第4話 "密室"殺人事件 前編

「どうしたんだい?ジロジロ見て」

 僕(小林翔吾)は、目の前で座っている男に話しかけられた。なぜかこの男の助手になったときのことを考えていた(考えさせられていたと言ったほうが適切かもしれない・・・)ため、無言で見つめていたのだ。彼はこの行動を不思議に思ったのだろう。

 ここは、柳沢探偵事務所である。この男は、この事務所の所長である柳沢龍太郎。僕はその助手。彼は、茶色のスーツを年中、身に纏っている。そのため、夏場ではよく「暑くないんですか?」と街中で声をかけられる。彼は、「大丈夫ですよ」と紳士風に言うが、一度熱中症で倒れたことがあった。なぜ、同じ服を着ているのか聞いてみたら、「探偵らしく見えるじゃん」これが理由らしい。柳沢はそういう変わった人、変人である。

「いや、なんでもありません。あっ、もう5時なので帰ります」

 ちょっと気まずい雰囲気になったので、早めに退散しよう。

「では、お疲れ様でし・・・」

「すみませーーん」

 荷物を持って、柳沢にお決まりの退勤挨拶を言い終えようとしたところ、女性の声がこの部屋に響いた。見ると、女性がドアに立っていた。40代後半50代前半のように見える。

「あっ。もしかして、もう終わってしまいましたか?」

「いえ、我々はいつでも大丈夫ですよ。営業時間は決まっていませんから」

 柳沢が、紳士的な応えをした。

「どうぞ、おかけになってください」

「では・・・」

 柳沢の言葉に対して、躊躇いがちにソファに座った。

 僕はお茶の準備をする。

「柳沢探偵事務所の所長、柳沢龍太郎です。彼は、助手の小林です」

「助手の小林です」

 彼が僕を手で紹介したので、それに応じた。

「私は、新田青子と言います」

「今回は、どういった内容になりますか?殺人事件ですか?それとも放火ですか?」 

 110番か!と心の中でツッコミを入れた。さっきの紳士はどこにいったのか。

「えっと・・・、監視してほしいんです」

「えっと、監視と言いますと?誰を?」

「夫です」

「なるほど。浮気調査のご依頼でしょうか」

 監視というと、浮気調査の一環のようなイメージがある。尾行も一種の監視である。

「いえ、そういう訳ではなくて・・・あの、これを見てください」

 女性は、ポケットからスマホを取り出してある画像を見せた。

「殺害予告・・・」

 僕の口から言葉が漏れた。よく推理小説に登場する殺害予告のようなものが僕の視界に映った。現実ではもちろん目にした事はなかったため、驚きを隠せなかった。その殺害予告は、新聞紙を切り取って作ったものである。

「この家の主を次の日曜の午後8時に殺す、と書かれていますね」

 なぜ、日程が書かれているのか。それほど、トリックに自信があるのだろうか。推理小説では、お馴染みの展開なのだが、現実にこれを出すことには、違和感を感じる。わざわざ予告しなくても殺せばいいのにと思ってしまう。

「これはどういった形で届いたのですか?」

 柳沢が聞く。

「先週の日曜日に郵便受けを見たときに入っていました」

「なるほど・・・。では、明日が殺害予告の日ですね。なぜ、今日いらっしゃったのですか?」

 これは、僕が言った言葉だ。明日起きるかもしれないのに、なぜ今となってうちに来たのかが疑問であったからだ。

「最初は誰かのイタズラだと思っていたのですが、万が一本当だったら・・・と日が近くにつれ思ってきたからここに」

「ありがとうございます。日本に多くの探偵事務所があるなかでうちを選んでいただいて」

 大袈裟にお礼をした。普通は社交辞令だと思うが、彼の場合は本心からだろう。謎が大好物な変人なのだから。

「ところで、旦那さんはこのことご存知で?」

「はい。でもこんなのイタズラだろうと気にしていませんでした」

「なるほど」

「こんな依頼ですが、引き受けてもらえるでしょうか?」

 そういえば、まだ引き受けるか答えていなかった。しかし、柳沢という男は、どのような事件でも引き受けるに決まっている。それほど謎が欲しい変人なのだ。そのうち、犯罪を犯してしまってもおかしくはないほどに。

「ええ、もちろんですとも」

「えっと、依頼料っておいくらぐらいに・・・」

「それは、ご自分で決めてください。我々にどのくらいの価値があるかを」

 彼は、謎以外は興味がないため、金額はいくらでもいいと考えているのだ。

「では、招待券でいいですか?」

 そう言って、バックからチケットを取り出した。

「毎年夏に各界隈のトップが情報を共有する集まりがあるんです。それに主人も招待されたのですが、ちょうどツアーの期間なので、行けなくなりまして代理を誰かに頼もうとしていたのですが、これでよろしいでしょうか」

 各界隈のトップの会合というパワーワードが彼女の口から飛び出してきた。柳沢を見ると、驚くほど招待券に釘付けになっていた。

「もちろんそれで結構ですが・・・えっと、失礼ですが、旦那さんは何を?」

「主人は、新田赤一郎で、小説家やっています」

「あ!『緑の館』で有名なあの新田赤一郎先生ですか!」

 柳沢が興奮気味で言う。彼ほどではないが、僕も驚いた。新田赤一郎とは、「色の館シリーズ」で有名になった天才推理小説家である。「緑の館」は、そのシリーズで、最高傑作と呼ばれている。僕も読んだことがあるが、あのトリックは、鳥肌がたった。最後の一ページで真実が明かされるのだ。まさか、凶器がキャベツだったとは・・・。

「拝読させていただきました。シリーズ第一作にして、最高傑作である『緑の館』のトリックは鳥肌が立ちました。まさか、キャベツが凶器だなんて思ってもいませんでした」

 ・・・なぜ同じ感想!?

「そんなに褒めてくださり、ありがとうございます」

 躊躇いがちに言った。その表情はなぜかぎこちない笑顔だった。

「今でも鮮明に覚えています。あれは確か雨の日でした。暇だったので、本を読もうと、書店に行き、何があるか・・・」

「オホン」

 僕はわざとらしく咳払いをした。推理小説の話か、過去に解いてきた事件の話になってしまうとこの男は暴走してしまう。それを止めるのも助手の役目だ。

「ああ、えっと、話を元に戻しましょう。えっと、明日の午前10時ごろにお宅に伺います。色々と確認しておきたいので」

「あ、はい。お願いします」

「こちらこそよろしくお願いします」

 彼女が頭を下げたのと同時に、柳沢も頭を下げた。


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