第16話

 ジョギングしながら紗那ちゃんの家に向かうと、もう準備をして玄関先に立っていた。すごい。


「みっ、美湖ちゃん! 推してます! 可愛い!」


 私へのおはようもなく、美湖ちゃんの前で興奮している。


「ありがとう」


 嬉しそうに、美湖ちゃんが優しく微笑む。


「ちょっと紗那ちゃん、私に対する態度と違いすぎない?」


「そりゃそうでしょー。彩葉は友達だもん」


 嬉しいような寂しいような。ここで美湖ちゃんに嫉妬しても仕方ない。切り替え切り替え。


「準備早いねぇ」


「ヒマだから庭でスクワットしてたから、ジャージ着てたの」


 ヒマな時間の使い方がマッスル。家でぐうたらしている私には考えられない。

 とりあえず、三人で走り始めることに。川沿いの遊歩道に戻る。

 その間も、紗那ちゃんは「やばー美湖ちゃんと走ってるとか嘘みたい」と喜んでいる。


 いつ本題に入るのか、私はちらりと美湖ちゃんを見る。美湖ちゃんは、小さくうなずいた。


「私と彩葉ちゃんで恋バナしてたんだ」


「えっ」


 紗那ちゃんは、驚いて私と美湖ちゃんの顔を交互に見る。アイドルなのにいいの? って。


「私たちは、そういうの興味ないねーって話をしていたんだ」


「あ、なるほど」


 ほっとしたように紗那ちゃんが笑顔を見せる。


「それで、紗那ちゃんはどうなのかなって」


 強引に紗那ちゃんに話を振ると、急に顔を赤くした。思いもよらないリアクションにびっくり。


「あたしは……」


 もしやもしや。私は思い切って突っ込んでみた。


「鈴鹿くんはどう?」


 美湖ちゃんから、小さな声で「あっ」と聞こえた。もっとゆっくりじっくり聞きだそうと思っていたのかな。焦ってしまったけど、ジレジレ展開は性に合わない!


 鈴鹿くんの名前を聞いて、紗那ちゃんは黙ってしまった。

 これは図星?


「こんなの私のキャラじゃないんだけどさぁ。なんか、鈴鹿といると……楽しいんだよね。でも鈴鹿は彩葉にばかり興味持ってて、なんかむかつくっていうか」


 走って少しあがった息の隙間に、小さくつぶやいた紗那ちゃんの声が混じる。


「私の方だけ見てろ、って思うんだ。やっぱり、あざとくならないとダメかな」


 紗那ちゃん、可愛い。いつもはっきりものを言うのに、今日は遠慮がちに話している。


「紗那ちゃんは、紗那ちゃんのままでいいと思うよ。とっても魅力的な女の子だもん。無理にあざとキャラを作る必要ないよ」


 美湖ちゃんの優しい言葉に、紗那ちゃんは目を輝かせた。


「ありがとう美湖ちゃん! なんて優しいの! これからも推します!」


 私からのアドバイスはいらないのー? と思ったけど、美湖ちゃんより良い回答は出ないので黙っておくことにした。


 それ以上はつっこんだ話をせず、学校のことや家族のたわいない話をして、ジョギングは終了。


「ありがとう彩葉、美湖ちゃん! 良い思い出になったよ」


 いつも通りの元気な紗那ちゃんに戻って、ぶんぶん手を振って自分の家の方へ帰っていった。


「紗那ちゃんと鈴鹿くん、上手くいくといいね」


「ね」


 恋愛の話をしたおかげか、失恋をテーマにした「片思いの欠片」の歌の意味が少し、理解できた気がした。

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