった。

「ほら、お前らは寮で怪我見てもらえ」

「わっ、と……」

 デニスが響を、米俵のように担ぎ上げた。変身を解除した緋奈も抱えている。そして、彼女は抵抗していた。

「わ、私は魔法で治すから……」

「無理言え火力系魔法少女。ドクターの薬は効くからな」

「や、やだー! あれ苦いし沁みるし!」

 寮にはお抱えの医師がいるのだが、緋奈は苦手だった。なにせ薬はよく効くが、軟膏は傷に沁みて飲み薬はおよそこれ以上苦い物質はこの世に無いと思えるくらいの味だ。錠剤や粉でなくペーストなのがなお嫌がらせに感じる。

「それだったら杉田先生のところで見てもらうもん!」

 現代医療に逃げようとする緋奈だったが、杉田先生は追い打ちを掛ける。

「あ、この後バーベキューするから、早く治した方がいいんじゃない? 見た感じ、内臓傷ついてるみたいだし」

 デニスも連携を仕掛けていく。

「ほらな。ドクターの薬は内臓破裂でも数分で治すぞ」

「ぐ……ぐぬぬ」

 完全に観念した緋奈の様子を見て、周りで笑いが起きる。さすがに食い意地には勝てなかったようだ。

 今は楽しい。だが、響の胸に痛みはない。しょっぱい失恋と引き換えに、どうやらリーザが持っていってくれたらしい。

(ありがとう、リーザさん。大好きでした)

 響は心の中で想いを告げる。いつか、直接伝えることができる時は笑顔で言いたい。リーザに笑って話せるように生きようと、響は決めた。

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