第10話『三者面談-和真編-』
6月15日、木曜日。
今日も梅雨らしく朝からシトシトと雨が降り続いており、空気もジメッとしている。梅雨入りしてからずっとこんな気候だ。
今日は俺が三者面談を受ける予定だ。それに伴い、母さんが高校に来ることになっている。体調を崩したとか急にパートのシフトに入ったと連絡はないので、母さんと一緒に三者面談を受けることになるだろう。
今日もお昼に学校が終わり、優奈達と一緒に学校の食堂でお昼ご飯を食べた。ちなみに、俺が注文したのは冷やし担々麺だ。冷たくて美味しいし、辛さもあってスタミナがつく。優奈と一口交換してもらったハンバーグも美味しかったな。
お昼ご飯を食べ終わった後は、西山、井上さん、佐伯さんと別れて、優奈と一緒に図書室に向かった。
俺の面談の時間は午後2時なので、その近くまでは優奈と一緒に今日の授業で出された課題を片付けることに。そこまで難しくないので、面接時間が近づくまでの間に課題を結構進めることができた。
「じゃあ、俺はそろそろ教室に行くよ」
「分かりました。面談頑張ってくださいね」
「ああ。ありがとう」
「いえいえ。終わったらメッセージをください」
「分かった」
ちなみに、面談が終わった後は、優奈と一緒に高野カクイへ行き、父さんと英樹さんに贈る父の日のプレゼントを買いに行く予定になっている。
「じゃあ、面談に行ってくるよ」
「はい。いってらっしゃい」
優奈は優しく微笑みながらキスしてきた。自宅の玄関ではないので、いってらっしゃいのキスをされてドキッとする。また、今のキスを見た女子生徒がいたようで、「きゃっ」という可愛い声が聞こえた。
2、3秒ほどして、優奈の方から唇を離す。優奈の笑顔は頬を中心にほんのりと赤らんでいて。それがとても可愛くて。キスと可愛い笑顔のおかげで、面談を受ける元気がさらに付いた。
自分のスクールバッグを持って、3年2組の教室がある6階へ向かう。
6階に行くと、放課後になった直後と比べてとても静かになっている。これから三者面談があるから、それぞれの教室の前には椅子が数個置かれていて。三者面談を受けるのか、今いるのは別のクラスの前に置かれている椅子に男子生徒が1人座っているだけだ。面談前らしい光景だと思う。
俺は3年2組の教室の前まで行き、教室前方の扉の一番近くにある椅子に座る。
腕時計で時刻を確認すると……今は午後1時50分か。母さんは時間にルーズな方ではないので、もう少しで来るんじゃないかと思う。
「三者面談……か」
最後に三者面談を受けたのは高2の2学期だったか。成績のことや3年進級時の文理選択について話したな。あのときは、まさか次の面談を受けるまでに大人気の優奈と結婚して、好き合う関係になるとは想像もしなかった。世の中、何が起こるか分からないものだ。
優奈と井上さん曰く、今回の面談は勉強と進路、日常生活について話すとのこと。日常生活の話題では結婚生活について話したと。優奈から俺との結婚生活を訊いたけど、俺からも訊きそうだな、渡辺先生。
「和真、お待たせ」
母さんの声が聞こえたのでそちらに顔を向けると、目の前にはブラウンの七分袖のプリーツワンピース姿の母さんが立っていた。俺と目が合うと、母さんはニコッと笑って小さく手を振る。
「おっ、母さん」
「3日ぶりね。外は蒸し暑かったから、ここは涼しくて快適だわ」
母さんは俺の隣の席に座り、ふぅ……と息をつく。快適と言うだけあって、母さんの顔にはやんわりとした笑みが。
さすがに私立だけあって、うちの高校の校舎は教室だけでなく廊下まで冷房がかかっていて涼しい。今住んでいる家からも実家からも徒歩圏内だし、今日みたいな天候の日は特にこの学校に進学して良かったと思っている。
「こうして三者面談で学校に来るのも6年連続かぁ」
「真央姉さんのときから数えたら……6年か」
「母さんにとっては梅雨の時期の恒例行事だわ。ただ、7年連続にならないようにしてね」
「さすがにそうはならないようにするよ」
留年して、優奈達と一緒に高校卒業と大学入学ができなくなるのはさすがに辛い。
「まあ、和真なら大丈夫だと思うけどね」
「信用してくれてどうも」
母さんにとっての梅雨の恒例行事が今年で最後になるように頑張らないとな。
「今年の担任は1年のときと同じで渡辺先生だから安心だわ。明るくていい先生だし」
「そうだな。1年のときと同じ担任で運が良かったとも思うよ」
「そうね」
渡辺先生は明るくて気さくな方だからな。学校以外でも、バイト先に来て話しかけてくれるし。優奈も2年連続で担任になった先生のことを気に入っているし。先生が担任で良かったと思う。
再び時刻を確認すると……今は午後1時58分か。俺の面談は午後2時からなので、もうすぐ渡辺先生から呼ばれるだろう。
それからは母さんとは話すことなく、のんびりと三者面談の時間を待つ。そして、
「長瀬君とお母様、来ていますね。中へどうぞ」
教室前方の扉が開き、黒いスーツ姿の渡辺先生が廊下に出てきてそう言った。
「はい」
「よろしくお願いします」
母さんと俺は3年2組の教室に入る。
普段とは違って、教卓の近くにある4組の机と椅子が、向かい合った形でくっつけられている。こういうところも三者面談らしい。渡辺先生の案内で、母さんと俺は窓側に向けて隣同士で椅子に座った。
渡辺先生は俺の向かい側の席に座る。
「本日はお忙しい中、お時間を作っていただきありがとうございます。3年2組の担任の渡辺夏実と申します」
「長瀬和真の母の長瀬梨子と申します。1年生のとき以来ですが、息子をよろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
母さんと渡辺先生は軽く頭を下げ合う。大人同士の挨拶って感じがする。
「それでは、三者面談を始めましょう。優奈ちゃん達から訊いているかもしれませんが、本日は勉強と進路、日常生活について話します。まずは勉強と進路について話しましょう」
そう言うと、渡辺先生は隣の椅子に置いてあるトートバッグからクリアファイルを取り出す。ファイルからは2枚のプリントを取り出し、俺達の方に向けて机に置いた。
2枚のプリントを見ると……1枚は中間試験の全科目の結果と平均点、文系クラスでの順位が書かれている。もう1枚は試験の頃に提出した進路希望調査票か。
「先日実施された中間試験ですが……文系科目や英語科目を中心に、どの科目も高い点数を取れていますね。文系クラスのみですが、学年で7位。素晴らしい成績です」
「本当に凄いわね。1年の頃から結構いい成績だったけど、よりいい成績になったわね。これも優奈ちゃん達のおかげ?」
「それは先生も訊きたいな」
「優奈達のおかげですね。普段勉強しているときも、分からないところは優奈に訊いていますし。一緒に住んでいるのも大きいです。中間試験前の勉強会でも、優奈に分からないところを質問して、西山達の分からないところを教えて。2年までに比べて、充実して勉強できていると思います」
それが文系クラス7位という結果に繋がったのかなと思う。
母さんと渡辺先生は納得した様子で頷く。また、先生はノートにメモを取っている。
「なるほどね」
「分かったわ。面談で千尋ちゃんや萌音ちゃんから、長瀬君に分かりやすく教えてもらったと聞いたよ。人に教えると勉強の理解が深まるもんね」
「そうですね」
2年生までも、西山をはじめとした友人に教えることが多かった。だから、これまでも結構いい成績を取り続けられたのかなって思う。
「この調子で勉強を頑張ってね」
「はい」
勉強についてはこれで終わりか。中間試験では学年7位だったし想像通りだな。
「次に進路についてですが……第一志望は文学部の日本文学科、第二志望は経済学部経済学科、第三志望は経営学部経営学科、その他の欄に法学部法学科とも書いているわね」
「在学中の姉の影響もありますが、文学部の日本文学科に進学したい気持ちが一番強いです。ただ、経済学部、法学部、優奈との結婚をきっかけに経営学部にも興味があって。その3つは同じくらい興味があります。まだ絞り込めてはいません」
「なるほどね」
そう言い、渡辺先生はノートにメモを取る。
「色々なことに興味を持っているのは、お母さんはいいことだと思うわ」
「私も同じ意見です。お母様は進学についてはどのように考えていますか?」
「大学で学びたいことを学べる学部学科に進学してほしいですね。3学年上の真央もそうでしたし。和真はしっかり勉強しますから、学びたいことや興味を持っていることであればどの学部でも大丈夫だと思っています」
母さんは落ち着いた笑顔で渡辺先生にそう話す。俺のことを信頼してくれているんだな。それが嬉しい。
「分かりました。今の成績を維持していれば、調査票に書かれている学部学科には問題なく内部進学できます」
「そうですか。良かったです」
「在学中の真央ちゃんに大学の話を聞いたり、学部のホームページを見たり、夏休み中に開催される予定のオープンキャンパスに参加したりして、進学の希望先を絞っていくといいと思います」
「分かりました。勉強しながら、進学先も絞っていきたいと思います」
真央姉さんは第一志望の学部にいる在学生だし、いつか話を聞いてみるか。姉さんだったら張り切って大学のことを話してくれそう。
夏休みにはオープンキャンパスがあるか。優奈達と一緒に参加してみようかな。
「勉強と進路については以上で。次に日常生活ですが……優奈ちゃんのときと同じで結婚生活について聞きたいです」
「お母さんも聞きたいわぁ」
母さんと渡辺先生はワクワクとした様子で俺のことを見てくる。やっぱり、優奈との結婚生活について訊いてきたか。
あと、母さんは月曜日に会ったときに、俺や優奈から色々と話を聞いていたよな。改めて俺の口から聞きたいのかな。
「毎日、優奈ととても楽しく過ごしています。大好きな優奈が側にいますから凄く幸せで」
優奈と一緒に過ごしてきた日々が、次々と頭に思い浮かぶ。だから、幸せな気持ちになっていき、頬が緩んでいくのが分かった。
「優奈と日々の家事を分担したり、当番制にしたり。先週は風邪を引いて看病してもらったりもしたので、優奈に日々感謝ですね」
「そっか。優奈ちゃんも同じようなことを話していたわ」
「そうでしたか」
それを知って嬉しい気持ちになる。
「月曜日に和真と優奈ちゃんの家に行きましたが、2人はとても仲睦まじい様子でした。母親から見てもいい夫婦だなぁと思います」
「そうですか。学校でも仲睦まじい様子ですし、教え子夫婦が仲良くて何よりです。これからも優奈ちゃんと仲良く過ごしていってね、長瀬君」
「はい」
「……それにしても、2人がとても羨ましいですよ。特に優奈ちゃん」
はあっ、とため息をつく渡辺先生。
そういえば、結婚生活のことを話したら、渡辺先生はため息をついていたって優奈が言っていたっけ。俺の成績のことなどでため息をつくならまだしも、教え子の結婚生活の羨ましさでため息をつくとは。こういう先生って全国に何人いるんだろう。
「け、結婚のことを伝えたときにも言いましたが、先生ならきっと素敵な人と巡り会えますよ。な、母さん」
「そうね。渡辺先生は明るいですし、笑顔も素敵ですから」
「ありがとうございますっ」
渡辺先生はとても嬉しそうにお礼を言った。先生がいつか素敵な人と出会って、結婚することを祈る。
「バイトもしっかりやっているし、大丈夫そうね」
「ええ。バイトを始めてから2年以上経ちますからね。慣れました」
「そっか。今回の面談で話すことは以上になります。何か質問があったり、話したいことがあったりしますか?」
「俺はないです。母さんは?」
「お母さんもないわ」
「分かりました。では、三者面談はこれにて終わります」
「ありがとうございました」
「ありがとうございました。今後も和真をよろしくお願いします」
「はい」
渡辺先生は持ち前の明るい笑顔でそう返事した。
3年生最初の三者面談は無事に終わり、俺と母さんは教室を後にした。
教室を出ると、廊下にある椅子には練習着姿の西山とパンツスタイルのジャケット姿をしている母親の
「おつかれ、長瀬。梨子さん、こんにちは」
「2人ともお久しぶりです」
「お久しぶりです、直美さん。無事に三者面談終わりました」
「2人ともこんにちは。今年も面談終わりに会いましたね」
「今年も長瀬君と颯太の出席番号が連続していますもんね。恒例ですね」
「ふふっ、そうですね」
母さんと直美さんは楽しそうに笑い合う。
渡辺先生はもちろん、2年生のときの担任も出席番号順で三者面談の日程を組んでいた。だから、毎回、俺の次は西山であり、俺の面談が終わると今のように西山と直美さんが待つ光景を見るのが恒例だ。
「西山、面談頑張れよ」
「ああ、ありがとな」
「じゃあ、また明日。直美さん、失礼します」
「失礼します」
母さんと俺は西山と直美さんに軽く頭を下げて、教室を後にする。
階段まで辿り着いたとき、俺は優奈に面談が終わった旨のメッセージを送った。すると、すぐに優奈から、
『お疲れ様でした。うちのクラスの靴入れの近くで待っていますね』
という返信が届いた。
母さんと一緒に、階段で1階まで降りる。これから優奈と一緒に父の日のプレゼントを買いに行くなどと話しながら。
昇降口に行くと、メッセージ通り、うちのクラスの靴入れ近くに優奈の姿が。
俺達の話し声が聞こえていたのか、優奈はこちらを向いており、笑顔で手を振ってくる。俺達も優奈に向かって手を振る。
「和真君、梨子さん、面談お疲れ様でした!」
「ありがとう、優奈。無事に終わったよ」
「平和な面談だったわ、優奈ちゃん」
「そうでしたか」
「さっき、和真から聞いたけど、カクイに父の日のプレゼントを買いに行くのよね」
「そうです」
「じゃあ、駅の前まで一緒に帰ろうか」
「分かった」
それから、俺は優奈と母さんと3人で学校を後にする。
今も雨がシトシトと降っている。なので、優奈と俺は登校したときと同じく、俺の傘で相合い傘をすることに。それを見た母さんは、
「あらあら、いいわね! 私も付き合っている頃や新婚の頃は特に、お父さんと一緒に相合い傘をしたわぁ」
父さんとのことを思い出したようで、とても楽しそうに話していた。好きな人と相合い傘をすることは、いつの時代も変わらないのかもしれない。
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