第2話 連続放火事件 前編

「お昼のニュースです。今日のお昼0時ごろにまた世田谷で放火事件が起こりました。警視庁は世田谷連続放火事件の一連の犯行と見て、捜査しています」

 テレビの放送が流れている。その隣のソファで一人の男が眠っていた。

「警視正、ちょっと何やってるんですか?もうお昼過ぎてますよ!起きてください」

 僕は、目の前で寝ている頭がボサボサで寝癖だらけの男に向かって言った。時計はもう2時を回っている。

「ん?秋村君、どうしたんだい?」

 惚けたかのように、首を捻った。

「もうお昼ですよ。いつまで寝てるんですか?仕事は終わったんですか?」

「仕事ねえ。仕事はないようなものでしょ。さて、食べに行きますか」

 よく起きてすぐに食欲が湧くなと呆れつつも工藤圭一警視正に付いて行った。ここは、「警視庁未解決事件解決部未解決事件処理課」である。部と言っても所属人数は2人だけである。警視庁の左遷部と呼ばれ、からかわれている。この工藤圭一という男は、圧倒的な推理力を武器にわずか2年という異例の昇進をし、警視正まで上り詰めた。しかし、やはりお偉いさんの中には反発する者もいて、肩書きがやたら長いこの部を作り配属させた。僕は、圧倒的な推理力なぞ一ミリも持ち合わせておらず、階級も警視正ではないのだが、お偉いさんの反感を買うような行為(告発)をしてしまったため、左遷された。つまり、自分で言うのはアレだが、正義感が強いのだ。正義感が強いというのは、言い換えれば、警視庁のエリートであったということであろう。そう考えると優越感が心から溢れ出てしまう。

「フフフ…フフ…」

「ラーメンに向かって不気味な笑みを浮かべるのは、何というか・・・気味が悪いぞ」

 ふと気付くと、目の前に少し麺が伸びているラーメンがあった。右手には箸。左手にはコショウの容器。どうやら、コショウを入れようとしていたのだ。深い思考をしていたため、無意識のうちに手が動いてしまったと考察する。顔を整えて、気持ちを落ち着かせる。

「オホン、すいません、寝ぼけてました」

 とりあえず、それっぽいことを言っておく。

「ハハ、白昼堂々寝れるなんて凄いねえ」

 さっきまで寝てたくせに、と心の中で呟く。

「そういえば、例の事件は解けたんですか?」

 午前中は、捜査一課の手伝いをしていた。もともと捜査一課のエース級だったため、武術には長けている。今回のような殺人グループの壊滅の仕事では、よく要請が来る。世田谷に住んでいるため、移動は楽である。まあ、武術の練習になるので、そんなに悪い感じはしないが・・・あまりいい顔はされない。そんな訳で、午前中は彼一人だったのである。いや、正確に言うと、彼は行動が奇妙であるため、定時に部室にいたのかすら分からない。彼は昨日、捜査一課から新たに渡された書類(お手上げ状態で、まだ続いているため協力してほしい事件)を面白そうに眺めていたため、午前中は恐らくその事件を解いていたのだろうと予想する。この事件は、前科がある人の家に連続で放火されている事件である。僕も一通り目を通したのだが、かなり難しい事件だと思う。

「何それ?」

「例の事件ですよ。昨日眺めてた、あの事件は解けたんですか?」

 「例の事件」というとカッコよい響きになると思っていたのに、結局言う羽目になった。

「ああ、世田谷連続放火事件か。あれは、解くまでもない」

「え?犯人わかったんですか?」

 普通ならありえないことを軽々と言ってしまうのがこの男、工藤圭一である。

「あれは、世田谷にまだ犯人の家があるから、そこをしらみ潰しに探せばいい」

 得意げに言い切った。

「え?」

「ん?」

 気まずい雰囲気が流れた。

「それだけですか?」

 意外と普通の回答に驚いた。犯人を名指しで言うのかと思っていたのだが・・・

「それだけだ」

 真夏なのにラーメンを食べる手は止まらない。ツルっという音が響き渡った。

「・・・ハッ」

 僕は重大なことにようやく気付く。彼は、先ほど”まだ”と言ったのだ。つまり、今まで警察は、防犯カメラを辿って遠く離れた埼玉に視点を動かしていたのだが、車を乗り捨てて、徒歩などで世田谷にまた舞い戻ってきたという意味なのである。

「普通の犯人なら、どこか遠くの場所に逃げようとする。今回は防犯カメラという確固たる証拠があるから尚更警察は、そう思い込んでしまう。そこを突いた犯人は、灯台もと暮らし作戦を決行したのさ」

「なぜわかったんですか?世田谷に残っていることが」

 どの資料を見ても車が埼玉に捨てられたことしか書かれていない。つまり、犯人がどこに居るのかすらわからないのだ。

「フフ、簡単なことさ。まず、車が捨てられていたのは、埼玉と言っても利根川の河川敷だ。見晴らしがいい。これで犯人は素人だと推測できる」

 なるほど。見晴らしが良いところだと辺りが見やすいが、逆に犯人の姿も誰かに見られてる可能性が必然的に高くなる。

「ここで、一つ疑問に思う点が浮上するだろう。君の脳裏に」

 疑問点。犯人がなぜ行田市を選んだのか、だろうか。いや、それはいくらでも理由がある。単に気分と言われてしまったら反論ができない。

「犯人はなぜ人目に付く河川敷に車を捨てたのか。これは、実に面白い推理ができるんだよね。僕は、3点ほど理由を考えた」

 つまり、犯人にとって、3つのメリットがあるということなのだろう。

「1つ目、警察に見つけてもらいやすい。山奥とかだと防犯カメラや追跡システムが全くないため、見つかるのには、時間がかかる。時間がかかりすぎると、世田谷に警察がうじゃうじゃウジのように湧いてしまうと恐れたから」

 逆に、防犯カメラが多く頒布してある中都市レベルに車を捨てれば、警察がすぐに捜査してくる。そうすれば、犯人はその都市か近隣に住んでいるのではないかという推測が多く飛び交うだろう。

「2つ目、犯罪に使った道具を捨てやすい。まあ、川だからね。そのまま流されてくれる」

「ここで、処分してしまうということは、もう犯行を実施しないということなんですか?」

「いや、それはわからない。ただ、今は考えられるメリットを出しているだけだ」

 さすがに、この男も人間である。他人の心はわからないらしい。

「3つ目、移動しやすい。住宅街が近くにないし、あまり発展していないから、大きな荷物を持っていたとしても怪しまれない。防犯カメラもあまりないからどこに移動しても警察の眼中から逃れられやすい。そして、可能性は低いが・・・川を泳いだということも考えられる。川を使えば、東京でなければどこへでもバレずに行ける。まあ、現実では体力的に考えられないが」

「けど、その利点は、山奥で車を捨てる場合と同じじゃないですか?」

 山奥から移動しても、田舎に近いところを移動してもバレはしないだろう。どちらも防犯カメラはないはずだ。

「鋭いねえ。では、その反論として、電車を使いたかったとしたらどうだろうか」

「タクシーやバスではダメですか?犯人は、必ずしも電車を使いたかった訳ではないでしょう」

 タクシーやバスならば、山奥でも通ってるところもある。(かなり田舎はないけれど)その場合だと、場所をわざわざ利根川の河川敷にしなくてもよくなる。

「それはない」

「なぜですか?」

「単純にリスクが高い」

 リスク。普通に乗っていれば、特になんともないのではないだろうか。

「もし仮に、場所を山奥としよう。その場合、一ヶ月に何人利用する?ましてや、犯罪を犯した人が利用する山だぞ」

「えっと、2〜3人ですかね。いや、もっと少ない?」

「そのくらいでしょ。そしたら、車が見つかった場合には、真っ先にバスを利用した人を疑うよな。警察はなんでも地道が好きだから、そのくらいの人数だったら見つかるのは、時間の問題だ。もし、バスが通っていない山でも近くにバス停があるだろう。しかし、利用者は常連だ。この日だけいる人が怪しいと疑わずにどうする?」

 説得力がある。確かに、見慣れない人が乗っていたらすぐに突き止められてしまうし、母数が少なければ、警察の地道な捜査で見つかるのも時間の問題となる。

「だいたい、タクシーやバスには、防犯カメラが付いているんだよ。記録に残るようなことはしないだろう。それに、電車なら人混みに紛れることができる。普通にしてれば、怪しまれない」

「僕だったら、そんなことを考えていないと思いますが、確かに筋は通っていますね」

「そう、普通ならそんなことは考えない。しかし、連続放火事件を起こしても、証拠や指紋が一切残っていない人物だぞ。犯人は、計画的に動いている。つまり、合理的に動いている訳だ」

 確かに、盗難車であるにも関わらず、捨てた車の中に指紋を1つも残っていないところから、犯人は、相当計画を練っている。

「ここから、導き出される答えとしては、電車を使ったということしか考えられない」

「もし、どっかの民家に隠れていた場合はどうですか?」

 もし、協力者がいれば、世田谷に戻ったという前提が崩壊する。

「もちろん、その可能性もある。だが、それならわざわざ目立たせる意味がなくなる。協力者がいれば、別の車で逃げることも可能だが、その場合、車は見つからないほうがいい。また、匿っている可能性はゼロに近い。なぜなら、まだバレていないからだ。バレてもいないのに、こそこそしている訳ないだろう」

 この3点というか、実質2点で、犯人がなぜ人目に付く場所を選んだのかがわかった。

「しかし、なぜ、世田谷に住んでいるとわかったんですか?」

「ん?」

 ラーメンのスープを飲もうとしている手が止まった。それほど驚くことを聞いてしまったのだろうか。

「別に、他の地域に逃げるという手もあるじゃないですか。この利点だけじゃあ、世田谷に住んでいるという証明にはなりませんよ」

 車を捨てる行為がパフォーマンスだとしても、他の地域に逃げ込むという可能性も大いにあるだろう。

「鋭い部下はあまり好きじゃないな」

 少し苦い顔をして、内ポケットからUSBを取り出した。

「この仮説が成立する場合、僕はこの秩父鉄道か東武伊勢崎線を通るはずだと考えた」

 スマホの地図アプリを指差しながら言った。

「この鉄道の社長とは長い付き合いだったから、防犯カメラを見せてもらったんだ。夜中にね」

 だから、僕が部室に入ったときに寝ていたのかと理解する。

「そしたら、ビンゴ。一人だけ、秩父鉄道を使い、世田谷に行く人がいた」

 いきなり、推理という机上の空論のような話から、現実味を帯びた話になった。僕は、ラーメンのスープを飲み終えた。

「早速、その男を捜査しましょう」

「ああ、だがもうその必要はない」

 もうスープも飲み終えているのにも関わらず、微動だにしない。彼はゆっくりと机に腕を組んで、言った。

「残念だよ、秋村君。君が犯人だとは信じたくなかったのだがね」

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