第10話 村で事件のようです

 アリアの後をついていく。厳かな聖堂を抜けて、裏に通じる扉を開けると、スタッフルームのような狭い小部屋があった。そのもっと奥に行くと階段がある。石でできた階段は凸凹としており、歩くたびに、石の高い音が天井まで響く。螺旋階段のようにぐるぐる回っていくものだから、きっとさっき玄関先で見た塔のうちのどれかに登っているのだろうな、と思う。

 どれくらい登ったろうか。息が切れてきた。アリアは登り慣れているようで、息の一つも上がらない。彼女の背中ばかりを見てしまう。綺麗に伸びたスレンダーな四肢に無駄はない。体幹が整っているせいか、白いベールの下から少し見える金色の絹糸のような髪の毛が、小さく揺れて振り子のようである。催眠術でもかけられているのかもしれない。うっかり惚れそう。しっかりして、俺。

 階段を上がり切ると、扉がある。先ほどの荘厳なものとは打って変わって、今にも崩れ落ちそうな、木でできた扉であった。アリアが、こんこんとノックをする。奥から、しゃがれた声で「どうぞ」と聞こえた。司祭、だろうか。


「失礼します」


 アリアが扉を開ける。広い書斎があった。塔の中にあるはずの部屋だが、常軌を逸した広さだ。感覚がバグる。

 本棚がずらりと並び、どれも難しそうで重そうな書籍だ。ソファと背の低いテーブルが置いてある。おそらく客人用なのだろうなと思うが、重厚なえんじ色の皮が貼られたソファに座るには、いささか自分の服が貧相であることが気になった。気品のあるアンティーク調の暖炉の横には、揺れる椅子とサイドテーブルが置かれている。塔の上に暖炉って、何?

 声の主は、その揺れる椅子に座っていた。こちらに背を向けている。何か書類を読んでいるようである。少し奥を見やると、大きな書斎机があり、ビビるほどに書類が散乱していた。書籍も高層ビル群か? と思うほどに積まれている。多分、作業するスペースがないから、移動したのだろうな、と容易に想像がつく。


「グラーノ司祭様、お客様でございます」


 アリアがお辞儀をしながらいう。俺はそれに倣って、お辞儀をする。


「初めまして、ユーキと申します」

「先ほどレベル上げの修練の際、助けていただきまして、そのお礼に今夜教会に泊まっていただこうと思うのですが、許可をいただけますね」


 結構強気の言い方じゃない? 司祭は、書類をサイドテーブルに投げた。ばさり、と何枚かが、サイドテーブルから逃れて、床に落ちてしまう。司祭が椅子から立ち上がり、こちらを向く。

 いつぞや教会に行った時、司祭はこのような白い服を着ていたな、と思い出す。あの時の司祭は、謎の緑色のマフラーみたいなのを両肩から垂らしていた。目の前の司祭は、紫色のマフラーみたいな布を垂らしている。銀色の髪は柔らかそうで、綺麗にまとまっている。金縁の丸メガネの奥はにこやかな半月がこちらに向いていた。シワの数が彼の老いを物語っているが、体は丈夫そうで、しゃんと立っている。面長の顔から、若い頃は、いい男だったんだろうな、と思うし、この顔面で、なんで司祭をやっているんだ? と謎に感じてしまった。

 司祭が、徐に口を開く。


「アリアちゃん、なんで修練に行っちゃうの。俺に一言言ってからって、言ったよね?」


 厳かな雰囲気返して。

 司祭がアリアににじりよる。うざったそうにアリアが顔の前で、しっしと手を振る。何その冷たい態度。好きになりそう。


「私、レベル30なのに、スキル解放されてないって、何度も言いましたよね」

「だから、それはアリアちゃんのスキルが特殊だから、解放条件が厳しいって説明したじゃん」

「そうは言いましても、それでは困るではないですか。他の聖女はとっくに回復ヒールも使いこなせるし、私と同じレベルのアンナなんて回復力アップヒール・バースト使えるようになってたんですけど」

「うちはうち、よそはよそ。気にしないの」

「気にします」


 アリアがぷくっと頬を膨らませる。ただでさえ熟れたりんごのようなその丸い頬が、さらに丸さを帯びるものだから、小動物のようなかわいさが付属されて、何この生き物、すごいな???


「で」


 司祭がようやく俺の方に顔を向ける。目は半月の形のままだか、あからさまに、「誰こいつ」という顔をしている。


「うちのアリアちゃんを助けてくれた、男が君かね」

「あ、はい、ユーキと申します」


 こういう時は、堂々としていた方が良いのだ。アニメでもそうだった。主人公は、とにかく礼儀を重んじて、相手の印象を良くするのが吉なのだ。そうすることで、なんかいい方向に行くって相場が決まってるのだ。そうだそうだ。だから、堂々とお辞儀をする。


「よろしくお願いします」

「ふ〜ん」


 司祭が近づく。俺の周りを見て回る。ぼんわりと体が暖かく感じる。多分、何かされている気がする。鑑定とか、そういう系のやつな気がする。


「きみ、レベル13で、スライムをアホほど倒しているね」

「そう、ですね」

「ちょうどいいや」


 司祭が先ほどばらけさせた資料を床から拾う。俺にその資料を手渡す。


「なんか最近のスライムときたら、レベル30でも太刀打ちできないほど凶暴化しているみたいでさ。調査を手伝ってくれないかな」


 はい、事件の予感です。

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