第6話 初めての人のようです

 とりあえず、水、火、風、土、光、闇属性の魔法が使えることがわかったので、濡らした服を魔法で乾かすことにした。異世界アニメあるあるだが、確かこういうチート能力の場合、無詠唱で自分の思った通りの魔法が使えるのだ。

 まずは自分の体を乾かす。工場とかにある上から風が送り込まれる部屋みたいな、たまにTwitterとかで回ってくるペットがお風呂終わったあと乾かされる箱みたいな空間を思い出す。すると、なんとなく体がじんわりと暖かくなり、急に上から風が送り込まれてきた。


 いや、急すぎ。ってか、まじで無詠唱で思い通りの魔法が打てるの、やばいな。俺TUEEのやつやん。俄然テンションが上がる。


 次は服だ。一枚しかないから丁寧に乾かさないといけない。イメージした通りのものができるのであれば、詳細なイメージが必要なのかもしれない。さっきはぼんやりとイメージしたやつだったし、威力とかも気にしてなかったから、あんな急すぎる威力強すぎ魔法になってしまったわけだし。

 というか、結構な威力だったけど、自分の魔法レベルとか確認してなかった。もしかしたら上級とか、中級とかそういうのもあるかもしれないから、後で確認しておこうと、思い直す。


 さて、ということで、服である。ドラム式の洗濯機を思い出す。ぐるぐると熱を持って乾かされるあの感じ。雅史の家にお邪魔した時、初めて見てびびった。でかいし、結構すごい音が鳴っていた。なんかよくわからんけど、タオル畳むのを手伝う流れになって、乾きたてのタオルを触ったらふわふわすぎてびびった。羨ましい……! うちのゴワゴワタオルを体育の時とか普通に貸してしまっていたけど、申し訳なかった……!


 雅史の家のドラム式洗濯機。風と火の魔法で再現できそうな気がする。少しの熱と、ぐるぐる回る服。手を服にかざす。すると、枝に引っかかっていた服が宙を舞い、イメージ通りにぐるぐる回りだす。自分の手から、熱風がじんわりと流れているのがわかる。やはり、思ったとおり、風と火の魔法を融合させてできるっぽい。全然原理はわからないけど。


 雅史、大丈夫かな。お母さん、元気かな。学校が懐かしい。あの狭いアパートさえ、懐かしい。この世界にきて、圧倒されることしかなかったから、現実世界のことなんて、少し記憶の端に寄せてしまっていたけど、なぜだか、急に思い出してしまった。色褪せてきていたのに、急に彩りを持って、あの日々が甦ってくる。お母さんにありがとうの一言でも言えばよかった。洗濯物、自分からやればよかった。機嫌次第で八つ当たりなんかしなければよかった。別にピンクの風呂敷でお弁当箱を包んだからって、何がいけなかったんだ。


 なんか疲れてしまった。いろんなことが一気に起きて、目新しいから、なんか知ってる世界だから、ここまでテンションで持ってきたところあるけど、なんか、よくわからんけど、疲れた。手から出る魔法が切れる。服がパサリと地面の上に落ちる。多分、もう乾いてそうな気がする。生乾きかもしれんけど、なんかどうでもいいや。


 服を着る。体はスッキリした。服もスッキリした。さっきまであんなに晴れやかな気持ちだったのに、心ばかりがスッキリしない。勇者だからなんだってんだ。別に魔王とか知らん。いるかもわからん。このまま、この木の下で寝てしまって、飢えて死んでもいいんじゃないか。人もいないし、きっとこの世界は俺の走馬灯が作り出しているものなんじゃないか。だから、きっととっくに死んでいて、俺が強欲に夢を見たいから、こんな世界に留まっているような感覚になっているんじゃないか。なら、もう、いいか。


 木の下に座る。太陽は眩しい。土が手について、じめりとする。草の匂いが青い。川面も煌めいて、本当に現実みたいだ。ぼうっと、緑の隙間から溢れる日を眺める。


「誰かー!」


 女の子? 確かに声が聞こえた気がした。近くのようだ。というか、人じゃない? ここにきて初めての人? ということは、やはりこの世界は、現実? 俺の走馬灯ではない?

 とりあえず、俺は声の方に走る。草むらをかき分けて進む。そこに、彼女がいた。


「助けてください!」


 金髪碧眼。白いベールを被り、まるでシスターのような服。愛らしい顔をどうにかこちらに向けている。体は何かに覆われてよくわからない。それは、さっき俺が襲われたスライムだ。

 スライムに、美女が襲われている。

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