第22話

 私は思わず「あいらちゃん呼び」してしまった。


 慌てて手で口を抑える。大先輩なのにちゃん付けで呼んだら怒られる。


 でもあいらちゃんはそんな私を見て、面白そうに微笑んでくれた。優しい!


富士ふじあいらさんも、この公演を見に来てくれました!」


 あいらちゃんが見てたの! 先に言ってよと思いつつ、言われたら緊張してガチガチになっていただろうな。


「みなさーん、お疲れ様でした」


 あいらちゃんは、甘く可愛い声で小さく拍手する。ステージ上にいるのと変わらない雰囲気……と思ったけど、なんか、違う。


 あいらちゃんは、ずっと恥ずかしそうにクネクネしている。


 なんというか、海の中の昆布とか? そんな雰囲気。


「あいらさん……なんていう一応後輩の前なのでパキっと話して欲しいんですが」


 ミキ先生に言われ、あいらちゃんは背筋を伸ばした。


「ごめんなさい、つい」


 とんとん、と軽く自分の胸をたたいて、あいらちゃんは研修生全員を見た。


「えーっと、今日の公演、私も見させてもらいました。もーほんと! みんな美少女過ぎて! 誰を見ていいか困っちゃった! きゃー!」


 またクネクネし始めた。


 私たちを見る目が異常なまでに輝いている気がする……?


「あいらさん」


 またミキ先生が注意する。あいらちゃんはちょっと肩をすくめた。そのしぐさもとっても可愛いけど、なんだか癖のある人な気がしてきた。思わず美湖ちゃんを見ると、同じ思いだったのか驚いたように大きな目をさらに大きくしていた。


 ミキ先生が、ため息をつきながら研修生を見渡した。


「驚きましたよね。あいらさんは、普段こんな感じですので、慣れてください。害はたぶんありません」


「害ってなんですかせんせー!」


 あいらちゃんは楽しそうにミキ先生の肩を叩いて、私たちの方を向いた。


「可愛い女の子大好き! な、富士あいらです。よろしくね、天使ちゃんたち。私今日から、研修生の公式お姉さんになる!」


 アイドルのお手本のようなウインクを見せられた。


 想像するあいらちゃんとは違ったけど、とっても楽しそうな先輩だな。


「公式お姉さんなんてものはありませんが。さておき、これから、あいらさんのライブのバックダンサーについてもらう四人の研修生をは発表します」


 先ほどまでのほがらかな雰囲気から、ぴりっと引き締まった空気になる。


「これまでのレッスンと、今日のライブの出来と、あいらさんの意見も聞いて選びました」


 ミキ先生が、手元のタブレットを操作する。そこに、選ばれた研修生の名前が書いてあるみたい。


 私はまぁ、いろいろあったし選ばれないだろうけど……。


 その時、ぎゅっと、手を握られた。


 美湖ちゃんが、こわばった顔をミキ先生に向けながら私の手を握っていた。


 大丈夫、美湖ちゃんならという気持ちをこめて両手で包んだ。


「では発表します。岸田綾美きしだあやみさん」

「はい」


 ミキ先生は、研修生歴が長く、実力のある先輩の名前をあげていく。


丹野たんの菜津那なづなさん」

「はい」


 呼ばれた先輩は、嬉しそうに返事をしながらも喜びは爆発させない。「呼ばれない人」に遠慮して大喜びしないことが、研修生の暗黙のルールとなっている。


 ドキドキと心臓が動き、体中から汗がにじんできた。


さわ和花菜わかなさん」

「はい」


 三人目が呼ばれる。私も美湖ちゃんもまだ呼ばれていない。

 あと一人……。


 怖くてぎゅっと目を閉じ、手に力をこめる。


茂木美湖もてぎみことさん」


 最後の四人目に、美湖ちゃんが呼ばれた!


「はい!」


 美湖ちゃんは返事をしたあと、唇をかんで喜びを抑えているけど、ほっぺは真っ赤だ。私の手をさっきよりも強く握ってくる。


「以上です! 呼ばれた人は、レッスンやライブの日程などお伝えしますので、こちらに来てください」


 ミキ先生が控室の端に移動する。選ばれた研修生は、ミキ先生の元へ向かった。


「おめでとう、美湖ちゃん」


 小さな声で美湖ちゃんにいうと、これまでに見たことがないくらいの笑顔で美湖ちゃんは何度も頷き、絞りだすように「ありがとう、彩葉ちゃん」と言った。そして、私の手を離して立ち上がり、ミキ先生の元へ駆けてゆく。


 さっきまで美湖ちゃんと繋いでいた手が、急にひとりぼっちになったみたいで、ひんやりした。

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