虫食いの世界②

 夕方である。授業が終わった後、生徒達が部活の場所に向かう時間。

 響は部活を行う部室へ向かった。特別教室棟の一階、薄暗い隅に漫画研究部の部室は存在する。

 彼は噛み合わせの悪い、重いスライド戸を開いて部室に入る。扉の上には『漫画研究部』とプレートが付けられている。埃っぽい様な独特の匂いに早くも懐かしさを感じた。

「一番乗り?」

 部屋自体は入り口に対して横長で、入ってすぐ正面と右を向けばドン詰まりだが、左を見ればそれなりに開けている。

 左の壁際には誰も使っていない、地デジなど知らぬだろうブラウン管のテレビが置いてある。

 部屋には六つ、事務机が並んでいる。奥の方にある机の一つが響の指定席である。よく会議室にある様な長机ではなく、道具や資料を入れるのに有効な事務机が置かれているのは、かつて在籍した先輩が職員室から使われなくなったこれをもぎ取ってきたからなのだ。

「ふぅ……」

 彼はそこの椅子に座り、鞄から小さな箱を取り出す。そこに入れられたカードを取り出して眺め、みんなが揃うまでの時間を潰す。

 このカードはゲームをするためのもので、部室に卒業した顔も見ぬ先輩が置いていったもの。四十枚ほど束にしてデッキというものを作り、一対一で戦うものらしい。

 キャスター付きの椅子は音を立てて軋み、不安定だ。古いから捨てる予定だったものを更に使い倒しているので当然だろう。

 だが、響にはこんな椅子でも愛おしいものだった。他ならぬ、自分の居場所なのだから。

 継田響は漫画研究部に所属する。よくあるアニメか漫画の様に、使われていない部室をジャックしているわけではないので悪しからず。

 白楼高校では一年生が総合学習の一環で部活動をすることになっている。単位に入るので、事実上の強制だ。ただ、響は望んでこの漫研に入っている。

 一通りカードを見てから彼は立ち上がり、部室に置いてある冷蔵庫から水を取り出して電気ケトルに注ぐ。

「あ、そういえば公界さん、連絡があるって……」

 作業をしながら響は今朝、遊騎から聞かされたことを思い出した。なんでも、今度のゴールデンウィークに何か頼みたいことがあるとのことだ。

「でもみんな遅いな……」

 響はまだ部室に自分しか来ていないことに気付く。スティングを除いて部活をサボる様な連中では無いことは、一番彼が知っている。スマホにも何の連絡も無いので、何か用事があって遅れるだけなのだろう。

 そう思っていた頃に、一人の生徒が部室へ入ってきた。

「お、響じゃん」

 黄色いリュックは公界遊騎。部長である彼は入り口に近い席に着く。その机には『部長』と役職の書かれた名札が立っている。

「公界さん」

「何してんの?」

 遊騎は響の机に飛んでくる。響の持っているカードが気になるようだ。響も電気ケトルをセットして机に戻った。

「ええ、デッキの方を」

「新しいカード買ったのか?」

「いえ、以前部室を掃除していて、発掘したので組み込みました」

 相当な枚数を先輩は持ち込んだのか、掃除をしていると未だにカードが出てくる。響はカードを買うことはせず、そうして集めたものでデッキを組んでいた。

「そうか。んじゃ、早速やろうぜ」

「はい」

 遊騎もリュックからデッキを取り出し、ゲームを始めようと誘った。遊騎はこのカードゲームが好きであり、響は快く承諾する。

 対面して座った二人はデッキをシャッフルし、カードを5枚引く。響の義手は精巧ながら触覚が無いという弱点を持つ。そのため、本来はこのような動作は苦手である。それでも訓練すればスムーズに行うことが出来る。

「よし、行くぞ!」

「では、いざ」

 そしてゲームが始まった。モンスターの描かれたカードを出し、それに別のモンスターカードや武器の描かれたカードを重ねていく。

「来た、これで」

 先に切り札を出したのは響であった。彼のデッキは卒業した先輩が部室に置いていったカードで組まれている。その割には、完成度が高い。

「プレイング上手くなったか?」

「そうですか?」

 遊騎は響のカード捌きを見て、上達したことに気づいた。引っ込み思案で自信無さげな性格に反して精神的動揺によるミスをすることは無いが、以前よりカードの効果を無駄なく使えている。

「友達とも結構するんですよ」

「なるほど」

 異世界の人々は、日本の玩具に興味を示している。特にカードゲームは安価で日本語の勉強になるためか、お土産にも人気である。日本の文化である漫画をイラストで楽しむこともできてお得だ。

 白楼にも様々なカードゲームを愛好する生徒が多く、人間である遊騎が彼らの中で馴染めるのもカードゲームあってのこと。

「よし、俺もきたぜ!」

 あれこれ考えていたら、遊騎にも切り札が来てくれた。それを気合満々で、口上を述べながら場に出す。

「いでよ、戦場を駆ける暗黒の騎士! 01《ゼロワン》ダークブレイダー!」

 練習したのか、結構淀みなく口上を言い切る。白楼ではこういうことが出来ると喜ばれる。

「全く、白楼の連中と遊んでるとカードゲーム本来の楽しみを思い出せるぜ」

 遊騎はカードゲームを趣味としているが、地球人の友達とする時こういう口上を言うことは無い。ところが白楼でカードゲームをする人はアニメみたいな口上を気合入れてやるのだ。

 効果の処理も、それこそアニメの様に声を張り上げてノリノリだ。

「あ、負けた」

「ダークネス、シンギュラリティ!」

 慣れてないのか、必殺技を叫んだ後、遊騎は咳払いをする。ここまで全力で楽しんでくれる白楼の生徒を見れば、制作者もきっと喜ぶだろう。

 このゲームは遊騎の勝利に終わった。実のところ、響は経験もカードも彼に劣るため、まだ勝てていない。

「ん? お湯沸きましたね」

 ふと、電気ケトルがお湯を沸かしてロックが外れる音を響は確認する。

「お茶入れますね」

 響はいそいそとお茶を用意し始める。冷蔵庫から、お茶請けであろう芋羊羹を取り出す。

「お茶請けは芋長の芋羊羹ですよ。ここの芋羊羹、シーズンに関係なく美味しいんですよね」

 何故冷蔵庫があるのか、それはやはりかつての先輩の置き土産に他ならない。

「そういえば響ってお茶入れるの上手いよな。緑茶に関わらず」

 遊騎はふと、そんなことを思う。過去に響が何をしていたかを彼は知らない。義手を使う様になったということは、あまり話したくない悲惨なこともあっただろう。なので敢えて遊騎は聞かない。

「はっはっは、相変わらず響は用意がいいのう」

 高らかな笑いと共に、いつの間にか人が出現した。遊騎の隣に妖狐が現れたのだ。

「うわっ! なんだ妙蓮寺か」

「驚いたかの?」

 彼女は驚く遊騎に悪戯っぽく笑う。

 妖狐のゆいは、漫研部員では最も年上であるが、悪戯好きでフランクなためか響と遊騎は時々それを忘れる。

 これで朝に響が出会った部員は全員集合といったところか。

「そうじゃ、生徒会長からこれを預かっておる」

 そう言うと、ゆいは制服のポケットから手紙を取り出した。生徒会長から、とのことだ。

「それは?」

「ほら、生徒会長がゴールデンウィークに頼み事があると言うておったろ? 今、あやつは忙しいからの、伝言をな。この件に関しては儂の方が詳しいじゃろうしな」

 生徒会長は忙しく、ゆいに伝言を預けていた。ゆいの方が詳しい、というのは年の功的な意味だけではなさそうだ。桃源世のゲートが白楼高校付近に開いていることもある。

「ゴールデンウィークに、この辺りでお祭りがあるのを知っておるか?」

「お祭りですか?」

「いや、地元民じゃねぇし」

 ゆいが口にしたのは、ゴールデンウィークの時期に行われるお祭りのこと。響はもちろん、白楼高校のある天地あまち市が出身ではない遊騎も詳しくは知らない。

「式神祭という祭じゃ。まぁ、神事など堅苦しいことはない。白楼高校の創設者、式神しきがみ白楼はくろうの家がちょっとした地主での。代々、その式神家が田植えが終わるこの時期に『これから一年間よろしく』の気持ちを込めて宴を催したそうじゃ。それが現代に式神祭として残っておる。現在、主催は白楼高校じゃな」

「へぇー」

 こういう話をゆいとすると、遊騎は祖母と話している気分になる。遊騎はおばあちゃんに育てられたので、ゆいみたいな年代は付き合い易くもある。

「ま、そこで祀られていた神様が儂ら妙蓮寺の妖じゃがの」

 ゆいは胸を張る。遊騎としては背丈の小ささ故に無い胸、と言ってやりたいところだが、この狐は出るとこ出ているのだ。

「ん? 真の2000年問題までゲートって無かったよな?」

 遊騎が発言の矛盾に気付く。桃源世と地球を結ぶゲートは真の2000年問題まで無かったはずだ。それなのに、桃源世のゆい達が祀られていたというのはおかしな話だ。

 響は詳しくそこを解説する。

「そういえば、桃源世の人々は真の2000年問題以前にも小規模ながらゲートを作って地球へ来てたんですよね。それが後世に妖怪として伝わり、真の2000年問題の時には混乱の収束に尽力した、と」

「ほう、よくご存じじゃ」

 それを聞いた遊騎は、妙に合点がいった様子だった。

「はーん、それで桃源世には日本の妖怪に近い奴らがいるってわけだ。そいつらが日本の妖怪の元になったんだもんな」

「そういうことじゃ。桃源世の他にも海外にはチマチマそういう世界があっての、民間伝承に影響を与えておる」

 別にゲート自体が真の2000年問題になって初めて出たものではない。それを使用するノウハウのある世界がなければ、その混乱は収めることができなかっただろう。

「じゃが、ゲートで様々な場所にいく試みはあれど、我が桃源世の最高学府でさえ地球以外にゲートを開けた記録はない。そういう実験も兼ねて、儂ら呪術師は度々地球へ足を運んだもんじゃ」

 ゆいの本業はまじないいを扱う呪術師。彼女にとって簡単なことでも、当時の地球人にとっては摩訶不思議な現象を引き起こせた。

「儂は霊脈の関係からこの天地市を気に入っておっての。よく来ては家族ぐるみで悪戯をしては祭り上げられたもんじゃ」

「お祭りの由来が悪戯かよ……」

 年の割に悪戯っ子な側面がある妙蓮寺の一家は、悪戯をしてはそれが恐れ敬われたのだ。よりによって悪戯の内容が『穀物の病気をひっそり治そう』だの『痩せた土地を肥えさせよう』といったサプライズだったため、それがきっかけで天地市の豊穣神になってしまったのだ。

「妙蓮寺さんって農業詳しいんですか?」

「呪術の応用じゃ。命に干渉しとるから、所謂ずるしとるのう。植物は詳しくないのう」

 響はてっきりゆいが農業に精通していると思ったが、それは呪いの効果に過ぎない。

「ま、そんな祭りも真の2000年問題以降は白楼と地元住民の交流イベントになっておるがの」

 白楼という異質な集団が地元に受け入れられているのも、こうした地道な活動あって。協力するのが筋というものだ。

「そこで漫画研究部も復活するからには何かしとくれ、というのが生徒会長の頼みじゃ」

「なるほどね」

 生徒会長は、そんな交流イベントでの活動を頼みたかったのだ。そこで問題なのが、なにかという非常にアバウトな頼みであることだ。

「しっかし、何かってなんだよ。これなら指示された方がまだいいぜ」

 遊騎の愚痴もごもっとも。ゴールデンウィークまで二週間しかないのに、ゼロからすることを決めねばならない。これがどれだけ大変なことか。

「話は聞いたよ」

 遊騎が頭を抱えていると、壁を貫通してリーザが部室に入ってきた。

「うわ!」

 彼女は四人目の部員である。物質を貫通し、重力を無視して存在するという見慣れていても驚く出現の仕方をしていた。

「リーザか、ビックリした」

「そのお祭りでなにかすればいいんだね?」

 やはり宙を泳ぐ姿は幽霊というより妖精に見えてしまう。

 遊騎は浮かぶリーザの、スカートが気になってしまう。響とゆいはそうでもない様だ。

「ていうか、浮かぶのやめろよ。見え……」

「ん? 何かな?」

 リーザは不思議そうに首を傾げる。死んでいるという事実を忘れるくらい、活き活きとしていて可愛らしい。ゆいが遊騎の思いを代弁する。

「リーザや、スカートで浮遊すると下着が見えるぞ」

「あー、大丈夫。スパッツ穿いてるから」

「ならよし」

 当然、幽霊であるので対策は万全なリーザだった。ゆいは同性のため、響は文化圏の違いか何とも思っていないようだった。

「全く、本当に幽霊かよ……」

「漫画家になるまで成仏しません!」

 リーザの徹底した幽霊らしくなさに遊騎は呆れた。彼は霊感など無い方だと自負しているが、リーザは問題なく見える。

 リーザは彼女の描いたイラストを見れば、霊感に関わりなく見ることができるくらい強い霊力がある。正直、悪霊でなくて良かったというところだ。

「そうだ、見て見て。昨日思いついてこんなの作ったんだ!」

 リーザはどこからともなくイラストを取り出して響らに見せる。そこには、とても繊細なタッチで描かれたイラストは、響達漫研部員を戦隊ヒーローめいた構図で描いたもの。

「名付けて、漫研ファイブ!」

「ネーミングはともかく、相変わらずすっげぇ……」

 漫研ファイブとかいう捻りの名前はさて置き、遊騎は感嘆するばかりであった。彼はあまり絵が上手くない。響とゆいは描ける方なので漫研で絵が描けないのは遊騎とスティングの二人のみ。スティングに関しては未知数なのでもしかしたら描けるかもしれない。

「で、なんでヒーローっぽいのかのう」

 ゆいとしては構図が一番気になった。

「ほら、みんなの名前の頭文字並べてみて。戦隊的に赤青緑黄色黒の順で」

 リーザは唐突にそんなことを言いだした。赤は当然、リーザである。

「赤はリーザ、青は儂じゃ。ほれ」

 ゆいは青い炎を出し、自身の名前である『妙蓮寺ゆい』を空中に描き出す。そして、息を吹きかけて『妙』の字を残すと、それが『み』に変化する。彼女の出す炎は青。妖狐は炎を出すことこそ種族共通の能力だが、その色は個人の素質に左右される。

 赤のリーザは暦、で頭文字は『こ』。

「緑ってボク?」

 響の言う通り、緑は瞳やフォトンサーベルの色からして彼だろう。継田つぎたひびきで頭文字は『つ』。

「黄色は俺か。スティングじゃなさそうだし」

 遊騎は昔から黄色が好きである。こういうものには明確な理由はないものだ。小学校の頃、通学帽子や傘が黄色指定なのに同級生がブー垂れる中、密かにテンションが上がったという過去を持つ。公界遊騎の頭文字は『く』。

「消去法で黒はスティングか。銀髪だけど黒のイメージだなあいつは」

 遊騎は黒をスティングに当てはめた。スティング・インクベータは唯一頭文字が苗字ではなく名前から取られ、『す』になった。

 そしてそれを並べ、ゆいはある言葉を作った。

「『コミックス』かの? 確かに、漫画研究部に相応しい言葉じゃ」

 遊騎と響も納得する。リーザはこれが言いたかったのかと。

「前に戦隊ヒーローの名前って並べると一つの言葉になるって聞いてさ、ふと思いついたんだよねぇ。どうかな?」

 車をモチーフにした戦隊ならヒーローに変身する五人の名前から頭文字を取って『じどうしゃ』。魔法モチーフなら『魔法使い』と古今東西、戦隊ヒーローの名前にはそういうネタがある。それを聞いたリーザが創作意欲をくすぐられて、思い付きでイラストを描いてしまったのだ。

 遊騎は戦隊の話題で来ていないメンバーを思い出し、スティングを探す。

「で、漫研ブラックことスティングは?」

 部員は四人揃ったが、残り一人のスティングがまだ来ていないのだ。遊騎は辺りを見渡すも、来る気配が無い。ゆいはスティングを待たず、今後の行動を指揮した。

「まぁおらん奴は仕方ない。準備を急ぐのじゃ。お祭りのあるごーるでんういーくは再来週じゃ。意外と時間ないぞ」

 さんざん無駄話をしたが、結局何をするか決まっていない。やることだけでも決めておきたいところだ。

「だけどよ、二週間で何できるんだ? 漫研らしく同人誌売るにしても、絶対印刷間に合わないぜ?」

 遊騎は日数を指折り数える。今から印刷所に持ち込んでも間に合わないのに、今漫画描いてとなると、進捗どうですかなんて言っていられない修羅場だ。

「それならコピー本ってのがあるよ」

 リーザがさらっと、聞き慣れない言葉を口にした。遊騎にはわからなかったが、響はその意味を理解した。

「印刷所を通さず、自分達で原稿をコピーして製本する……予算の少ない学生サークルではお馴染みの手法です。利点は安価なのと第三者を通さないことで時間の融通が利くことですね」

「なら印刷は解決だな。で、中身はどうすんだ?」

 遊騎的には、印刷の問題は終わり。中身の話に以降する。最悪、ギリギリまで書くことが出来るとはいえ、一番大事なところだ。

 そこもリーザは心配していなかった。

「みんなで出し合えば結構な量にならない? 今から描けば十分ね」

「あのなー、お前みたいにスラスラ上手い絵が描ける奴ばっかじゃねぇぞ。特に俺」

 そうするにしても、遊騎はさほど絵に自信が無かった。リーザは先程の繊細な絵見ての通り上手だ。だから平然と『今から描こう』と言えるわけで。

 ゆいがそこで年長者らしいことを言う。

「案ずるな、儂も絵柄が古くて困っとる。この世界には『赤信号、みんなで渡れば道連れさ』という言葉があるではないか」

「確実に死んでるじゃねぇか」

 正確には『怖くない』なのだが、ゆいの中では呪いの言葉となっていた。遊騎は即座に突っ込むも、リーザから別方面でボケが入る。

「はい、私も道連れ欲しいです! 寝なくていいと、夜が意外と暇だから」

「お前が言うとシャレにならねぇよ!」

 リーザは幽霊なので、本当に道連れにしそうで遊騎は怯えた。

「幽霊の能力は悪用しないよ。せいぜい女湯覗くくらいだよ」

「十分悪用じゃん……って女湯?」

 遊騎が話を進めようとしてもリーザの発言が気になって先に行けない。なぜリーザなら堂々と入れる女湯を覗くのか。

「女湯なんて普通に入ればいいじゃん。幽霊とはいえ女なんだし」

「わかってないなー。覗くのがいいんじゃない」

「ええ……」

 リーザの理論に遊騎は付いていけない。『かわいい女の子を描ける人は総じて変態』という話があるが、彼女もその一人だったようだ。

「なるほど……、対面して観察するよりも自然な行動パターンの収集を行う際、感知できない幽霊は大きなアドバンテージ……」

 響はそんなリーザを斜め上に解釈していた。彼女のフォローには余念がない。

「で、その古い絵柄というのを見せてもらおうか」

 遊騎はそれを無視してゆいの言う古い絵柄を見せてもらうことにした。果たしてその古さとは劇画タッチか『のらくろ』か彼は息を飲んだ。

「ほい。これじゃ」

 出てきたのは、兎やカエルがわちゃわちゃしている墨の絵だった。

「鳥獣戯画じゃねえか! 古いわ!」

 しかもしていることが会社の残業など嫌に現代的。嫌過ぎる。

「で、響は何描けるんだ?」

 遊騎は現実逃避に、響へ聞いた。兎やカエルが有給も取れないまま残業しているとか聞きたくもない。

「はい、大したものではありませんが」

 響はスケッチブックを広げ、サラサラと絵を描く。現代的な萌え絵である。

「ほう、描けるのか」

「はい、奏さんの原稿を手伝っていたらできるようになりました」

 響に今の名前を与えた人物がいる。白楼高校の卒業生、継田奏である。同人サークルをしており、なんとこの漫研にも属していた。響が漫研にいるのは、彼女の影響が大きい。

「アシスタントだねー。何度か修羅場を越えた絵に見えるけど」

 リーザは響の絵を見て、経験を読み取った。確かに、響はコミケで何度か修羅場を越えている。

「ええ、奏さんが夏のコミケ前に食中毒起こしまして、新刊落としかけた時は久しぶりに死ぬかと思いました」

 響はにこやかに語るが、目は虚ろ。両腕失う様な経験をした彼がここまで言うとは一体何があったのか。

「な、夏のコミケは地獄じゃからのう」

 ゆいはコミケに行ったことはないが、それは地獄だと聞いている。響もこの始末なので相当なのだろうと息を飲んだ。

「まぁ、これだけいればコピー本になるな……」

 遊騎は三者三様の凄さを見せつけられつつ、本の完成の見通しを立てた。

「そうじゃ、お主もなんか描け」

「え? 俺?」

 ゆいに突然話を振られ、遊騎は慌てる。何も描けないから他人に話を振っていたのに、まさか自分に被ってくるとは。

「マジでなんもできねぇぜ、俺」

「最初はそんなもんじゃ」

 ゆいに推され、しぶしぶ遊騎は描くことに。適当な紙を手に取り、適当に絵を描く。

「はい、出来た」

「ほほう……」

 遊騎が描いたのは、一本の棒みたいなもの。

「ポッキー?」

 リーザにはそう見えた。

「お主、いくら自分がちょこれーとを出す能力者だからといって……」

「ちげぇよ! 響の『フォトンサーベル』だよ!」

 ゆいに遊騎は反論するも、響が当のモデルを持ち出して打ち砕きにかかる。

 フォトンサーベルとは、今朝響が事故に遭いそうだった親子を助けるために、車を切断した武器のことだ。

「これですか?」

 響が取り出したのは、銀の懐中電灯みたいなもの。よく見ると、結構ディテールが細かい。

「うへ……結構緻密だ。ガンダムのビームサーベルみたいにもっとシンプルなのかと」

 遊騎がこうして柄をマジマジと見るのは初めてである。いつもは響が柄を握っており、見えないのだから。

「ほら、整備用のパネルラインとかバッテリーホルダーとか、意外と複雑なんですよ」

 響は周りを確認し、光の刃を展開する。緑色の光はしっかりと棒状になっており、遊騎も『スターウォーズ』なんかで見たことある様な姿である。

「今はセーフティが働いていて、斬れないんですよ。電流の流れる警棒みたいな威力ですね」

 響はリーザ達から離れ、柄のスイッチを弄る。

「これで斬れるようになります」

 光の刃は複雑に煌めき、低く唸りを上げる。刃一つとっても、変化がある。

「そういえばよ」

 遊騎はこのフォトンサーベルを見て思い出した。昔読んだ本のことだ。

「昔『空想科学読本』ってのを読んだんだ。そこだと光の剣って決まった長さに出来ないし、鍔迫り合いも出来ないって書いてあったけど、フォトンサーベルってどうなんだ?」

 光はどこまでも伸びていくので、ビームサーベルやライトセイバーの様な『決まった長さの光の剣』は不可能なはず。そして光は触れられないため、鍔迫り合いも不可能だ。

そこのとこ、フォトンサーベルは長さこそ安定して見える。

「あ、これは所謂『光』の剣じゃないんですよ。フォトンという粒子を剣の形にしています。エストエフだとメジャーな粒子なんです。まぁ原材料は日光ですが」

 響によると、フォトンと光は別物らしい。だから決まった長さに形成でき、鍔迫り合いも可能。

「平たく言えば、高速で回転する鑢みたいなものですね。あまりに高速なので、太刀筋がいいと斬っているのと大差ないですけど」

「へぇ、光じゃないならできるわな」

 遊騎は化学などさっぱりなので、フォトンはそういうことができる物質だということだけ理解することにした。

「で、それってホイホイ使っていい物なの? 宇宙にしかなくて調達が大変だとか……」

 ただ、それが地球に無い物質だとこうも軽々しく使っていいものか、という疑問は遊騎の中にあった。

「柄に内蔵されたフォトンバッテリーからフォトンが出ています。このフォトンバッテリーが調達できないので今、他の武器を検討している最中です。エストエフのゲートは南極にしかありませんし」

「じゃあもっと大事に使おうぜ……」

 遊騎はやっぱり貴重なフォトンを説明の為にホイホイ使ってしまう響に冷や汗しか掻かなかった。彼はゲームでもエリクサーとかはラスボス戦でさえ使えないタイプなのだ。

「今は他に武器もないので、仕方ないですね」

 控えめでゆったりして見える響だが、こういう所は非常にシビア。今朝も勿体ないお化けが発動していたら、親子を見殺しにすることになっていた。

「それより響さ……」

 そこで遊騎はふと、あることに気づいた。

「調子悪くない? なんか具合悪そうだぞ?」

 響の笑顔に少し無理が見えたため、遊騎は彼の体調を心配した。

「え? 大丈夫級長? お腹痛いの?」

「あ、いや、大丈夫ですよ?」

 取り乱すリーザに、響は笑って応える。確かに体は何ともないが、大丈夫ではなかった。楽しいと胸の奥が痛い。そうは正直に言えなかった。

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