暦の上で初恋は響く②

「いや、朝は大変だったよ」

「でも久しぶりに生身の手が感じられた……」

 その日の昼、式神祭ですることについて話し合う為、漫画研究部の五人は部室へ集結した。昼食を摂りながらの作戦会議である。

 遊騎は疲れていたが、響の方は両手の指を組んで少し嬉しそうであった。実は一時的に生身の腕を得て、また体が戻ったことで幻肢痛が発生して義手の部分からキリキリと激しい痛みが迸った。

 だが、彼は久々に感じた生身の腕の感触が大半チョコレートだろうと、気にしていなかった。

 あの後、遊騎は幻肢痛について調べた。世の中には無事な片方の腕と鏡を使った『ミラーセラピー』なる治療法があるのだが、響は両腕を失っているのでこれは出来ない。効果が高いらしいので、遊騎は残念に思った。

「それより、お土産だ」

「お、気が利くね」

 遊騎はスティングにチョコの入ったポリ袋を渡す。

「昨日サボったお返しだ。理科室の流しに落ちたモンでも食ってろ」

「シャレにならん!」

 普通に渡すわけも無く、そんな捨ておくべき場所のものばかりだ。

「お前、女の子が作ったらそいつの血液入りでも食うだろが」

「当たり前だ! ヤンデレっていいよね」

 スティングがそんな女の子と付き合ったら確実に痛い目に遭うだろう。

「まったく……この分では清姫伝説の僧侶みたいに焼き殺されぬのが不思議じゃ」

 これにはゆいも呆れる。遊騎は祖母が映画化された清姫伝説のビデオを持っていたので内容を知っている。

「ああ、それか。お坊さんが女の子フッたら追いかけられて、金縛りかけてもドラゴンに変身して最後は焼き殺されるやつだっけ」

「そうじゃ。よう知っておるな。寺に駆け込んで鐘の中に隠れたが、外から遠赤外線で蒸し焼きじゃ」

 そんな怖い話を聞いても、スティングはノリノリだった。

「へぇ、清姫ちゃんか。そんだけ情熱的な女の子なら楽しみだ」

「もうこりゃ筋金入りじゃのう」

 これにはゆいも諦める。だからこそ、家の方針に逆らって人間の味方をできるのだろうが。

「で、そのコピー本ってのはすぐ出来るのか?」

 昨日いなかったスティングは、コピー本について聞いた。とりあえず、出来上がっているページをリーザは伝える。

「そうだね、印刷所を通さないから作業量は多いけどフットワークは軽いよ」

 リーザはコピー本を作った経験がある。響も同じくなので、全く初めての事をするわけではない。

「そういうオメーはどうなんだよ。絵は描けんの?」

 遊騎は弁当を掻き込んだ。祖母と母と暮らしている彼は、弁当を持参する。

 リーザはカロリーメイトを空間から生み出している。幽霊は自分へのお供えならこうして取り出して食べられるのだ。

「へ、聞いて驚くな。俺はこれでもヘルサイトじゃ貴族の息子よ。絵なら嗜みってんで描けるんだよ」

 スティングは自慢げに、どこからともなくズドンとキャンパスを取り出して飾る。どうやら油絵のようだが、色彩は十分綺麗だ。

「ほう、色遣いはいいのう」

 ゆいは弁当を食べながら、その絵を見る。

 絵には二本角と鳥の様な黒い翼を生やした馬っぽい魔獣が描かれていた。黒主体の生物を描いているのに、鮮やかな見栄えだ。

「これは、ユニコーンとペガサスのキメラか?」

「正確にはバイコーンじゃろ、二本角のはのう」

 遊騎は魔獣の正体をスティングに尋ねる。シンプルながら、なかなかカッコイイ造形のモンスターなので気になってしまったようだ。

「ああ、これはヘルサイトの魔獣、『ヴァールス』だ。すっごい珍しい生き物でな、インクベータ家ほどの名家でも角しか手に入らなかったんだと」

 インクベータ家がどの程度の規模かは分からないが、普段家について自慢しないスティングが言うくらいなのでよほどの名家なのだろう。

「それだけじゃなくてな。こいつは普段纏っているオーラのせいですっごく頑丈らしいんだ」

 物理限界を超えた防御というなんとも魔獣らしい逸話も持っていた。

 遊騎が詳しくこの馬の話を聞いたのは、単なる好奇心だけではなかった。

「なぁ、この翼さ、マルスの野郎が生やしてたのに似てんだが」

「まさか。翼自体はありふれたもんだろう。なんなら、大鴉の翼でも付ければいい」

 スティングはマルスの無能とヴァールスの貴重さを知るが故に、その可能性を切り捨てた。

「そんなことより俺の絵の素晴らしさを見てくれ! 現物を見たことないから言い伝えや遺物を基に描いたんだが、むしろ現物より美しいと思わないか?」

「そうじゃのう。現実より想像の方が、時として美しい。何故なら心にある美を遮る物も無く表現できるのじゃからな」

 ゆいはスティングの自画自賛に乗る。が、同時に残酷な事実を告げた。

「じゃが、コピー本は白黒コピーじゃぞ?」

「……しまった」

 スティングは静かに頭を抱えた。満足したのか、彼女はまた弁当に意識を戻す。遊騎とゆいは同じ弁当といえ、ご飯一段おかず一段の二段弁当になっている遊騎に対し、ゆいの弁当は文庫本サイズでご飯とおかずが半分ずつと個性が出る。おかずの内容も遊騎は肉などが多めだが、ゆいは煮付けなど和食が中心だ。

 響は弁当のフィルムを破り、蓋を開ける。

「よっ……と」

「大丈夫か?」

 朝の体験があったためか、遊騎は響の動きが気になってしまう。見た目には難なくやっていることも、とても難しいに違いないと思う様になってしまった。実際、義手には爪が無いので『剥がす』作業は苦手だ。

 スティングは菓子パンをコーヒー牛乳で流し込んでおり、響は幕の内弁当をフォークで突っつくという個性豊かな食卓であった。

「ていうか、お前絵を嗜むタイプだったのか……」

「まぁ、そんな家だから考えと合わなくて出奔しちゃったけどな」

 遊騎としては絵の出来栄えより、スティングが貴族の中でもちゃんと芸術を嗜むタイプだった方に驚いた。まぁどうせ美術館デートのことしか考えてはいないだろうが。

「で、朝何してたんだ? 妙に調子悪そうだったが」

 遅刻と慌てなくていいギリギリに登校したスティングは、朝の出来事を漫研で唯一知らない。遊騎が事情を説明する。

「ああ、科学部の人格入れ替え機だっけ? あれで俺と響が入れ替わったんだよ」

「そんなことがねぇ。どうだったんだ? 入れ替わった感じは」

 スティングは感想を聞いた。遊騎は素直に思ったことを告げる。

「いや、最初はスゲー義手だと思ってたよ。でもあれ、手先の感覚が無いから細かい作業も難しそうかもな。重量バランスにも凄い気を使ってんだろうけど、微妙に重さ違うしその微妙な違いがやたら気になるし」

 そして、自分を襲った凄まじい幻肢痛もまだ鮮明に覚えている。

「それよりもファントムペインって言うの? あれが一番キツイぜ」

「あー、痛いらしいなあれ」

 遊騎が顔をしかめる理由は、スティングにもわかった。世界が違えど脳が体を動かす限り、似たような問題は起きる様だ。スティングも戦士なので、屈強な戦士が幻肢痛に苦しむ様子くらいみたことあるのだろう。

「お前偉いねぇー、そんな不便だわ痛いだわで文句一つ言わねぇなんて」

「え? 不便……ですか?」

 スティングの賞賛に、響は首を傾げる。響自身は義肢に対する不満も幻肢痛への痛みも、スティングが思うほど感じてはいない。彼は兵器として扱われ、感情を殺して生きてきたため、そこまで考えたことが無かったのだ。

「そうそう、不満はたまにぶちまけないと。溜めてたらダメだぜ? もっといい義手が欲しいーとかさ、欲望出さないと」

「うわぁなんか昨日部活サボった奴が何か説教してるぞ」

 スティングが急に説教し始めたのを、遊騎は茶化す。こう見えてもスティング、漫研メンバーではゆいに次いで年上だ。魔族なので人間とは同等に年齢を測定できず、かつ住んでいる世界が違って暦も異なるので正確に歳の差は計れないのだが。

「やっぱ自分の意見を持たねぇと後悔するぞ。親の言いなりで人間襲ってたら、今頃ここにはいねぇしな」

「お前は自分に寄り過ぎだ」

 スティングは奔放なのでそう言えるが、実際には難しいところ。それは遊騎にもよくわかる。

「それはそうとさ、原稿どうよ皆」

 遊騎が部長として心配するのは、原稿の進捗だった。特にページ数とかも決めてはいないが、売れるくらいには立派なものでないといけない。

「リーザはどうだ? 結構イケるだろ?」

 希望の星はやはりリーザ。幽霊であるため睡眠時間を作業に回せる上に生前から絵を描いているので心強い。

「うーん」

 だが、彼女は歯切れが悪い。どうしたというのか。

「リーザ?」

「あー、いやね。幽霊になって寝なくて良くなったのはいいんだけど。おかげではかどってね」

「ならいいじゃん」

 リーザは何を気にしているのか。遊騎は一瞬安心した。

「いや、はかどっているのは原稿じゃなくて昔のアニメの再確認なんだよね」

 その直後にこれである。遊騎は見事にズッコケた。どうやらリーザは時間があると怠けるタイプらしい。

「お前なぁ……」

「だって普追放のリュウガくんクリスタラ大陸編の後から急に大人びちゃってさー。転移した教室編見ると凄くかわいいんだよ? 私ゼッタイにリュウフィルで進むんだと思って原作読んでたのにー」

「アニメの用語と腐女子用語混ざってて何言ってんのかわかんねぇよ!」

 オマケに略称まで使われるため、遊騎は自分も見ていたはずのアニメの何を指してリーザが発言しているのか分からなくなっていた。

「つーかそれ土曜五時のアニメだから話数多いだろ! 再確認に何時間掛かると思ってるんだ!」

 腐女子幽霊はさて置き、最初から期待していないスティングを飛ばして遊騎は響に確認を取った。

「そうだ、響は?」

「ページ数の調整が効きやすい四コマ漫画で対応します。それと、こんなものを」

 響はあるものを取り出した。それは、お手製のステッカーであった。汎用性の高いナンバーやアルファベットのデカールで、好きなプラモデルに貼ってくれと言わんばかりだ。

「おお、こんなものまで! 響は仕事してるなぁー。響は!」

 遊騎はリーザが響に頼ってしまう理由が分かった気がした。

「まぁ、時間も短い。足りない分は皆で補うんじゃな」

 ゆいが年長者らしくまとめたが、遊騎はこの人も不安要素であった。リーザほどではないが、ゆいもどこか怠け癖がある。

 足りない所は補うというのは大事なことだが、補い方にも問題があろう。

「あ、ちょっと軽音部の方に行ってくるね」

 リーザは時計を見て立ち上がる。彼女は漫画研究部の方に軽音部も掛け持ちしている。アクティブな幽霊だこと。ちなみにボーカル担当だそうだ。

「うわああ! 普通にびっくりするわ!」

 リーザはそのまま、遊騎を通り抜けてから扉を開けずに貫通して部屋を出た。歩く時も基本浮遊であり、そうしたところでもないと幽霊である事を忘れそうだ。そのくらいにはイキイキしている。

「なぁ、響」

 リーザがいないことを確認し、スティングが口を開く。

「お前リーザのこと好きだろ?」

 その言葉を聞いた瞬間、響は椅子から天井付近まで跳び上がる。心臓を貫かれた様な錯覚があった。

 体操選手ばりの華麗な着地の後、彼は赤面して普段は真っ先に隠す義手で顔を覆う。装甲を纏った指の隙間からは、ハッキリと赤面した顔が見える。

 見た目にはわからないが、彼は今冷や汗がダラダラと吹き出ている。

「な、な……なななな……何のことですか? そそそそんなこと……」

「わかりやす!」

 あんまりにも正直な態度に、遊騎は驚いた。響の方はスティングが恋の鞘当て大好きだから見抜かれたのだと思っている。だが、遊騎とゆいもとっくに気付いていた。

「儂らが気付いとらんと思うておるのか」

「ご……ごめんなさい」

「何を謝る」

 ゆいに指摘され、響は咄嗟に謝罪した。元は人身売買の対象であった彼には、恋愛などもっての外であった。

「ここでは恋愛は自由じゃ。性不純交遊でなければ止めはせんわい。逆によくぞ基幹世界人に恋をしてくれたと褒めるところじゃ」

 ゆいが言う様に、白楼高校はその性質上、異種族間の恋愛をむしろ推奨している。種族が違えば美人の基準も異なるので、中々難しくはあるが。

 リーザは幽霊とはいえ基幹世界人、響は異世界人と異なる出自を持つ者同士の恋は白楼的に大歓迎。

 だが、響の思考はそんなことで上がらない。いつもの様に義手の指をモジモジさせて、消え入りそうな声で話す。

「で、でも……ボク両腕とも機械ですし……。目だって機械義眼で、骨もアステロイドスティール製で神経も光ファイバーなんですよ? 生身に見える部分も筋肉は電光強化シリコンで呼吸器官はカーボン強化内臓です……」

 恋をあきらめるための、人間との相違点の羅列。改めて彼の強さの秘密でもある。

「そんなに機械だったのか……」

 遊騎はそこまで響が人間やめていたことを初めて知った。そもそも響があまりに語らなさ過ぎである。彼の過去を知っているのは、この学校だと校長始めとする教師陣、それと入学以前から付き合いのあるデニスに緋奈くらいなものである。

「いや、向こうも幽霊じゃし。お主が改造人間でもあっち肉体無いじゃて関係なかろう」

 ゆいはそれ以前の問題な気がしていた。何よりリーザが幽霊だというのが問題だ。だが、響にはまだ懸念があった。

「ボクに……あの人を好きになる資格あるのかな? 何人殺したかわからないし……」

 人の姿をした兵器、という役割柄、手を汚す事も多いのだ。向こうが殺す気な以上、こちらも殺すつもりでなければ死んでしまう。もっとも、当時の響にはそこまで考えて殺傷をする気力が無かったのだが。

 だが、これにはスティングがフォローを入れる。

「黙ってりゃまさかお前が殺人経験ありなんて思わねぇって。それに戦闘員相手だろ? 向こうから殺しに来てるんだから殺されても文句言えねぇって」

「え、でも……」

 戦士の家系らしい割り切りであった。スティングは生まれながらに戦士としての教育を受けた存在だ。

「俺の方がもっと凄ぇぜ。魔王百人斬りだぜ? 一人ひとりご丁寧に城へ攻め込んで部下ごとあの世行きよ。今度は女の子を恋愛的な意味で百人斬りするけどな」

 スティングはキルレシオで響が大したことないと励ます。だが、響は謙遜で言い返す。

「百人……多分ボクの方が多いですよ」

「いや、百人ってのは倒した魔王の数だから配下殺した数含めるともっと多いぞ?」

 何だか変な競争になってきた。これなら抜かせないだろうとスティングが安心していると、響は更なる爆弾を投げつける。

「連邦軍の新兵が集まる会合を襲撃してその年の新兵千人近くを根絶やしにしたことだって……」

「ぐ、ぐぬぬぬ……」

 スティングは完敗した。コロニーが出来るほど科学の進んだ世界とでは、戦争の規模が違い過ぎる。

「お前よ、顔はいいんだから自信持てって」

 とうとうキルレシオで何とか出来なくなったため、スティングは外見を持ち出す。彼も顔立ちは悪くないが、響のそれは一味違う。

 髪を伸ばしているせいか、本当に女の子に見えてしまう。線の細さもそれに拍車をかける。クラスメイト含めて一目で彼を男と見抜けたのは数少ない。ゆいとリーザ、スティングは見抜けたので漫研では唯一、遊騎が男だとわからなかったということになる。

 ゆいは経験から、スティングとリーザは女の子好きという観点から見抜いていたりする。

「そう……ですか? 顔ですか……。ボクはあまり自分の顔のこと何も考えていませんでした。そういえば外見を褒められたのはこっち来てからです」

 響の用途は兵力。つまり外見はあまり気にされていなかったのだ。そもそも地球とは文化の違う場所で使われていたため、地球ではかわいいとされる響の外見も、そういう評価はされていなかった。

 それが地球に来てから、何かとその外見を可愛いと褒められる様になり、多少彼の自信に繋がっている。その自信が精神的回復の助けにもなっていた。

「髪も綺麗だしな」

 遊騎は響の黒髪にも注目する。『烏の濡れ羽』のカラーサンプルとして機能しそうなくらい、蛍光灯の光を弾く艶やかな髪である。

「肌も手入れしてあるのう」

 ゆいはというと、肌の方に目がいく。男にしてはツルツルなのだ。

「ここに来る前に、奏さんにいろいろ教えてもらったんです」

 響の名付け親が、彼に肌や髪の手入れを教えた。毎朝化粧水を使うことや、風呂に入る時は髪を纏めることなど、それを真面目に実践したという成果でもある。

「というか! 響は奇跡的なレベルであざといんだ!」

 急に遊騎が強弁した。そして、そのあざとい部分をテンポよく指摘していく。

「まずあれだ、上着が少し大きくて萌え袖になってるんだ。それが普段の仕草と重なってだな……」

 響は少し大きめの、ゆったりした服を好む。ロボットアニメをよく見る人にはピンと来るだろうが、宇宙空間で普段着用されるのは体にフィットしたスーツである。その反動か、体のゆとりを求めて若干オーバーサイズの物を着る様になった。

 サイズが大きいと袖が余る。その袖から義手の手先が覗く、それも響は癖なのかよく手先を絡めたりモジモジしていることが多くていとおかし。と、公界遊騎は言っている。

 大元をたどれば、義手萌え袖とかいうニッチな属性にやられた響の名付け親が袖の余る服を好んで着せた影響も大きい。

遊騎の強弁は終わらない。

「そして、その自信なさげな様子! 内向きに丸まった感じが何とも言えない! これを見ろ!」

 遊騎が何かを響に見せ、スティングとゆいも覗き込む。それは新聞部の発行している学校新聞であった。

「今月のランキングコーナー、テーマは『守ってあげたい奴』!」

 そのランキングコーナーが問題な様だ。ズラリと並んだ名前の中に、響の名前もある。なんと第五位になっている。

「ナンデ?」

 一番驚いたのは彼だろう。スティングとゆいは『ああやっぱり』と納得している。

「第五位か。すげぇな」

「戦闘能力ありでこの順位じゃと……」

 ゆいが一番慄いているのは、残る上位四人が戦闘能力を持たない生徒なのに対し、響は戦闘ができることであった。

 白楼は男女問わず戦闘能力持ちで逞しい奴が多い。このランキングはそうした者が『守らなきゃ』と使命感に駆られる存在をピックアップしたもので、当然戦えない者の名前が上がりやすい。その中で戦闘能力があるにも関わらず、そして戦闘力が学年上位に食い込むほどなのに響は五位。

 周りにだいたいどう思われているのか丸わかりだ。あれだけ圧倒的な戦闘能力を普段から見せてこの順位である。

 遊騎は褒めたつもりだったが、響の方はショックを受けていた。まぁ当然である。

「あああ、これじゃあダメだ……。ボクはリーザさんを守らなきゃいけないのに」

「戦闘は他の者に任せるのじゃな。お主はもう戦わずともよい」

 ゆいとしては、戦いで心身共に傷を負った響には平穏にして欲しいのだ。なので、周りが守ってくれそうだという結果が見えたこのランキングについて、歓迎していた。

「他の特技活かそうぜ。なんか無いか?」

 スティングが戦闘以外で気を惹く作戦を提案する。そもそもリーザは既に死人で幽霊なのだから、霊媒師でも出て滅されない限り危険がない。『作品さえ媒介にすれば誰にでも見える』レベルの幽霊でかつ悪霊でもないとなれば、除霊がほぼ徒労になるので除霊師も相手にはしないだろう。

 簡単に言えば、リーザの霊力は映画『呪怨』の伽倻子や『リング』の貞子などは言うに及ばず、菅原道真や平将門レベルの可能性がある。他の霊に手出しなど出来ない上に、霊の天敵である除霊師も下手に危害を加えれば反射レベルの行動で呪い殺されるくらいなので、響が守るほどの危険が彼女には訪れない。

 そういうわけで、響の特技である戦闘での護衛はリーザに何の旨味もないということだ。他の特技でアピールするしかない。

「特技……ですか?」

 響は考える。戦闘以外で何か、と考えてはみたが、本人の謙虚な性格から少し出来ることがあっても『あの人の方が凄いし……』と思ってなかなか口に出せない。

「一応、運転免許は持ってます」

「マジか」

 響の免許持ちという事実に、遊騎は素直に驚いた。多くの高校がバイクの免許を乗らない取らない買わないの『三ない運動』で禁止している中、白楼は特に禁止していない。

 生徒の年齢層が高いからだろうか。

「さ、流石に原付かバイクだろ……」

「いえ、普通自動車と大型二輪です」

「マジか」

 遊騎の予想に反して、響はガッツリ運転出来た。

「必要なら運転できますよ? 車もバイクも今は寮にあるので」

「あるんだ」

 精々乗り物が無くてペーパー、という最後の希望も遊騎は潰される。

「というか、お前はなんでリーザが好きなんだ?」

 スティングはどうしてもそこが気になってしまった。響がリーザを好きな理由、それをまだ聞いていない。

「え? ……えっと……何ででしょう?」

 たが、響は首を傾げる一方。恋すら知らない者に、惚れた理由を説明しろというのが酷なのだ。

「何か特別な感じがするとか?」

「特別……あ、リーザさんが触れると、義手でも『感覚』があるんです」

 スティングの誘導で、響は何とか理由を結論付けた。何も感じない筈の義手に、リーザが触れた時だけ暖かさを感じる、それが理由でもある。

「感覚? あの手にハッキリと『触れられている』という感覚があるのか」

 遊騎も響の義手は体験済みなので、言いたいことはわかる。リーザは幽霊であり、その存在は物理的にではなく精神的に認知される。

 そのため、神経の通わない義手でも触れている感覚があるのだろう。神経で知覚するのではない、精神で感じるのだ。

「なるほど、そうか」

 ゆいは納得した。響にとってコンプレックと過去の象徴である義手に起因した理由なら納得だ。

 遊騎はあまり恋をしたことがないので、話にイマイチ加われないでいた。

「しかしわからんな、恋愛感情ってよ。俺の初恋まだだしな」

「え? その歳で初恋無し?」

 スティングは非常に意外そうな顔をする。恋の鞘当て大好きスティングくんからすれば、確かに信じられないことかもしれない。

「だってよ、リーザって他の女子より可愛いけどあくまで三次元だぜ? やっぱり女の子は二次元だろ?」

 遊騎からして、女子はやはり二次元でこそ。リーザは可愛いし性格もいいが、腐女子だったり何処か抜けていたり酷いシスコンだったりと欠点も目立つ。

「甘いのー、お主。そう言っておられるのも運命の人に出逢える前までじゃ」

 ゆいが言うと何処と無く説得力がある。これが積み重ねた年月の圧力という奴か。現に、好みではなく恋愛の概念自体知らなかった響が恋に落ちているくらいだ。それくらい運命の赤い糸の力は強大なのだ。

「儂もな、堅苦しい式挙げて結婚などせんと思うておったわ。それが今や、孫の顔が見れる様になっておる」

「妙蓮寺さんって『既婚者』なんですね」

 響がサラリと流したが、ゆいは既婚者かつ孫までいる様だ。それに遊騎とスティングが驚愕しており、反応は様々だ。

「えぇ? マジかよ……」

「年齢からしてありそうだと思ってはいたがよ……」

 そこで遊騎はあることに気付いた。指を見ると、既婚なら持っているであろうそれが無い。

「結婚指輪! 指輪ねぇから気付かなかった!」

「指輪か? 指輪は儂らが銀婚式迎えた辺りからの文化じゃったかのう?」

 ゆいは結婚指輪という文化が出る前に結婚していた。どちらかといえば『嫁入り道具』の時代だ。遊騎とスティングはなるほどと納得していた。

 二人の反応を軽く無視しつつ、ゆいは次の行動を思案する。

(そうじゃのう……。普段なら色恋沙汰など手出し無用としておきたい所じゃが、今回はそうも行くまい。何せ、相手が霊なんじゃからな)

 そして、今まで隠していた懸念を告げる決心をする。

「響や、悪いことは言わん。なるべく早く想いは伝えるんじゃ」

「え?」

 落ち着いたゆいからは考えられない、性急な提案に響も耳を疑った。これにはもちろん、訳がある。

「霊とは、何故現世に残れるか知っておるか? 未練があるからじゃ。じゃが、それは個人の叶えられなかった夢などでは無い。他人への想いが魂を現世に繋ぎ止めるのじゃ」

 リーザは度々、『漫画家になるまで成仏しない』と言っていたが、それは無理な話なのだ。魂を現世に繋ぐ未練とは、その魂が持つ他者への想いなのだから。リーザは誰かへの想いがあるから成仏出来ないのだ。

「リーザのことじゃ、まぁ色恋は関係あるまい。そもそも普段は家族の下で暮らしておるから家族関係ではなかろう。そうなると儂らの予想が付かない場所の誰かへの想いじゃな。そう過程するとな、リーザが不意に成仏して儂らの前から姿を消す可能性があるわけじゃ」

「そんな!」

 響が珍しく声を荒げる。その気持ちはゆいにもよく分かっていた。特に響は、隣にいた者が数日で消える様な環境にいた。ここなら大切な人が消えやしないと、安寧に浸っていたのだからリーザが消える可能性など信じたくもあるまい。

「わかるぞ。儂も人間の友を持ち、幾人もの友に、この現世へ置き去りにされたものじゃ。儂にだって、友の魂がどうなったのかわからん。黄泉の国で寛いでおるのか、それとも輪廻転生でこの地に降りたのか、のう」

 妖狐であるゆいにも死んだ人間の魂が成仏したらどうなるかは分からない。仏教で言われている輪廻転生なども実在しているのか、いくら妖怪でも確かめ様が無い。

「もし、あれがうまくいけば……いや、展望の薄いことを言うのはやめておこうかのう」

 ゆいは何かを言おうとしてやめる。

「要は、後悔する前に想いは告げることじゃな。お主の様子ではバレバレかもしれんが、リーザは何処か抜けた娘じゃからな。いくら人の芯を見抜く目の持ち主とはいえ、あの抜けっぷりは生来のそれじゃ、肝心なことが見抜けておらんかもしれぬ。あの子にもお主の想いがばれとる可能性は低い」

 彼女は代わりに、響に早いこと告白することを推奨した。他の高校生なら同窓会で再会したら『あの時お前のこと好きだったんだよー』とも言えるが、相手が幽霊だとそうもいかない。

 彼女は響がリーザに想いを言えるなど思ってはいなかった。だが、とりあえず忠告だけはせずにいられない老婆心というやつだ。

 遊騎は何かを思いついたのか、手を叩いて立ち上がる。

「よし、じゃあデートに誘おうぜ!」

「で、でーと?」

 あまりに突拍子の無い策に、響は違う意味で動じた。デートでもすれば流れで告白のチャンスが掴めるだろうというのが遊騎の算段だ。漫然と過ごしていると、それっぽい機会はなかなか来ない。

 式神祭の後とかいいタイミングだが、響の性格を考えて機会は多めに取るのがいいだろうという判断だ。

「誘われたことはありますけど、こちらから誘うことは……」

 響の困惑は、誘われたことはあるが誘ったことはないという斜め上の理由だった。これには提案した遊騎もビックリ。

「誘われたことはあるんだ! ……それはまぁいい。口実は俺たちが作る!」

「と、いうと?」

 ニヤニヤしながらスティングが聞く。彼も話の展開が恋愛らしくなってきて、ノッてきたということだ。

「漫画あるだろ? 式神祭に出すコピー本に載せるさ。その取材ってことで誘うんだよ」

 遊騎の作戦は、漫画の取材という口実を作ってデートしてもらうというもの。実に冴えている。

「いつに無くやる気じゃのう」

「そらそうよ」

 ゆいが遊騎のやる気に疑問を抱く。遊騎は元々積極的な方ではない上に、スティングみたいに恋愛を引っ掻き回して楽しむ趣味もない。

 遊騎としては、今朝の入れ替わり体験が理由となっていた。そこまでの経緯は教えてもらっていないが、両腕を失って幻肢痛にも苦しむ響に少しでも報われてほしいという想いがあった。

 リーザが成仏する前に、思いでも話せれば少し気持ちが晴れるだろう。何も言えずに彼女が去ってしまうと、後悔が残る。

「よーし、作戦スタートじゃ!」

ゆいもノリノリで参戦した。


   @


「クソッ! こんだけ魔獣の肉体移植してもスティングに勝てねぇのか!」

「ちょっと、ここ公共の場ってこと忘れたの?」

 マルスは苛立ちながら壁を叩いた。それをアンジェが咎める。ここは公民館の裏である。夜中ということもあり、幸いこの喧騒を聞いている人はいない。

「あん? いいじゃねえか、人間共の立てた小屋ぐれぇよ」

「まったく、協力者でも目に余る様なら手を切るからね」

 マルスは苦々しげに、アンジェを睨みながら黙る。力だけなら彼女より上だと自負しているが、憎きスティングに辿り着くには言うことを聞かねばならない。

「で、一佐。これからどうするんです?」

 アンジェは佇む人物に向かって言う。その人物は、フルフェイスのヘルメットを被り、パワードスーツを纏っていた。そして、籠った男の声で話す。

『我々の目的を達成するには、奴の周りにいる存在が確かに邪魔だ。だが、最悪ターゲットだけ始末出来れば問題無い。気に病むな、マルス』

「ヘッ、慰めにもならねぇ。あんたらだって、復讐したい奴がいるんだろ? だったらそいつの大事な奴を殺して、より絶望させるべきだ!」

 マルスの言葉を一佐はまるで意に介さない。

『我々の目的は復讐ではない。単に奴の周囲を始末するのは作戦の邪魔だからだ。無理に殺す意味も無い』

「いい子ぶりやがって。テメェもハクロウとかいう小屋の家畜共をブチ殺して楽しみてぇんだろ?」

「マルス!」

 だが、アンジェは違った。下劣な言葉を吐き続けるマルスを無視し切れない。

「貴様、一佐に無礼を働く気か?」

「礼なんてのは同格以上で初めて使う概念だ。テメェらクズの人間なんざ、スティングの居場所が分かれば不要よ!」

 アンジェとマルスは睨み合う。だが、一佐は何故か水を汲んだバケツを置き、モップをそこに浸している。

「召使いの真似か? 人間に相応しいな」

『マルス、お前、新たに移植する魔獣の肉体を手配したらしいな』

 マルスは新しい戦力について聞かれ、鼻高々に答える。

「今度は凄えぞ。なんせ、我がインクベータ家の財力でも賄い切れずに借金を作ったほど希少な魔獣の肉体だ。どれだけ借金背負ったと思ってんだ? 今度こそスティングは殺す」

『いやなに、どうせ移植手術には前の手を切り取る必要があるんだろう? 手伝ってやろうとな』

 一佐の言葉をマルスが理解する前に、彼の両腕が切り離された。

「え……」

 腕がアスファルトに落ち、血が噴き出す。瞬く間に屋上が赤く染まる。しばらくして血が止まった後、マルスは悶絶した。

「っテエエェェエ! な、なにしやが……」

『言葉通りの意味だ。ほれ、掃除くらい私がしてやろう』

 一佐がバケツとモップを用意していたのは、マルスの腕を切るからだった。律儀に一佐は流れた血を掃除している。

 マルスは全く攻撃を認識することが出来なかった。気付いたら斬られていたくらいの速度である。

『貴様の様な素行の悪い者をわざわざ協力者にしたのは、それを抑える力が私にあるからだ。覚えておけ』

 一佐は掃除しながらマルスに警告する。当然の話だが、マルスは言われるまで理解していなかった。そうでなければ、暴走の危険がある者を配下にはしない。

「あ、一佐、私も手伝います」

『すまんな』

 二人は倒れるマルスを無視し、掃除を始めた。血は早い所拭き取った方がいい。そうした事に慣れた二人なのだ。

『しかし、何もお前まで基幹世界について来ることは無かっただろう。何せ我々が追うのは……』

 一佐はアンジェに何かを言いかけた。しかし、彼女はそれを遮る。

「わかっています。私の本命はむしろこっちなんですから」

 謎の一佐とアンジェ・ボガード。二人の響に抱える事情は複雑な様だ。

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