第10話
美湖ちゃんはテレビに繋いでいるパソコンをいじり、ファイルの中から半年前の研修生ライブの映像を再生した。
「やば、私子どもじゃん、恥ずかしい!」
映し出された半年前の私は、夏頃というのもあって肌が浅黒く焼けている。髪も今より短いショートで、どう見てもアイドルには見えない。サッカー部の男子、って感じ。緊張で顔はガチガチに固まっていて、見ているだけでドキドキしてきちゃう。
研修生に新しく加入した
「今も子どもじゃない」
美湖ちゃんはくすくす笑いながらも、幼い私を可愛い可愛いと言ってくれる。赤ちゃん扱い。
「私のことはいいの! それより、美湖ちゃんを見て」
あいさつが終わり、お披露目となる二人の曲が始まった。新人だから比較的歌もダンスも簡単な明るい楽曲だけど、私は家族の前で覚えたての歌とダンスを披露する子供のように動いている。マイクホールドができていないから、時々口元からマイクが離れ、歌声が聞きにくい。
そんな私の隣で、美湖ちゃんは堂々とパフォーマンスをしていた。今よりはぎこちなさはあるけどね。
「今と比べたら歌もダンスも未熟で見ているのが恥ずかしいんだけど、彩葉ちゃんはどうしてこれを見せたかったの?」
「歌とダンスじゃなくて、笑顔だよ」
「笑顔?」
言った瞬間、会場の大きなスクリーンに美湖ちゃんが大きく映し出された。
「楽しそう……」
ぽつりと、美湖ちゃんは呟いた。緊張はあるけど、ステージの上でパフォーマンスをしていることが楽しくて仕方ない、といった笑顔が印象的。
「でしょ? もう一回、先月のライブの映像を見てみよう」
美湖ちゃんがパソコンをいじり、再び前回のライブの映像が流れる。
今の美湖ちゃんの方が、歌とダンスは上手。でも、表情から「楽しい」って感情は見られない。なんていうか……。
「私、怖い顔してるね」
美湖ちゃんが先に、ぼそっと呟いた。
「怖いまでは言い過ぎだよ。ただ、今みたいに私としゃべっている時みたいな、自然な笑顔の方が可愛いかなって思って」
私の言葉に、美湖ちゃんが首を横に振った。
「必死すぎ。なんか、早くデビューしなくちゃって一生懸命になりすぎて、目の前のお客さんのことを見ていなかったのかも」
見て、と美湖ちゃんは映像の中の私を指さす。
「彩葉ちゃんは、お客さんの方を見て、笑顔を見せたり、頷いてみせたりしてる。一緒に盛り上がろう、楽しもうって気持ちが伝わってくる。でも私は、自分を良く見せることでいっぱいいっぱいになってる。これじゃあ誰のことも元気づけられないよ」
想像以上に、美湖ちゃんが落ち込んでしまった。
「私、アイドルに向いてないのかな」
はぁ、と美湖ちゃんが暗い顔をしてフルーツティーを口にした。
「ごめん、偉そうに……」
言い過ぎたかな、と思って謝る。
すると美湖ちゃんは、顔を上げて両手を左右に振った。
「違うの彩葉ちゃん、こっちこそグチってごめん!」
美湖ちゃんはテーブルの上にあったポテチをつかみ取り、口いっぱいに頬張った。普段は見ないワイルドな一面に、私はびっくり。何も言えなくて、ただ見守る。
口いっぱいのポテチをぎゅっと目を閉じながら噛んで飲み込んで、残っていたフルーツティーを一気飲みする。
はー、と息を吐きだし、美湖ちゃんは横に座る私を見た。
「ありがとう、教えてくれて。焦って、大切なものを見失ってた」
いつもの、天使な顔で笑ってくれた。
なんだか、胸が苦しくなる。
「焦る気持ち、きっと研修生なら全員あるよ」
「彩葉ちゃんも?」
わかったようなフリをしたけど、本当の美湖ちゃんの焦りはきっとわかっていないのかもしれない。私は言葉を選び、伝えることしかできない。
「今はあんまり、ない、かも。でも、あいらちゃんのバックダンサーっていう目標ができたとき、選ばれなかったらきっと心が苦しいだろうなって。これが、嫉妬とか焦りとかなんだろうなって想像できるようになった」
「今は焦ってないのかぁ。彩葉ちゃんらしい!」
のんきな私の姿に、美湖ちゃんはどこかほっとしたように笑う。
「彩葉ちゃんがのほほんってしてるから、私も一緒にいてリラックスできるのかもね」
「えっ、ちょっと待って。じゃあ、私がデビューに対して焦りだしたら、一緒にいられない?」
余計なことを言ったか、と心底焦ってしまう。思わず美湖ちゃんの腕を掴んでしまった。
「やだ、それは半年前の話だよ。今も焦ってなかったら、ちょっとのんびりしすぎじゃない? ってがっかりしちゃうかも」
「あ、そっか。良かった」
いけない。「デビューしたい」じゃなくて、美湖ちゃんと仲良くやっていけるかの方が心配になっていた。
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