第9話『いつもと違う朝』
6月8日、木曜日。
目を覚ますと……俺の方に向いて眠っている優奈が見える。可愛いなぁ。
それにしても、いつもよりベッドの中が温かいような。優奈と一緒に寝ているけど、こんなにもベッドが温かいのは初めてだ。
部屋の中がうっすらと明るいから、もう朝にはなっているか。今は何時なんだろう? 時計を見るために、体を時計のある方に向けると……いつもより体が重く感じる。
壁に掛かっている時計を見ると、今は……午前6時過ぎか。今日は朝ご飯の当番じゃないし、もう少し眠れそうか。
「それにしても……」
さっきは体が重たかったし、ベッドの中もやけに温かった。まさかと思い、ゆっくりと上体を起こしてみると――。
「重たっ」
上体を起こすと、体がだるく感じる。また、上半身は掛け布団がかかっていない状態だけど、かなりの熱っぽさがあって。右手を額に当てると……結構熱い。喉や鼻の調子も良くない。
「風邪引いちゃったか……」
そう呟いた瞬間、寒気を感じた。
風邪を引いた原因はすぐに分かった。昨日のバイト帰りにゲリラ豪雨に遭い、激しい雨に打たれる中、全速力で帰ったことだ。あのせいでかなり疲れたし、体も結構冷えたから。昨晩はいつもと違って、寝る前まで疲れや寒気を感じることが何度もあった。きっと、あれは体調が崩れる前触れだったのだろう。家に帰ってからは体を温めて、リラックスすることを心がけていたんだけどな。
ベッドで仰向けの状態になると……あぁ、体が物凄く楽だ。体調を崩してしまったのだと実感する。
「んっ……」
優奈はそんな可愛い声を漏らすと、ゆっくりと目を覚ました。俺と目が合うと、優奈はとろんとした笑顔を見せる。体調を崩しても、優奈の笑顔に癒やされることは変わりない。
「和真君、起きていたんですね。おはようございます」
「……おはよう、優奈。起こしちゃったかな」
「いえいえ。そんなことありませんよ。気持ち良く起きられましたから」
「……それなら良かった」
「ふふっ。おはようございます、和真君」
再び朝の挨拶をすると、優奈はおはようのキスをしてきた。優奈の唇の柔らかさがいいなぁ。
唇を離すと、優奈はキスする前とは違って、ちょっと心配そうな表情になっている。
「いつもより和真君の唇から伝わる温もりが強いですね。寝間着越しに伝わる温もりも。……和真君、体調はどうですか?」
「……良くない。結構熱っぽくて、だるさがあって。喉や鼻の調子も悪い。風邪だな。バイト帰りにゲリラ豪雨に遭って、全速力で帰ったのが原因だと思ってる」
「エレベーターホールで会ったとき、和真君は雨で濡れていましたし、息を乱していましたもんね。きっと、そのことで体が冷えて、疲れが溜まったからでしょうね。学校とバイトもありましたし」
「……そうだな。実家よりも近くなったけど、無茶して豪雨の中を走っちゃいけなかったな。……それにしても、キスして体調がおかしいって気付くなんて。優奈は凄いな」
「和真君とはいっぱいキスしていますからね。普段より熱が高いとすぐに分かりました」
ふふっ、と優奈は優しく笑いかけてくれる。普通なら額同士を当てるけど、唇にキスして俺の熱があると分かるのは優奈らしいかもしれない。
「そっか。さすがだ」
「ふふっ。では、私が和真君の看病をしますね!」
優奈……張り切った様子になっているな。もしかしたら、先日、体調を崩したときに俺が看病したことのお礼をしたいのかもしれない。
「ありがとう、優奈」
「いえいえ。こういうことはお互い様です。まずは体温を測りましょう。体温計を持ってきますね」
「ああ。お願いするよ」
その後、優奈がリビングから持ってきてくれた体温計で体温を測ると、
「……38度2分か」
高熱だなぁ。結構な熱っぽさやだるさを感じたからな。38度台まで上がっていたか。
「結構高いですね。今日は学校を休んで、家でゆっくりしてください」
「ああ、そうするよ」
「学校には私が連絡しておきますね。今日ってバイトはありましたっけ?」
「今日はないよ」
「では、バイト先には連絡しなくても大丈夫ですね」
「ああ」
ただ、明日の放課後にはシフトに入っている。明日のバイトについては……明日の体調次第で休むかどうかを考えよう。
「和真君。一緒にお医者さんに行きますか? この前、私が風邪を引いたとき、マンションの近くにかかりつけのお医者さんがあると言っていましたよね」
「ああ、言ったな。ただ、このくらいの症状なら、この前の優奈みたいに市販の薬を飲んで治すことが多いよ。だから、今回も市販の薬を飲んでゆっくりするよ」
「そうですか。分かりました。では、私は普段通りの時間に学校に行きますね」
「ああ。元気になったら、今日の授業のノートを写させてほしい」
「分かりました。しっかりとノートを取ってきますね。……お薬を飲むためにも、何か食べましょう。ちなみに、お腹の調子はどうですか?」
「お腹の方は悪くないよ」
「そうですか。良かったです。では、お粥だけでなく、体に優しいものでお昼のおかずも作りますね。それをお弁当箱に詰めておきます」
「ああ、ありがとう」
優奈の作った食事を食べれば、早く元気になれそうな気がする。
「では、お粥を作ってきますね。和真君はゆっくりしていてください」
「ああ」
優奈は俺の部屋を後にした。
そういえば、優奈が風邪を引いたときにはお粥を作ったっけ。お弁当は既に作ってあったけど、おかずを食べやすい大きさに切ったりもしたな。
ベッドの中にこもる熱や優奈の甘い残り香を感じ、たまにウトウトしながら、お粥ができるのを待つ。
また、途中、お手洗いに行きたくなったので、壁に寄り掛かりながら何とかしてお手洗いに行き、用を足した。熱が出てだるさもあるので、体が凄く重く感じた。
「和真君。お粥ができました」
どのくらい経ったのだろうか。それは分からないけど、エプロン姿の優奈が俺のご飯茶碗と麦茶の入ったコップ、レンゲ、塩、市販の薬の箱を乗せたお盆を持って部屋に入ってきた。優奈は俺と目が合うと柔らかい笑顔を向けてくれて。そのことに安心感を抱く。
優奈は俺が少しでも楽にお粥を食べやすいように、体を起こして、背中とベッドボードの間にクッションを挟んでくれた。そのおかげで、体を起こしていてもいくらか楽だ。
優奈はお粥に塩を振りかけ、レンゲでかき混ぜる。作りたてだからか、湯気が結構出ているな。熱そうだ。
優奈はお茶碗を持って、俺のすぐ側までやってきて膝立ちする。レンゲでお粥を掬い、ふーっ、ふーっ、と息を吹きかけていく。その姿がとても可愛い。もし、この動画があったら無限ループで見ていられる。
「はい、和真君。あ~ん」
「あーん」
優奈にお粥を食べさせてもらう。
お粥が口の中に入った瞬間、優しい温もりが感じられる。優奈が何度も息を吹きかけてくれたおかげだろう。また、塩を少しかけたのもあり、咀嚼するとご飯の甘味が口いっぱいに広がる。体調を崩しているから、ご飯粒が柔らかくなっているのが嬉しい。
「……凄く美味しいよ」
「良かったです」
優奈はニッコリとした笑顔でそう言う。
「熱さはどうでしたか? 作ったばかりで湯気も結構経っていましたから、何度も息を吹きかけたのですが……」
「ちょうどいい温度だったよ。優奈が吹きかけてくれたから、優しい感じがして」
「良かったです。あと、そう言ってもらえて嬉しいです」
優奈は依然として笑顔を見せているけど、ほっとした様子になる。俺にとって、お粥がちょうどいい温度だったか不安な気持ちがあったのだろう。
「では、次からも今くらいに息を吹きかけましょう。和真君、無理せずに食べられる分だけ食べてくださいね」
「ああ」
それからも、俺は優奈にお粥を食べさせてもらった。
優奈に食べさせてもらっているし、優奈が息を吹きかけてくれるから食べやすい温度だし、何よりも美味しいから、お茶碗半分ほど入っていたお粥を難なく完食することができた。
「全部食べられましたね! このくらいの食欲はあって安心しました」
「お粥が美味しかったからな。優奈が息を吹きかけて食べさせてくれたし。ありがとう、優奈」
「いえいえ。美味しく食べてくれて嬉しいです」
優奈はいつもの柔らかな笑顔でそう言ってくれた。
その後、市販の風邪薬を飲んで、再びベッドで横になる。
お茶碗半分ほどのお粥を食べて、風邪薬を飲んだから、さっきまでよりは眠気を感じる。風邪を引いているから寝ることはとても大切だ。ただ、優奈が家にいるから、寝るのはもったいない気がして。
たまに優奈が部屋に入ってきて、バスタオルやスポーツドリンク、お昼ご飯のおかずが入った弁当箱をローテーブルに置いてくれる。それがとても嬉しかった。
ウトウトしていると、
「和真君。学校に行ってきますね」
スクールバッグを制服姿の優奈が部屋の中に入ってきた。もう、いつも学校に行く時間になったのか。
「ああ。いってらっしゃい、優奈」
「はい。今日は部活もありませんから、放課後になったらすぐに帰ってきますね。お腹の調子も悪くないですから、ゼリーとか冷たいものを買ってきます」
「ああ、ありがとう」
「はい。……いってきます」
とても優しい声でそう言うと、優奈は俺にキスしてきた。
「いつも学校に行くときはいってきますのキスをしていますから。あとは、早く治りますように、というおまじないです」
優奈は照れくさそうな様子でそう言ってくれる。滅茶苦茶可愛いんですけど。優奈が可愛かったり、キスされたりしてドキドキするから体が熱くなってきたけど……おまじないのおかげで早く治りそうな気がしてきた。
「ありがとう、優奈。早く治りそうな気がするよ」
「良かったです。何かあったら連絡してください」
「分かった。いってらっしゃい。車とかには気をつけるんだよ」
「はい」
優しい笑顔で俺の頭を撫でると、優奈は部屋を後にした。
その直後に玄関の開閉音が聞こえ、俺は一人になったのだと実感する。それと同時に寂しい気持ちが生まれる。優奈のことばかり考えてしまう。
「優奈もこんな感じだったんだろうな……」
優奈が風邪を引いたときは俺を好きだと自覚する前だった。それでも、寂しくて、俺のことばかり考えていたそうだし。
ベッドの中や、隣にある優奈の枕から優奈の甘い残り香が感じられて良かった。それがなかったら、凄く寂しくなっていたかもしれない。
「……一人で寝ると凄く広いな、このベッド」
ダブルベッドだからそれは当然なんだけど。ただ、最近は優奈と一緒に寝ることが当たり前になっていたから、このベッドがとても広く感じるのだ。
一人になって、俺にとって優奈の存在がとても大きいのだと改めて実感する。
風邪薬が効いてきたのか、段々と眠気が強くなっていく。ただ、体が熱いから、なかなか眠りに落ちるところまでは到達しない。そんな中、
――プルルッ、プルルッ。
と、俺のスマホが何度も鳴る。
スマホを手に取り、確認してみると……俺を含めいつもの5人がメンバーとなっているグループトークにメッセージが送信されたと通知が。通知をタップすると、
『有栖川から風邪のことを聞いた。お大事にな』
『優奈から聞いたよ。ゆっくり休んでね、長瀬』
『お大事に、長瀬君。放課後は特に予定がないから、優奈と一緒にお見舞いに行くわ』
『ゆっくり休んでくださいね、和真君』
というメッセージが表示された。優奈が西山達に風邪を引いて欠席することを話したんだろうな。それで、彼らがお見舞いのメッセージを送ってくれたのだろう。優奈が風邪で休んだときもそうだったから、すぐに想像できた。
メッセージでも優奈達と会話できるのは嬉しい。ありがとう、と俺はお礼のメッセージを送った。
また、それから数分後に、真央姉さんから、
『優奈ちゃんから聞いたよ! 昼過ぎに大学が終わるから、終わったらすぐに行くからね!』
と、メッセージが送られてきた。まさか、真央姉さんからメッセージをもらうとは。優奈から聞いたって書いてあるけど……もしかしたら、俺が風邪を引いたときに食べると喜ぶものを姉さんに聞いたのかな。俺も優奈が風邪を引いたとき、買っていったら嬉しいものは何なのかと井上さんに聞いたし。
分かった、と真央姉さんに返信した。
優奈達や真央姉さんとメッセージをやり取りして、寂しさが薄れたからだろうか。体が眠気と心地良いふわふわとした感覚に包まれていく。目を瞑ると、すんなりと眠りに落ちていった。
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