第20話

 ステージ袖に行くと、ミキ先生が私を手招きした。ステージ上では、美湖ちゃんが参加しているユニットの曲が流れている。


「次にやる曲、最初の立ち位置にわずかですが変更点が出ました」


 簡単な立ち位置の変更だった。簡単とはいえ、私にとっては一大事なんだけどね。


 不安なことでいっぱいの頭に、立ち位置を入れていく。

 今、ミキ先生に莉朋のことを言ったら……。ちらりとミキ先生の顔を見る。


「どうしました?」


「あ、いえ。何も……」


 言えなかった。


 中学生が職場の大人にお願い事をするって、こんなに難しいのかと絶望的な気持ちになる。学校なら言えるのに。


「大丈夫ですよ、彩葉さんなら」


「えっ」


「今日の彩葉さんのパフォーマンス、とっても良いですよ」


 パフォーマンスについて不安に思っていると思ったのか、ミキ先生は褒めてくれた。


「自信持ってください! 今日の彩葉さんを見て、元気になった、来て良かったと思ってくれるお客様は必ずいます!」


「はい!」


 ミキ先生の元気につられて返事をする。

 気持ち、切り替えなくちゃ。

 そうだ、ステージ上から莉朋の姿を確認しよう。具合が良くなっていれば、客席に戻っているはず。


 そうなると、早く自分の出番が来てほしい。むずむずする思いで出番を待つ。


 ようやく、私の参加するラスト二曲となった。暗くなったステージに出て、変更された自分の立ち位置につく。よし、間違えなかった。


 家族が座っている客席の方を見る。しかし、そこに赤と白のペンライトはなかった。


 莉朋、大丈夫かな。余計に絶望的な気持ちになる。


 ステージに照明がつき、曲が始まった。

 気持ちを切り替えなきゃ、ちゃんと歌って踊らなくちゃ。

 そう思っているうちに、二曲が終わってしまった。全然感情が入らず、情けない気持ちで今日のライブが終わる。


 最後の挨拶のあと、お客さんからの盛大な拍手に送られて、私たち研修生はステージから下がった。

 控室に戻ると、すぐにスマホを見る。でも、さっき送ったメッセージに既読はついていなかった。今すぐにでも会場ロビーに出たかったけど、お客さんが退場のためにロビーに大勢いるから、まだ出られない。


「彩葉ちゃん、どうかした? なんか元気ないけど……」


 美湖ちゃんが、私の顔を覗き込んでくる。


 優しい美湖ちゃんの顔を見て、私は張りつめていたものがほどけていく感覚になり、気が付いたら目の前がぼやけていた。


「莉朋が……」


 名前を口にした途端、涙が止まらなくなった。赤ちゃんみたいに、ただただ泣いてしまった。


 がんばって、気持ちを切り替えようとしたけど、本当はずっと不安で怖かった。

 莉朋がいつも通り、「ちょっと疲れただけ。彩葉ちゃんは心配性だな」と言ってくれないと。


「彩葉ちゃん? 莉朋くんがどうしたの?」


 美湖ちゃんが背中をさすりながら聞いてくれる。


「ミキせんせー! 彩葉ちゃん泣いてます!」


 研修生の誰かが、ミキ先生を呼ぶ声が聞こえた。


 控室が慌ただしくなってきて、恥ずかしさもあって私は余計に泣いてしまう。


「彩葉さん、どうされました?」


 病院の先生みたいに、ミキ先生が問いかけてくる。私は涙を流しながら、事情を説明した。


「わかりました。待っていてください」


 ミキ先生はすぐに控室を出ていった。


「話してくれたら、私からミキ先生に言ったのに」


 美湖ちゃんは、そういいながら背中をさすってくれた。


 一人で抱え込まないで、相談すれば良かった。


「ごめん……なんか、パニックになっちゃって」


 こうなると、冷静に判断できないものなんだな……。


「彩葉さん」


 控室の外から、ミキ先生が私を呼んだ。私は慌てて立ち上がり廊下に出ると、スタッフさんに連れられて、莉朋とおとうさんおかあさんが歩いてきていた。


「莉朋!」


 私は駆け寄って、莉朋に抱きつく。良かった、ちゃんと歩いてここにいる。


「ごめん、彩葉ちゃん」


「ごめんな彩葉、まさかステージから見えてると思わなくて。莉朋の呼吸が荒くなってるからちょっと外に出ようって言ったら、美湖ちゃんのステージは全部見るんだって聞かなくて。それで父さんも母さんも出るからって説得してみんなで外に出したんだ」


 莉朋とおとうさんが私に謝る。おかあさんは、ミキ先生やスタッフさんに謝っている。


「こちらこそすみません。彩葉さんの不安に気付けなくて」


 ミキ先生も謝っている。


 みんなに、ゴメンナサイを言わせてしまって、申し訳なくて莉朋に抱きついたまま顔をあげられなくなった。いざ莉朋が大丈夫だとわかると、恥ずかしさしか残らない。


「彩葉ちゃん、苦しいよ」


「あ、ごめん……」


 恥ずかしいけど、莉朋から身体を離す。

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