第14話『優奈と一緒にお昼ご飯』

 それからも、午前中の時間を過ごしていく。

 1時間目の後の休み時間では優奈達と話せたけど、それ以降の休み時間は友人やクラスメイトからの質問攻めに遭っている。優奈も同じようだ。

 また、うちのクラスメイトから話を聞いたり、SNSで広まったりしているのだろうか。時間が進む度に、廊下や扉の近くから優奈や俺を眺める他クラスの生徒の数が多くなっている。生徒同士で結婚したことの珍しさや、女性の方が人気者の優奈であることが理由だろう。

 休み時間にあまり休めず、授業の方がまだゆっくりできる。こういう日々はいつまで続くのだろうか。人の噂は七十五日と言うけど、結婚したのは噂ではなく事実。できるだけ早く終わってほしいと願った。




 ――キーンコーンカーンコーン。


 4時間目の授業が終わるのを知らせるチャイムが鳴った。これでようやく昼休みだ。いつもよりも、午前中の時間が長く感じた。

 優奈と一緒にお昼ご飯を食べたい。優奈は教室で井上さんや佐伯さん達と一緒にお昼ご飯を食べることが多いけど、今日も教室で食べるのだろうか。

 バッグからお弁当と水筒を取り出して席から立ち上がると、友人達中心に何人ものクラスメイトがこちらに向かってくるのが見えた。まさか、昼休みも優奈とのことを聞いてくるので――。


「おいおい。お前ら、これまで休み時間の多くを有栖川絡みの質問タイムにしてきただろう? 昼休みは夫婦水入らずの時間を過ごさせてやれよ。有栖川の方もさ。それに、2人が一緒にいるのを眺めるのも結構楽しいかもしれないぞ?」


 西山は大きめの声でそう言ってくれた。西山の言葉に納得がいったのか、


「確かに、質問攻めしてたな……」

「長瀬と一緒にいる有栖川は、いつも以上に可愛いかもしれない!」


 などといった賛同の声が続々と上がり、俺のところに来る生徒は誰もいなかった。

 西山の方を振り返ると、西山は俺のことを見ていつもの爽やかな笑顔を見せてくれる。


「行ってこい、長瀬」

「ああ。ありがとう、西山。これまでは西山と一緒に食べることも多かったのに」

「礼を言われるほどじゃないさ。それに、長瀬と一緒に昼飯を食べる有栖川の姿を見たいしな」

「西山らしいな。……ありがとう」


 再度お礼を言うと、西山は白い歯を見せながら笑って、俺の肩をポンと叩いた。

 俺はお弁当と水筒を持って、窓側の一番前にある優奈の席へと向かう。西山の言葉もあってか、優奈の方にも生徒が集まっていなかった。井上さんと佐伯さんは……佐伯さんの席でお弁当を出している。


「優奈。一緒にお昼を食べたいんだけど……いいかな?」

「もちろんいいですよ! 私も誘おうと思っていましたし」


 優奈はとても嬉しそうに言ってくれた。優奈からも誘おうと考えていたことがとても嬉しくて、胸が温かくなった。

 お弁当と水筒を置き、教卓の近くに置いてある椅子を優奈の机の前に置いた。この椅子は俺達の椅子と同じ種類のもので、ホームルームや授業中に教師がたまに座るものだ。だから、これを使っても大丈夫だろう。

 運んできた椅子に座り、優奈と向かい合う形に。机一つ分しかないので、優奈が思いの外目の前にいる感じがする。

 弁当包みから弁当箱を取り出し、蓋を開ける。

 2段重ねの弁当の片方はごはん、もう片方は玉子焼きや唐揚げ、しゃけ、きんぴらごぼうなどの美味しそうなおかずがいくつも入っている。

 優奈の弁当をチラッと見ると、俺よりも小さめな2段重ねのお弁当だ。玉子焼きに唐揚げ、ミートボール、ブロッコリー、ミニトマトなど王道のラインナップだな。


「優奈のお弁当、美味しそうだな」

「ありがとうございます。今日はお母さんが作ってくれました。和真君のお弁当も美味しそうです」

「ありがとう。うちも母さんが作ってくれたよ。じゃあ、食べようか」

「そうですね。いただきます」

「いただきます」


 多くの生徒達から注目を集める中、俺と優奈はお昼ご飯を食べ始める。

 まずはごはんを一口。うちが食べているお米は冷めても美味しい。

 おかずは……この中で一番好きな唐揚げから食べるか。そう思い、唐揚げを箸で掴んで口の中に入れる。


「……美味い」

「ふふっ、和真君は美味しそうに食べますね」


 笑顔でそう言うと、優奈は玉子焼きを食べる。その玉子焼きは美味しいのか、優奈の笑顔はニコッと可愛らしいものに。


「優奈もな。これまで、優奈は教室でお昼ご飯を食べることが多いけど、弁当が多いのか?」

「お弁当が多いですね。ただ、たまに購買部でパンやおにぎりを買ったり、事前に萌音ちゃんや千尋ちゃんと約束して食堂に食べに行ったりすることもあります」

「そうなんだ。俺も基本は弁当だけど、たまに西山とかと一緒に購買部や食堂に行くことがあるよ。安くて美味しいから」

「美味しいですよね。今後は一緒に購買部で買ったり、食堂に食べに行ったりもしたいですね」

「そうだな」


 購買で売っているパンやおにぎりの種類や、食堂のメニューは豊富だからな。特に食堂は値段が安い割に美味しくて、量も結構あるから。

 ただ……いつかは優奈の作るお弁当も食べてみたいな。そう思いつつ、俺はお弁当を食べるのを再開する。次は……玉子焼きを食べるか。


「……うん。玉子焼きも美味い」

「和真君は玉子焼きも好きですか?」

「ああ、好きだよ」

「そうですか。……良かった」

「良かった?」

「はい。実は……和真君の分の玉子焼きも作ってきたんです。和真君のお嫁さんになって初めての登校ですから、作ってみたいなって思いまして」

「そうなのか。ありがとう」


 優奈の手作りお弁当を食べたいって思った直後だから、凄く嬉しい気持ちになる。

 優奈はスクールバッグから小さな包みを取り出す。その包みを机に置いて解くと、中にはタッパーが。タッパーの蓋を開けると、そこには黄色くふんわりとした玉子焼きが。


「おぉ、美味しそうな玉子焼きだ」

「ありがとうございます。ちなみに、甘めに作ったのですが、和真君は甘い玉子焼きはお好きですか?」

「好きだよ。玉子焼きは甘い方が好みかな」

「そうですか。私も甘い方が好きです」

「そうなんだ。優奈は寿司ネタも甘い系のものが好きだもんな」

「ふふっ」

「じゃあ、さっそくいただきます」


 箸でタッパーから玉子焼きを一切れ掴み、口の中に入れる。目の前から、緊張した面持ちの優奈に見つめられながら。

 口の中に入れた瞬間、玉子焼きの優しい甘味が感じられて。噛む度にその甘味が口いっぱいに広がっていって。特に焦げてもいないし、ふんわりとした食感だし……とても美味しい玉子焼きだ。


「甘くてとても美味しい玉子焼きだ」

「……そう言ってもらえて嬉しいです」


 良かったです、と優奈は嬉しそうな笑顔になり、ほっと胸を撫で下ろしていた。


「料理が好きで、玉子焼きは得意料理の一つなんです。それもあって、美味しいと言ってもらえて本当に嬉しいです」

「そうか。この玉子焼きは本当に美味しいし、料理が好きなら……優奈の作るものを色々食べてみたいな」

「喜んで。明後日から一緒に住みますし、和真君に色々な料理を作りますね!」

「ありがとう。楽しみだ」


 この玉子焼きがとても美味しいから、他の料理も期待大だ。

 ただ、一緒に住み始めたら、料理好きの優奈に甘えすぎることなく、俺も食事を作っていかないとな。料理は一応できるし。


「和真君。残りの玉子焼きは私が食べさせたいのですが……いいですか?」

「……お願いしようかな」


 教室にはたくさん生徒がいて、その大半がこちらを見ている状況だけど。だから緊張もある。ただ、食事会のときに優奈の食べさせてもらったお寿司はとても美味しかったので、また体験したい気持ちの方が強い。

 優奈は自分の箸で玉子焼きを一切れ掴み、俺の口元までもっていく。とても楽しそうに。


「はいっ、和真君。あ~ん」

「……あーん」


 優奈に玉子焼き食べさせてもらう。

 その瞬間、周りから「きゃあっ」という女子達の黄色い声や、「おおっ」という男子達の野太い声が響き渡る。

 教室を一通り見渡してみると……大多数の生徒が俺達のことを見ている。もちろん、西山も井上さんも佐伯さんも。羨望の眼差しを向ける男子やワクワクとした様子で見る女子もいる。男女問わず不服そうにしている人もいて。


「なかなか楽しそうに食べさせてたね」

「そうね、千尋。いい光景。まさか、優奈が男子におかずを食べさせる日が来るなんて」


 佐伯さんと井上さんのそんな会話が聞こえた。優奈も聞こえたようで、ちょっと恥ずかしそうにしていた。それでも、顔から笑みが消えることはなくて。

 俺もちょっと恥ずかしい気持ちはある。だけど、優奈の玉子焼きが美味しくて、すぐに気持ちが落ち着いてくる。優奈に食べさせてもらったのもあり、さっき自分で食べた玉子焼きよりもさらに美味しい。


「本当に美味しい玉子焼きだな」

「そう言ってもらえて嬉しいです。残り二切れありますが……それも私が食べさせてもいいですか?」

「ああ。お願いするよ」


 その後、残りの玉子焼きも優奈に食べさせてもらった。物凄く美味しい。これまでに食べた玉子焼きの中で一番美味しいかも。

 先週末のことや、今まで触れてきた漫画やアニメのこと、今日の放課後のことなどの話をしながら、優奈と一緒にお昼ご飯を食べた。かなり多くの生徒からの視線を感じたけど、とても楽しい時間になった。

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