第5話 "密室"殺人事件 中編

 朝8時。いつもの出勤時間より、一時間早い。依頼者新田青子の家は、事務所から車で6時間弱かかる。さすが、推理小説作家と言うべきだろうか、山奥に家を建てたらしい。よく推理小説内でこういう場所が舞台であれば、必ず探偵役が来て、誰かが死ぬ。今日は、こうならなければよいが・・・。

「それにしても、山奥に家を建てるなんて、推理小説家の鏡だねえ」

 隣で運転している柳沢が言った。

「ええ」

 軽く相打ちをする。今はそれどころじゃない。とてつもなく眠いのだ。高速道路を走っているといつも眠くなってしまう。よく寝ないで運転できるなと感心しながら、彼を見た。ん?彼の目が閉まっているように見える。

「・・・起きてください!!!起きてください!!!」

「ファェ!?」

 必死に体を揺らすとビックリするほど目を見開いた。同時に、言語化が難しい言葉を言った。

「運転中は寝ないでくださいね。まだ死にたくないので」

「フフ、これぐらい大丈夫だよ。過去には、寝ながら高速道路を時速200kmで走り、警察から逃げたこともあるんだ」

 どんな自慢だよ。

「そうですか・・・事故が起きる前に起きてくれて良かったです」

 その後は順調に高速道路を走り、なんとか新田氏の家に着いた。彼の運転技術(?)のせいで、全く眠気が来なかった。

 目の前には、大きな木造の家が建っている。それは、森の中にポツンと佇んでいた。だいたい大型トラックが縦に10台、横に15台、高さに5台ほどの大きさである。

「おお、素晴らしい・・・」

 柳沢は、車から降りて感嘆する。僕は、深呼吸をした。標高が高い場所では、やはり空気がおいしい。山奥の特権と言っても過言ではない。

 玄関の呼び鈴を鳴らすと青子が出てきた。

「お待ちしておりました。どうぞこちらへ」

「お邪魔します」 

 柳沢に続いて僕も入っていく。

「赤一郎先生は、どちらに?」

「今は、仕事をしています。仕事中は、集中していると思うので、夕食のときに顔を出すと思います。」

 確かに、小説家には休みという概念がない。自分が書きたいときに書けるし、休みたいときに休めるだろう。

「では、先に家の中を探検しても?」

 ピクニックか!とツッコミが浮かぶが、そんな雰囲気ではなかった。

「どうぞご自由に。あっ、夕飯はどうされますか?」

「もちろんいただきます!」

 まるで、夕飯狙いで来たかのようだ。しかし、こちらには食料がない。今晩は、新田家でご馳走になるほかなかった。

 柳沢は早速、家の中を徘徊した。

「じゃあ、小林くんは、外お願い」 「わかりました」


 夕食。


「先生の作品をすべて拝読させていただいてます。いやー、先生が作る世界はやはり面白い。私は探偵として、数年やっておりますが、それほど頭を使った難事件は現れませんでした。先生の作品は、私の脳を持ってしても解けなかった。素晴らしい作品です。やはり、私の中では『緑の館』が一番好きでして・・・」

 やたら長い絶賛は、夕食が始まってからずっと続いていた。これを言っているのは、もちろん柳沢である。夕食が始まってから彼だけ、食事に手をつけていない。新田氏は、終始苦笑いをしていた。

「いや・・・現役の探偵さんに絶賛されるとは思ってもいませんでした。あの・・・ご飯が冷めないうちどうぞ」

 はやく終わってくれと言っているようだ。新田氏の視線の先が僕に移った。ここは、助手である僕の役目だろう。

「柳沢さん、せっかくなんですから、冷めないうちに・・・ね?」

「ああ、頂こう。せっかく、先生の奥様が作ってくださったものだから。ん?このキャベツは、『緑の館』で登場したものでは?そういえば、先生、あのトリックは凄まじかったですよ。キャベツが凶器になっているのは、私が読んだ小説の中で初めて出会いました。あの小説は、私が学生時代に出会った小説であり・・・」

 一度は箸を持ちかけたのだが、また、ゾーンに入ってしまった。

「ゴホゴホ…ゴホゴホ…ゴホゴホ…」

 新田氏が咳をした。それと同時に、青子が部屋から吸入ステロイドを持ってきた。それを吸って、新田氏は発作が収まった。

「主人は、強度の喘息なので、発作が起きたらすぐに薬を吸わないと危ないんです」

「なるほど。だから、山奥の空気が澄んでいるこの場所をお選びになられたんですね」

 柳沢が言った。

「では、私はこのへんで。締切が近いので…」

 新田氏は仕事部屋に戻った。柳沢と違って、夕食はとっくに食べ終わっていた。柳沢は、話すことに夢中で気づいていないようだ。青子さんも自室に行ってしまったため、この夕食会は終了した。

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