第24話

「はー……」


 思いのほか、バックダンサーになれなかったことが響いているみたいで、なかなか気分があがらない。とはいえ、月曜日だから学校に行かなくちゃいけない。

 莉朋はあれから熱を出してしまって、今日は学校をお休みする。美湖ちゃんに会わせるのはやっぱり早すぎたみたい。


「彩葉! おはよう」


 革靴から上履きに履き替えていると、紗那ちゃんが元気に声をかけてくれた。


「おはよう!」


「昨日は凄かったねー!」


 ライブのあと、簡単な感想はメッセージでくれたけど、詳しい話はいつも学校で教えてくれる。メッセージでは褒めてくれたけど、やっぱり直接言ってくれると嬉しい。

 教室に向かいながら、あそこが良かった、ここが良かったとたくさん褒めてくれて、自己肯定感あがる!


 人の良いところばかり見つけられる紗那ちゃん、とっても素敵だな。


 教室につくと、鈴鹿くんが立ち上がってこちらにやってきた。


「彩葉ちゃん! 昨日は楽しかったよー。ライブを見るのは初めてだったけど、迫力がすごくて圧倒された! もっと、お遊戯会的なのを想像していたけど、もうプロじゃんって思った!」


「お遊戯会は失礼でしょう」


 紗那ちゃんがすかさずツッコミを入れてくれる。


 一言多いなぁとは思うけど、研修生のライブってもっとレベルが低い、って加入する前は私自身も思っていた。

 確かにデビューしている先輩たちに比べればイマイチなところも多いけど、みんな今すぐプロになれるんじゃない? ってくらいレベルが高くて、驚いちゃったな。


「昨日は二人で来てくれたんだよね。仲良くなった?」


 私の質問の意味がわからなかったのか、二人は少し首をかしげて顔を見合わせた。


「どうだったって……現地集合現地解散で、ライブの時は私のペンライト貸してあげたくらい?」


「あ、そうそう、貸してくれてありがとう。美作みまさかさんのおかげでライブの一体感も楽しめたよ。もちろん、赤を振った」


 今は何も持っていないけど、手を握ってペンライトを振ってくれるフリをしてくれた。

 嬉しい。


 それにしても、二人の空気はとってもカラっとしていて、まだまだって感じかな。鈴鹿くんはともかく、紗那ちゃんはもう自覚しているのに。


「あーもっと彩葉ちゃんと話していたいけど、宿題してこなかったから今からやらなきゃ。美作さん、ノート見せて」


「やだよ自分でやれ」


「こわ」


 そう言われるのを待っていたかのように、鈴鹿くんは笑顔を見せながら肩をすくめた。そして、楽しそうに自分の机に戻っていった。


「面白いね、鈴鹿くん。紗那ちゃんのキツめの言葉が癖になってるんじゃない?」

「はぁ? だとしたら趣味悪いでしょ」


 紗那ちゃんは人のことは褒めてくれるけど、自分のこととなるとちょっと自虐的になる時がある。


「趣味悪くないよ! 紗那ちゃんを好きになる人は絶対にセンスある!」


 ムキになって言い返すと、紗那ちゃんは瞬きを繰り返して、真顔で「あ、ありがと……」と呟いた。紗那ちゃんは、褒められると固まっちゃうタイプ。


「あ、そういえば、なんかオーディションがあったとかなんとか言ってなかったっけ。結果は出たの?」


 話題を変えたいのか、声を落として顔を寄せてきた。


「あー、それが……」


 すでにあいらちゃんのバックダンサーに選ばれた四人の名前は公表されたから、こっそり紗那ちゃんに教える。そして、公演中に莉朋のことが心配で身が入らなかったことも。


「そうだったんだ……」


「心配しすぎ、って分かってるんだけど」


「そろそろ弟離れしないと、って言いたいけど、ちょっと厳しいか」


 紗那ちゃんは手を顎にあてて考え込んだ。

 簡単に弟離れできないって、紗那ちゃんは知っているから。



 莉朋は、ずっと身体が弱かった。あちこち病気があって、治ったと思ったら別の病気になるっていうのを繰り返して。


 学校にいけない、お友達と遊べない。そんな日々の中、私が遊び相手になったり、莉朋の世話をしたり、そういったことが当たり前になってた。


 成長とともに身体が丈夫になってきても、幼いころからいろんなことをあきらめてきたせいで、莉朋はとっても消極的な子になった。


「また具合が悪くなったら、みんながメイワクするから。おるすばんしてるよ」


 そういっては、家族とのお出かけすら断って家にこもってしまう。私もおとうさんおかあさんも、莉朋がこのまま何も楽しめない人になっちゃうんじゃないかって、心配していた。


 そんな日々の中、出会ったのが富士あいらちゃんも在籍していたアイドルグループ「碧空あおぞらスターズ」だった。

 普段テレビやユーチューブを見ない莉朋だけど、たまたま私の見ていた歌番組に出ていた碧空スターズに夢中になったんだ。


「この子達、誰? アイドルなの?」


 真剣な表情で聞かれ、元々碧空スターズが好きだった私は、公式ユーチューブチャンネルを教えてあげた。そこには、これまでのミュージックビデオやライブ映像がアップされている。


 碧空スターズの動画を見まくった莉朋は、自分から「碧空スターズのイベントに行きたい」「ライブに行ってみたい」って言うようになった。


 あれだけ消極的だった莉朋が!


 家族は大喜びで、トークイベントやミニライブなど、刺激の少なそうなイベントに参加した。この前みたいに、人混みや大きな音にびっくりして楽しめないこともあったけどね。


 でも、あきらめることばかりの莉朋が、あきらめなくなった。

 同じようにアイプロ好きのクラスメイトと仲良くもなった。

 つまり、碧空スターズは莉朋や家族にとって、本当に救世主なの。


 私がアイプロの研修生になろうと思ったのも、自分がやりたいからだけでなく、莉朋のためになればと思ったりする。私がアイプロのアイドルになれば、莉朋はもっと元気になるって思ったから。


 期待通り、莉朋はライブに足を運べるほど元気だし、美湖ちゃんっていう最推しにも出会った。


 そういう経緯があるから、私の弟離れは超難しい。まだまだ心配だもん。 

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