第23話
美湖ちゃんは、私の一歩も二歩も先を行っている。
年上だし、経験も違うって言い訳してきたけど、これじゃダメだ。
私は手汗が落ち着いた手をぐっと握りしめた。
初めて、嫉妬とか焦りとかの、悪い感情が心を埋めつくす。悔しいって、こういう気持ちなんだ。
これまで美湖ちゃんの焦りを知っていたつもりだったけど、いざ自分の中に生まれると、苦しくて辛い。こんな気持ちを抱えたまま、笑顔でステージに立っているのかな、美湖ちゃんや他の研修生は。
その場に残った先輩研修生の中には泣いている子もいて、その場の空気は超重い。私も、なんだか泣きたくなってきた。焦りや不安や嫉妬で、息がしにくい気がしてくる。
その空気をかきわけるように、可愛い声が聞こえてきた。
「みなさん、私からお話してもいいですかー?」
あいらちゃんが、選ばれなかった私たち六人の前に座った。
落選に涙していた研修生たちも、慌てて姿勢を良くする。
「まず、私のライブのバックダンサーになりたいって思ってくれた子、ありがとう」
ぺこっとお辞儀するあいらちゃん。
びっくりした。先輩が私たちにお礼を言うなんて。
びっくり顔を見て、あいらちゃんは小さく頷いた。
「デビューしたいことと、私のバックダンサーになりたいと思うことはイコールじゃないから。だってこんな変な先輩だし? なんかヤじゃない? あの人のバックダンサー嫌です、ってミキ先生に言えないし?」
うふふ、と自分のほっぺをぷにぷに触っている。
「イヤなんて思ってない、です」
一番後輩なのに、思わず言ってしまった。図々しいと思われちゃわないかな。
でも、他の研修生の先輩も、頷いて同調してくれた。
「ありがとー。優しいね、みんな」
ニコニコしながら、私たちを見回す。
「で、私から言いたいことっていうのは、みんなが出来てないから選ばれなかったんじゃないってこと! みんなも、すっごく良かった! キラキラしてた!」
あいらちゃんは、小さく拍手をした。
「だから、私はダメなんだ、って思わないでね。悔しい気持ちをパワーに変えて、頑張ってほしいなって思う。たとえばね、
急に名前を呼ばれ、私は「へ?」と返事してしまった。
え、私の顔と名前一致してるの? あいらちゃんが私を知ってるってこと?
私のびっくり顔が面白かったのか、あいらちゃんは吹き出しそうになるのを堪えてから、話し始める。
「彩葉ちゃんはねー、キラキラの笑顔が最高だよね。彩葉ちゃんを見てるだけで幸せな気持ちになれるって、すっごい才能だと思う。歌とかダンスは頑張ってる最中だと思うけど、そういう成長の過程を見て元気もらえるってファンの人も多いから、これからもレッスンしていってほしいな。……ミキ先生は怖いけど」
口に手を添えて、小さい声でミキ先生の悪口を言う。きっと、私を和ませるために。
「は、はい!」
憧れのあいらちゃんから、アドバイスまでもらっちゃった! これは凄いことだよ!
わー、動画に残しておきたかった。
残りの研修生たちに対しても、名前と、良かったところをどんどん言ってくれた。
さっきまで涙していた先輩たちも、嬉しそうにアドバイスをもらっている。バックダンサー落選の暗いムードはどこかへ飛んで行った。
もっとお話しをしたい、と思ったけど、あいらちゃんはマネージャーさんから「次のお仕事が」と言われてしまった。
「公式お姉さんとして、もう少し天使ちゃんたちと一緒にいたいんだけど」
「ダメです。ラジオ番組の生放送があります」
「そーでした。ということで、私、行かなくちゃいけないみたい。またライブがある時は、ぜひバックダンサーになってほしいな! あ、その前にデビューしちゃうかもね?」
うふふ、と可憐に笑って、あいらちゃんは控室を出ていった。
残された研修生は、あいらちゃんが部屋を出た途端、大盛り上がり!
「え、すごい、すごいね!」
「あいらちゃん、顔小さい! 細い! 可愛い!」
「アドバイス貰っちゃった!」
落選組の研修生たちは、私も含めて大興奮! あいらちゃんの素晴らしさを実感して、より憧れの気持ちが強くなった。
さっきまで、苦しかった心がぱっと晴れた。
アイドルの笑顔、アイドルの一言で、心はこんなにも軽くなるんだ。
莉朋が、美湖ちゃんを推している時の幸せそうな表情を思い出す。
そうだ、私もそういう人になりたくて、研修生になったんだ。
晴れやかな気持ちにはなったけど、みんな、ちらちらとバックダンサー組の四人の姿を見ている。ミキ先生を囲むようにして立っているから後ろ姿しかわからない。それでも、自信に満ち溢れているような背中が見えて、私は目を反らした。
とりあえず今日は落ち込もう! そして、あいらちゃんと話したことをお守りに明日からがんばろう。
おうちに帰ったら、家族で美味しい夕ご飯を食べて、寝て、元気を出すんだ。
いつかは私も、誰かの重くなった心を軽くする人になる。
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