第2話 死んだようです
いつものように俺は、スマホのアラームで目が覚めた。お気に入りのアイドルの曲を目覚ましにしているが、起きたくなさすぎて、だんだんこの曲のことが嫌いになっている。ベッド脇のカーテンを開けると、燦々とばかりに日光が部屋の中に入ってくる。遮光カーテンは偉大である。そろそろ夏が近い。
布団を剥がして、パジャマから制服に着替える。少し汗ばんでいたから、洗濯に出したほうがいいだろうが、まあ、明日でもいいかと思って、ベッドに投げ捨てる。シャツにズボン、靴下を履いて、ネクタイをする。スマホで今日の天気を調べると、快晴になっていた。そろそろ梅雨も近いと思うが、梅雨入り前の最後の快晴かもしれない。
カバンを持って、リビングに向かう。今日の教科とか良くわかんないけど、とにかく学校に行くことが大事なのである。
「おはよー」
母親が忙しそうにキッチンで何かをしている。机にはご飯と味噌汁とお漬物が並んでいた。
「今日これだけ?」
「給料日前なのよ。明日にはそこに目玉焼きが追加されるから」
「どうせなら牛しぐれとか食いてえわ」
「しっっぶ」
母一人、子ひとり。父とは俺が物心ついた時に離婚したらしい。あまり当時の記憶がない。まあ、酷い男だったらしい。母は、保険会社の正社員として働きながら、俺を育ててくれた。感謝はしているけれど、気恥ずかしくて、ありがとうなんて言えた試しがない。
いただきます、と一言。味噌汁の具は大根。一番好き。味噌と出汁が体に染み渡る。きゅうりの漬物だって、結構好きだ。しょっぱいものが一番美味しい。ガガガと掻き込めば、すぐに器は空になる。
「ごちそうさまでした」
「はや。歯磨きして行きなさいよ」
「わかってるよ」
洗面所に行って、歯磨きをする。寝癖がついているが、まあ、気にならない程度だろう。ある程度磨いたら、すぐに水で洗い流す。そこまで、歯磨きは好きではない。口の中にスースーするものがあるのは、苦手なのである。
「勇気、パジャマそろそろ洗濯に出してくれない? 今週中に洗いたいのよ」
「明日でいい?」
「まあいいけど。今週中だからね」
「はーい」
母が弁当を渡してくる。いつの間にか母の背を追い抜かしていたから、見下げる形になっている。ピンクのハンカチで包まれたお弁当箱に、少し気恥ずかしさを感じてしまう。
「ピンクはやめろって」
「しょうがないじゃん。アイロン溜まってるんだから」
「帰ったらアイロンかけておくよ」
「は? 偉すぎ」
ニコニコと母が頭を撫でてくる。いやいや、高校生の息子に何してくれてんの。母の手を払って、玄関に向かう。
「行ってきまーす」
「はい、気をつけてー」
母がリビングから手を振る。片手で答える。
扉がバタンと閉まる。
◇
「勇気ー」
「おはよ」
親友の雅史はいつも、俺が住んでいる公営住宅の近くの公園で俺がくるのを待っている。二人で登校するのがお決まりだった。いわゆる同中というやつで、付き合いは結構長い。休日もたまに一緒に遊ぶ中だった。
「雅史、昨日の放送回みた?」
「みたみた。マジで、お約束なんだけど」
「ね、あの女、俺ほんと嫌い」
「俺もあんまり好きじゃないな」
俺たちの共通点は、無類のアニメ好き、というこの一点だ。とりあえずそのクールでやっているアニメは軒並み見るし、感想を言い合うだけで、1日が終わる。好きなアニメのジャンルも被っているので、話題が尽きない。今俺たちの中でブームになっているのは、いわゆる俺TUEE系の異世界転生ものである。大抵主人公がさえなくて、異世界に転生してやばいチートスキルを手にして無双する話だが、そこに出てくるヒロインが苦手だった。強い顔をして、弱くて、「女」を盾にして、主人公に擦り寄ってくる感じが、本当に苦手だった。昨日の話では、またヒロインが事件に首を突っ込んで、主人公がチートスキルで助ける回だったわけだが、毎回あの展開だと、マジで疲れてくる。女の成長しなさにイラつく。
「あんだけ旅していたら、スキルレベルとか、全体的なレベルも上がってくるだろ」
「いや、世界観とか、作者の意図によって変わってくるんじゃない? ほら、作者が俺たちみたいな底辺童貞だったら、弱い女を助ける俺系になるんじゃない?」
「最悪だ……物語自体は面白いのに、あの女のせいで……」
「実際は作者の童貞度合いのせいだろ」
「は? 雅史、賢いな」
雅史は賢い。俺なんかとは違って、学力も国公立レベルだし、それなりに女の子にモテる。でもなぜか女の子の告白は軒並み断っているし、塾にも行ってないし、部活にも入ってない。進路を聞けば、「お前と同じとこ」と言ってくる。引き換え、俺ときたら、学力も容姿も普通なのだ。部活にも入ってないし、塾にも行っていない。すぐに稼ぎたいから、専門でなんかスキルになりそうなことを学んで、適当に就職しようと思っている。
そう、いつもと変わらない朝だった。
交差点。赤から青に変わったから、渡った。
それだけだったのに。
「勇気!!!」
雅史の声に驚く。気づいたら、体が吹っ飛んでいた。
雅史も、吹っ飛んでいた。
体が痛かった。破裂しそうだった。
破裂していたかもしれない。
気づけば、道路に横になっていた。
目が霞んでいた。
多分、雅史も道路に横になっていた。
心臓の音が耳元でする。
どくりどくり。
こんなとこで。
母に「ありがとう」って言っておけばよかった。
異世界転生して、俺TUEEして、女の子にモテたらいいのに。
◇
そうして、今、目を開けると、俺は草原の中にいた。
まるで、あのクソ女が出てくる、アニメの中みたいだ。
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