第19話
決意を新たにしたところで出番の時間になる。ステージ袖に行くと、前の曲を歌い終えた美湖ちゃんがミキ先生と話していた。
私も美湖ちゃんの隣に行き、ミキ先生から歌やダンスで気を付けるべきことを伝えられる。といっても、ステージの音が大きいから、ジェスチャーを交えた簡単なものだけれど。
「二人とも、今日はとっても素晴らしいから自信持って!」
ミキ先生が笑顔で送り出してくれる。また褒められた!
浮かれそうになるのをこらえ、私たちはステージに出た。
「片思いの欠片」のイントロが流れる。
片思いか……。
紗那ちゃんと鈴鹿くんは両想いなのかな。
莉朋は美湖ちゃんに片思い……とは違うか。
片思いは苦しい、好きな人に振り向いてほしいっていう歌だけど、私にもそんな気持ちになることはあるのかな。
そんな思いを持ちながら、でも歌の世界ではちゃんと失恋した女の子の気持ちになって歌った。
歌い終えて最後のポーズをする。歌もダンスも上手くできた!
最高の気分で、ちらりと家族が座っている席を見る。テストで良い点をとった時に、すぐに両親に報告したい気分と似てるかも。
しかし、私の目に入ったのは、笑顔の家族ではなかった。
莉朋を抱えるようにして席を立つおとうさんと、その後をついていくおかあさんの後ろ姿。
見間違いかと思ったけど、白のペンライトがひとつ、赤のペンライトがふたつ、会場の外に出ていった。
さっきまで家族が座っていた席には、誰もいない。
嬉しい気持ちが嘘みたいにしぼんで、その代わりに不安な気持ちが体いっぱいになった。
「どうしたの? ハケないと」
ステージに立ち尽くす私に、小さな声で美湖ちゃんが言う。ハケる、ってなんだっけ……。そうだ、ステージから降りることだ。
混乱した頭で理解したころには、私は美湖ちゃんに連れられて控室に向かっていた。
「大丈夫? 具合悪い?」
控室に入ると、すぐに美湖ちゃんが心配してくれた。
「あ、いや……上手くできすぎてびっくりしたの」
ここで、美湖ちゃんに莉朋の話をしたら心配される。とっさに嘘をついた。
上手くできたのは事実だし。
「ほんとに! 私も、練習以上に上手にできた気がする。頑張ったね、私たち」
汗をかいた顔を丁寧にぬぐいつつ、スポーツドリンクで水分補給をしている美湖ちゃんは、充実した表情だった。
「彩葉ちゃんは、あとはラスト二曲への参加だよね」
「あ、うん」
「じゃあ、またあとで!」
美湖ちゃんは、あわただしく控室を出ていった。曲数が多いと、全然休む暇がない。
控室は、一時的に自分ひとりになった。
どうしよう。落ち着きなくあたりを見回す。机の上にあるスマホが目に入った。
そうだ、メッセージを送ってみよう。
『席を立つ様子が見えたけど大丈夫?』
でも、全然既読にならない。一分、二分と経過する時間が長くて仕方ない!
ライブ会場だから、他のお客さんの迷惑にならないように電源を切ったままなのかも。
いや、もしかしたらスマホに目を通せないほど莉朋が大変なことに?
悪い想像ばかりに頭がまわっちゃう。莉朋は映画館に行っても途中で外に出てしまうほどナイーブな子だから、音も照明も大きいライブを長時間見続けるのは難しいことはわかってる。
心配。でも、ロビーで休んでいる姿を見られたら、安心できるかも。
そう思ったんだけど、研修生がロビーにいたら、途中入場・途中退席のお客さんに見られて騒ぎになるから絶対に出てはいけないと、きつく言われている。
そうだ、ミキ先生に言って、ロビーに家族がいないか見てもらおうかな。でも、ミキ先生も他のスタッフさんもとっても忙しそうに走り回っていて、そんなことを頼める雰囲気でもない。
……こっそり出れば、バレないんじゃない?
上着を着てマスクしてしまえば案外わからないかも。
既読にならない家族グループのトーク画面を見ながら、私は上着を手に取る。すぐ戻れば大丈夫。公演中だから、ロビーにはお客さんがいない確率の方が高い。
行こう、と立ち上がった。
その瞬間、部屋がノックされた。
びくっとなって、思わず「はい!」と返事をする。
「あ、彩葉ちゃんいた。ミキ先生が探してるよ~」
研修生の先輩が、肩で息をしながら控室に入ってきた。
「あ、はい! ありがとうございます!」
もう出番なのか。ステージに立たなくちゃ。
研修生になった最初のころ、ミキ先生に言われた言葉を思い出す。
『お客さんは、今日のためにお仕事や勉強を頑張って、時間の都合をつけてお金を支払って観に来てくれています。もしかしたら、人生で一回きりしか観に来れないかもしれません。だから、研修生といえどステージに立つことに責任を持ってください。体調を崩さないようたくさん寝たり栄養のあるものを食べたりするのも、みなさんの大切な仕事です』
莉朋のことはいったん忘れて、ステージに立たなくちゃ。
アイドルを続けるということは、これからもこういうことが増えるのかも……。
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