第15話『優奈との帰り道』
午後になっても休み時間には友人中心に優奈のことを訊かれ、授業の方がまだゆっくりできる時間が続いた。ただ、午前中よりも疲れは感じなくて。それはきっと、優奈と一緒に初めてお昼ご飯を食べて、優奈の作った玉子焼きを食べさせてもらったからだろう。
「それでは、これで終礼を終わります。週が変わったので、掃除当番の班も変わったから忘れずにね。委員長、号令をお願いします」
担任の渡辺先生がそう言い、クラス委員の号令によって、今日も放課後になった。
今日は朝から多くの休み時間で質問攻めに遭ったし、ようやく放課後になった感じだ。それに、先週は掃除当番だったのもあり、結構な解放感がある。
「よーし! 掃除当番の班も変わったから、すぐに部活に行けるぜ!」
後ろから西山の元気な声が聞こえてきた。振り返ると、西山は爽やかで嬉しそうな笑顔になっている。西山も俺と一緒の班だからなぁ。
「今日も部活頑張れよ」
「ありがとな。長瀬は有栖川とデートでもするのか?」
「ああ」
昼休みにお昼ご飯を食べているときに決めた。今日はお互いに予定が空いており、引っ越しの準備も以前から進めていてそこまで急がなくても大丈夫そうだから。
ちなみに、優奈の希望で、俺の家でお家デートだ。優奈が、
『土曜日に私の家でお家デートしましたので、和真君の家でお家デートしたくて。それに、金曜日に結婚のお話をしにお邪魔したときはリビングだけで、和真君のお部屋には行きませんでしたから……』
と言ったからだ。確かに、先週の金曜に有栖川家のみなさんがうちに来たときは、リビングだけだった。土曜日に自分の家でお家デートしたのもあり、俺の部屋がどんな感じなのか気になるのかもしれない。
「ははっ、デートか。楽しんでこいよ」
「ありがとう。西山も部活楽しんで」
「ありがとな。じゃあ、また明日」
「ああ、また明日」
俺がそう言うと、西山は爽やかな笑顔で手を振り、スクールバッグとエナメルバッグを持って教室を後にした。
優奈の方を見ると……優奈は井上さんと佐伯さんと手を振り合っている。その直後、井上さんと佐伯さんが何人かの女子と一緒に教室を後にした。どうやら、優奈も2人と別れるところだったようだ。
優奈は井上さんや佐伯さん達を見送ると、スクールバッグを持って俺のところにやってきた。
「では、私達も行きましょうか。確か、和真君は先週が掃除当番でしたよね」
「ああ、そうだ。だから、今週はないよ。じゃあ、うちに行くか」
「はいっ」
俺は優奈と一緒に教室を後にする。
今日一日で、優奈と俺が結婚したことが学校中に広まったのだろう。教室を出て、6階の廊下、1階まで降りる階段、昇降口、校舎を出るまでずっと、多くの生徒から注目を集め続けている。俺達のことを話しているのかザワザワとしていて。
これから俺の家でお家デートをする。なので、校舎を出たところで優奈の右手をそっと掴んだ。そのことで、優奈は俺に微笑みかけてくれる。
また、俺が手を繋いだことで、周りがよりざわつき、
「有栖川が男子に手を繋がれて笑ったぞ」
「ああ。結婚した噂ってマジだったんだ……ショックだ……」
「優奈先輩、嬉しそうだし本当に結婚したんだ! 相手の人、結構いい感じの人だね!」
「うんうん! 優しそうなイケメンだよね! 美男美女夫婦だよ!」
「あたし、駅前のマスドであの人に接客されたことあるよ! 柔らかい雰囲気でいい感じだった!」
などといった会話が聞こえてきて。優奈が俺と結婚したことに衝撃やショックを受けた生徒もいるけど、優奈の結婚相手が俺であることを肯定的に考えてくれている生徒もいて安心する。
「ほんと、今日は高校生活……いや、人生で一番注目された日かもしれない」
「私もそうですね。生徒同士の結婚は非常に珍しいことですからね。入学してから、3年生の生徒が結婚したって話は一度も聞いたことがないですし」
「そうだな。俺も聞いたことない。あと、結婚した女子生徒が優奈なのも大きいと思う。優奈、1年のときから凄く人気があるし」
「ふふっ。和真君人気もあると思いますけどね」
「男子ほど多くはないけど、俺達の結婚にショックを受けている女子もいたもんな。……さあ、行こうか」
「はいっ」
俺達は学校を後にして、俺の自宅の方に向かって歩き始める。……それに伴って、周りにいる生徒達も動き出したような気がするけど。
「俺の家までは歩いて7、8分くらいだよ」
「歩いてもそのくらいなんですね。金曜日に学校からリムジンで行きましたが、結構すぐでしたから」
「そっか。あのリムジン、本当に乗り心地いいよなぁ。リムジンに乗って帰ったら、体感的に30秒もない気がする」
「ふふっ」
と、優奈は楽しそうに笑う。
俺の家が駅と反対方面なのが幸いしてか、学校から少し歩くと、周りにはうちの高校の制服姿の人は数えるほどしかいなくなっていた。
ただ、中には俺達の後を付けている人がいるかもしれない。なので、目を鋭くして見渡すと……誰も逃げようとはしない。こちら側に自宅があったり、用があったりする生徒達か。ストーカーしようとする生徒達がとりあえずはいなさそうで安心した。
「今日は和真君とデートできて嬉しいです」
「俺もだよ。バイトのシフトがなくて良かった。……そういえば、優奈ってバイトしているのか?」
今まで、優奈がバイトしている姿は見たことがないけど。
「バイトはしていません。ただ、長期休暇などに、萌音ちゃんとか友達と一緒に単発や短期のバイトをします。コンサートやイベントの物販バイトとか、季節限定のスイーツの売り子さんとか」
「そうなんだ」
「1年生の夏休みの前に、萌音ちゃんが『一緒にイベントの物販バイトをしない?』って誘ってくれたのが最初で。萌音ちゃんが一緒だからかもしれませんが、実際にやってみると楽しくて。あと、バイト代で萌音ちゃんと食べたスイーツがとても美味しくて」
「分かるなぁ、その気持ち。俺も初めてのバイト代で買ったドーナッツや缶コーヒーが滅茶苦茶美味しかったのを覚えてる。何度も味わったことがあるのに、特別感があって」
「特別感、分かりますっ」
優奈は弾んだ声でそう言う。優奈は明るい笑顔になっていて。初バイトの後に井上さんと一緒にスイーツを食べたことを思い出しているのだろうか。
「それもあって、1年生の夏休み以降も長期休暇を中心に、萌音ちゃん達と一緒に単発や短期のバイトをしているんです。あとは、友達がバイトしているファミレスや喫茶店の助っ人として、1日だけホールやキッチンスタッフとしてバイトしたこともあります」
「そうなんだ」
優奈は頭がいいし、人当たりもいいし、料理も好きだから、大抵のバイトの仕事はすぐにそつなくこなせそうだ。
有栖川家はお金持ちだし、御両親やおじいさん……特におじいさんからたくさんお小遣いをもらっていて、バイトをしていないイメージがあった。ただ、今の話を聞いたら、優奈も普通の高校生らしい一面があるのだと分かった。親近感が湧く。
「……そうだ。この近くにドラッグストアがあるんだけど、何かお菓子でも買っていくか? 放課後に誰かの家で遊んだり、試験勉強したりするときは途中でお菓子を買っていくことがあるんだ」
「いいですね! 私も放課後に家で遊んだり、勉強したりするときはお菓子を買うことがあります。家に帰る途中に、コンビニや駅の売店でお菓子を買うことも」
「そうなんだ」
優奈もコンビニや駅の売店でも売っているようなお菓子を食べるんだな。俺のバイト先のドーナッツ屋に来るけど、お菓子は高級なデパートや専門店で売っているようなものを中心に食べるイメージがあった。もしかしたら、結構な庶民派なのかもしれない。
「じゃあ、途中で買っていくか」
「はいっ」
「あと、お菓子は俺に奢らせてくれないか。今日、俺のために玉子焼きを作って、食べさせてくれたお礼に」
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」
と、優奈は快諾してくれた。
それから程なくして、近所のドラッグストアに到着する。
お菓子コーナーに行くと、優奈は『新商品』とか『期間限定』というPOPが掲げられた抹茶マシュマロと抹茶チョコを手に取った。優奈はマシュマロやチョコが大好きで、新商品や期間限定品に弱いのだとか。可愛いな。その2つを俺が奢った。
ドラッグストアを後にして、再び自宅に向かって歩き始める。
「そういえば、今はご自宅にお家の方はいらっしゃるのですか?」
「母さんがいると思う。確か、今日はパートがなかったはずだから」
「そうですか。では、ご挨拶しないと」
と、優奈は笑顔でそう言った。結婚した日の食事会では母さんと話すこともあったし、特に緊張した様子は見られない。
「和真君のお部屋……楽しみです」
ニコッと笑いながら優奈はそう言う。引っ越しのために荷物を纏めている途中だけど、優奈にいい部屋だと思ってもらえたらいいな。俺の部屋で、俺とのお家デートを楽しんでもらえたら何よりだ。
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