漫研ファイブ!②


「間に合ったのう」

 その様子は後方にいたゆいも、手にしたビー玉からプロジェクターのように商店の壁へ映される映像で見ていた。

「ね、ね……姉さん?」

「リー……ザ?」

 映像はアンジェの手当てをしているメイと胡桃も見ていた。マキロンの容器を衝撃のあまり握りしめ、アンジェの傷にダバダバ注いでいる。

「痛い痛い痛い! 二人して消毒こぼれてる!」

「あ、何か飛んでくる」

「私の苦悶を聞いてください」

 メイと胡桃はアンジェよりも、飛んできたものに目を奪われる。

「赤い……」

「魔法少女ね」

 それは負傷した緋奈だった。リーザにポルターガイストで飛ばされてきたらしい。

「ああああ! 高い、高い! 下してー!」

「ほう、霊としての能力も健在とな」

 緋奈はそのまま、アンジェの上に下された。何かを知っているのか、ゆいは予想外といった反応を見せる。

「あー、怖かった」

「ぐえぇぇ。降りなさいよ……」

 メイが緋奈をアンジェから降ろしていると、ゆいが謝罪の言葉と共に歩き出す。

「期待するなと言ったな。無用じゃった」

「いえ、姉さんが帰って来てくれたら、それで」

 実はリーザ、正確には死んでなかったのだ。とある事故で思考を司る脳髄を損傷。本来ならそのまま脳死となるはずだった。

 それがどういうわけか魂が肉体から離脱し、活動を始めた。しかしそれは幸運だった。離脱したとはいえ、肉体と魂は繋がっている。魂がいい刺激を受ければ、肉体の回復にいい影響が出るかもしれなかった。

 それでも前例のない事態故に期待は出来なかった。対外的にはリーザを死亡したものとして、白楼高校学生寮の地下に体を隠した。リーザが学校に来ると調子がいいと訴えたのは、自分の本体に近づいているためであった。

 ゆいが響に言おうとした『展望のないこと』、リーザが内緒にした火葬のエピソードはこれのことだったのだ。

 先週成仏したかに見えたあれは、肉体の回復が済んで魂が元の場所に戻っただけである。

 ゆいは柄になく、響とリーザの場所へ駆け出した。マルスの軍勢は本体が受けたダメージに戸惑い、動きが止まっている。

「おい、ゆい! あれは?」

「見ての通りじゃ、あやつめ蘇りおった!」

 遊騎が困惑する横をすり抜け、ゆいは二人の所に辿り着いた。遊騎やスティングも遅れて合流する。

「ど……どうして?」

「私もビックリしちゃった!」

 響は茫然としていた。成仏した思った想い人が眼前にいる。また幽霊なのかと思って、マジマジと見つめる。リーザはもどかしくなったのか、響に思い切り抱き着いた。僅かな体重を彼に乗せてくる。幽霊の時は無かった重さがあった。

「り、リーザさん?」

「ちゃんと体はあるよ」

 確かに、ここにある。熱と匂いも感じる。それがなにより安らいだ。本当は抱き返したいが、生憎義手は壊れている。

「お前ら、いちゃついてる場合か」

 遊騎の言葉で響は我に返る。一方、リーザはいつも通りというかなんというか。

「あ、響、髪切った? 似合ってるね」

 ゆいは全員にリーザ復活のカラクリを解説する。なぜ、リーザがこうして再び彼らの前に姿を現したのか。

「……というわけでのう。リーザの魂が肉体から離脱したのは、超能力の一種かのう」

「つーか、霊力が強すぎて体に戻ってもポルタ―ガイストとか出来るんだ」

 遊騎はなにより、そこが驚きだった。確かに霊感に関係なく作品を見るだけで認知が出来る霊など、もはや幽霊を越えている。

「マルスの奴、オーラが出せなくなったな」

 遊騎は肋骨を無残に開かれ、放心状態になっているマルスを確認した。オーラを再度張る様子はない。

「ああ、あいつ、今まで少しずつヴァールスの肉体を移植して馴染ませ、やっとこさオーラ出せてたからな。左腕に移植したヴァールスの頭部を無くしたのは痛手だろう」

 スティングは原因を見抜く。マルスは肉体の一部でも欠けたら終了という結構な綱渡りをしていた。

 自分の魔力でヴァールスのオーラを誘導してビームは考えた瞬間、確かに有効な手段だったろうが、よく考えれば藪蛇だったのだ。大人しく防御に徹して肉弾戦をしていれば勝てただろうに。

 やはりマルスはマルス、悲しいかな雑魚は死ぬまで治らない。能力や才能云々ではなく人格が原因なのだからもう無理。

「そうだ、響。これ持ってきたよ」

 リーザは響にあるものを見せる。それは、かつて響が使っていた戦闘用のものだ。この義手と共に基幹世界へやって来て、いくつかの世界終焉シナリオを食い止め今に至る。

 今使っているものより一回りか二回り大きく、生活には不便そうだ。

「持ってきてくれたんですね」

「響の部屋って物がないから探すの楽だったよ」

 リーザが手伝いながら、左腕から響の義手を交換する。本来は特殊な工具が必要だが、リーザのポルターガイストがあればビスも軽々外すことができる。

 ドライバー無しでビスがくるくる回って外れる様は紛うこと無き怪奇現象。

「よいしょっと」

 義手を付けて、またビスを留める。

「響、動かせる?」

「はい、いけます」

 響は左手を握ったり開いたりして確かめる。今度は右腕。体操服の短い袖を捲り、肩から外す。

 ゆいはリーザの様子を見て一つ気づいた。

「ん? 目が赤いのう。髪も僅かに赤いが」

「そう? じゃぁ緋奈とお揃いだね」

 リーザは高い霊力の影響か、緋奈が魔法少女の力でそうなった様に瞳が赤くなっていた。黒髪も少し赤みが差している。

「さぁて、トドメの時間だ!」

 スティングはマルスに剣を向ける。マルスはもはや虫の息。肋骨を開かれているので当然だろう。

「よーし、ここで決着ね! 漫研ファイブ、推参!」

 リーザは全員に号令を掛ける。たった一週間だったが、随分久しぶりに全員集合したように感じられた。

「よしお前ら、これ食え!」

 遊騎はチョコレートを取り出す。響がそれを食べると、すぅっと痛みが引いた。超能力のチョコレートだけあり、その効能を加速させることくらい朝飯前ということか。

「うーん、なんだか妖力が満ちてきたのう」

「ちょっと寝起きで疲れてたんだ」

「やっぱ市販のチョコと違うんだな」

 残る三人も、体力回復の上パワーアップしている。これは遊騎の努力によるものだ。

「俺の超能力、『百薬チョコレート』! 前にゆいが能力に名前付けるといいって言ってただろ? それでいろいろチョコレートについて調べて、名前付けたんだ。昔は薬として扱われていたんだ。その側面を強く押し出したら、こんなもんよ」

 リーザの成仏後、彼もただ漫然と過ごしていたわけではなかった。彼女の欠けた穴を彼なりに埋めようと超能力の強化を図り、成功した。

「よし、いくよ」

 響はフォトンサーベルを拾い、右手で握り込んだ。腕こそ大型化しているが、基本の戦術が変わるわけではない。

「クッ、やられるカ!」

 マルスは馬の脚力を生かし、逃走を図る。だが、既に彼の周囲には多種多様な折り紙が浮かんでいた。

「連れんこと言わんと、もう少し遊んでいけ」

 これはゆいによるものだった。初めから、逃げの一手は打てない。それは三十六計全てを封じられるに等しい絶望だ。

 ゆいはいつもと違う、聞き惚れるような静かな声で呪いを紡ぐ。

「百度参って請い願う。百を数えてまた明日。人目につけばやり直し。素肌の足で石を削ぎ、此方から彼方へまた百度」

 マルスの行く手に折り鶴が一つ、ゆいの足元に折り紙の亀が一つ落ちる。

「百度石、巡り来よ!」

 マルスは折り鶴を跨いで行こうとするが、そこから先は見えない壁に阻まれて動けない。思い切りぶつかってあとずさりする羽目になった。

「ブッ! ナ、ナゼダ……」

「この結界は対象にお百度参りを強制するものじゃ。誰にも見つからず、その鶴から亀まで百度往復できれば解放されよう」

 全員の注目を集めている今のマルスには、つまり不可能ということ。逃がす気は毛頭ない。

「ならばキサマを殺す!」

 マルスはゆいを狙い、馬の下半身を利用して突っ込んでくる。響はゆいの近くで義手に力を込め、拳を握る。

 おそらく、アンジェの義足と同じ様にフォトンの力で破壊力を増す機構があるのだろう。それにしても、正面から受けるつもりなのか腰を落として動く様子が無い。

「デニスさん、技借ります!」

 そして、そのまま腰を捻り、右腕を突進してくるマルスに叩き込んだ。

「正拳突き!」

 拳を受けたのは、マルスと魔獣の繋ぎ目。インパクトの瞬間に銃声みたいな破裂音がして、右腕が光を放つ。

「グォォォォオ!」

 マルスは力負けし、四本の脚を地面に引きずりながら後退させられた。無駄に踏ん張ろうとしたためか、馬の脚は残らずへし折れ、骨が飛び出している。

「スティングさん! 今です!」

「おうよ!」

 声を掛けられたスティングは絶句するマルスと違い、既に行動を起こしていた。まるで響がマルスを押し返すことを予測していたかの様に、剣を天に掲げて魔力を溜めていた。

「天魔殲滅、我が剣は無辜の姫君を守るため!」

「ま、マテ、スティング……義理とはイエ、弟だぞ?」

 マルスも今になって命乞いを始める。スティングは何とも思っていないというのが明白なのに。

「ふん、てめぇはクソみたいな実家が後継がせるために持ってきた道具だ。いや、人を殺めることに愉悦を覚えるお前は害獣か」

 スティングからの絶縁宣言を聞き、マルスも必至こいて向かっていく。

「シ、死んでたまるカァァアアアア!」

「そりゃ、お前に殺された奴が何人も同じこと思ったよ」

 殺されまいと走り寄ってくるマルス。スティングの魔剣ソルドリッドに黒い雷が落ち、剣はマルスのオーラなど比較にならないくらい禍々しく輝く。不思議と、雷鳴は轟かない。

「魔神斬!」

 スティングは上から剣を振りかぶり、マルスを切り裂いた。瞬間、雷鳴が大地を揺らす。ついにマルスは倒れ、体から炎を吹き出す。

「やったか?」

 遊騎はそれを言うとだいたいやれていない禁断のセリフを言ってしまう。そのせいかマルスはまだ喋る気力が残っていた。

「スティング……インクベータ家に伝わる奥義に、人間の言語で名前を……」

「残りはヘルサイトの地獄局で言いな。お迎えだ」

 国道には、複数の龍が降りていた。警察官のような恰好をした人物が龍から降りて、スティングに向かって歩いてくる。

「ご苦労様です。不法入国、および日本国の法律違反の罪状でマルス・インクベータを逮捕しに来ました」

「おう。ゆいが呪いをつけてくれたから、それも持っていけ」

 警察官は帽子の下から覗く銀髪を見る限り、スティングと同じ種族らしい。彼も漫研に地元警察を紹介する。

「こいつらは地獄局。いわばヘルサイト警察だ。マルスが基幹世界に侵入したんで、情報を流しておいたんだ」

 戦闘には参加できなかったが、きっちりマルスは護送していってくれるようだ。マルスはここで漫研に勝てても、この警察にやられていただろう。

「警察にコネあるのか。さっすが貴族!」

「いや、コネっつうかこいつら仕事熱心つうか」

 遊騎の予想に反して、警察がすぐに来たのは貴族云々関係ないようだ。ヘルサイトの魔族体制を嫌うスティングが信用している時点で、本当に仕事熱心なのだろう。

 全てを終えた漫研に、ジーラインが歩み寄る。

「すまないな。私が復讐などに目を曇らせず、協力者の身元を洗っていたらこうはならなかった」

 そして謝罪する。元はといえば、彼がマルスに協力を依頼したことが発端だ、

「ああ、いいって。俺もあのバカを豚箱にぶち込めて助かった」

 スティングは結果的に得したが、軍人としては落第だとジーラインは思うのだった。

「全く、復讐に囚われて守るべき市民に危害を加えるとはな」

「で、お主らこれからどうするんじゃ?」

 ゆいは彼に聞いた。彼女はもう答えを予想していたのだが。

「エストエフに帰る。私が探していた男は、ここにいなかった。いや、もうどこにもいないのだろう」

 ジーラインは響への復讐をやめることにしたのだ。元々、響も被害者であり復讐を遂げたところで残るのは空しさだけだった。それでも家族を失った無念さへの決着を付ける必要があった。

 始めは響の様な存在を生み出した悪法やそれに纏わる存在を壊滅させて果たそうとした。だが、それが終わってもまだ救われなかった。地球までやってきたが、復讐すべき相手はその面影を失っている。

 ここまで変わってしまえば、もう復讐すべき相手は死んだも同然だ。命令のままに命を奪う兵器は、基幹世界の人々に殺されたのだ。

 今ここにいるのは、己の意思で仲間を守る基幹世界の剣士、継田響だ。

「さらばだ、漫研ファイブ」

 ジーラインはそれだけ言うと、その場を立ち去る。

「あ、待ってジーライン一佐!」

 アンジェが後から応急で直した義足を引きずり、それを追いかける。心配したのか、胡桃とメイも付いてきた。

「あ、待って! まだ動いちゃ……」

「包帯はちゃんと代えるんですよー」

 二人を見て、リーザが思わず飛びついた。彼女もまさか再会できるとは思ってなかったのだ。

「くーちゃん! メイ!」

「リーザ! よかった、また……」

「姉さん!」

 響は今になって、涙が溢れていた。前とは違う、喜びの涙だ。それを拭うのは、背負った十字架の象徴である義手。

「リーザ、まさか帰ってきてくれるなんてな」

「いい女ってのは何人いても困らんもんさ」

 遊騎とスティングも、リーザの帰還を喜んだ。

「なにはともあれ、めでたしめでたし、じゃ。肉体にも後遺症は無し。儂もここまで上手く行くとは思うておらなんだ」

 事実上の仕掛け人であるゆいにも、この結果は予想外であった。

 再会を果たしたリーザ、メイ、胡桃はまた積もる話をしていた。たった一週間のことだが、二度と会えないと思っていれば千の秋を経た再会にも思えてしまう。

「え? 響コスプレしたの? 私も見たい!」

「わわっ……と」

 リーザは響の手を引いて、祭りの会場に連れていく。もう幽霊ではないからか、鉄の腕に熱を感じない。でも、響はそれでよかった。

 それは他の人と同じ、精神に干渉する霊体でなくなったということの証明なのだから。リーザが確かに生きているから、鉄の腕には何も感じない。

 いつか、リーザが鉄の腕にくれた温もりを忘れてしまう日が来るだろう。それでも、もっと多くの物を彼女から貰える。今のリーザには、未来があった。

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