第12話『結婚報告』

 5月1日、月曜日。

 今日から5月がスタートする。1ヶ月前、高校3年生の年度がスタートしたときには、高3の最初の1ヶ月の間に優奈と結婚するとは想像もしなかったな。

 また、今日は優奈と結婚してから初めての学校だ。クラスメイトに俺達が結婚したことを報告するから、ちょっと緊張する。

 学校側に優奈と俺が結婚したことを伝えるため、普段よりも早い時間に両親と一緒に登校した。

 おじいさんが事前にアポを取ってくれていたので、俺と両親は担任の渡辺先生によって、職員室と同じフロアにある会議室に通された。

 会議室に入ると、そこには優奈と御両親、おじいさんの有栖川家の面々。理事長、校長、教務主任といった教職員が席に座っていた。

 渡辺先生によって、俺達は有栖川家の人達の近くに座った。ちなみに、俺は優奈と隣同士だ。


「本日は朝早くから孫の優奈と長瀬和真君のことでお時間を作っていただきありがとうございます。今回、私達が学校側にお伝えしたいことは……優奈と和真君が結婚して、優奈が『長瀬優奈』に改姓したということじゃ!」

「えええっ!」


 おじいさんが話の趣旨を元気良く説明すると、渡辺先生が驚きの声を上げた。他の教職員も驚いているのか目を見開いていた。

 それから、おじいさんを中心に、俺達が結婚したことについて説明した。優奈と俺が共に18歳であること。本人達と両家で合意があること。結婚を禁止する校則がないから問題ないだろうと学校側に伝えた。また、おじいさんは俺にスマホを見つけてもらったことも熱弁していた。

 また、婚姻届を提出したとき、婚姻届受理証明書を発行してもらっていた。それを学校側に提出した。今後、引っ越しもするので、それに伴う書類は後日提出することに。

 俺達の説明やおじいさんの熱弁が良かったのか、学校側からは特に反対する言葉は出ず、「おめでとう」と祝福された。そのことにほっとしたし、嬉しかった。優奈の笑顔を見ているとその想いが膨らむ。

 学校側が俺達の結婚と優奈が『長瀬優奈』になったことを了承して、話し合いが終わった。


「では、良い結婚生活を。夫婦になっても、2人は高校生だから、勉強の方もしっかりとね」


 理事長がそう言うと、理事長と校長、教務主任の先生方は会議室を後にした。


「優奈と和真君の結婚を無事に受け入れてもらえて良かったわい。では、私達もこれにて失礼しよう」


 先生達が出ていった直後におじいさんがそう言い、おじいさんと優奈の御両親、俺の両親も会議室を後にした。

 会議室には俺と優奈、担任の渡辺先生だけが残った状況に。


「まさか、優奈ちゃんと長瀬君が結婚するとはねぇ。おめでとう。何だか物凄く先を越された感じがするよ。私、27だし……」

「夏実先生はお綺麗ですし、明るい方ですからきっといい人と巡り会えますよ。……ね? 和真君」

「そうだな。優奈の言う通りだと思います」

「ありがとう。まあ、現役の教え子同士が結婚するなんてことは初めてだし、面白いと思うよ」


 あははっ、と渡辺先生は快活に笑っている。日本では18歳になれば結婚できるけど、現役の教え子同士で結婚したのは初めてか。物凄く先を越されたと言っていたけど、この様子ならショックはあまり受けていなさそうだ。


「ねえ、優奈ちゃん。名字が有栖川から長瀬になったけど、呼び方はどうする? 男の先生中心に名字で呼ぶ先生が多いけど」

「有栖川のままでかまいません。クラスに和真君もいますし、長瀬にすると2人ともフルネームで呼ぶことになってしまいますから」

「分かった。うちのクラスの授業を担当する先生方にはそう伝えておく」


 呼ぶときの分かりやすさや先生方の負担を考えるなら、今までと同じで旧姓の方がいいか。

 そうだ。渡辺先生と3人になったし、先生からうちのクラスメイトに結婚のことを伝えてほしいって頼まないと。


「あの、渡辺先生。一つお願いしたいことがあるのですが」

「うん、何かな?」

「優奈と俺が結婚したことを先生からクラスメイトに話してもらえませんか?」

「その後に私達からも結婚したと言いたいと思っていて。夏実先生から話してもらった方が、クラスのみんなも私達が結婚したと分かってくれそうで」

「なるほどね。付き合うならまだしも、結婚して夫婦になったもんね。これまで、2人が学校でそんなに親交があったわけじゃないし。ましてや、優奈ちゃんは大人気の生徒だから、私から伝える方がいいか。分かったよ」


 と、渡辺先生は持ち前の明るい笑顔で快諾してくれた。

 俺と優奈は声を揃えて「ありがとうございます」と渡辺先生にお礼を言った。


「朝礼のときに話す?」

「私は朝礼でかまいません。和真君は?」

「俺も朝礼のときでかまいません」

「分かった。じゃあ、朝礼のときに話そう」


 朝礼ってことは、あと10分ほどでクラスのみんなに俺達が結婚したことを伝えるのか。みんな、どんな反応をするだろう。

 朝礼の時間も近いので、俺達も会議室から出る。

 会議室の前で渡辺先生とは一旦別れて、俺達は6階にある教室に向かう。優奈も6階までいつも階段で上がっているという。

 6階に到着すると、多くの生徒が優奈に視線を向ける。これまで優奈と同じタイミングで登校したこともあるからか、俺達の間に何かあるんじゃないかと勘ぐっていそうな生徒は全然いなかった。

 自分の席の位置もあり、優奈は前方の扉、俺は後方の扉からそれぞれ教室の中に入った。


「おっ、長瀬来たな。おはよう」


 今日もいつも通り、西山を中心に複数の友達と朝の挨拶を交わす。あと10分もしないうちに、彼らは俺と優奈が結婚したことを知る。彼らがどう思うか……ちょっと緊張してきたな。特に西山に関しては。

 自分の席に着く際に優奈の方を見ると、優奈は井上さんや佐伯さんなどを中心に友達と談笑していた。井上さんは優奈と体を密着していて。いつもの光景だ。


「今日は有栖川とほぼ同じタイミングで教室に入ってきたな」

「階段で会ってさ」

「そうだったのか。運がいいな。……それにしても、今日は月曜日だけど、今週は今日と明日で終わるからいい気分だぜ。水曜からは5連休で、サッカー部の合宿があるからな!」

「ははっ、そうか」


 西山はサッカーが大好きだもんな。5連休な上に部活の合宿あるからかなり気分がいいのだろう。結婚報告で、その気分があまり悪くならないと祈りたい。

 西山が言うように、今週の学校は今日と明日しかない。だから、いつもの月曜日と比べて教室の雰囲気も明るい。

 その後も、西山などの友人達と漫画やアニメのことで談笑し、

 ――キーンコーンカーンコーン。

 と、朝礼の時間を知らせるチャイムが鳴った。


「はーい。自分の席に着いてねー。他のクラスの人は自分のクラスに戻ってねー。朝礼やるよー」


 チャイムが鳴った直後に渡辺先生が教室にやってきてそう言った。その際、先生と目が合ったような気がした。

 それから程なくして朝礼が始まる。

 ゴールデンウィーク中なのもあり、うちの学校は暦通りの休日になること。また、5月になったのもあり、制服のジャケットを着ずに学校生活を送ってもいいことなどの連絡事項が伝えられる。そして、


「最後に、みんなにとても大事な話があります。長瀬君と優奈ちゃん。前に来て」


 渡辺先生が俺と優奈の名前を呼ぶので、教室の中がざわざわし始める。後ろに座っているに西山も「何かあるのかな」と声を漏らす。また、ほとんどの生徒が俺か優奈に視線を向けている。

 俺は席から立ち上がり、教壇の近くまで向かう。

 優奈と隣同士に立って、みんなの方を見る。大多数の生徒が「何があるんだ」と言いたげな様子だ。西山も首を傾げている。

 話すよ、と渡辺先生は小声で俺達に声を掛ける。俺達が小さく頷くと、先生も小さく頷いた。


「突然のことで混乱するかもしれない。だけど、ちゃんと聞いてほしいの。長瀬君と優奈ちゃんは……ご家庭の事情と本人達の同意もあって、先週の金曜日に結婚しました。優奈ちゃんは改姓して、有栖川優奈から長瀬優奈になりました」

「先生の言うように、俺は先週の金曜日に優奈と結婚しました」

「和真君と結婚しました。それに伴い、長瀬優奈となりました」

『えええっ!』


 俺達と渡辺先生によって結婚を報告すると、多くのクラスメイトが驚きの声を上げた。その声があまりにも大きいので耳が痛くなる。


「おめでとう、優奈ちゃん、長瀬君!」

「いきなり結婚だなんて驚きだよね! 2人ともおめでとう!」


「難攻不落の有栖川と結婚するとは! 長瀬凄えな! おめでとうだぜ!」

「まあ、長瀬はイケメンだしいい奴だもんな! 接客もしてるし!」


「カップルじゃなくて夫婦かよ。有栖川が長瀬の人妻JKになるなんて。どうすればそんなことになるんだ長瀬ぇぇぇ!」

「なんで長瀬なんだよ!」

「長瀬が羨ましいし妬ましいし恨めしいぜ……! 夢であってくれ……!」


「有栖川さんもイケメンには弱いんだねぇ。長瀬君、かっこよくて優しいからあたし狙ってたのに……」

「私もだよ。実は気になってた。でも、女子との噂が全然なかったし、西山君とかなり仲がいいから、私は西山君とのBLを考えてた……」


 カオス! カオスである。

 おめでとうと祝福する声も結構あれば、俺と優奈それぞれに否定的な声もそれなりにある。西山と俺のBLを考えている声はさすがに極一部だけど。まあ、いきなり俺達が結婚したって報告したらこうなるよな。

 俺達の結婚に否定的なのか、明らかに不機嫌そうな様子で俺を見てくる男子生徒も何人かいる。こういう反応は覚悟していたし、そこまで親交はない生徒達だけど、胸がちょっと痛む。

 また、西山は……表情が抜けてしまって、明後日の方向に視線が向いてしまっている。放心状態と言えるだろう。推しの優奈が俺と結婚してしまったことがあまりにもショックなのだろうか。


「あたしは優奈が長瀬と結婚したのいいと思うけどね。結婚したってことは、孫を溺愛する優奈のじいさんが結婚を許したんでしょ?」


 と、佐伯さんが快活に笑いながら問いかけてくる。


「はい、そうです。そもそものきっかけが、おじいちゃんが和真君にスマホを拾ってもらったことで気に入ったからなんです」

「なるほどね。まあ、長瀬はイケメンだし、誠実そうだし、頭もいいらしいし」

「そうだね、千尋。バイト先でもちゃんと接客しているし。接客された後とか、学校でも長瀬君いいよねって話すこともあるし。この2年ちょっとで優奈に告白してきた人達よりもいいかな」

「それ言えてる」


 佐伯さんと井上さんはそう言って笑い合う。優奈と特に親しい友人の2人が、俺達の結婚に肯定的な発言をしてくれるのは嬉しいし、有り難い。2人のおかげで、教室の中の空気が少し和らいだ気がする。


「学校やバイトでの様子を見て、和真君はいい人だと思えました。なので、祖父からの結婚打診も受け入れました。結婚の提案をしたとき、和真君は私のことをよく考えてくれて。食事したり、デートしたりする中で、和真君と一緒にいるのが楽しいと思えて。私にとって、和真君はこれからも一緒の時間を過ごしたいと思える人です。それが今の私の気持ちです」


 優奈はいつもの優しい笑みを浮かべながら、しっかりとした口調で話してくれる。その姿はとても立派で、隣に優奈がいてくれて良かったと思える。

 優奈自身が気持ちを言ったからか、教室の中のざわめきが少しずつ収まっていく。


「優奈、ありがとう。……優奈のことは可愛らしい雰囲気で、優しくていい人だと思ってる。俺も優奈と食事したり、デートしたりして一緒にいて楽しいなって思っているよ。これからも優奈と一緒の時間を過ごしていきたい。俺にとっても優奈はそういう存在だ」


 みんなの前だから緊張したけど、俺も今の段階での優奈への想いを話した。これで全ての人が納得してもらえるとは思っていないが。

 優奈は「和真君……」と俺の名前を呟きながら、うっとりとした様子で俺を見つめている。


「まず、おめでとうって言ってくれてありがとう」

「ありがとうございます」

「あと、俺達の結婚について突然発表したから驚いただろうし、受け入れられない人もいると思う。だからといって、優奈に何かするのは止めてくれ。あと、俺は夫として優奈を幸せにして、支えて、守っていく。それを覚えていてほしい」


 教室を見渡しながら俺はそう言った。

 俺達の結婚に納得できなかったり、受け入れられなかったりするのは自由だと思う。でも、その気持ちが原因で優奈のことを言葉や暴力で傷つけるのはいけない。その忠告をしたかったのだ。


「よく言った、長瀬!」


 未だに教室がざわざわとしている中、西山の大きな声が教室内に響き渡る。西山は自分の席から立ち上がって、俺達のことを見ている。西山の口角は上がっているけど、目つきは真剣そのものだ。


「突然、親友が推しと結婚したって報告したから、訳が分からなくなってたぜ。長瀬……俺が2年間推し続けている有栖川のことを絶対に幸せにするんだぞ! そうしないと、ファンとして許さないからな!」

「ああ。分かったよ」


 2年以上、ファンとして優奈のことを見守っているのを知っているから、西山の言葉に重みを感じる。


「もちろん、2人で幸せになるんだぞ! 長瀬、有栖川、結婚おめでとう!」


 持ち前の爽やかな笑顔でそう言うと、西山は俺達に向かって拍手してくれる。井上さんや佐伯さんなど、俺達の結婚に肯定的なクラスメイトを中心に拍手が広がっていく。その中で、


「おめでとう、優奈、長瀬君」

「結婚おめでとう! 優奈! 長瀬!」


 井上さんや佐伯さんをはじめとした何人ものクラスメイト達がおめでとうと言ってくれた。それがとても嬉しい。

 優奈と俺に拍手や祝福の言葉を送ってくれたのもあり、教室の中のざわめきが収まっていった。


「改めて、長瀬君、優奈ちゃん、結婚おめでとう! これで朝礼を終わります」


 拍手の音が響き渡る中、今日の朝礼が終わるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る