漫研ファイブ

級長

漫研ファイブ:オリジン

虫食いの世界①

「ええ、つまり死傷者は無し……と」

 爽やかな朝、それを打ち消す様に住宅街では騒ぎが起きていた。警察官が調べているのは、事故現場だ。

 単なる事故ではない。なんと、車が真っ二つになっているのだ。比喩でもなんでもなく、乗用車が縦に切断され、開いて倒れている。立派なスポーツカーが無残な最期を迎えたものだ。

「この道路を猛スピードで走っていた車があなた方に衝突しそうだったところ、車が真っ二つに切られた、ということですね」

 警察官が事情を聞いていたのは一人の女性。自転車に子供を乗せ、保育園に送る途中だったのだ。

「はい、轢かれそうになったと思ったら……男子の制服を着ていましたが、髪が長いので多分女の子です。声も高いので。その子が間に飛び出して、車を『斬った』んです」

 女性の証言は錯乱した発言にしか聞こえないが、警察官は疑いもせず記録する。普通は目の前に車の開きがあっても信用しない発言だ。

 家の塀にもたれかかり、車の運転手である男性は呆然としていた。スーツに派手な頭髪と、どうやら朝帰りのホストらしい。

 道路にブレーキ痕は無く、あと一歩で人殺しになるところだったので車が真っ二つにされただけなら安いものだ。それ以上に、乗っている車が真っ二つというのは寿命が削られる様な恐怖体験だっただろう。

「俺のGTR……」

「人撥ねなくてよかったと思いなさい」

 一番のショックはお気に入りの車を斬られたことだが、警察官の言う通りである。

「女の子から通報があったんですが、その子は何処に?」

 警察官は通報者の確認をする。通報した人間は事故を目撃している可能性があるので、結構重要だ。女性も辺りを見渡して探す。

「車を斬った子が通報してくれたんですけど……どこ行ったんでしょう?」

 車を切断し、通報したという女の子は見当たらない。子供の方は無邪気に警察官へ言った。

「ジェダイのお姉さんが助けてくれたの」

「ジェダイ?」

 警察官は困惑したが、何か手掛かりになるかとその言葉の意味を考えた。母親はそこまで真剣にとりあってはいなかったが。

「ごめんなさい、この子ったらこの前スターウォーズの映画見てからすっかり夢中で。でも、車を斬ったのは緑色の光る剣なんですよ。本当に映画に出てくる剣みたいな」

「なるほど。光剣を使う『人間』……ですか。制服は白楼はくろう高校なんですよね?」

 警察官は些細な事も聞き逃さずに調書を作った。朝早くからご苦労なことである。


「どうやら大丈夫そうだね……」

 その様子を、遠くの電柱から見守る人影がいた。電柱とはいえ、影に隠れているのではない。電柱の頂点に立ち、腰の下まで伸ばした黒髪を靡かせている。

 手には、緑色に光る剣が握られていた。

 ブレザーにスラックスを着ているが、その長い髪と少女の様な顔立ちから女の子に見えてしまう。肩にメッセンジャーバッグを掛け、緑のスニーカーで器用に電柱を足場とする。

 緑色の瞳がカメラのレンズみたいに重低音を出しながら遠くへピントを合わせる。事故現場の様子を見ていたが、警察が来たので大丈夫だと判断した。

「うん、よし」

 その人物は光剣の柄に触れて光の刃を消す。残ったのは大型懐中電灯みたいな銀色の柄のみ。

 その操作を行った手は、生身の手ではない。装甲の様な物に覆われているのだ。ブレザーの上着はそれを隠す様に裾が余っている。

 子供曰くジェダイナイトの人影は電柱を飛び移り、住宅街の外れまで移動した。そして、家も疎らになった所にポツンとある和風のお屋敷前に飛び降りた。

 塀に囲まれており、屋敷は地上にいると屋根しか見えない。

「……っと」

「あ、響じゃん」

 その人影を見つけて、呼び止める者がいた。黄色いリュックを背負う、響と呼ばれた人影と同じ制服を着た少年だ。

 高校デビューの証なのか、染めた金髪の様子を気にして前髪を弄っていた。その一方でかけた眼鏡が大本の人格を匂わせる。

「あ、公界さん」

「なんで上から降ってきたんだ?」

 その少年、公界遊騎くがいゆうきは響がやって来た上空を見ていた。響は遊騎の隣に立つ。並んでみると、二人は同じくらいの背丈だ。

「え、えぇっ……と、それはですね……」

 響は背を丸め、メッセンジャーバッグの肩紐を両手で掴みながら、言葉を選んで話す。目も遊騎と合わせていない。こうなると、響は小さく見えてしまう。

「まぁいいや。とにかく『桃源世』ってとこの入り口見に行こうぜ」

「はい」

 響と遊騎は違うクラスだが、部活が同じ。今日はあるものを見物ついでに同じく部活の仲間と学校に行こうというつもりでここへ来た。

「なぁ、一ヶ崎の奴、まだ部活決まってないんだ。お前からも手を貸してやってくれよ」

「はい。声はかけてみます」

 共通の知り合いの話をしながら、二人は屋敷の門を潜る。すると、目の前にいきなり天狗が現れた。

 鼻の高い人物の比喩ではない。赤ら顔で鼻の長い、正真正銘の天狗がいたのだ。門番らしく、目を光らせる。

 天狗は二人の制服を見て、門を通す。

「ほう、白楼高校か……。妙蓮寺みょうれんじ殿の方のご友人か」

「ああ。マブだな、マブ」

「ま、マブ?」

 遊騎は妙に古い言葉で返したので、天狗は戸惑った。

 門を通ると、石畳の道が続いている。それは屋敷まで続いており、手の込んだ枯山水を見ながら響と遊騎は屋敷に向かう。

 二人は屋敷の中に入っていく。屋敷は戸を開けて入っても、畳が広がっている様子は全く無い。延々、玄関の様な土間が広がっていた。

「ここが桃源世のゲートか……」

 遊騎がキョロキョロする中、響は真っ直ぐ向こうを見ている。その視線の先には、穴があった。

「ゲート、というより開いた穴を桃源世の建築で囲ったものみたいですね」

 空間に穴が開いているのだ。そこだけ腹ペコの青虫に齧られた葉の様に穴が開いて、ここではない屋外の、それも映画村かと錯覚するような昔の街並みという景色が見える。

「そうだ響、授業どこまでやった?」

 遊騎は授業の進捗を響に聞いた。白楼では、指導要領を習う前に必ず学ぶことがある。これを知らないことには、白楼高校の生活は成り立たない。

「真の2000年問題までは」

 響の口から出た、『真の2000年問題』という単語。目の前にある様な、虫喰い穴が地球のあちこちに出来た事件のことを指す言葉だ。穴の向こうは所謂『異世界』という場所である。

「真の、ってことは普通の2000年問題もあるんだよなー。信じられねーぜ、キリ番踏むだけで世界があんだけ混乱するなんてよ。俺より頭いいのが山ほど慌てふためいたんだってよ」

 遊騎は呆れた様に言う。彼は2009年の生まれで、既にコンピューターが普及している時代を生きていたのでそう言うのだ。だが、当時はコンピューター黎明期。年月日の年を西暦の下二桁で管理していたため、2000年になって表記が『00』になるとコンピューターが誤作動を起こすのではないかと言われていた。

 西暦2025年の今となっては、全くそんなことで騒いでいたのが悪い冗談に聞こえてしまう出来事だ。

「基幹世界の西暦2000年はコンピューターが今ほど発達していませんでしたから。それに、同時に閏年も来ましたし、コンピューターの誤作動を装ってミサイル撃つとかそういう可能性もありましたね」

 一方、響はこの世界、基幹世界の出身ではないが、授業で話は聞いていた。遊騎はあまり真面目に授業を聞いていない様に見える。

「あー、そういえばお前、それで開いたゲートの向こうから来たんだっけ」

 遊騎はふと、響が基幹世界出身でないことを思い出す。彼が地球に馴染み過ぎてふと忘れることがある。名前がしっかり日本人というのもある。

「十五年前ですかね。この星の南極に飛び出まして」

「南極かー、親父が南極調査隊やってたし俺南極に縁があるな」

 遊騎の父は既に亡くなっているが、南極で仕事をしていた。彼は現在、父方の祖母と実母と暮らしている。

「お、来たきた」

 話をしていると、穴の向こうから一人の女性が出てきた。背丈は響たちと変わらないくらいだが、実体以上に存在を大きく見せる神秘的な圧力があった。グラマラスな美人で、制服が妙に似合わない。

「やけに早いのう。そんなに張り切ってどうした?」

 女性の物言いは尊大だった。金色の髪に生えた狐耳を揺らし、周りの様子を感じ取る。

 着ているのは二人と同じブレザーの制服。チェックのスカートからは、尻尾が覗く。リボンだけは学校指定のものではなく、青い私物のリボンを使っている。

「あれ? リボン……」

 遊騎はふと、ゆいの首元の青いリボンに気付いた。

「おお、よー気付いたの。そういう細かい変化に気付くのは、女子おなごが喜ぶぞい」

「いや、ばあちゃんが女子じょしの細かい変化は見落とすなってよく言ってたし」

 ゆいは自慢げにリボンを弄ぶ。白楼高校には一応制服が存在するのだが、着用義務は無い。所謂私服校というやつである。

 しかし、遊騎は私服に自信があるわけでなし、毎朝服を選ぶのも面倒なので制服を着ているのだ。響を似た理由だろう。

「よいのう。制服というものは。気分まで若返る」

 ゆいは単に制服を気に入ってのこと。アレンジまで楽しむ辺り筋金入りだ。なので二人して似合わないことは言わない。

「ま、ようこそ我が故郷、桃源世とうげんせと主らが世界の狭間へ、とでも言っておこうかの。教本でピンと来んものを実際に見に来る姿勢は殊勝じゃな」

 こんな物言いだが、褒めてはいる。ゆいは幼い見た目と異なり、遊騎や響よりも年上なのだ。

「そうだな。こういうゲートに縁がないのは俺くらいなもんさ」

 遊騎と響がここに来たのは、このゲートを見るため。教科書には書いてあったが、空間に穴が開くとはどういうことなのか理解できなかった。そこで、実物を見ることにしたのだ。

「響は……そうか、リーザの代役か」

 響もゆいの様にゲートで異世界から来た者だが、ある人物の代わりにここへ来ている。

「なぁ、これ横や後ろから見ていいか?」

「よいが、なぜそんなことを?」

 遊騎の申し出をゆいは快く受けたが、疑問を禁じ得ない。彼はどうしても、そこが気になっていたのだ。

「よく漫画だとよー、こういう空間が割れて異世界に繋がる表現ってあるのよ。でも大抵は正面からしか描かれないで背後から見たり横から見た図は無いんだよなぁこれが。なんていうかアトムの髪型とかスネ夫の造形みたいに二次元でしか出来ない表現、って感じがしててな」

 遊騎と響はそろりそろりと蟹歩きでゲートの横へ行く。そして、その光景に驚愕する。

「こ、これは!」

 なんと、横からはゲートが見えないのだ。遊騎が急いで後ろにまわると、ゲートのあった場所が白い切り抜きになっている。正面以外からは入れない、と授業では習ったがこういうことなのだ。

「片面印刷のアクリルスタンドを反対から見てるみたいだ…」

 透明なアクリル板にゲートの絵を印刷して立てれば、この様子は再現できるだろう。響は冷静にそう分析した。

「すげー! ゲートの正面以外ってこうなってんの?」

 遊騎は子供の様に興奮していたが、響は冷静だ。

「写真撮っていいですか?」

「よいぞ。そういえばこのゲートも写真というものを撮られるのは久々じゃのう」

 ゆいが許可を出すと、響はゲートの裏側を凝視してすぐに目線を離す。

「撮影完了……」

 カメラを使っていないのに、響はそう言った。

「ここが儂の故郷、桃源世への入り口じゃ。他の世界への入り口も見てみたかろうが、それはちょっとした旅行になりそうじゃな」

 地球とゲートを通じて繋がった世界は、ゆいの故郷である『桃源世』だけではない。だからこその大事件である。響はまた、違う世界の出身だ。

「響はまた違う世界から来たんだっけ? たくさんあり過ぎて覚え切れんな」

 遊騎は紙皿を取り出して、それに手を翳していた。一見すると謎の行動だが、意味はある。

「そういえば、俺らみたいな超能力者が生まれたのって、このゲートの影響なんだよな? じゃあゲートの近くなら能力がパワーアップするのか?」

 遊騎が念を紙皿に向ける。すると、ポンっという音と共にチョコクリームの乗ったチョコレーートプリンが出てきた。

「おお、凄いのう」

「いつもより豪華なものが……」

 ゆいと響は感嘆するも、遊騎としては納得のいかない結果だった。

「ダメかー、プリン出そうとしてもチョコレートプリンになっちまう。ホイップクリームもチョコになるのか」

「にしても面妖な超能力じゃ」

 遊騎は地球出身の人間だが、真の2000年問題以降急速に増えた超能力者の一人。その能力というのが『チョコレートを生み出す能力』である。

「味もよいのう」

 ゆいは彼の出したチョコレートプリンを食べている。無から食べることが出来る有機物を生み出し、能力者のカロリーも減った様子はない。凄い能力なのだが、如何せん思春期男子としてはもっとカッコイイ能力が欲しかったところだ。

「他のお菓子を出そうとしても余すことなくチョコになっちまう」

「いいじゃないですか。食べ物出せるってすごいですよ! あの時あったらなぁ……」

 ため息を吐く遊騎に、響が珍しく強弁してフォローを入れる。彼は食べ物に困ったことがある様だ。そうでなくても、お菓子が沸いて出るのは十分凄い能力だ。

「そうじゃのう、名前無いんじゃよなその能力。名前を与えた方がいいと思うのう」

 ゆいができるアドバイスはそれであった。名は体を表す、つまり名前を与えるというのは体を操るも同然。少なくとも呪術の世界ではそうなっている。

「あー、名前ね。でもかっこいいの浮かばないなぁ、こんな能力じゃ」

 遊騎は自分の能力についてあまり重視していないのか、結構対応は投げやりである。


 三人はゲートのある屋敷を出る。当面の目的は達成したので、いつも通り学校へ行く。

「ゆいのいる桃源世って、どんなとこなんだ?」

「平安京の様に美しい場所、と言えばわかるじゃろ。儂の様なやんごとなき身分の者は優秀な家庭教師が付くが、庶民は寺子屋で読み書きを習うんじゃ」

 遊騎とゆいは、桃源世について話していた。ゲートは世界の各地に開いたが、日本は特に多くのゲートが開いている。

 彼らの通う白楼高校にはゲートを通じて桃源世以外の世界からも多数の留学生がやってくるのだ。そうした留学生の受け入れは2010年から行っており、今年の2025年でちょうど十五周年。今年はメモリアルイヤーというわけだ。

「家庭教師が来るとどうやって追い返そうか考えたものじゃ。そのくらい勉強は嫌いじゃったが、この高校とかいうのじゃが、皆楽しそうなので儂も参加したくなったというわけじゃ。儂はみんなと勉強する方が性にあっとるのう」

「ははーん、なるほど」

 ゆいは桃源世での教育は終えてきている。他の世界からの留学生は多く、自分の世界での教育を終えてから来るため、生徒の平均年齢は高めだ。

 他の学校と比べると、随分異質な場所ではある。

「響ってどこの世界だっけ?」

「エストエフって世界なんですけど、あまり覚えてなくて……」

 遊騎は響に故郷の事を聞いたが、彼は事情があってあまり自分の世界『エストエフ』のことを覚えていない。

「ええっと……、ここで言う地球みたいな星を中心に、コロニー国家がいくつか宇宙に浮かんでいましたね」

 響は自身の手を見せながら説明する。この装甲に覆われた手は、関節部が黒い布でシーリングされているため分かり難いが、機械の義手だ。エストエフという世界の科学力はこれで説明できる。

「あー、ようするに科学世界ね。ガンダム的な」

 その説明で、遊騎は大体を理解した。要は今、公界遊騎という超能力者は古典の登場人物とSF作品のキャラクターに囲まれているのだ。

 これでも十分混乱なのに、もっとバリエーションが多いのだから『真』と枕言葉を付けたくもなる。

 校舎が見えてくると、その真たる異様な雰囲気が見て取れる。

 教室棟の上部には、高校では珍しいだろう設備の天体望遠鏡が燦然と輝く。その校舎の周囲を、同じ制服を着た妖精や魔女やらが飛んでいる。翼や箒など飛行手段に差があるのに着ている制服が同じなのはちょっとシュールな光景だ。

「相変わらずカオスだな、うちの学校」

 遊騎は入学したてなのも手伝い、この光景に慣れていなかった。

「とはいえ、異世界からの留学生は全校生徒の半数程度じゃろ。残る半分は地球人じゃ」

「そういってもな、その半分の地球人も俺みたいな超能力者や魔法少女がいるんだろ? どノーマルな一般人ってやっぱ少ないよな」

「これだけ少なかったら最早ノーマルでもなかろう」

 付き合いの関係で遊騎からみると、所謂『人間以外』が多く見えてしまう。半分の異世界留学生でも、人の姿をした者は多いが、ゆいの様に厳密に全く地球人と同じ姿をしているわけでは無かったりする。

「そう考えるとさ、全く関わりの無い世界で生まれただろう響が俺達地球人と同じ姿なのはスゲェことだよな」

「霊長類から手を使う進化経路が一番確実なんでしょうか?」

 響は義手を動かしながら考える。こうして友達と学校に行くのは楽しい。だが、彼には胸の奥に鋭い痛みを抱えていた。

 ゆいがふと、思い出した様に遊騎へ告げた。

「そうじゃ、生徒会長が儂に伝えたいことがあるそうじゃ。部活のことじゃて、放課後……いや、この地域じゃと放課は休み時間のことじゃったか。授業の後に部活で話を伝えよう。本来なら部長である遊騎に伝えてもらいたいがのう」

「おう。わかった。スティングの奴に部活来る様に言っておくわ」

 遊騎もそれを承諾する。この凸凹どころではない三人は、クラスが違えど同じ部活のメンバーなのだ。部長は遊騎だが、最年長はゆいなので生徒会も彼女に伝言などを頼みがちだ。

 彼らは学校に着くと、それぞれの教室へ向かっていった。


   @


 響は遊騎やゆいと別れ、自分のクラスである一年十一組の教室に到着した。

「あ、級長ー。どうだった? ゲート」

 実は響、意外にもこのクラスの学級長である。

 教室に入った彼に声を掛けたのは、一人の女子だった。黒髪をボブカットにした、小柄な少女。胸元のリボンは真紅である。

 この女子は外見こそ遊騎の様な普通の人間だが、『浮いている』のである。比喩でもなんでもなく、地上からフワフワと浮いている。

「あ、リーザさん!」

 彼女に声を掛けられた途端、響の表情が華やぐ。

 この浮かんでいる女子はこよみリーザ。超能力者の遊騎に対して、彼女は幽霊である。そして、響と同じ部の仲間でもある。

 幽霊という割に、大きく見開いた瞳はイキイキとしており、重さを感じない。髪も重力に支配されず、空気を含んでふんわり揺れる。

 この浮遊のせいで身長差が分からなくなるが、地に足を付けば響の胸辺りに頭が来るくらいだ。

 白楼は死んでいても霊体が確認できれば入学出来てしまう辺り、人智を超えている。リーザは特に強い霊力を持つとはいえ、こうした現象も地球各地に開いたゲートの影響なのだ。

 幽霊、とはいえリーザは条件を満たせば誰にでも見ることができる。

「写真撮ってきましたよ。ええっと……」

 響は撮ってきた写真をリーザに見せようとする。だが、リーザがスマホを持っていなかったことを思い出し、自分のタブレットを取り出そうとする。

「響、私のスマホに送って」

 その様子を見た女子の一人が、助け船を出してくれた。女子はブロンドの髪をしており、耳も尖っている。所謂エルフというやつだ。

「あ、はい」

 響によって、エルフのスマホに着信が入る。

「へー、ゲート横から見るとこんな感じなんだ」

 リーザはスマホで届いた写真を見る。結構な画質でゲートの横や後ろの写真が送信されているのだ。響がスマートフォン等の端末を操作した様子はない。

「下手なカメラより凄いね、その眼」

 エルフはこのマジックの種を知っていた。響の瞳は義眼で、カメラ機能が付いているのだ。望遠機能も付いている優れもの。

「で、リーザはゲート、見に行かなかったんだ」

 エルフもまた、ゆいと同じ様にゲートを超えてやってきた者の一人。ゆいのいる桃源世や響の故郷とは違う世界の出身だが、ゲートのお世話になるのは一緒だ。

「ゆいちゃんが危ないっていうからねー。なんでだろ?」

 本来、ゲートに興味があったのはリーザの方である。授業でゲートに付いて聞き、それで実物を見てみたいと思ったのだ。

 だが、その旨をゆいに話したら危険だと止められてしまった。理由はすっかり忘れたが、響が代わりに行ってくれた。

「妙蓮寺さんが『魂魄の残留自体ゲートの影響だから、ゲートへの接近はどんな影響があるか分からない』って言っていました」

 響はしっかりその内容を覚えていた。エルフも響とゆいの心配は理解出来ている。彼女もまた、ゲートを潜ってやってきた存在。利用しておいてなんだが、原理はわかっていない。

 地球の人類が麻酔を原理も分からないまま使っているが、それと似た様なものだ。

「力の影響? 多分私今、皆の力から影響受けてると思うけど、すごぶる絶好調だよ?」

「あんたの主観ほど不安なもの無いわ」

 リーザは知り合って一か月にもならないエルフの女子にもこう言われる様な人物だ。

「えー、学校に来ると調子いいってことは、絶対皆の力のおかげだよ」

「多分原因別にあるから。皆が皆魔力放出してないし、全部の魔力があんたに好都合ってわけじゃないから」

 非常にポジティブかつ周りのおかげと考えるタイプなので人当たりはいい。だが、同時に見てて心配になるのだ。

「あんた心配なのよねー。自分が幽霊だってこと忘れて、うっかり『ネンブツ』ってのを唱えてセルフ成仏しないかとね。ニホンはオボンに親戚で集まってネンブツするんでしょ?」

 それを聞いた響は『ありそう』と思ってしまった。リーザは若干抜けた所があり、そこが響の心配の種でもあった。

「えー、そんなことしないよー!」

 リーザは頬を膨らませるが、エルフが追い打ちをかけていく。

「じゃあリーザ。今日の提出物は?」

「……」

 リーザの動きが止まる。忘れていました、と態度が語る。単なる宿題ではなく、結構大事な書類だったはずだ。

「忘れたんだね」

 エルフは言わずともわかっていた。

「はい、妹さんから預かっていますよ」

 響はそう言って、書類を取り出す。実はゲートを見る為に早起きした結果、リーザの妹から忘れ物を受け取る時間が出来たのだ。

「ええ? ホント? ありがとう!」

「あんた響と妹いないと生きていけないんじゃない? 死んでるけど」

 リーザは書類を喜んで受け取るが、エルフは呆れていた。リーザは幽霊なので睡眠が不要。つまり遅刻で急いでいて忘れ物をしたわけではない。

 学校に一番乗りに来る余裕があって忘れ物をするのだから筋金入りのうっかりだ。

 そんなリーザには妹がいる。うっかりな姉に比べて、というか姉がそんなのだからか随分しっかりしている様だ。

「逆逆、私は妹が心配で成仏できないんだからね」

 そしてこの調子。妹に忘れ物を届けてもらったくせに、とエルフは呆れていた。

「にしても、響もよく付き合うわ。受け取ったってことは、わざわざ家まで寄ったんでしょ?」

 それと同時に、響に対しても疑問があった。彼は随分とリーザを気に掛けている様だ。そうでもなければ、妹からの連絡を受けて忘れ物を届けるのに協力したりはしない。

「たまたま今日は早く出たので受け取れたんですよ。中学校の近くで合流して」

 妹ばかりかクラスメイトにまで面倒を掛けるリーザだったが、二人共積極的に手を掛けてしまう。二人がいるからリーザがだらしないのか、それともリーザの生活力が無いから二人がよく見ているのか。それは鶏と卵のどちらが先かを問うくらい不毛だ。

「あ、それと遊騎さんから伝言です。授業後の部活で連絡事項があるそうです」

「うん、わかった。それは忘れないよ」

 そして、リーザも響達と同じ部活のメンバー。

 一つの部活に超能力者から妖怪、幽霊までいるという状況が、実にこの学校の様子を表していた。

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