第13話 「持ってきたからね」

『ごしゅじんしゃまぁにしゃわるなぁぁぁあ!!』

「ユキ、助かった」


 カラス天狗は氷が降ってきた瞬間、黒い翼を大きく揺らし後ろに跳んだ。そのため、氷の破片で目元に巻かれている黒い布を少し破れた程度で終わる。


『回復したか、厄介な…………』

「ユキを舐めない方がいい、僕が一番使って、信頼している式神だ」


 ユキはまだ肩で息をしているものの、先ほどよりは体力が回復したらしい。空中でカラス天狗を睨んでいた。


 そんな中、詩織は司が自身を守るため投げてしまった刀を見ていた。


「先輩、私……」

「駄目だよ、君はそこから動かないで。危険なことはしないで」

「さっきみたいな危険なことはしません」


 詩織に見つめられ、司は思わず頬を染め心臓が跳ねる。目を逸らし、気まずそうに聞いた。


「な、何を考えてるの」

「刀を私が先輩に渡します」

「いや、だから――」

「私のせいだから!」


 司の言葉を遮り、詩織が叫ぶように言った。


「私が出しゃばったからだから、先輩が武器を失ったの。だから、私が取り返したいんです。大丈夫、絶対にさっきみたいなことはしないです。飛び出さないです!! 約束します」


 何とか引いてもらおうと司は言葉を考えるが、今の詩織を諦めさせる言葉は思いつかない。

 視界の端には今にも動き出そうとしているカラス天狗、時間すらない。


 悩む時間がない司は、歯を食いしばりながらも頷いた。


「わかった。でも、絶対に無理だけはしないで。絶対に」

「っ、わかりました!」


 司の返答を聞いた詩織は目を輝かせ、笑顔を浮かべ頷いた。次の瞬間、カラス天狗が地面を蹴り一瞬のうちにユキへと近づいた。


『っ!』

「戻れ!!」


 しゃくじょうで殴られる前、すんでのところでユキはお札に戻った。

 次にカラス天狗が狙いを定めた相手は、詩織。司の隣に移動していたため、射程内に入ってしまった。


 目元を隠している黒い布に睨まれ、詩織は足がすくみ浅く息をヒュッと吸った。

 振り上げられたしゃくじょうを、詩織は見つめるのみ。だが、司がいち早く動き出し、カラス天狗のしゃくじょうを下ろされる手前で受け止めた。


『っ、ほう』


(今のうちに!)


 カラス天狗は驚きの声をあげるが、すぐに司を自身へと引っ張り体勢を崩させた。その隙に詩織は、司の刀を拾いに駆けだした。


「ぐっ!!」


(っ、先輩。でも、今しかない。今しか、先輩の刀を取りに行くことが出来ない)


 すぐに刀を拾い上げ、司に刀を渡そうと来た道を見る。だが、足が止まってしまい動かす事が出来なくなった。


『残念だったな、ぬしを守る者はいなくなった。その刀も無意味』

「ヒッ」



 ――――――――バシン



 拾い上げた刀を、目の前に立っているカラス天狗が弾き落してしまった。

 カランと音を鳴らし、刀が地面に転がる。


『さすがに手間取ってしまった。氷鬼家が関わっているのなら、他の者も連れてくるんだったな。まぁ、よい。これでぬしを連れていく事が出来る』


 詩織が、震える体でカラス天狗の奥を見る。そこには、地面に倒れ込んでいる司の姿。ピクリとも動かず、気を失っていた。


『今更助けを求めても無駄だ。どうせもう、ぬしは助からない』


 右手を詩織の頭にかざすカラス天狗。体が動かず、詩織は逃げる事すら出来ない。

 目からは涙が零れ、口からは言葉にならない声が洩れる。


『残念だったな、ぬしはもう終わり。さぁ、我と来い』


(い、嫌だ。いやだ、逃げないと。でも、体が動かない。動いて、動いて!!!)


 カラス天狗の手が、詩織の頭に触れそうになった――………




 ――――――――そんなの、私が許しませんよ。カラス天狗




 バシャン!!!!!




「えっ!?」

『なにっ!?』


 カラス天狗が張った結界が、何者かによって解かれた。

 詩織とカラス天狗の驚きの声が重なる。


『なにが、起きた?』


 景色は変わらないが、確実に結界が解かれたことはわかる。その理由は、今まで結界の中にいなかったはずの人物が、人差し指と中指を立て、カラス天狗を見据え立っていたから。


『悪いですが、その子は渡しませんよ。私の大事な大事な妹なんですから。血のつながりはありませがね』


 勝ち誇ったような顔を浮かべ、司に近付く巫女姿の女性、紅井涼香あかいすずか。明るい茶髪を後ろで一つに結び、茶色の瞳はカラス天狗に向けていた。


「お、ねぇちゃん?」

『お待たせ、詩織ちゃん。ここからはもう大丈夫よ、これを持ってきたからね』


 言いながら、涼香は左手に持っていた物を詩織に見えるように口元に持ってきた。


「あれって、狐の面?」

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