第12話 剣の在り処


 暗黒色の狂竜樹ダークネス・クレイドラシル。それは紫色の皮に覆われた巨大な樹木の名称だった。


 しかして、それは間違いなくモンスターであり無数に伸ばした枝根が連続的に襲い掛かって来る。俺は分身で2人に増える事ができるが、奴が放って来る触手の数や、数えてみると同時に操る枝根の最大数は脅威の24本。


 伸縮自在で追尾性能付きのそれは、槍であり弓であり群である。


 しかも相手は言わば「大木」だ。巨大な斧が当たったって数十発はぶっ叩かなきゃ倒れたりしない。チェーンソーでもあれば別だが、そんな便利な物が都合よく転がってる訳も無く、それに枝は再生するのに大本は再生しないというのは希望的観測が過ぎる気がする。


「これじゃあ埒が明かねぇぞ」


 引き付けて、斬り飛ばす。

 そうすれば枝根は一瞬止まる。

 けれど、その程度の傷は即座に再生し再度攻撃が始まる。


 二号を前に出し、俺は後ろでテノアを抱えながら回避に専念する。そうしなければテノアの回避能力では狙いが向いた瞬間に吹き飛ばされるのが容易に想像できるからだ。


「すいません、僕のせいで」


「いいから、なんか策とか無いか?」


 NPCに……AIに頼るのは少し癪だが、アイデアなんざ思いつく物は全て試した。それでも攻め切れていないから、こんな状態になってる訳だ。


「ごめんなさい。戦闘はからきしで……」


「けど知ってたじゃ無いか。

 あいつの名前も、他の多くの種族名のも、お前が知らないって言った魔物は今の所一体も居ない。あの突然変異だって、早々遭遇する魔物じゃないのにお前は知ってた。

 お前なら、何か分かるんじゃないのか?」


 襲って来た枝を斬り払い、テノアの目を見つめると、NPCとは……命の無い者とは思えない意志の籠った瞳をテノアは俺に返した。


「弱点……」


 テノアが悩まし気な表情を浮かべる。

 そりゃそうだ。


 レベル11。

 たった3人。

 初期装備。


 分かってる。

 こんな、何もかもが足りない状況で、しかもこれはレベル制のRPGだ。レベルの暴力は何よりも優先される。


 それはまるで、現実における身長や体格の様な越えられない才能の様に。


 無理。


 敗北の一戦がフラッシュバックして、その二文字が俺の肩にドッと伸し掛かる。


「悪い……そんな都合の良い方法がある訳ないよな」


 テノアが俺を見ている。けれど、俺はその目を裏切るのが怖くて、先に諦めた事がバレるのが怖くて、その視線を逸らし裏切った。


「分かりました、絡ませましょう!」


「何?」


「あの枝根は別に本体に緻密に制御されて動いてる訳じゃない。ただ「狙った対象を追尾する」という命令ルールに愚直に従っているだけです。そして、枝根の伸縮は根本から行われるから、絡ませてしまえばそれをほどく力はあれにはないと思います」


 テノアの作戦は一見穴の無い完璧な物に思えた。言われてみれば、どうしてそれが思いつかなかったのかと言えるほど単純で、効果的に思える方法。


 ゲームって言葉に囚われ過ぎていた。この世界は仮想世界とは言え、物理的な法則は殆ど現実と変わらない。それは、現実で可能な事の殆どが実現できる世界という事だ。


 プレイヤーなんかよりよっぽど、この世界の住人NPCの方がそれを理解していたって訳だ。


 でも今はそんな事より自分の心の弱さに頭が痛い。


「……悪い」


「何がですか?」


「お前に勝手に期待して勝手に諦めた。俺は最低だ」


「諦められるが普通で、期待されないのが当然ですよ。僕みたいな子供。

 けど、貴方が一時でも期待の言葉を僕に向けてくれたから僕はしっかりしなくちゃって、しっかり考えなきゃって思ったんです。

 僕も僕にできる事をします。

 だから、期待していますよカツラギさん」


 弱音も弱気も馬鹿らしい、いつから俺にはこんな負け犬根性が染みついた。


 刀を握る。手が熱い。胸が熱い。


 なのに、頭は冷えてる。


「「任せろよ」」


 剣の扱いが上手いから剣士なんじゃない。

 意思と心を鍛え、通し抜くのが剣士だ。


「はい!」


 テノアが魔法の詠唱を紡ぐ。


「【リーフライト】!」


 テノアが投げた2枚の木葉が光を放つ。

 それはただ闇を照らすだけの灯の魔法。


「カツラギさん、二号さん、僕がお二人の道順を指示します。光を追いながら戦って下さい。

 でも申し訳ありませんが、枝根を絡ませる為には片方にはかなりアクロバティックな動きを要求する事になるかもしれないです」


「あぁ」


「分かった。

 テノアを寄こせ一号」


「なんだ、肉壁は辛いか二号」


「テメェに譲ってやるって言ってんだよ」


 そう言って二号は自分の鉄刀を俺に差し出した。

 テノアと刀を交換する。


「礼は……」


「要らねぇよ、俺」


 左右の手に鉄刀を携え、テノアを見て、二号を見て、頷き。俺は光を追って走り始める。


 踏んだ土は舞い上がらず、静寂の中を疾走する。テノアの読み通りただ「追尾」するだけの枝根が幾つも俺を追従するが、どうしてかいつもよりもずっと多くの動きを読み取れた。


 これは、スキルでもステータスの力でもない。


 ビュルビュルと伸びる枝根を二本同時に斬り飛ばす。見える、感じる、読める。

 その動きは単純でも数は多く、俺の俯瞰の対象数を圧倒的に超えているのに、今何本の枝根が何処にあるのか、視線を合わせずとも無意識が理解している。


 斬り結ぶ。薙ぎ払う。


 二刀を携える俺の攻撃回数は2倍とまでは行かずとも、50%増し程度にはなっている。接近する枝根を切り割き、道標ひかりを目指してただ進む。


 要らない情報が消えていく。


 この没頭する感覚。



 ――なんつーか、負ける気がしねぇ。



 敵の周囲を一周した辺りで飛び上がった光を追って俺も飛ぶ。足りない足場に枝根を宛がい更にもう一歩飛び上がり、追い来る枝根に刀を突き刺して落下の衝撃を和らげる。


 難解な軌道を要望して来るテノアの光だが、俺はあいつに「任せろ」と言ったのだから絶対に成功させる。


 光が落ちてUターンした。即座にそれを追う様に振り向けば、俺の方へ二号が走ってきている。その後方に見えるのは大量の巨大な枝根が十本近く。俺が引きつけてる残りに絡ませるには、俺と二号が上手い事通り過ぎる必要がある。


 左、右、正面、ジャンプ。


 四択。外せばぶつかって即死。


 けど、相手は俺自身だ。俺と同じ方向に動く可能性は高い。ならば裏を掻いて、と二号も考えるかもしれない。ドツボの思考に入れば、結局戻るのは「運頼み」一択。


 正面。


 選んだのは逃げない選択肢。


 そして。


「「ちっ」」


 二号も全く同じ道上を走っていて、避ける気配はない。

 かと言って、俺が回避した瞬間に二号も回避するかもしれない訳で。


 しゃらくせぇ。


 ギリギリ。二号の疾走が俺の目前に迫ったその瞬間に、スキルを発動。


「シャドウアクセル!」


 俺の体が二号の身体を透過する。

 テノアをおぶっている二号にはこれはできない。

 だから、俺だけがこの選択肢を持っていた。


 お互いが通り抜けた瞬間、ドスンと重たい何かが地面に落ちる。



 それは、複雑に絡まり合った枝根の束だった。



「さーてと、あとは楽しい楽しい伐採タイムだなぁ!?」


「散々ワンサイドゲームしてくれやがって、ストレス溜まっちまったぜ」


「あはは、一応奥の手もあるかもしれないので気を付けて下さいね」


 二号に刀を返してピチピチと跳ねる触手染みた枝根を横目に伐採作業をしていると、触ったら毒を付与してくる葉っぱを降らせて来やがったが、葉っぱ程度なら斬れるし避けれる。枝根に混ぜられれば面倒極まりない攻撃だが、今やそれは大した障害にもならず、10分程掛けて暗黒色の狂竜樹ダークネス・クレイドラシルを撃破した。



 そうして漸く、俺は初めての街「ダブリア」へ到達した。

 これでやっと新しい装備を作れる。


 竜翼の鬼蜻蜓おにやんま火烈の大鬼ニトロオーガ暗黒色の狂竜樹ダークネス・クレイドラシル、の素材。金月の魔宝石ゴールドルナ。他にも洞窟で採掘した鉱石系や、道すがら採取した植物に、通常モブの素材たち。


 潤沢な素材を俺は武器屋に持ち込んだ。

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