第3話 連続放火事件 後編

 目の前に座っている男、工藤圭一警視正は、世田谷連続放火事件の犯人として、僕の名前を呟いた。静寂な空気が流れるなか、最初に口を開いたのは、僕のほうだった。

「は? 何バカなこと言っているんですか?」

 夏バテして、頭がおかしくなったのだろうか。

「防犯カメラに写っていた人が男とは、まだ言っていない」

 彼はボソっと呟いた。しまった。ボロを出してしまった。確かに、まだ男とも女とも言っていないし、捜査報告書にも書かれていないはずだった。犯人に関する情報が一切ないがゆえに。

「えっ、まあ、その・・・」

 もはやどう言い訳しても論破されてしまう。万事休すか・・・。ここは、覚悟を決める。

「その映像には僕が写っていたのですか?」

「ああ、間違いなく」

 ああ、これで全てが終わった。証拠がある以上、何を言ってもどうにもならないだろう。つまり、論より証拠だ。

「なぜ、秩父鉄道を使ったのかな?しかも平日に」

 言い逃れができない。

「・・・なぜ僕だと?」

 いつも完璧である僕はミスなど犯すはずはない。

「簡単だよ。君はミスしかしてないからねえ」

 なんだと!?どこで間違えた!どこでミスをしたんだ。

「犯行の手口に関しては、申し分ないほど完璧だった。何しろ未だに逮捕されていないからね。しかし、”架空の犯人”の逃げ方が杜撰だった」

「さっきおっしゃった仮説に僕を当てはめても、僕が実際に犯行を実行したとは限りませんよ」

 一応、打開策を模索する。

「ハハハハハハハハ。じゃあ、推理を聞かせてあげるよ」

 勝ちを確信しているような余裕な笑みを見せた。

「まず、犯行現場や車に指紋が一切ないということに引っかかった。車は盗難車だ。持ち主の指紋くらい残って当然だろう。しかし、不自然なことに誰一人として、指紋が残っていない。これは、犯人が意図的に指紋を拭き取った証拠だ。ではなぜ、そこまでして指紋を残さないのか」

 右手の人差し指をピンと立てた。

「それは、前科があった場合か、警察官だった場合だ。この2つの場合以外は、警察に指紋を採取されても困らない。つまり、犯人はこの2つの場合に絞られる」

 指紋は迂闊だった。今更、後悔しても遅いが。

「そして、前科者の家だけが放火されている。このことから、正義気取りの警察官のほうが可能性が高いと考えたため、警察官から調べることにした」

「そこで見つけたのは君さ。ここにも灯台もと暮らしだったねえ。どれだけ好きなんだい?灯台の下は」

 別にそんなに好きではない。

「君が怪しい理由は、君の行動だ。わかりやすいところから言うと、今日の午前は何をしていたのかな?」

 声のトーンを1つ下げながら言った。

「捜査一課の手伝いをしていました」

「知っての通り今日12時ごろ、また世田谷で放火があった。捜査一課の手伝いは午前中のみ。君は車を持っているはずだ。世田谷は、車で30分弱、電車でも一時間しかかからない場所に位置している。僕と一緒にラーメンを食べたということは、昼食もとっていない。さて、この1時間の間何をしていたのかな?」

 もちろん、アリバイはない。今回は、ストレス発散用だったから。

「サボっていました」

 苦し紛れの嘘を言う。

「勘違いしてほしくないが、ここは大都会だ。田舎ではない。防犯カメラなどどこにでも付いている。そして、君がラーメンを食べる前にニヤついていたり、僕の考えに対して、否定をしていたことも怪しいと感じていた点だ」

 いやいや、ニヤつくくらいいいじゃないですか、と言いたくなった。警察官であり、世田谷に住んでいること、USB、僕の行動、今日の不明な1時間。全ての証拠が合わさって僕が犯人だということが表されている。これは、もう勝機はないだろう。ここは、警視庁だ。逃げてもすぐに捕まってしまう。

「僕の負けです」

 少し脱力した感じで椅子に座り直した。

「1つ聞いてもいいかな?」

「ええ」

「なぜ、君は連続放火事件を起こしたのかな?それも世田谷に限って。世田谷に魅力がなかったとか?」

 予想通りの回答がきた。やはり、動機は気になるのだろう。

「いや僕は、正義を執行したまでです。家に近い場所に前科者がいるのが耐えきれなかったから、放火しました。あいつらは、罪を犯したのにも関わらず、悠々と生きている。自分の罪を自覚していないんだ」

 込み上げる怒りが心の中に広がっていった。

「僕は・・・幼い時に、泥棒に入られて母が目の前で刺されたことがありました。僕も刺されそうだったのですが、そのときに、駆けつけてくれた警察官が止めに入ったので、僕は死なずに済みました。けど、母はもう息をしていなかった!それから、犯人は無事逮捕されました。だけど、あいつはたった5年で出てきた。表の顔だけ反省して、本当は反省のカケラもなかったんです。許せなかった。そこから、悪に対する強い気持ちが生まれました。正義感ですよ。正義感が強いとなんでもできる気がして、悪を根絶やしにしようと思ったんです。刑務所からでても反省の色のないやつを消そう。やつらが生きる資格なんてない!」

 自分でも驚くほどに声が震えていた。怒りや悲しみが混ざっているのだろう。

「だから・・・」

「だからと言って、放火してもいいという理由にはならない。確かに、世の中には、反省しないで、生きているやつはたくさんいる。そういうやつらは、犯罪を繰り返して一生牢屋暮らしか、社会的に身分を失っている者だらけだ。わざわざ、君が法を犯してまで罰する価値がない人なんだよ」

 次に言おうとしていた言葉が彼によって消えた。確かに、僕は正義という名の自己満足に過ぎない行動をしていた。

「放火も立派な犯罪だ。君が一番嫌っているあいつらに成り下がっているんだ。これからは、そいつらと対等になってしまう。そうならないためには、反省をするんだ。・・・反省をして、出てきたら、また一緒に話そう」

 彼は、笑顔でこう言った。それは、僕の唯一できる僕なりの償いだろう。

 気がつくと、周りには複数の刑事が囲っていた。手元を見ると、手錠が掛かっている。そうか、逮捕されるんだ。連行されそうになる。

「最後に、一ついいですか?」

「どうぞ」

「いつから、僕のこと怪しいと思っていましたか?」

 そう言うと、彼は不思議と笑みを浮かべた。

「連続放火事件が起こってからだよ」

「なんで?」

 さすがと言えよう。凡人は、天才から逃れられない運命なのだろうか。

「さ、行くぞ」

 僕が連行される途中に、彼が口を開いた。

「だって、ガソリン臭いじゃん。いつも」

 その言葉が、僕の背中から伝わってきた。


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