嘘と嘘 ~柳沢vs工藤~

R.みどり

第1話 エピローグ

 春風がそよぐ朝に、僕(小林翔吾)は、正面にいる探偵を見ていた。探偵と言うと、難事件に度々遭遇し、見事な推理で犯人を見つけることをイメージしていると思うが、現実はそうではない。現実の探偵は、探偵小説に書かれているような殺人現場に偶然出くわすなどということはない。

 また、依頼が殺人事件の容疑者になってしまった、という内容などもない。現実の探偵とは、地味な浮気調査や尾行のみである。退屈極まりないのだが、稀に奇妙な事件が舞い降りこんでくる。例えば、夜の学校七不思議であったり、結婚式バラバラ殺人事件などだ。挙げればキリがないと言いたいところだが、現実ではこの二つの事件しかない(まあ、このうちの一つは事件でもないのだが)。こんな探偵でも探偵事務所をこの雑居ビルで立ち上げた。初めはこんな立地じゃ来ないだろうと鷹を括っていたが、意外にもこの一年間で30人弱のお客が来た。「こんな立地」とは、古びた街の古いビルのことである。都市名を言ってしまうと、心の中であっても誰かに聞こえてしまうかもしれないため、あえて言わないでおく。

 ちなみに、この探偵は、津々浦々に名が広まっていない「名探偵」であろう。あの有名な結婚式バラバラ殺人事件を警察が来る前に犯人を導きだしたのだから。警察が来る前に犯人を探し出したと言っても語弊は生じないが・・・実際には推理小説でお馴染みである、雪で警察が来れなかったため、その間にトリックを見破ったという話である。しかしながら、犯人を見つけ出したのは事実である。その洞察力、観察力、道徳心、人間性・・・(いや、道徳心と人間性は皆無だが)探偵としての技術力は、一流だと言える。例えるなら、将棋界の藤田聡太郎、野球界の小谷翔だろうか。いづれにしてもこの探偵の頭の回転は、回転寿司のレーンと比較にならないくらい早いだろう。その推理を目の当たりにして、僕が唯一名探偵と認めている。その事件があって、正式に助手になった(その前はお手伝いのようなものだった)。今思い出しても懐かしく感じる。まだ2年前のことにも関わらず。

 僕の目の前に、長身イケメンの探偵が立っている。手には探偵道具が入ったカバンを持ち、茶色い帽子と全身茶色のスーツを着ている。そう眺めているうちに彼は言った。

「正式に助手にならないかい?小林君」

 もちろん、素晴らしい推理を聞き、この探偵に興味を持ち始めた僕には、これ以外の選択肢がなかった。

「はい」

 そう答えると、彼は笑顔になった。

「では、改めてよろしく」

 彼は、カバンを左手に持ち替えて右手を僕の目の前に差し出した。

「私は柳沢龍太郎、探偵だ」

 僕の探偵はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

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