対決!掃除野球
真の2000年問題が起きて以降、互いの世界を侵略する足掛かりとして基幹世界は注目されてきた。無論、ことを起こせば警戒された上で他の世界から袋叩きに合う可能性が大きいため、対価が見合わないことから実行する世界はない。
「基幹世界の最大戦力地帯、白楼高校か……」
しかし個人レベル、世界レベルではそうもいかない。個人の野心に歯止めをかけるのは難しく、今まさに水面下で動いている者たちがいた。空に浮かぶ巨大な戦艦は透明化してひっそりと白楼高校に迫ってた。
『「原初の日」から約500年と4ヶ月27日です。「約束の日」まで残り27年8日となりました』
「わかっている」
ある者が戦艦の内部にある座席に座り、AIの声に答える。この部屋には窓がなく、代わりにモニターで周囲を見ていた。
「行くぞ、空の神々が我が世界を侵す前に……」
その人物もなにか目的がある様であった。
「白楼高校、そして天地市か。貴様らに恨みはないが……空の神々は基幹世界にとっても脅威、『水』になり私に力を貸せ」
@
異世界人の多くが基幹世界人のそれを超える身体能力をしている。そのため体育は混ざって同じ競技をすること自体が危険であり、どうしても陸上競技に偏ってしまうという悩みが教員の間であった。
「それで……これ?」
十一組の体育の時間に出てきたのは壊れた掃除道具。穂先の喪失した自在箒に使い物にならないほど擦り切れた雑巾。これで何をしようというのか。
「みんな、この基幹世界には清掃の時間に掃除道具で野球するという文化がある」
「それを正式な文化みたいに語られても」
響の言う通り、まぁごく一部でさぼりとして行われるものである。ただ体育の先生にも案があったのだ。
「で、競技に使う道具ってのは基幹世界人の身体能力で画になる競技ができる様に作られているわけだがこいつは違う。まっすぐ投げられるか怪しいし、当てても飛ぶか微妙だ。だから、みんなが思い切りやってもえらいことにならないはずだ」
全員の身体能力で通常の野球用具を振り回せば、ボールは200キロを優に超えて打ち出された打球はレールガン。とんでもなく危険だ。そこで道具にデバフをかける案が採用された。
「では、プレイボール! あ、試験的だしチーム分けはしっかりしなくてもいいぞ。たぶん試合にはならん」
というわけでもう始まった。次の走者を送ったりは出来なさそうなので、適当に守備側がベースに入って打者一人がバッターボックスに立つ。さすがにグローブはマジモン。安全確保の道具はしっかり使いたい。
「この学校って第二グラウンドあるんだねー」
「普通は一つなんだ」
リーザとエルフの女子がグラウンドをよく見る。住宅街にある影響か、今十一組のいる場所は第二グラウンド。学校にある第一は陸上用のタータンとサッカーコート、少し外れにバトミントンコートという構成。なので野球系をやる時はこっちに来る。
「野球かぁ……熊が森の仲間達とやってるゲームはしたことあるけど」
響はあるURLをホログラムで空中に表示させながらつぶやく。バッターボックスに立つのは彼だ。
「ハランデイイ」
しかし実際の野球は未経験。バッティングセンターくらいだっただろうか。マウンドに立つのは銀髪に兎耳を生やした褐色肌の獣人、ルイーズ。
「ふぅん……、どんなものかやってみようかね」
彼女も野球は見聞きした程度。投げることを示すためにしっかりバッターである響に向き合い、第一球を投げた。
「なっ!」
雑巾だし大したスピードは出ないだろうと思っていた響は度肝を抜かれることになる。手から離れたのを見届けた瞬間、ミットに雑巾が叩きつけられる音が耳に残る。
「は、早い……雑巾ですよね?」
「って、キャッチャーミットじゃなかったら腕逝ってたわ」
雑巾で投げているはずだが、十分に硬球のピッチングを受けられるキャッチャーミットでも痛いというレベルであった。
「もっと行けるな」
ルイーズは先ほどの投球で何かを掴んだのか、杖を呼び出して何か呪文を唱えている。彼女の杖は長身のルイーズ自身の背丈にも匹敵するもので、こんなものを普段から持ち歩いている。マウンドに突き立てたそれに飛び乗り、背後には風を纏った猛禽類がいる。
「精霊……!? まずいですよ!」
精霊魔法による加速はさすがにライン越えだろうと響は止めに入る。だがルイーズは容赦なく雑巾を投げる。鳥の鳴き声も聞こえる。完全に精霊魔法の一部だ。
「おわああ!」
キャッチャーはビビったが逃げずに防御を続ける。野球ではありえない、ジェットコースターか青いハリネズミのゲームで見るようなループ軌道を描いてミットに収まる。響は見送ることしかできない。
「いよいよ本気……ですか」
「ねぇこれ俺死なない?」
どんどん本気になるルイーズにキャッチャーは恐れおののく。これで響は2ストライク。
「がんばれ級長!」
窮地に追いやられた響をリーザが応援する。それで彼は火がついてしまった。
「安心してください。次の球はミットに届きません」
「言ってくれるじゃない」
そう響がキャッチャーに伝えるものだからルイーズもいよい本気だ。さきほどよりも長い呪文を唱え、光を纏った悪魔と闇に揺蕩う天使が出現する。
「待て待て待て! あれじゃん! トワイライトビッククランチ!」
世界終焉シナリオを引き起こせる化け物をぶっ飛ばせる技である。この世界の言語になっているのは、呪文がこの世界の法則や価値観のブーストを受けるためだ。
「より深く融けあえ、闇と光、聖と邪よ! エクリプスビッククランチ!」
「パワーアップしてんじゃあねえか!」
周囲の景色が歪むほど強い重力の波が飛んでくる。それも先ほどよりも速いスピードで。響の義眼にはその投球速度が323キロと表示されている。
一方で響もジャージの上を脱いで半袖の体操服からさらに袖をまくる。彼は強く緑に輝き、腕の隙間から緑の炎が噴き出す。
「リミッター解除、フォトンエネルギー塗布」
箒の柄にラインが浮かぶ。持てるフォトンを柄に纏わせて硬化させているのだ。
「おおおおおっ!」
その箒で見事に雑巾を撃ち返した。キャッチャーはその場にへたり込んでしまう。こんな激突を見たら当然ではある。箒はなんと折れていない。
「ふぅ……」
さすがにあれは取れないだろう、と響は走らない。何せ重力の球。ホームランではないが取るなどとんでもない。むしろ必死に避けるべき代物だ。
「ほいキャッチ」
「え?」
が、その弾をデニスが取ってしまった。魔法の力が霧散し、ただの雑巾に戻る。これで響はフライアウト。
「へー、これいいじゃない」
エルフの女子が打席に向かい、響から箒を受け取る。デニスは掴んだ雑巾を手にマウンドへ向かった。今度の対戦カードはこの二人。
「基幹世界では国同士がスポーツで代理戦争するっていうけど、これなら種族間戦争もどうにかなりそうじゃない?」
「どうにかなるといいな」
エルフとデニスらリザードマンは因縁のある種族。ここに来る時点で種族同士に対立より重要な目的を抱えてはいるが、全くなくなったわけではない。
「じゃ、行くよ」
エルフの女子は剣を構えた戦乙女のビジョンが背後に現れる。こういうのがほいほい出てくるのが白楼高校という学校だ。
「こっちもマジで行くぜ」
デニスも濃いオーラを纏いだした。あーあーもうめちゃくちゃだよ。
「……これ、道具じゃなんともできないんじゃ?」
体育の先生はようやく気付いた。道具をいくら粗悪にしてもこいつら本気だすとヤバイと。本気を出してやり合うこと自体が危険なのだと。
@
『白楼高校、天地市内全域にトケアウシステムの展開完了。システムの起動を開始します』
戦艦では謎のシステムが起動していた。
「許せ、貴様らが憎くて水にするのではない……」
その人物は身勝手なことをつぶやく。それに対して天罰が下ったかの様に、あるものが吹っ飛んで来た。
『システム起動中断。高速で飛来する物体あり』
「迎撃せよ!」
『解析、雑巾です』
彼は迎撃を命じたが、飛んできたものの解析を行うとその意味不明さにAIでさえ混乱してしまう。
「は?」
『対処方法、検索、不明』
当然、雑巾が人智を超えた速度で飛んでくるなど想定されていない。一応機銃で対抗するも、全く効き目がない。ますます意味不明だ。そのうちに雑巾が戦艦に激突し、船体が大きく揺れる。
「ウワーッ!」
『機関部損傷、機能低下。引火します、脱出を』
AIは脱出を促すが、即座に行動できない理由が存在した。もう意味が分からないのだから。
「ありえない……400年以上をかけて作ったこの艦とトケアウシステムが……雑巾に?」
迎撃不能の雑巾にこれまでの苦労と世界の希望が沈むなど、現実を受け入れがたいだろう。
@
「なぁにあれ?」
「さぁ?」
地上でもまさかかっ飛んだ雑巾で上空の爆発が起きるなど思わず、そのままスルーされてしまう。
「おいおい、雑巾どっかいっちまったじゃねぇか」
「えー? 打たれる方が悪くない?」
デニスとエルフの女子がわいわい言い合っているが、さすがにこれ以上は危険なので体育の先生が止めに入る。
「はい終わり! これ以上は危ないから」
「えー?」
異世界の留学生を受け入れて15年近く、解決できない問題もまだ多いのであった。そんな中でも精一杯高校生活を楽しむ彼らは、世界に迫る脅威を知らず知らずのうちに倒したことに気づいていなかった。
@
「あ、ありえん……」
雑巾に撃ち落された黒幕はひっくり返って近くのごみ捨て場に落っこちていた。
「ママー、何あれ?」
「みちゃいけません」
先日響に助けられた親子が通りかかる。まぁこんなもの慣れたものである。彼が親子のいなくなったあとももぞもぞ動いて起き上がろうとすると、そこに一人の少年がやってきた。広範囲にわたった顔の傷が目を引く。本人もそれを気にしているのか、フードで顔を隠している。
「やぁ、話、いいかな?」
「いやだと言ったら?」
もちろん、黒幕はおとなしく従う気はない。見た目は十代前半の子供だが、纏う空気は明らかに違う。黒幕の抵抗を感知した彼は、黒い骸骨のマスクを手にした。
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