日常へ
式神祭も終わり、リーザも帰還した。白楼高校にはまた日常が帰ってきた。響とリーザはその日の授業後も、漫研の部室にやってきた。
「義手、直ったんだ」
リーザは響の修理された義手を見て言った。戦闘でリミッターを外した結果、破損してしまったが修理は容易だ。
「ええ、外的なショックで破損されるよりは容易いですよ。限界を超えたパワーを出しただけなので、どのパーツが壊れるかは初めから分かってますし」
壊れた時用の交換パーツも、いくつか常備してあった。なので翌日にはもう修理が完了していた。
「そういえば緋奈さん。部活決めたそうですよ」
「そうなんだ。よかったよかった」
結局、緋奈は漫研に入らず、他の部活へ入った。それがデニスとも違う部なので、彼女も今回の一件で少しは吹っ切れることができたと見える。
「で、どの部?」
「そうですね、手芸部ですって」
響によると緋奈が入ったのは手芸部。早速友達も出来たらしい。
「それより皆遅いね」
「スティングさんはともかく、ゆいさんや遊騎さんまでですか?」
今、部室には響とリーザしかいなかった。響は風の噂であることを聞いていた。
「あ、そういえば遊騎さんとスティングさん、緋奈さんのいる六組に転入生が来るそうですよ」
「え? この時期に?」
突然、転入生がやってくるのだという。新学期から少し遅れてとは珍しいタイミングだ。噂をすればなんとやら、遊騎とスティング、ゆいが部室に走ってくる。
「た、大変だ!」
「いやー、早い再会だ。これはもはや運命だな」
「運命かどうかはさておいてのう……」
三人していつもより騒がしく登場だ。生憎、入り口が狭くて詰まっている。見事に、部室の入り口に挟まってしまった。
「ええい! 順番に入らぬか!」
「そんなこと言っても同時進入じゃこうなるだろ!」
「美女に挟まれるならともかく壁と男は勘弁だ」
その時、後ろから何かに押されたのか三人は雪崩れ込む様に部室へ倒れ込んだ。
「何してる、漫研ファイブ」
三人を押したのは、軍服ではなく基幹世界のビジネススーツを着たジーラインだった。
「ええ? ジーラインさん?」
「ま。驚くだろうな。私も意味が分からん」
ジーラインの後ろには、気まずそうに白楼の制服を着たアンジェもいた。この二人はエストエフに帰ったはずだ。
「いや、私もエストエフに帰って、軍を除隊して隠居するつもりだったんだが……。本部に連絡したらエストエフと地球の交流を広げたいからアンジェにこの学校に入れと……。私は外交官に」
ジーラインにも何がなんだかわかっていないようだ。ゆいも流石にこれは見逃せない。
「嫌じゃったら断ればよかろう! 軍人が外交官とは、しびりあんコントロールはどうなっておる! 教えはどうなっておる教えは!」
「いや、実はテロ組織を壊滅させるために結構無茶苦茶したからな。迅速にやらないと余計闇に潜って摘発が困難になるとはいえ、な。そういうことで庇ってもらった負い目がある」
「律儀じゃのー」
何だかんだいってジーラインは真面目な人物である。だからこそ思いつめた側面は否定できない。
「で、アンジェはなんでだ?」
遊騎は立ち上がり、アンジェを問い詰める。彼女は敬礼して答えた。
「特務隊に入った時から、私はジーライン特務一佐に地獄まで付いていく覚悟です」
「あの私もう除隊して階級は……」
ジーラインもそこなのかという指摘をする。結局、今回の事件が拗れたのはこの二人の愚直さによるところが大きい。普通、いくら仇でも虚しい復讐などどこかで辞めたくなるだろう。それをわざわざ地球くんだりまで追いかけてなければ、そもそも不要な騒動だった。
アンジェはそれに、と付け足して敬礼を解く。
「いろいろ気になってね。ジーラインさん、無口だからうまくやれるかなー、とか。あの魔法少女と同じクラスなのは安心安心。ほっとけないのよ、あいつ」
この発言でクソ真面目と面倒見の良さが合わさって今回の面倒を引き起こしたのはよくわかる。
「……」
遊騎は響の何とも言えない表情を見ていると、それも全く無用な事件とも思えなかった。あの一件がなければ、響の抱えた物は解決されなかっただろう。
「ところでこの国には『負けたらギャグ要員』なるルールがあるらしいが、鼻に割り箸刺してドジョウという魚類を掬えばいいのか?」
「一佐、割り箸とザルはありましたがドジョウが手に入りません!」
「もうその受け答えで十分だよ」
遊騎は頭を抱えた。この二人が別々の役目で良かったと心から思うのであった。一緒だったら加速して止まらないだろう。
「ふぅ、十一組は平和でいいですね。十一組は」
響は電気ケトルのお湯を急須に注ぎ、お茶の準備をしていた。完全に現実逃避だ。
「あ、そうだ。この辺牛丼屋っての無いか? なんでも注文してすぐに料理が出てくるらしいな」
嫌々そうに見えたジーラインも日本文化に興味深々だった。
「そうじゃそうじゃ。棚のサラダやお新香は食べ放題じゃからどんどん食べるがよい」
「なに吹き込んでんだおめぇ。危うく警察沙汰になるわ」
ゆいがリアル『狐につままれる』を仕組んでいたので、遊騎が止める。しかもサラダやお新香がその方式なのはだいぶ昔のことだ。
「あ、おーい。リーザ」
響がお茶を飲んでいると、胡桃が部室にやってきた。
「あ、胡桃さん。もしかして忘れ物ですか?」
「え? 違うよ。今日は挨拶に来たの」
響が作業時の忘れ物を疑った瞬間、胡桃は否定してある書類を見せる。そこには、『転校届』と書かれていた。
「て、て……」
「転校?」
響とリーザが絶句する中、スティングは式神祭で胡桃と杉田先生が話していたことを思い出す。以前の体験入寮もこのための布石であったのか。
「ああ、大きな決断ってそういう」
「私、世界や種族を越えた医者になろうと思って転校することにしたから。これからよろしくね! クラスは十一組だって!」
胡桃は今回の一件で異世界に触れたからか、そんな大望を抱いての転入であった。これにて多くのクラスに新メンバーが追加されることになった。突然の事態に、響は完全に固まっている。
「あ、そうだ。お茶出来ていますよ」
ようやく絞り出したのは、そんな一言。だが、いつもの言葉である。
「わーい、響のお茶、本物だ!」
真っ先に飛びついたのはリーザ。幽霊の頃でもお供えすれば食べられるとはいえ、正真正銘響が淹れたお茶の実物を飲むのは初めてだった。
「お茶請けもあります」
響もそれを理解しており、お茶請けも今までの中でリーザに好評だった物を選んで持ってきた。
「あ、これってカステラ? 食べたかったんだよね」
思わずリーザは微笑む。その顔を見て、響も表情を緩ませる。そして気付く。これからは、こちらからも彼女に与えることができる、ということに。
世界の交わる学校で、かつて兵器であった物は平穏を過ごす。今は楽しい。だが、以前の様な胸の痛みはない。彼に生きて欲しいと訴えた者と、共にいるからだ。
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