特別編
プロローグ『お嫁さんの話し方』
(特別編は、本編のエピローグ『これからもずっと』の6月3日の部分の直後からの話になります)
特別編
俺・
優奈はとても可愛くて、優しくて、笑顔が素敵な人だ。才色兼備という言葉が似合う優奈はとても人気で、俺と結婚するまでは男子中心に多くの生徒から告白されていた。
優奈とは今年の4月、高校3年生に進級したときに初めてクラスメイトになった。ただ、俺がマスタードーナッツというドーナッツ屋さんでバイトしているのもあり、高1の頃から優奈とは関わりがあった。
4月下旬。俺はバイト中にお店の前の掃除をしていたとき、優奈のおじいさんの
いきなりの結婚打診に驚いた。
ただ、優奈がこれまでに縁談を持ちかけてきた人よりも好感を持ってくれていること。いつかは俺と好き合う夫婦になりたいと思っていることを知って。優奈のそういった想いに応えたいと思い、打診を受け入れて優奈と結婚した。その際、
「まずはお嫁さんからお願いします。……和真君」
「こちらこそ。まずは……旦那さんからお願いします。……優奈」
という言葉を交わして。
優奈と結婚してからは、結婚指輪を買ったり、一緒に学校生活を送ったり、デートを重ねたり。5月のゴールデンウィークの連休からは現在暮らしているマンションでの夫婦生活をスタートした。
両家の家族や友人達のサポートを受けながら、優奈と一緒に過ごす日々を楽しく重ねていった。
夫婦生活を送っていく中で、優奈との距離が縮んでいって。優奈への想いが強くなっていき、好意を自覚した。好き合う夫婦になりたいという目標もあったので、俺は優奈に好きだと告白した。優奈も俺が好きだと言ってくれ、俺達は好き合う夫婦になれた。
好き合う夫婦になってからはキスするようになって。一緒にお風呂に入るようになって。そして、肌を重ねることもした。優奈とそれらのことができるようになったのが嬉しい。優奈も嬉しそうにしていたり、幸せそうにしていたりしているからとても嬉しくて。
お嫁さんである優奈のことを大切にして。勉強やバイトを頑張って。これからも優奈と一緒に毎日を楽しく過ごしていきたい。
「この作品も、昨日放送されたエピソードが面白かったですね!」
「面白かったな」
6月3日、土曜日。
朝食を食べ終わった後、俺は優奈と一緒に、昨日放送されたアニメの最新話を観た。リビングのソファーに隣同士に座り、優奈の淹れてくれたアイスコーヒーを飲みながら。2人ともアニメを観るし、共通して観ている作品はいくつもあるので、定番の過ごし方の一つになっている。
「どの作品も面白かったので満足です」
「そうだな」
昨晩放送され、リアルタイムで視聴していないアニメは3作品あった。3作全て面白かったから、結構な満足感がある。
「こうして、お休みの日にリビングでアニメを観るのが恒例になりましたが、今日は特にいいですね。和真君と好き合う夫婦になってから迎える初めての週末だからでしょうね」
優奈は持ち前の柔らかい笑顔をこちらに向け、俺の目を見つめながらそう言ってくれる。そのことに胸がとても温かくなる。
「そう言ってくれて嬉しいよ。俺も……これまで以上に楽しいよ。優奈と好き合う夫婦になれたから」
「そうですか。……和真君も同じ気持ちで嬉しいです」
優奈はそう言うと、今の言葉が心からのものだと証明するように、笑顔が嬉しそうなものに変わって。頬がほんのりと赤くなるのを含めて、とても可愛らしい。
一緒にアニメを観るのがいつも以上に楽しいと言ってくれた嬉しさもあり、俺は優奈にキスをする。アニメを観ているときはアイスコーヒーを飲んでいたから、優奈の唇からコーヒーの香りがした。そういえば、初めてのキスでもコーヒーの香りや味がしたっけ。
数秒ほどキスして、俺から唇を離す。優奈の顔はキスする前よりも赤みが強くなっていた。ただ、笑顔であることは変わりない。
「和真君と一緒にアニメを観て、キスして。本当にいい休日です」
そう言い、優奈は俺にそっと寄り掛かってきて、
「……幸せ」
と呟くようにして言った。幸せという言葉はもちろんのこと、タメ口で言ったことにもキュンとくる。
「俺も幸せだよ、優奈」
「ふふっ」
「あと、タメ口で言うところが可愛いな。普段は敬語だからギャップもあってさ」
「なるほどです」
快活に笑いながら言う優奈。
俺の知る限りでは、優奈は誰に対しても敬語で喋っている。だからこそ、ふと優奈からタメ口が出ると可愛いなって思うのだ。まあ、昨日の夜に初めて肌を重ねたときは、「好き」などタメ口を言うことが何度もあったけど。
また、呼び方については君やちゃん付け、妹の陽葵ちゃんには呼び捨てと砕けている。
「優奈はいつも敬語で話しているけど、幼い頃からずっと? それとも、昔はタメ口だったけど、何かきっかけがあって敬語に?」
「幼稚園の頃まではタメ口でした。ただ、小学1年生の頃に観たアニメで、私の好きなキャラクターが普段から敬語を話していまして。あとは同じ頃、おじいちゃんとお父さんが仕事でお世話になった方が主催したパーティーで、10歳ほど年上の女性が敬語で優しく話しかけてくれまして。そのときの女性がとても素敵で。私もその女性のようになりたいと思ったのもあって、普段から敬語で喋るようになりました」
「そうなんだ」
きっと、その女性は優奈のように、物腰が柔らかくて気品のある方なんだろうな。今の優奈を形作ったきっかけの人なので、一度会ってみたい気持ちがある。
「好きなキャラクターと実在の人から影響を受けたのか。素敵なきっかけだな」
「ありがとうございます。敬語で話し始めた直後は友達も戸惑っていましたが、今の話をしたらみんな納得してくれました」
「そのくらいの年齢の頃って影響受けやすいよな。俺もその頃好きだったアニメのキャラクターが関西弁だったから、少しの間、関西弁混じりで話したし」
「そうだったんですね」
ふふっ、と優奈は楽しそうに笑う。
一時期は関西弁で喋っていたけど、もっと好きなキャラクターと出会い、そのキャラクターが標準語で喋っていたから元に戻したんだっけ。懐かしい思い出だ。
あと、優奈は仕事でお世話になった方が主催したパーティーに出席した経験があるんだな。創作ではお金持ちの家や財閥がパーティーをするエピソードがあるけど、実際にもあるんだ。さすがは有栖川家って感じだ。
ちなみに、俺が出席したことのあるパーティーは友達の誕生日パーティーやクリスマスパーティーくらいである。
「あのさ、優奈。いつもは敬語だし、昔はタメ口だったのを知ったから……ちょっとだけでいいから、俺にタメ口で話してみてほしいな。どうかな?」
一度だけでもいいから、タメ口の優奈と話してみたい。
「いいですよ。しばらくタメ口で話していないので、ちょっと緊張しますが」
優奈は優しい笑顔で快諾してくれた。だから、嬉しい気持ちが膨らんでいく。
「ありがとう、優奈」
「いえいえ。では、さっそく話してみましょうか」
こほん、と優奈は可愛らしく咳払いする。ちょっと緊張していると言っていたし、タメ口で喋るスイッチを入れたのかもしれない。
「……和真君。タメ口が可愛いって言ってくれてありがとう。嬉しかったよ」
「いえいえ。……タメ口で話すのも可愛いな。幼稚園の頃はこういう感じで喋っていたんだ」
「うんっ」
ニコッと笑って、優奈は首肯してくれる。タメ口なのも相まって凄く可愛い。キュンとする。普段は敬語だから、今の優奈がいつもよりも少し幼い感じに見える。
あと、ちょっと緊張すると言っていたけど、タメ口で普通に話しているのはさすがは優奈というべきか。
「敬語で話すようになってから10年以上経つから、何だか懐かしい気分だよ」
「そうなんだ。それだけ、優奈にとって敬語が自然なものになっているんだな」
「そうだね」
「ただ、それだけ時間が経っても、普通にタメ口で喋れているのは凄いなって思うよ」
俺は優奈の頭を優しく撫でる。気持ちいいのか、優奈の笑顔がふにゃっとしたものに変わって。本当に可愛いな、俺のお嫁さん。
「ありがとう。あと、和真君に頭を撫でられるの……好き」
「好きだよな、これ」
「うんっ。気持ちいいし、和真君の温もりを感じられるからほっとするの」
「そっか。優奈がそう思ってくれて嬉しいよ」
俺がそう言うと、優奈は嬉しそうに「えへへっ」と笑う。姿は変わらないのに、タメ口で話しているから、いつも以上に可愛く見えるよ。
優奈は俺のことをしっかりと見て、
「和真君と一緒に休日を過ごせて幸せだよ。和真君……大好き」
タメ口で俺への想いを伝え、キスしてきた。
タメ口で大好きだと言ってくれるだけでもキュンとするのに、まさかキスまでしてくれるなんて。もうキュンキュンしっぱなしだ。俺の心は優奈に完全に掴まれた。
数秒ほどして、優奈から唇を離す。目の前には頬を赤く染めながらも、とても幸せそうな笑顔で俺を見つめる優奈がいた。
「タメ口で話すのはこのくらいでいいかな? 好きって言って、キスもしたから結構ドキドキしちゃって」
「ああ、いいよ。可愛いタメ口優奈とたくさん話せたから。ありがとう、優奈」
「……いえいえ。久しぶりにタメ口で話してみて楽しかったです」
「楽しかったなら良かった。あと、タメ口優奈も可愛くて良かったけど、敬語で話すいつもの優奈も好きだな」
「そう言ってもらえて嬉しいです」
そう言うと、言葉通りの嬉しそうな笑顔を見せ、優奈は再びキスしてきた。
タメ口優奈……本当に可愛かったな。また話してほしいとお願いするかもしれない。
今回のように、これから優奈と夫婦生活を送っていく中で、優奈の新しい一面を知り、それを可愛いと思うことがきっと何度もあることだろう。
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