忍び寄る影

「フッフーン、天気いいねぇ」

 いつまで経っても姿を現さないスティング・インクベータは、剣を鞘に収めたまま振り回し、校門の前をうろうろしていた。帰宅部の少ない白楼では、部活の時間である今、ここを通る人は少ない。

 そんな人気の無い場所を、長身で銀髪を伸ばした男がうろうろしているのは不審に見えるだろう。例え、制服を着ていても。

「なーんか今日は、コイツがイイ女に会えるって言ってるんだよね」

 振り回していたのは、髑髏があしらわれたコテコテの『魔剣』である。銘はソルドリッド。当然、ゲートの向こうの言語なのでその名の由来を理解できるものはいない。

「こっちかな?」

 ソルドリッドの導きを頼りに、スティングはあちこちを見渡す。すると、校門の上に立つ、白い少女を見つけた。

 高い所にいるため背丈はハッキリとわからない。白い髪は肩に掛からないくらいのショートカットで、赤い瞳がギロリとスティングを見た。纏っているのはライダースーツの様なもので、白と黒のツートン。そこから浮き出るボディラインは胸から腰にかけて僅かな曲線を描く、細身なもの。

 脚は白い装甲に覆われていた。なぜここだけプロテクターが施されているのか、スティングは気になった。ピッタリと体に沿った装甲を身に着けている、というよりはより強固で大がかりな鎧を纏っているようなものだ。

「うーん、もうちょっとスタイル良かったらな。顔はどうだ?」

 スティングは少女に失礼なことを言いながら、校門に近寄る。彼女は太陽を背にしており、逆光で顔は確認できない。

「へい、そこの白雪姫スノーホワイト。俺とお茶しない?」

 スティングは軽く声をかけてみた。勉強は苦手な彼だが、ナンパの語彙を増やすことには熱心だ。

「……」

 だが、少女は校門から跳び、スティングの頭上を通過して降り立つ。跳んだ時、足裏から何かが噴出したようにも見えた。

「へっ、気高いねぇ……」

 スティングは棘のある彼女の態度も意に介さず、後ろから肩に触れようとした。

その時、少女が大きく跳ね上がってスティングに対して大きく距離を取る。

「響?」

 スティングはその動きに、靡く黒髪の幻影を見た。その瞬間、少女が眼前に迫って赤い刃を振り下ろしてきた。足の装甲から展開できる様だ。

 ソルドリッドがそれを防ぎ、スティングは真っ先に彼女の顔を見ようとした。だが、またも既視感のある動きで距離を開けられる。

「へぇ、こいつはじゃじゃ馬だ」

 スティングは少女を確認する。手には赤い光を刃とする剣が握られている。スティングは楽し気に笑う。ソルドリッドは先程の攻防で抜かれ、黒い刀身を夕日に晒す。

「だがな、俺の好みはそういう女だ。舞踏会でおめかしして、大人しく野郎のリードに乗ってる様な女じゃなくてな。飾り靴で男の足踏み抜いて城を抜け出すような、な」

 彼の好みは確かにそれだが、このスティング・インクベータというのはこのセリフを言った後、舌の根も乾かないうちに、違う女性に『私はあなたの様な礼儀正しいお淑やかな人が好きです』と言うような男だ。

 無論、どちらも本心。故に厄介。

「気に入った。お茶の後にお食事もどうだい? 安心しな。食ったりしねぇよ」

 そんな女たらしでありながら、肉体関係までは持たないのがポリシー。単に女性とお話するのが好きなだけだ。

「わけのわからないことを言いなさんな」

 そこで初めて、少女が口を開く。そして、踵を返して走り出した。

「あ、逃がしたか……」

 スティングは追わなかった。去る者追わずこそ、楽しいナンパの絶対条件だというのを彼は心得ている。

「逃がした魚はデカイなぁー。なぁ、ソルドリッド。勘が鈍ったかもな。リハビリにでも行くか!」

 スティングは結局部活には出ず、そのままガールハントに向かおうとした。

「お前はなにをしているんだ」

 そのスティングを止めたのは、遊騎だった。

「げぇ、遊騎!」

 遊騎だけではない。漫研部員4人が今まさに下校しようとしていた。

「こんな近くにおるなら、部室にくればよいものを……」

 スティングの微妙なサボりにゆいは呆れる。

「ああ、そうだ! 怪しい人影がいたんだ。白い女の子だ」

 彼は先程であった女の子の事を思い出す。だが、あの響さえジト目で見ており信用されていない様子。

「本当なんです、信じて下さい!」

「馬鹿もん! お前は一週間の謹慎だ! ぶったるんどる!」

 スティングは訴えるも、遊騎が切り捨てる。二人は同じクラスだが、だからこそ勝手がわかっているのか、遊騎はスティングの話を半分しか聞かない。

「白い女の子のう。お主が気にかけるとは、やはり可憐な女子おなごか?」

「そうそう、結構かわいいのよ」

 ゆいは詳しくその白い女の子について聞く。スティングに聞くと相当な美少女らしい。

「しかしここの生徒ではないんじゃな?」

「そうだな。変なスーツ着てたし、なんか脚が装甲に覆われてたな」

 ゆいがスティングから詳しい話を聞いていると、響はその少女がいたと思わしき場所を見ていた。女の子のことは先程まで疑っており、彼からいた場所など聞いていないはず。なのに白い女の子のいた場所をドンピシャで見ていた。

「これ、宇宙で姿勢制御に使うガスの成分が付着してますよ?」

 義眼の機能でそうしたものを検知したのだ。普段は使っていないが、懐かしい反応なのでつい機能を使ってしまう。

「あ、そういえばなんか脚から噴射してたな」

「足が装甲……義肢かな?」

 響は呟く。自分も義肢を使っているので、思う所があるのだろう。

「ところでだな……お前今日話があるっていっただろ?」

 遊騎はそれより、とスティングに詰め寄る。同じクラスなので、連絡事はしつこく確認しているのだが、この始末だ。

「そうだっけ?」

「教室で口酸っぱく言ったわ」

 遊騎はスティングの自由さに度々振り回されている。

「お前一応貴族の息子じゃなかったか? ヘルサイトでも放蕩息子っているんだなぁ……」

 彼は絵に描いた様なダメ息子が、違う世界にもいるのだと思うと異世界が近く感じた。地球上でも各地に麺類が存在する様に、案外知的生命体の発想というのはバリエーションが無いのかもしれない。

「そうだ。ヘルサイトってどんな場所なんだ? 桃源世とエストエフ聞いたし、一応聞いておこうか」

「そうだな。地球的に言えばビデオゲームの魔界だな」

 スティングによると、ヘルサイトは魔界だとか地獄だとかそういうものらしい。

「貴族制があるから、地球で言う封建社会ってやつだな。種族も沢山あるな。俺は魔族っていう種族だ」

 多くの種族が暮らす世界というのは珍しくなく、逆に地球やエストエフの様に人間以外の知的生命体が存在しない世界の方が珍しいだろう。

「なんでも、偉いさんが言うことにゃ魔族が一番強くて凄いんだとさ。俺は興味ないがね。だって強くてすごいのは魔族じゃなくて俺個人なんだから」

 スティングが言う様に、多くの種族がいれば優劣を競うものである。白楼にいる者の多くは、彼の様に種族間の争いに関心が無い。むしろ、そうしたしがらみを嫌ってこちらへ来ることさえある。

 『真の2000年問題を発端にする問題解決に備えた交流』という白楼の主目的からして、種族を越えて仲良くしたい者にとってこれほど優れた環境はあるまい。地球、ひいてはそこに繋がる故郷の危機に種族の壁を越えて立ち向かう。まさに夢の共演だ。

 地球の私立高校という、『嫌でも行かねばならないわけではない』環境もそれに拍車をかけている。来たい奴、つまり他の種族と仲良くする気がある奴だけ集まっているのだ。これが無理やり押し込められた連中ならば、種族ごとに派閥が出来て内部抗争待った無しだ。

「そう考えるとうちの学校って奇跡に近いよな。だって種族ごとの争いって無いんだぜ?」

 遊騎も昨今の情勢を鑑みて、それを感じていた。

 地球上では同じ人間同士が争っているのに、ここでは人間なんだろうけど下半身の形状が違ったり完全にロボだったりする連中が仲良くやっているのだ。

「まぁいくつもの好条件が重なって出来た奇跡じゃろうな。儂ら妖狐かて仲の悪い種族が無いわけではない」

 長く生きているゆいにとっても珍しい状態ではあるようだ。どうしても相いれないのであればなるべく関わらないという選択もする辺り、年齢層の高さも関係している。全体的に皆大人だからか、いちいち事を荒立てない。

 正直この学校、十代の若者が少ないだろう。

「まぁそうでないと世界終焉シナリオで既に滅んでいるとも言いますが……」

 響の様に真の2000年問題から派生する事件、その中でも人類社会や文明そのものを破綻させる『世界終焉シナリオ』に対峙してきた者からすれば内輪揉めなどしている暇はないというところ。

「ま、俺はどの種族も女の子は可愛いと思ってるからな」

「そこは賛成」

 スティングの考えに、リーザは賛同する。少しでも近いところがあれば、仲良くすることは難しくない。

「おや……?」

突然、遠くで鈍い地鳴りがした。リーザと遊騎が動揺してあちこちを見渡す中、残りの三人は迷う事無く一つの、煙が立つ場所を見据えた。

「な、なんだ?」

「火事?」

 遊騎とリーザの二人は状況を把握し切れていないようだ。

「あそこは駅か……」

スティングの一言で、響がリムレスの眼鏡をかけつつ飛び出す。電柱の頂点まで飛び上がり、そのまま電柱を飛び石の様に乗り継いで急ぐ。ゆいとスティングも駅前に向かう。

「運動する時に眼鏡外すのはともかく、戦う時に付ける奴初めて見たな……あれ補助デバイスらしいけど」

 響の眼鏡は閃光の遮断など機能を持ったウェアラブルデバイスの類だ。よって戦闘の時に装着するのは理に適っている。

「なんだかさ、こういう騒ぎになると級長って軽やかだよね」

 リーザも響を追う。遊騎はしばらく考えてみたが、確かにそのような気はしていた。

「慣れじゃねぇか? あいつ、元は兵士だった上に今も戦闘員だよな?」

 遊騎は単に、響が平穏に慣れてないだけだと考えていた。エストエフでもこの世界でも戦うことを選んでいる。ただ、リーザはそれ以上の理由を感じていた。

「そうじゃないんだよね……級長、このままだと心配で私も成仏できないかな?」

「いや逆だろ。お前の方が心配だ」

 リーザの心配も、遊騎からすればそっくり返すべきものだった。

「えー、級長は我慢したり押し殺すのが上手いタイプだよ。たぶんいつか闇堕ちして敵になっちゃうよ」

 ただ、リーザは響の特性を考えた上で心配していた。抜けてはいるが、人の本質を見る目はあるようだ。

「む、それはいやだな。あいつ結構強いし」

「そうそう、闇堕ちすると露出の高い衣装着てくれるかもしれないけど、そうなったら眼福どころじゃないよ! 拝む暇さえないんだから」

 リーザの心配しているのかよく分からない発言を聞き、遊騎は少し『響闇堕ちバージョン』を想像した。

「露出の高い衣装……あ、でもあいつ男か」

「あ、言い忘れた!」

 急にリーザが大声を出すので、遊騎は驚きつつ確認する。

「なんだ? まぁ、そんなに深刻なことじゃねぇだろうが」

「出撃! 漫研ファイブ!」

「ホントにどうでもよかったな」

 言い忘れたのはチーム名であった。非戦闘員組が無駄話をしつつ、駅前へ行く。


   @


 電柱を跳んでいった響は、五人の中で一番早く煙の場所へ辿り着いた。この高架になっている駅は、白楼の生徒も多く使う場所だ。

 アルミ缶の様にひしゃげた電車の前に立つのは、スティングが見たと思わしき白い女の子。電車の凹みからして、あの義足で蹴り飛ばした様だ。

 女の子は逃げ惑う人々を襲う事無く眺めている。電車から煙が狼煙の様に上がっていた。

「お、あんたはたしか……」

 ホームに降りた響を見て、白楼の生徒が声を掛ける。どうやら巻き込まれた人達の避難誘導をしてくれたようだ。見た所、地球人らしい。

「ここからはボクに任せて」

「おう、わかった。逃げ遅れはいないから思いっきりやれ!」

 生徒は響に場を預けて自分も避難する。

 響は女の子と対峙する。スティングとゆいも階段を上って追いつき、彼の隣に立つ。

「ふぅ、素敵なダンスだ。見とれた電車が粉々だ」

「口説いとる場合か。ふむ……」

 響が光剣、フォトンサーベルを抜き、いつでも戦える姿勢を取った。

「いやー、楽ちん楽ちん」

「みんな大丈夫?」

 少し遅れて、遊騎とリーザも追いついた。浮いているリーザはともかく、遊騎も彼女のポルターガイストで浮かせてもらい、早く合流できた。

「げ、なんじゃこりゃ!」

 遊騎は電車の慣れ果てを見て、思わず声を上げる。なんとも普通の反応だ。

「漫研ファイブ見参! さぁ、覚悟なさい!」

 一方リーザは電車の亡骸に目もくれず、ノリノリで名乗りを上げるのであった。

「ええっと……しまった、何も考えてなかった」

 響は彼女に合わせて戦隊風な名乗りをしようとするが、ネタが無くて失敗。

「漫研グリーン!」

「お前だいぶ無理してんな」

 それっぽいポーズを決めて無理やり名乗りを成立させる。遊騎としては見ていられない無理の仕方だった。

 そんな響の様子を見た女の子は何も言わず、少し考えていた。

「んん? おかしい……反応があるはずなのに。どう見ても違う人が私達の世界の武器を持っていて、『認証コード』も同じ……」

「なにを言っている?」

 ポーズを解除した響には、彼女の言葉の要領を得なかった。聞きなれない単語は無く、大体何を言いたいのかは分かるが、何を疑問に思っているのかわからない。

「まぁいいか。コードのチップを取り除くならともかく。他人の認証コードを自分に埋めるメリットなんて無いし!」

「認証コード?」

 スティングは聞き慣れない言葉に首を傾げる。

「ボクの様に、エストエフで『管理』されていた存在には、所在把握のためにチップが埋まっているんです。それを読み取れるってことは……」

 女の子は響の言葉を遮る様に、崩した敬礼をする。

「どーも、私はエストエフ連邦軍、特務三佐のアンジェ・ボガード。ん? 私の階級って日本語で特務三佐でいいんだっけ?」

「エストエフじゃと? 響のいた世界か。大方、政治犯として連れ戻しに来たんじゃろうな」

 エストエフの名前を聞いたゆいは、守る様に響の前に立つ。女の子は敵愾心を宿したゆいの言葉に返さず、ホームを歩き回る。

「政治犯? 冗談。私達は連邦軍の中でも弾圧の撲滅に動いてる部隊よ? では問題、私達は何の任務で来てるでしょうか。日本人って公共の電波で流すくらいクイズ好きでしょ? 答えなさいな」

 はぐらかす様な態度に、ゆいは不愉快さを感じていた。

「ふん、随分と余裕じゃな。多くの高僧を死に至らしめた玉藻の前の殺生石にも肉薄すると言われた儂の妖力、感じないほど鈍感か?」

 珍しく煽るゆいに、遊騎はただならぬものを感じていた。余裕に満ちた彼女にしては珍しく、棘のある言葉である。

(響ってエストエフから亡命してきたのか? それマズくねぇか?)

 もしそうなら、ゆいの反応も響が過去を語らないのも納得できると遊騎は考えた。

「そうね。まず彼には私達と同じ痛みを受けてもらうわ」

 アンジェは不穏なことを言う。それがゆいの不興を買ったのか、青い炎が彼女に向かって飛ぶ。

「ッ……!」

 アンジェの周囲を爆風が襲う。彼女は脚の装甲を手で抑え、響とゆいを睨み付ける。

「ああ、そう。あなたこいつがどんな奴か知らないで守っているのね。哀れ哀れ、ご苦労さんねこの獣畜生」

「ふん。小娘にぎゃーすか喚かれたくらいで儂の人を見る目が変わるものかよ。見た所その脚、カラクリのようじゃが、せっかくじゃ、腕もカラクリにしてゆけ」

 暗に腕飛ばすぞとゆいは言っていた。アンジェの脚は義足の様だ。だからガスを噴射して飛翔できたのだ。

「そうね、まずはそこの優男から死んで貰おうかしらね。ちょうど、おあつらえ向きな人を連れて来たから」

 彼女はゆいに怯む事無くスティングを右手で指さし、高架から飛び降りて駅を去った。

「来たか、スティングゥゥゥッ!」

 アンジェと入れ替わりに、スティングを呼ぶ声が駅の外からした。漫研の五人は外に出て、声の主を探る。

 駅前では警察官が避難誘導をしている。正直、人間の警察官に電車を凹ませる相手とその仲間を取り押さえろというのは酷なので十分働いているといえよう。

 ちょうど駅の前に、銀髪をオールバックにした男がいた。いかにも魔王な骨をあしらった黒い鎧を着込み、剣を手にしていた。筋肉隆々の大男で、身長もそこいらの自販機くらいある。

「げ、マルスじゃん。生きてたのか?」

 スティングは相当に苦々しい顔をした。

「知り合いかの? 男を覚えておるのは意外じゃったが」

 ゆいは彼が男について言及するのを初めて見た気がした。生きてたのか、ということは嫌な予感しかしないのだが。

「ああ。俺の義理の弟だ。家督争いでぶっ殺したんだがなぁ……苦しんで死ぬ様にしたのがマズかったか?」

 マルスはスティングに対して、強い恨みを持っている様だった。家督争いが起きる様な名家に生まれたスティングだが、その勝者である彼はなぜこんなところにいるのか。

「なぁスティング。お前も響くらい過去明かさないから話が見えてこないんだが。少なくとも俺はお前が貴族の放蕩息子ってとこまでしか知らん」

 遊騎はマルスとスティング兄弟の因縁もまるで知らない。貴族の放蕩息子の下りは実感として知っているのだが。

「ああ、俺はヘルサイトの結構えらい貴族の一人っ子だったんだがな。親が俺を跡継ぎに相応しくないって思ったのか養子を取ったんだ」

 話を聞いた遊騎は、なんとなく納得してしまった。今日迷惑を掛けられたばかりの身としては、ご両親の気持ちが痛いほどよくわかる。

「そうだな。わかる、凄くな」

 ただ、スティングの性格からして家督争いをするようには見えなかった。マルスがいたなら、彼に押し付けて逃げそうだ。

 マルスは憎しみに満ちた目でスティングを睨む。

「この男はこの基幹世界を侵略すべきとする父上に背き、我らに反旗を翻したのだ! 一族郎党はこいつに殺され、賛同者達も残虐に始末された」

「よくやったスティング。この世界の平和は守られた」

 話を聞き、遊騎はマルスやスティングの両親に同情できなくなった。地球侵略が目的では、地球に留学しにくるスティングと意見が合わないのも当然だろう。それにスティングなら『この世界の女の子が不幸になるだろうが!』で止めるのも想像に難くない。

「前から家の考えが気に入らなかったんだよ。ヘルサイトにいる種族の中でも『魔族』が優れている? 優れているのは魔族じゃなくて、俺だぜ?」

 ヘルサイトは複数の種族が住む世界。魔族というのは目の前にいるマルスの様な選民思想に溢れた人間がスタンダードな様だ。

「思い上がるな! 貴様の様なクズ、魔族でなければゴミ同然。魔族の力無しには、一族皆殺しも出来まいよ!」

 マルスはスティングまで走り寄り、背丈ほど長い剣を振り上げた。

「危ない!」

 響が割り込み、その剣をフォトンサーベルで防ぐ。しかし、マルスの筋力に押されていた。

「ぐ……」

 機械の腕はパワーこそあるが、根性による無理が効かない。このままでは押し切られてしまう。

「ハッハー! 女に守ってもらう様になるとは貴様衰えたなスティィィィングッ!」

 敵の劣化を確信したのか、マルスは愉しそうに下卑た笑いを浮かべる。一方、スティングは意にも介さない。

「そいつは男だし、なにより自分の苦手分野くらいわかってる奴だよ」

「何?」

 マルスが意外な事実に気を取られた瞬間だった。先程まで彼の剣圧に抵抗していた響が力を失って地面に倒れた。

「おおッ?」

 響に体重を乗せていたマルスは前のめりになって転倒する。響が男だという事実と今の状況が同時に押し寄せ、対応が遅れてしまう。

「ナイス響! 『魔神貫徹』!」

 スティングはマルスの顔面めがけて、剣を突き出した。首を動かして紙一重で回避した彼にも、自分が無事で済まないことはわかった。

「ブボッ!」

 全身を強風にも似た見えない圧力に襲われ、マスルは吹き飛ぶ。地面を転がされたこと以外認識できぬまま、彼は急いで起き上がる。

「スティング、貴様魔族に伝わる伝統的技に人間の下品な言葉で名前を……!」

「お前だって使ってるじゃん、日本語」

 遊騎はスティングの指摘で今更、マルスが日本語を使っていることに気づいた。

「イエーイ! 響、戦闘だと頼れるな」

 密かにハイタッチするスティングと響。打ち合わせ無しでこの芸当。スティングは力で劣る響がわざと力を抜いてマルスを転倒させることがわかっていたのだ。さらに言えば、響はスティングがそれを読んでくれると確信した上でやってのけた。

 個の強さはともかく、チームワークもなかなかのものである。

「そのチームワークを普段出してくれんかなぁ……」

 部長である遊騎からすればそう思うしかないところだ。特にスティング。

「おのれぇ……ならばかくなる上は!」

 マルスは追い詰められ、何かを呼び出した。

 赤い光と共に出て来たのは、魔法陣の様なものに拘束された女学生。端的に言えば人質だ。制服からして白楼の生徒では無いようだ。

「フハハハ! スティング、貴様に女を見捨てられるかな?」

 魔法陣を見たゆいは響に耳打ちする。異世界の物でも呪術関係は彼女の専門というわけだ。

 それを聞いた響は、アスファルトを蹴った。

 銃声の様な破裂音がして、マルスの眼前に響が出現する。そのあまりのスピード、そしてまさか人質を取られているのに突っ込んでくるとは思えず、マルスの思考は停止する。

「なんだとぉ!」

 そのまま、フォトンサーベルによる一撃を受けてしまう。セーフティーを掛けていたため、マルスは昏倒するだけで済んだ。

「グフォッ!」

 朦朧とする意識の中で、マルスは嗤った。人間の武器では自分を殺せない。このまま人質を殺してスティングへの当てつけとしよう。そう余裕を持って考えていた。

「スティングゥゥゥ! 貴様の仲間は薄情だなぁッ!」

 指を鳴らし、人質を拘束している術式に信号を送る。

「え?」

 その時、自分の足元が光ったのを見てマルスは辺りを確認した。人質は響が抱えており、魔法陣はない。

 そして人質の命を奪うはずだった魔法陣は自分の足元で輝いていた。

「あれは人質作戦に使うには下法な呪術じゃのう。人質か自分のどちらかに何かあった時に自動で作動するものではなく、あの大男が自分で能動的に起動するしかない」

 ゆいが藁人形を弄びながら一通り解説すると、マルスは爆発した。

「ホゲエエエェェッ!」

 辺りの建物のガラスを揺るがすほどの爆発であった。

 煙が晴れると、アスファルトにクレーターが出来ており、そこにボロ雑巾となったマルスが横たわっていた。

「あーあー、ザ・噛ませ犬な死に方しやがって」

 スティングは前に読んだ漫画のワンシーンが浮かんだ。

「これ、人質に使う火力じゃないのう……。この威力をもちっと拘束に回しとけばのう」

「あ、この爆発は妙蓮寺さんがしたわけじゃないんですね」

 作戦の一端を担った響は、爆発もゆいによるものだとばかり思っていた。

「儂はこの藁人形で術式の対象を移し替えただけじゃ。そもそも儂の呪術に破壊力は期待できん」

 さっき炎でアンジェを攻撃した様子からはまるで想像出来ないことをゆいは言う。

「お、おう……」

 遊騎は目の前で繰り広げられた攻防のレベルに唖然とするしかなかった。制服のポケットからチャック袋に入ったプラスチックの棒を取り出し、彼はそれに向かって念じた。

「っと、大丈夫か?」

 棒に丸いチョコレートが出現した。それを遊騎は人質だった女学生に渡した。

 戦闘ばかりか何気にアフターケアまで可能なチームである。

「グ……貴様ら……」

 マルスは起き上がり、剣を構える。どうやら生きていたらしい。だが、そのまま戦う気は無いのか、そのまま猛禽類の様な黒い翼を生やして空へ飛んでいく。

「なぁ、スティング。お前もあれできんの?」

 遊騎はスティングに確認を取った。

「無理。あいつ殺された時に欠損した体を魔物の肉体移植して補ったな」

 どうやら魔族の特徴では無い様だ。

「この無様な町ごとぶっ殺してやる!」

 マルスは手の届かない上空から攻撃を仕掛ける気だった。響も素早く動けるとはいえ、何も足がかりが無い場所まで高く跳躍するのは不可能だ。

「はいDPSチェーック」

「どうする? 響は届くか?」

 遊騎は戦闘要員に聞いた。このままでは、マスルの攻撃を一方的に受けてしまう。これに対してオンラインゲームのギミックめいた感想を漏らす、スピード重視の響は行けそうである。

「せめてジャンプ台があれば……。この辺りの建物じゃ全然足りないです」

 響の言葉で、ゆいは作戦を決めた。確かに、辺りの建物の高さでは足りないかもしれない。

「ジャンプ台なら作ればよかろう。リーザ、あの電車、垂直に立てられるか?」

 ゆいが目を付けたのは、高架の駅にある電車だった。アンジェに蹴飛ばされ、ボコボコに歪んだそれを使うつもりだった。

「うん、やってみるね」

 リーザは念を込め、電車を動かす。複数車両連結した電車は殆ど垂直に立ち上がった。特に彼女も苦労したり消耗している様子はない。

 横になっている間はさほど気にならないが、立てるとビルの様に高い。駅も高架にあるので尚更だ。

「よし、行けます!」

「念のため、俺もいくか」

 響とスティングが駅へ急いで向かい電車を登る。窓など僅かな凹凸を利用し、殆ど駆け上がっている。そして頂上から跳躍した。

「ん? サルの実験か? スティングぅうううう!」

 マルスにはまだ余裕があった。なにせ、彼は自前の翼で飛行しているのだ。いくらでも高度が出せる。加えて、駅から跳んでいるためマルスまで距離がある。

「これでも無理か……」

 先程までマルスがいた高さまでは届いた響だったが、マルスは飛べる。響の跳躍はそれ以上伸びなかった。後は重力に従って落ちるのみ。

「もう一回足すぜ、響!」

 だが、彼の少し下にいるスティングは諦めていなかった。剣を構え、その腹を響に向ける。意図を読んだ響は、少し落ちて剣の腹を脚で踏んだ。

「行け!」

 そのまま、スティングは響の乗った剣を振り、野球ボールの様に打ち出した。

「なに?」

 油断していたマルスは、響の二度目の跳躍で上を取られてしまう。響は緑に輝くフォトンサーベルを振り上げ、マルスに迫っていた。

「なぁッ!」

 驚愕するマルス。響は一瞬胸に痛みが走りながらも、フォトンサーベルでマルスを切り裂いた。

「はぁっ!」

 命を奪える状況ながら、響はマルスの右翼を軽く斬るだけで済ませた。今朝の車とは違う。切断せずに、飛べなくなる程度の傷しか与えない。

「お、おおッ?」

 翼の制御を失ったマルスは、そのままフラフラと墜落していき、何処かへ飛んで行ってしまう。

「お、覚えてろぉおお?」

マルスの退場を見届け、響も重力のまま、下へ落ちていく。

「お疲れさんじゃ」

 下では、ゆいが青い紙風船を膨らませていた。

 家屋ほど大きな紙風船は響とスティングをしっかり受け止め、無事に帰還させる。この紙風船も呪術によるものだろう。

「電車さんもお疲れ」

 リーザは優しく電車を寝かせる。

「あれ、俺何もしてない?」

 遊騎はそこで、自分の出番がないことに気づいた。ただ、人質のアフターケアは戦闘要員組にできることではない。

「よし、終わりじゃな」

 ゆいは紙風船を片付け、警察が来ていることを確認する。事後処理はキチンとした組織の仕事だ。

「よーし、じゃあ帰ろうぜ」

 遊騎が仕切り、事件を解決した一同は家路につく。思わぬ課外活動であった。

「……」

 一番後ろを歩く響は、マルスの飛んでいった方向を見ていた。自分で攻撃しておきながら、人質を取る様な相手ながら死んでいなければいいなと思っていた。

「おーい、響ー」

 遊騎に呼ばれ、響は我に返る。これ以上命を奪っては、この仲間達といる資格が余計に無くなる。

 響は胸の痛みを隠しながら、今日もぎこちなく笑うのであった。

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