第4話 世界の真相

 透明少女を探す。当面の目標としてはこれに定まった。他に当てもなく、世界を隅々まで探しても手がかりらしい手がかりすらつかめない今の状況では、最も怪しいのはこの噂話ということになる。やるべきは詳細確認とその発信源の特定。噂話の真相にこの世界の真相があるのではないか。なんとなくだけど、だけど気になって仕方がないのも事実。理由はわからない。ただの直感。



 その日も暑く、空は大きく青くて白い。そのさまは何か偉大な風格があるかのように見えた。広くて大きくて、世界そのものであるような偉大さ。眩しさにやや手をあてがいながら飛行機雲を目で追いかける。何となく平和を感じ、それがざわざわとした不穏を感じさせる。今日、何か起こるのではないかという、漠然とした不安の広さが、心を黒く暗く覆っていた。そんなのは杞憂でしかないというのに。



「見つからないな……」 



 今日一日見知らぬ人から人へとやや勇気を出して聞き込んで見たが、“透明少女”の噂を知っている者はいなかった。尋ねたところで「何の話ですか」「あなたは誰ですか」等々。誰に聞いても噂すらされていない。終いには自分自身さえ疑われてしまう始末。やはり噂というより、彼女の独り言なのだろうか。

  



「はい、やーどりん」


「ああ。ありがとな」



 昼休みだった。食べ物の宛もお金もないので、こうして余分に持ってきてもらったパンを分けてもらうことがほとんどだった。何もしなくてもお腹は空く。人間とはほんとに不便な体だ。



「それで、なんかわかった?」


「いや、特には」


「そっかー」



 海星は俺の前の席に人がいないのをいいことに、座って一緒にパンをかじり始めた。俺のはあんぱん。彼女のはコッペパンのイチゴジャムサンド。



「ねえ、やどりんは人生の主人公って誰だと思う?」


「なんだよ、やぶから棒に。……まあ、そうだな、自分なんじゃないか。自分自身が人生の主人公。だから後悔ないように生きろとか、好きなことに正直であれとか、なんかそういう言葉が生まれるんだろう」


「ふーん、なるほどね。いや、たぶん正解だよ。正さないといけないことはあるかもしれないけど」


「正す? 何を」


「そのうちわかるよ。海星ちんはわからされちゃったからさ。じゃあね」


「え、おいーー」



 

 なんだ。何の話だったんだ。



 俺にはそれこそ「何の話ですか」状態だった。




 ※ ※ ※ 




 戀風が行方不明になった。水桜の話によると、戀風は十分休みの間にトイレへ向かってからそれっきりで、てんで行方が分からないという。



 通信手段を持たない俺は足で探し回った。授業中だったが、抜け出したところで誰かが咎めることはなかった。まるで俺が授業に出ないことが普通であるかのように、周りに普通の人たちは普通を続けた。それからすべての教室の扉を開けた。どの教室においても反応は等しく無視。俺のほうをちらりと見ることもない。授業が中断することもない。まるで自分自身が透明人間になったかのような、自分の存在が許されていないかのような感覚だった。いや実際そうなのだろう。認められていないのだ。この世界はやはり普通じゃない、そう実感しながら戀風を探し続けた。



 各教室、空き教室、特別教室にはいなかった。体育に紛れて走ってもいなかった。水桜は、店のほうに探しに行ったがそっちにもいなかった。もちろん、行方がいなくなる前の目的地である女子トイレも探した。俺も個室を開けて探した。鍵が閉じられている個所は声をかけた。返事はない。上によじ上ってみたが、見知らぬ生徒がいただけ。彼女は俺の存在を認知することもなく、ただ用を足していた。ひどい気分だった。校舎外の敷地内を探していた六合東と合流したが、そちらも痕跡すらなし。水桜、海星とも合流し情報を交換したが、結果は全員が情報ゼロ。未発見に終わっていた。そこで今度は人を変えることにした。トイレを含む校舎内の探索を六合東、水桜に任せ、アジトと校舎敷地内を俺が、店や町の方を海星に任せることに。



 どこに行ったんだ、あのおてんば姫は。




 そう思った矢先、アジトへ向かう途中だった。彼女のあの後ろ姿を見つけた。あの金糸雀色の髪。忘れることはない、あの色は忘れない。



「祈鈴! おい、待てよ!」



 どこへ行くんだ。



 なにかから逃げるかのように、焦るように足取りはかなり早い。校舎の裏の裏を行く。人気のない方へ、陰のある方へ、見えないところへ。……上を気にしてる?



 急襲だった。両手持ちの刀剣をクロスさせて遥か上空から祈鈴めがけて何者かが斬り掛かってきた。それを既のところで察知した俺は自慢の大剣、リトルバスターを抜刀。会敵した。



「青宿さん!」



 くそっ、何者だ!



「それはこっちのセリフだね。お嬢さんにボディガードがいたなんて、聞いてないのよ」



 互いに一度距離を取り、相手を確認する。暗くて見えづらいが、相手は声音、姿から小柄な女であることが想像できた。祈鈴は俺の存在に気づくと、近づいてきて不安げな表情で相手と俺を見比べていた。



「その材質……同業者か?」


「材質……?」



 相手が近づいてくる。戦闘態勢を厳として構える。次にどのような攻撃を仕掛けてこようとも、戦えるように。戦う? なぜ俺は戦えるんだ。こうも容易く、当たり前に戦えるんだ……。



 相手は剣の一本を刃先を俺に向けない形で差し出した。その動作に呆気にとられた俺は戸惑ったが、それを警戒しながら受け取る。リトルバスターと見比べて見る。確かに黒い金属の光具合が同じ材質のように思えなくもないが……俺はすぐに刃を返した。いや、このときすぐに返さずに処分したほうが戦力を削ぐことごできたのだと、返してから思った。しかし、そんな考えは次の言葉で吹き飛ぶこととなる。



「お前も私と同じ死神だよ。その少女を殺す側さ」


「死神……?」


「おまえ、記憶がないのか? それともとぼけているだけなのか?」



 相手は剣をすでに鞘へしまっている。どうやら敵対する意思が少し収まったらしい。説明タイム、というわけか。それとも争う必要がないということか。俺がこいつの同業者だから? 同業者? なにの? 死神? 何を言っているんだ。



「青宿さん……?」


「大丈夫だ、祈鈴。誰だか知らないが、俺が守る」



 守らないといけない。そう強く感じた。……感じた? なぜ?



「まさか、この世界について覚えていないのか? 使命を忘れたのか? ならば消し去るのみ……!!」



 再び相手が抜刀。こちらも構える。祈鈴を目線で逃げろと合図し、彼女はそれに従って女の子走りで逃げ出した。



「対象者をかばうとは、ますます意味がわからんな」


「わからないのはこっちのセリフだ。なんだよ、死神とか何とかって」



 間合いを秒で詰められ、交戦。刃を削り合う。



「この世界は自殺者へのボーナスタイムなんだよ。なあ、ほんとに覚えてないでその武器を手にしているのか? だったらもう一度教育し直さなきゃね!」



 連続攻撃。左右から振り下ろされる連撃をリトルバスターで防ぐのが精一杯。カキン、と金属音が響き渡る。



「この世界は自殺者がもう一度やり直すための世界。理不尽や社会の軋轢で普通の生活を送れなかった人間がもう一度ね。だけど中にはここから脱出したがるやつがたまに出てくるんだ。前の世界が恋しくなったのかね。だから私達死神がいる。私達はそんな彼らをこの世界でも殺し、そしてその死者の魂を冥界に送るための存在。元は同じ自殺者だけどね!!」



 なんだ。何なんだ。自殺者がやり直すための世界? 脱出者を殺す死神? 冥界? それは、現実での話をしているのか?



「現実も何も。ここは現世じゃない。あの世でもないけどね。どっかの神様が作った異空間みたいなところだよ。便利で都合のいい世界。なあ、あんた人生の主人公って誰だと思うっ!!」



 反動。また距離を取る。今度は俺のほうが息切れしている。リトルバスターも刃先を地につけている。悔しいが防戦一方だ。



「人生の主人公? さあな、自分自身とかか」



 どっかで聞いた質問だな。俺はそう思いつつもう一度剣を両手で持ち上げる。まだ戦意を喪失するわけにはいかない。少しでも逃げる時間を稼がないと。……逃げる? どこへ。



「まあ、現世ならそういう考えだろうさ。でもこの世界じゃそれは許されないんだよね、うん。自殺者だもんね。自分で自分殺してるんだもんね。そんなのがまたもう一度チャンス貰ったぐらいのことで主人公しようっていうのは虫が良すぎるってことさね!!!」



 しまった。



 そう思ったときには脇の隙間に入られており、刀が胸に突き刺さっていた。肉にずぶずぶと不覚刺さっていく感覚。ずどんと体の中から音がなるほどの痛み。呼吸が止まり、息ができない。苦しい。やがてそのまま刃が抜けて、出血が始まった。止まらない。脈打っている。どくどく、と。寒気がする。顔の血の気が一気に冷めていく。寒い。耳がキーンと鳴っている。視界がテレビの砂嵐のようにざらざらしている。暗い。めまいのひどいやつだ。脈打っている。寒い。視界がなくなり、何も聞こえなくなって、そして俺は命が尽きた。




 


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