第11話『新居はここにしましょう』
午後4時過ぎ。
シフト通りに今日のバイトが終わり、男性スタッフ専用の更衣室へ向かった。
バイトの制服から私服へと着替える直前に、優奈にバイトが終わった旨のメッセージを送った。すると、すぐに『既読』マークが付いて、
『バイトお疲れ様でした。お店の入口の近くで待っていますね』
という返信が届いた。この返信を見るだけで、6時間のバイトの疲れがちょっと取れた気がした。
バイトの制服から私服に着替え、休憩室にいるスタッフに挨拶して、従業員用の出入口から外に出る。
お客様用の出入口がある道路に出ると、出入口の近くに優奈と陽葵ちゃんの姿があった。たくさん女性が歩いている中で見ると、優奈と陽葵ちゃんはとても可愛い姉妹なのだと分かる。男性はもちろん、女性も2人に視線を向けている人が何人もいる。
「お待たせ、優奈、陽葵ちゃん」
そう声を掛けて、俺は優奈と陽葵ちゃんのところに向かう。
俺の声が聞こえたのか、2人はこちらを向いて笑顔で手を振ってくる。俺のお嫁さんと義妹は本当に可愛いなぁ。そう思いながら、俺も2人に小さく手を振った。
「バイトお疲れ様でした、和真君」
「お疲れ様でした、和真さん!」
「ありがとう」
2人に直接言われたのもあり、バイトの疲れがまた取れた気がする。お嫁さんと義妹のパワーって凄いな。
「では、さっそく新居の候補となっているマンションに行きましょう。さっき、おじいちゃんに連絡したら、おじいちゃんは不動産会社の方と一緒にエントランスの前で待っていると言われました」
「分かった。じゃあ、行こうか」
そう言って、俺は優奈に右手を差し出す。
すると、優奈はニコッと微笑んで、俺の右手をそっと掴んできた。
「おおっ、自然に手を繋いでる。着実に距離が縮まっていますね」
ニヤニヤしながら、俺達に向かってそう言う陽葵ちゃん。
手を繋ぐことだけど、こうして指摘されると、ちょっと照れくさいものがある。優奈も同じなのだろうか。優奈の頬がほんのりと赤くなっていて。俺の手を握っている左手から伝わる温もりが強くなった気がする。
「き、昨日デートしましたからね。そのときに手を繋いだので。和真君と手を繋ぐのがいいなって思いますから」
「そう言ってくれて嬉しいよ。俺もいいなって思ってる」
「そうですかっ」
「ふふっ。お姉ちゃん嬉しそう。じゃあ、マンションのエントランスに行きましょうか」
俺達3人は新居の候補となっている高野駅前のマンションに向かう。優奈曰く、マンションの名前は「コンフォートタカノ」とのこと。
マンションはかなり高さのある建物なので、出発した段階からバッチリと見えている。立派で高級感が感じられる外観だし、あのおじいさんが新居の候補にするほどだ。これから内覧する物件もかなりいいところなのだろう。
マンションのすぐ近くに、スーパーやドラッグストアがある。もし、これから内覧する物件に住み始めたら、食料品や医薬品を買うのはこの2店舗で大丈夫そうだな。
優奈と陽葵ちゃんと雑談しながら歩いたので、マンションのエントランスまであっという間だった。そこにはジャケット姿の総一郎さんと、30代前半くらいと思われるスーツ姿のメガネの男性が立っていた。あの男性が不動産会社の方かな。
「おじいちゃーん!」
と、陽葵ちゃんが元気良く呼ぶと、おじいさんは「おおっ、来たか!」と嬉しそうに言ってこちらに手を振ってくる。
俺達3人は無事におじいさんと不動産会社の男性と落ち合うことができた。
「こんにちは、おじいさん」
「こんにちは。バイトお疲れ様じゃ。こちらは物件の説明をしてくれる不動産屋の山田さんじゃ」
「山田です。よろしくお願いします」
おじいさんに軽く自己紹介されると、不動産会社の男性……山田さんは落ち着いた笑顔で挨拶してきた。
俺達3人は山田さんに声を揃えて「よろしくお願いします」と言った。
「では、さっそく物件の案内をお願いするよ」
「かしこまりました。10階にある部屋になります」
それから、俺達はマンションの中に入り、エレベーターで10階まで上がる。
ちなみに、エレベーターのボタンから、このマンションは20階建てなのが分かった。そりゃあんなに高くて立派な外観なのも納得だ。
10階に到着し、俺達は山田さんの後を歩く。フロアの雰囲気も結構いい感じだな。
「こちらの1001号室になります。角部屋の2LDKの物件となります」
山田さんを先頭に、俺達は新居の候補となる物件に足を踏み入れる。
玄関から見た中の雰囲気は結構いい感じだ。山田さん曰く、廊下を突き当たった先の扉の向こうがリビングルーム兼ダイニングキッチン。左側の壁に2つの扉があるが、2つとも同じ広さの洋室。右側にもいくつか扉や引き戸があるけど、それは浴室に繋がる洗面所やお手洗い、納戸だという。
その後、山田さんから家の中のそれぞれの場所の説明を受ける。俺や優奈はスマホで撮影していく。
リビング兼ダイニングキッチンはとても広い。キッチンスペースもそれなりにある。夕方に差し掛かる時間帯だけど、日当たりは良好だ。また、この部屋からベランダに出られる。10階なので、高野駅の南側の広い景色が見られ、とても眺めがいい。
2つの洋室はだいたい俺の自宅の部屋と同じくらい。俺にとっては十分広いけど、優奈はどうだろうか。優奈の部屋はかなり広かったし。優奈は「素敵ですね」と言っているけど。また、角部屋なのもあって、洋室にそれぞれ小さな窓が付いており、東側の景色を楽しめる。
洗面所や浴室、お手洗いなども綺麗だ。生活する上で問題ないだろう。
山田さんから説明を受けている間、優奈も俺も何度か「いい感じですね」などと言う。ただ、俺達よりも、
「凄く広くて綺麗だね! おじいちゃん!」
「そうじゃな! ここはいい物件じゃ!」
と、新居に引っ越す予定のない陽葵ちゃんとおじいさんの方が盛り上がっていた。その様子は見ていて結構面白い。おじいさんと孫なんだなぁと実感する。
「これで家の中は一通り説明しました」
「うむ、ありがとう。……私個人としてはとてもいい物件だと思うが、優奈と和真君はどうじゃろうか?」
「とてもいい物件だと思います! 和真君と2人で新婚生活を送るには十分な広さです」
「そうだな、優奈。俺もとても広くていい物件だと思います。ただ、おじいさんが2LDKを最有力候補にしたのはちょっと意外だと思いました。夫婦になったので、洋室は1つだけの物件にするのかと」
「私もちょっと思いましたね」
「2人は結婚したが、年頃の男女でもある。だから、それぞれのプライベートの空間もあった方がいいと思ってな」
おじいさんは優しい口調でそう言ってくれる。
「そういうことですか。実家でも自分の部屋がありますし、そういう部屋があると新居での生活も早く慣れていいかなと俺は思います」
結婚したとはいえ、交際していなかった高校生の男女が2人きりで住むんだ。それぞれが1人になれる空間はあった方がいいと思う。
「優奈はどう?」
「私も同じ理由で2LDKがいいなと思います」
「そうか。部屋の広さは大丈夫か? 優奈の部屋は結構広かったし」
「ここの洋室は私の家の部屋よりは狭いですが、窮屈さは感じませんでした。生活するには問題ないと思います」
「そうか。じゃあ、ここに引っ越すことに決めるか?」
「はいっ! 新居はここにしましょう!」
「おおっ、2人が気に入ってくれて良かった!」
「ここがお姉ちゃんと和真さんの愛の巣になるんだね!」
愛の巣って。まあ、結婚した俺達の新居になるからその表現でも合っているけど。山田さんのいる前でもあるから、ちょっと恥ずかしいな。その山田さんは「ははっ」と小さな声で笑っている。
「新婚のお二人が気に入られて何よりです。では、こちらの物件にするということで」
「ああ。手続きをお願いするよ、山田さん」
これで、この家が優奈と俺の新居になったか。新居が決まったのもあり、優奈との新生活がグッと近づいた感じがする。
「これで新居が決定じゃな。引っ越しの作業や新生活に慣れるためにも、引っ越すのは今度の5連休の初日がいいと思っているが……どうだろう? 急すぎるかのう?」
「俺は初日でも大丈夫です。バイトの予定もありませんし。それに、結婚を決めたとき、近いうちに新居に引っ越すと話が出たので、少しずつ荷物を纏めていますし」
「私も大丈夫です。私も結婚を決めた日から何を持っていくか決めたり、荷物を纏めたりしていますので」
「了解じゃ。では、引っ越しは5連休の初日……5月3日の水曜日にしよう」
5月3日ってことは、3日後にここで引っ越して優奈との新婚生活が始まるのか。もうすぐだ。
優奈の方を見ると、優奈とすぐに目が合う。その瞬間、優奈は優しい笑みを浮かべた。優奈の笑顔を見ると、優奈と一緒に生活していけそうだと思った。
「3日後にお姉ちゃん引っ越しちゃうのかぁ。ちょっと寂しいなぁ」
「私もちょっと寂しいです。ただ、いつでも遊びに来てくださいね」
そう言って、優奈は陽葵ちゃんの頭を優しく撫でる。
寂しいとは言ったけど、陽葵ちゃんはすぐに明るい笑顔を優奈に向ける。引っ越しはするけど、快速電車に乗れば5分で着くし、いつでも会おうと思えば会える場所だからかな。
あと、今の陽葵ちゃんを見ていたら、真央姉さんのことが頭に浮かんだ。俺が引っ越すことには受け入れていたけど、引っ越す日を伝えたら凄く寂しがりそう。
おじいさんが家賃を支払ってくれるため、おじいさん名義でここの物件を借りることになった。
引っ越しに伴って必要になる公的手続きは、引っ越しが終わった連休明けにすることに。また、優奈の場合は琴宿区から高野区に引っ越してくるので、一部の手続きは引っ越し前に行なうという。
俺達の結婚は、有栖川家からの結婚打診がきっかけであるため、新居での電気代や水道代などの生活費を有栖川家が出してくれることになっている。また、食費については長瀬家と折半することになっている。両家の親、優奈のおじいさんがお金を出してくれて有り難い。
また、ここに引っ越すにあたって、おじいさんがベッドやソファーなどの家具、冷蔵庫や洗濯機などの家電を購入してくれることになった。また、置く場所がすぐに決まるものについては、引っ越しの日よりも前に搬入して設置してくれることにもなった。至れり尽くせりで本当に有り難い限りだ。
優奈との新生活はもうすぐだ。
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