第3話 疑似》偽》仮》模倣》家族計画

 町から出ることができない世界のことを考えてみる。


 

 元の世界に戻るためには、今の世界がどのようなものであるか、可能性だけでも考えておくに越したことはない。実際、世の中に溢れている娯楽映画・アニメ・ドラマ・小説・楽曲に似通ったシチュエーションはある。例えば死後の世界でした、とか。例えば、死と生の間の世界でした、生死彷徨ってました、とか。某アニメでは魔女の結界に閉じ込められ、結果として一つの街から出られないという事象に遭遇した例もある。そうだ。ゾンビか何か敵が現れ、それから逃げるために施した処置かもしれない。それこそ結界のような。穴の奥をアジトにしているのだ。何かから逃げているのかもしれない。理不尽から逃れるための、人間の奇跡。願いの結晶。魔法。超能力。不可思議、摩訶不思議。想定されるパターンは意外と多いようで、しかしなんだかんだ分類すれば自ずと限られてくる。あの刀は手の届く範囲においておこう。何があってもいいように。何が起こるかもわからない状況で信じれるのは自分しかいない。幽霊や妖かしに術をかけられている可能性だってある。今は夢の中で、本当の肉体は別にあるとか。夢オチならどれだけ楽かわからないな。寝てるだけなら、あとは起きるだけなのだから。



 とりあえず、



 不可思議が起きているコトは明白で疑いようはないとする。



 これは前提。そう。これまでの事実を元に定めた前提。現実的に生きてきた俺だ。堅実に道を選んできた人生だ。生きて戻るため、今は使えるものはなんでも使おう。利用するものは何でも利用しよう。疑うものはすべて疑い、確かめて事実を積み重ねて先へ進む。やるべきことも考えも考察も進んだ。まずは現実から最も離れた事を探そう。ここは不可思議の世界なのだから。





 ※ ※ ※ 





「なるほどな、水桜も情報集めを兼ねて学生やってたのか」


「元の世界でも学生だったからね。他にやることもないし。でも、特に変わったことないのよこの世界」


「“透明少女”の話は?」 


「あれは祈鈴が勝手に言ってるだけだとあたしは思うわ。それこそ片っ端から話しかけたけど、そんな噂なかったもの」


「片っ端から」


「ゲームのNPCと話すようなものよ。コマンド、選択肢、ボタンを押す。六合東はロボットのような人間だってさっき言っていたみたいだけど、どうだろうね。あたしには普通とそれ以外の見分けなんてつかない。至って普通の反応するわよ、あの人たち」


「そっか……。わかった、ありがとな」


「いいえ。どういたしまして」



 そうなると、俺が現れたことで起きたことを探す方が効率がよく、賢明な行動だろう。これまでの不可思議についても様々聞いては見たものの、町から出られない以外に変わったことはまるでなし。“透明少女”の話も祈鈴以外の口からは出ず、詳細不明。となると、俺という新しい異分子が現れてどうなるか。それこそ重要な気がする。



 そこで水桜、祈鈴と同じクラスに潜入して学校生活を送ってみることにした。しかし、高校生というのは初めてのことである。うまくいくだろうか。


 



 

 翌日。学校の教室に入ると、そこには自分の席が用意されており、あたかも以前からそうであったかのようであった。周囲にいるこの世界の人間もそれが当たり前であるかのような反応をし、不思議がる自分こそが不思議であるかのようだった。背に大剣を背負っていようと、誰も何も咎めない。祈鈴と水桜も目線を合わせて、大丈夫だと言わんばかり。机と椅子がきれいにあって、そこに自分の居場所がある。それは現実ではないが事実。だから、だからなぜだろうか。とても泣きそうになった。こんなにも嬉しいのかと。その日を生きるため、その日稼ぎの生活しかしてこなかった自分に、こんな贅沢があっていいのかと。夢でも嬉しいと思ってしまった。どうしたんだろうな。この刀に込めた決意はそんなナマクラだったっけな。くそっ。




 心が弱くなった気がして、悔しかった。同時に悔しさがあったことが嫌だった。




 授業は至って普通だった。教師が教壇にたち、黒板に板書。それを生徒がノートをとる。時々質問を生徒に行い、それに答える。それが五十分間。何も不可思議はない。授業の合間には十分休憩があり、トイレやら雑談やらで各々過ごしている。「昨日テレビ見た?」「この動画見てよ」「隣のクラスのね」「見た! 新情報やばいよね、アニメ楽しみ」「このゲームがな」「ねー、ほんとにねー」「部活今日休みだって」「俺のターン! ドロー!」「あー、それありえないわ」「うっそ、まじで?」「……ね、ほら胸デカくね? やばいよな、クハハ……」「これこれ新曲。この二曲目のさ……」「モンスターを特殊召喚!」「トイレ行こう」「これが隣のクラスの……なんだって」「ねえ! 男子そういうとこあるよね」「そうそう、まじでそれな」「海星ひとでちゃんなにそれ? ストラップ?」



 ストラップ?



「水桜、その子がもうひとりの」



 俺はこの頃、話し掛けやすさから水桜に話しかけることが多くなっていた。祈鈴でもいいんだが、最初の質問攻めに苦手意識を少し覚えているのかもしれない。水桜とは波長が合うのかもしれない。そんなことを考えながら、俺は水桜に仲間の女の子の紹介をお願いする。



「ああ、そっか。青宿はまだだっけ海星ちゃん。うん、紹介するよ。 天野あまの海星ひとでちゃん。こっちは青宿悠人」


「よろしく」


「はいです。よろしくです、やどりん!」


「や、やどりん?」


「はいです。青宿さんですから、やどりんですやどりん!」



 妙なあだ名をつけられてしまった。まあ、構わないか。特別害があるわけじゃないし。



「それより、ストラップって」


「はいです。この間拾ったのでつけてみましたです」



 それは松ぼっくりだった。手のひらほどの大きさの松ぼっくり。笠がやや開いている、頃合いとしては丁度いい松ぼっくり。スマートフォンにつけるストラップにしては幾分大きいように思えるが。



「あれ、それ拾ったって」


「はいです。拾いましたです」



 さっそく異変を見つけたではないか。



「何が? どこが? ただの松ぼっくりじゃない」


「松ぼっくりといえば秋! 夏の今取れるのは不可思議ーー」


「ほら、見てよ」



 水桜に見せられたスマートフォンに記載されている情報に『松ぼっくりは四月〜六月頃にかけてこぶし大に大きくなり、八月には茶色くなります。一年かけて大きくなり、十一月に種を飛ばして役目を終えます。しかし、木から落ちるのは個体によって異なり、さらに翌年の春から夏まで木に付いたままであることも珍しくなく、一年を通して手に入る珍しい果実です』と書かれていた。



「本当だー。知らなかったね、ね?」


「ああ。知らなかった」



 そうなのか。松ぼっくりは秋だとばかり。思い込みは恐ろしいな、本当。



 学校であった出来事はその程度だった。際立って不可思議なことはなく、特異なことも、異常も見当たらない。校内をくるっと回って見たが特になし。水桜たちの証言は正しいように思える。となると、やはり“透明少女”という言葉が気になる。もう一度祈鈴に話を聞いてみようか。そんなことに考えを巡らせながら過ごして、やがて放課後になった。



 

 アジトへ戻る。今度は五人集合だ。



「そういえばだけど、なんでここに籠もってるの?」



 珈琲や紅茶を好みでそれぞれが飲みながら話していた雑談がひとしきり終わり、少し途切れたタイミングでこの話題を切り出した。それとなく。なんとなく。然して核心をつくように。



「僕が一番初めだよ。あちこち調べ回っていたら、見るからに怪しい穴を見つけたからね。この場所にたどり着くのに、そう時間は掛からなかったと思うな。三人には僕から声かけたんだ。僕もその時は学校で授業を受けながら状況を探っていて、クラスを毎日変えていたんだ。そこで違う雰囲気だな、と思ったら案の定迷子だった」


「今は授業受けていないのか」


「うん。あそこには普通しかないからね」


「ここは普通じゃ、ない」


「ご明察。頭いいね、青宿くんは」 



 確かに、ここが一番おかしな空間だ。突然開けられた人工的な深い穴とはしご階段。潔癖なまでに白くきれいな通路と、小汚いアナログチックなバンドハウス跡地。組み合わせがあべこべすぎるし、どれも意味深そうで何も解明できていない。ここから調べるべきだった。なぜ気づかなかったのだろう。



「もちろん僕も隅々まで調べたよ。でも脱出につながるヒントはこれっぽっちも。食べ物と飲み物は結構あったから助かったけどね」


「そうか、それでここに籠もってるのか」


「住める場所が他にないから。祈鈴ちゃんと水桜ちゃんは表通りのお店の方に住んでいるみたいだけどね」


「そうなのか」


「そうだよ? だから衣食住美少女付きのお仕事いかがですかって誘ったの、の!」



 そういえば、そんなことを言っていた気がする。適当にあしらったから細かく覚えていなかった。



「僕と海星がここで寝泊まりしてる。青宿はどうする?」


「ああ、そうだな……」



 選択肢


 〉祈鈴、水桜の店に泊まる

 〉六合東、海星のアジトに泊まる



 いきなりイベント発生だな、これは。どうするかな。どちらも気になることは多いし、調べる価値があるように思える。しかしーー。



「他に泊まれそうなところはないのか?」


「うーん、表通りを探せば見つかるかもしれないけど、この町民宿ないんだよね。ホテルとかがないんだよ。それで僕らはそれぞれ場所を見つけたわけなんだけども……あっ、そっか。そうだよね〜」



 六合東がなにか気づいたようで、手を口元に当ててニヤニヤし始めた。祈鈴と海星はまるでわからないようで、ぽかんとしている。水桜も感づいたようで、やれやれと言う仕草をしていた。まあ、なんとなく察してくれるならありがたいけど、やっぱりな。女の子が暮らしているところに、ずかずかと男が入るわけには、な?



「気にしなくてもいいのに。意外と青宿は真面目ね」


「いや、わからんぞ水桜。なんだかんだ出会って間もないじゃないか。寝込みを襲うかもしれないぞ?」


「あら、以外に野獣さんなのね。こわいこわい」



 …………っ。心にも思っていないことを。舐められたものだぜ、まったく。いやまあ、襲う気はこれっぽっちもないのは確かなんだけどな。それでも間違いが起こらないとも限らないし。いくら気をつけていても偶然下着姿や裸同然の姿を互いに見てしまっては、それは気まずいだろうという気遣いである。そう、これは下心ではなく紳士として慮った結果。配慮と心遣いの賜物なのだよ。……苦しいか? 苦しいな。



「部屋数的にはこっちかな。このバンドハウス、部屋の数だけはたくさんあるからさ」


「そうさせてくれると助かる。ありがとうございます。後で二人の使ってる部屋を教えてくれ。それ以外を少し探索しながら寝床を決めるよ」


「うん、いいよ。よろしくね」


「ああ。こちらこそ」


「……なんか家族みたいだね、ね?」


「? どうした、唐突に」


「いや、なんか仲間っていうより家族かなって、私達」



 家族。家族……か。それは考えもしなかった。アジトのようなバンドハウスを見てから俺はずっと戦場の前線で戦っている仲間のような気分でいたが、家族か。誰が父親だ? まあ、おれか。



「母親は六合東さんかな。水桜ちゃんが長女で、次女が海星ちゃん。私は末っ子かな、かな?」


「家族ごっこねぇ」


「ごっこじゃないもん! 家族……家族計画だよ!」


「家族計画?」


「そう。私達が家族になろうとする計画。家族計画!」


「面白そうです! 家族計画です!」


「祈鈴は何を言い出すと思ったら、突拍子もないわね」


「僕は面白そうだと思うけどね。それに、仲間より親近感湧いていいかもしれない。ね、お父さん・・・・?」


「おい、やめろ。頼むからその呼び方はやめてくださいお願いします」


「ふふふっ」


「ははっ」


「くふふっ」


 

 それから笑いがしばらくやまなかった。時々家族の所属名、例えば『お父さん』や『お母さん』『お姉ちゃん』などと弄りながら、くすぐったいような気持ちが続いて笑っていた。こんな人間関係俺には初めてで、本当に心の底から楽しくて。友達でも、仲間でもなく、擬似的な、偽物だけど本物な、仮の関係で模倣で構わない。そんな家族計画。俺は当たり前じゃない、この当たり前がいつの間にか好きになっていた。


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