第10話『目覚めたら側に』

 正午過ぎに一度目が覚めた。薬が効いたのか、朝よりも風邪の症状は軽くなっていた。そのことに一安心。

 今日も晴れているので、部屋の中がちょっと暑くなっていた。なので、エアコンを掛けることに。エアコンから吹き出てくる涼しい風が心地いい。

 優奈が作ってくれたお粥と、お弁当箱に入っているおかずを食べた。

 ちなみに、お弁当箱に入っているおかずは玉子焼き、鮭、鶏のつくね、ブロッコリー、ミニトマト。ミニトマト以外は食べやすい大きさに切られている。風邪を引いている俺のために、食べやすくしてくれたのだろう。そこにも優奈の優しさが感じられて嬉しい。

 お粥もおかずも美味しく、食欲も朝よりあったので完食することができた。

 朝にも飲んだ風邪薬を飲み、優奈に「おかずありがとう。美味しかった」とメッセージを送ってベッドに入る。お腹が膨れたのもあってか、すぐに眠りにつくことができた。





「ふああっ……」


 あくびをしながら、俺はゆっくりと目を覚ました。ぐっすり眠れたな。

 ベッドの中は温かいけど、今朝のような熱っぽさは感じない。きっと、朝と昼に飲んだ薬がちゃんと聞いたのだろう。

 あと……女性の甘い匂いがしてくる。優奈の残り香も感じるけど、それとは違うものがはっきりと。この懐かしさも感じられる匂いは、もしかして――。


「おはよう、カズ君」


 扉側のすぐ近くから、俺がよーく知っている女性の声が聞こえてきた。

 扉側の方に体と向けると、ベッドに両手で頬杖をしているノースリーブのブラウス姿の真央姉さんが。姉さんがいるとは思わなかったので、ちょっとビックリした。

 真央姉さんはとても幸せそうな表情をしていて。俺と目が合うと、姉さんはニコッと笑う。


「……おはよう、真央姉さん」

「うん、おはよう」


 真央姉さんは柔らかい笑顔で俺の頭を優しく撫でてくれる。実家にいた頃、俺が風邪を引くと姉さんが頭を撫でてくれることが多かったな。だから、安心すると同時に懐かしい気分にもなる。


「まさか、姉さんがいるなんて。じゃあ、もう夕方で優奈や井上さんも家にいるのか?」

「ううん、私一人で来たよ。今は午後3時過ぎだから、優奈ちゃん達はまだ学校で授業を受けているんじゃないかな」

「その時間なら……そうだな。授業中だ。じゃあ、どうやってここに?」

「うちにこの家の合鍵が1本あるじゃない。カズ君が風邪を引いたっていうメッセージを優奈ちゃんからもらったのは、大学に行こうとする直前でね。だから、合鍵を持って大学に行ったの」

「そうか。合鍵を使ったから、呼び出すことなくここまで来られたんだな」

「うん。大学が終わったのはお昼過ぎだから、優奈ちゃんと萌音ちゃんと一緒にここに来ようとするとちょっと時間が空いちゃうし。それに、早くカズ君のところに行きたいしね。ただ、インターホンで呼び出すとカズ君を起こしちゃうから申し訳ないなって。だから、合鍵を使ってここに来たの。このことは優奈ちゃんに了承を得ているからね」

「そっか」


 真央姉さんが気を遣ってくれたから、目を覚ましたら、ベッドの側に姉さんがいるっていう状況になったんだな。

 何かあったときのために、俺と優奈のそれぞれの実家に1本ずつ合鍵を渡している。合鍵を使う機会なんてそうそうないと思っていたけど、引っ越してから1ヶ月ちょっとでそのときが来るとは。自分が風邪を引いたのが理由なので、ちょっと情けない気分になる。


「カズ君の部屋に入ったら、カズ君はぐっすり寝てて。カズ君の寝顔が可愛かったから、こうしてベッドの側でカズ君の顔を見ていたの。匂いも楽しんでた」

「そ、そうだったのか」

「ベッドに入って添い寝しようとも思ったの。枕が2つあるし。でも、私の熱でカズ君が暑苦しく感じちゃうかもしれないから我慢したよ」

「……そうだったのか。お気遣いどうも」


 我慢したっていう言葉に、添い寝したい気持ちが強かったことが窺える。さすがはブラコン姉さんだ。

 俺と添い寝しているのを妄想しているのだろうか。真央姉さんは頬をほんのりと赤くし、恍惚とした表情になる。


「ところで、今の体調はどう? ぐっすり寝ているように見えたし、そっと額に触れたらそこまで熱くなかったけど」

「薬も良く効いたし、姉さんが合鍵を使って来てくれたから、ぐっすり眠れたよ。だから、熱っぽさが取れた感じはするよ。喉や鼻も今朝に比べたらマシになってる。あと、朝はだるさを感じていたんだけど……」


 俺はゆっくりと上体を起こす。


「……うん。だるさもほとんどなくなった」


 風邪を引いて、今日はこれまで大半の時間は寝ていたので、体の力が抜けている感じはするけど……今朝のだるさに比べたらよほどマシだ。


「姉さん。ローテーブルにある体温計を取ってくれないか?」

「うん。……これか」


 そう言って、真央姉さんは俺に体温計を渡してくれた。

 体温計を使って体温を測る。朝以来だけど、どのくらい体温が下がっただろうか。


 ――ピピッ。

「……36度8分か」


 体温計の液晶画面には『36.8℃』と表示されていた。


「朝は38度以上あったから、かなり下がったよ」

「そうなんだ。体調が良くなってきていて良かったよ!」


 真央姉さんはとても嬉しそうに言うと、俺のことをそっと抱きしめてきた。そのことで姉さんの温もりや甘い匂いをはっきりと感じて。この感覚……懐かしいな。


「俺も良かったよ」

「良かったね」

「ありがとう」

「うんっ。あぁ……カズ君温かくていい匂いする」


 うふふっ……と、真央姉さんは声に出して笑う。幸せそうな笑顔になっていて。


「……昔から、姉さんは俺が風邪から治ると、今みたいに抱きしめてくれたよな」

「そうだったね。だって、カズ君の体調が良くなったのが嬉しいんだもん。抱きしめたくなっちゃうよ。まあ、抱きしめたいのはいつもだけどね!」

「ははっ、姉さんらしいな」


 最近は少なくなっていたけど、俺が小学生くらいまでは、真央姉さんは嬉しいことがあると俺を抱きしめることが多かったっけ。


「あと、今は大学生だから、さすがに大学に行ってからお見舞いに来るようになったな。俺が小さい頃は風邪を引くと、学校を休むって駄々をこねたこともあったから」

「そんなこともあったね。具合が悪いカズ君が心配だったし、私が色々と看病したかったから。何よりもカズ君の側にいたかったし。さすがに今はカズ君が高校生になったし、大学の講義に出席するのも大事だから大学にちゃんと行こうって考えたよ」

「そうか。偉いな、姉さん」


 そう言って、俺は真央姉さんの頭を優しく撫でる。


「えへへっ、カズ君に褒められて頭を撫でられちゃった。まあ、講義の間はカズ君大丈夫かな、一人で寂しくないかなってずっと考えていたけどね。ノートを取るだけの時間だったよ」

「そ、そうだったか」


 そこも真央姉さんらしいな。

 ただ、俺も優奈が風邪を引いた日の授業は、優奈のことばかり考えていた。中間試験が終わった直後で、どの教科も答案返却と解説で良かったことを覚えている。こういうところは姉弟で似たと言えるかもしれない。

 優奈は……どうだろう。真央姉さんと同じでノートを取るだけの時間になっているのだろうか。


「体調を崩したのもあって、優奈が家を出発した直後から寂しくてさ。だから、さっき目が覚めて真央姉さんがいてちょっとビックリしたけど、安心したよ。頭を撫でてくれたり、こうして抱きしめてくれたりしてくれるし。来てくれてありがとう、姉さん」


 真央姉さんのことを見つめながらお礼を言い、姉さんの頭を優しく撫でる。徒歩圏内だけど実家から離れたのもあり、家族の顔を見られると今まで以上に安心できる。


「カズ君がそう言ってくれて嬉しいよ! 本当に嬉しい!」


 真央姉さんはニッコリとした笑顔でそう言ってくれる。その笑顔を見てより安心できる。これまでたくさん見てきた笑顔だから。


「あと、今の言葉でお姉ちゃんキュンキュンしちゃった。カズ君がもっと好きになったよ! あぁ……実の姉で良かった。優奈ちゃんっていうお嫁さんがいても、こうしてカズ君を抱きしめられるし」

「そうだな」


 優奈は真央姉さんがブラコンなのを知っているし、抱きしめるくらいなら大丈夫だろう。さすがにキスとかしたらダメだろうけど。させないけど。

 俺が優奈というお嫁さんができても、真央姉さんのブラコンぶりは健在だ。きっと、この先もずっと姉さんはブレることはないだろう。姉さんに抱きしめられながらそう思った。

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