第7話 ドッペルゲンガーVSドラゴンフライ


 色々と試して分かった事がある。


 グラフィックや感覚が殆ど現実と同じ程のクオリティを発揮できる世界ゲームだが、実際には違う所は多々ある。


 例えば森の中の蒸し暑さや、動物の糞尿なんかの異臭を感じる事は全くない。

 それに、視覚情報も若干アニメっぽくなっていて、昆虫系の敵とも戦ったがあまりグロテスクな部分はデフォルメされている様だった。


 変な所でストレスを掛けないのも、良いゲームの条件なのだろう。


 それとこのゲームのインベントリは二種類に分かれている。基本的なインベントリは敵からドロップした素材や装備などを雑多に入れる事ができる。

 ヘルプ機能が充実していて分かった事だが「重量制限」はあるらしい。


 そして、インベントリはもう一つ。

 「戦闘用インベントリ」が存在する。


 戦闘用インベントリにはアイテムを5種類、スタック可能な物は1スタック10個まで入れて置く事ができる。これは1番から5番の番号が存在し、戦闘中でも思念操作でアイテムを実体化する事ができる。


 防具を入れて置けば数秒で換装もできる。

 武器の場合も言わずもがな。

 取り合えず、拾った薬草を突っ込んだ。

 それと、最初から持ってた分の銃弾。


 戦闘用インベントリの中身は、分身を発動したタイミングで二号にもコピーされる。だが、薬草などの消費アイテムは自分にしか使えないらしい。アイテム無限みたいな使い方は難しそうだ。


「って、見ろ一号!」


「なんだ……? って、なんだ!?」


 二号が指さす方向に視線を向ける。


 ブンブンブン! と羽切り音を鳴らし、巨大なそれは巨大な目で俺たちを見ながら突っ込んで来ていた。


「巨大蜻蛉だ」


 でかいし速い。てか、飛ぶのズルくね?


「取り合えず俺は右に避ける!」


「じゃあ俺は左だ!」


 流石にここまでの戦いで何度も激突すれば学びもする。先に回避方向を宣言して置けばぶつかる心配は無いと。俺が右、二号が左に別れるように飛ぶと、その間を巨大蜻蛉は通過して行った。


 巨大な風圧が発生するが、なんとか目を開けてその動きを追う。

 蜻蛉はまた高度を上げる。木に引っかかって墜落しろと希望を抱いてみるが、器用に樹木を回避している。


「あの羽なんか変だな?」


 蜻蛉の四枚羽の後ろ二つ。

 それは昆虫のそれとは少し違う。


「虫の羽ってより蝙蝠? キメラかよ」


 虫の羽が小回り。蝙蝠の羽が大きな推進力を発生させる。そんな役割分担っぽい。


 取り合えず銃を撃って攻撃してみるが、銃って威力低いんだよな。さっき戦った鹿で計算した所、銃弾3発で斬撃一発分の威力しか無かった。豆鉄砲程度のダメージは入ってるみたいだけど……


「作戦だ。俺がパリィして一号おまえが側面から殴る」


 どう見ても、さっきまでのモブとは戦闘力が違う。それを二号も察している様で「作戦」なんて提案をして来る程だ。連携がうまくいっていない自覚はあるし、二号の提案に乗るのはやぶさかではない。


「それは良いが、その前にステータス振るぞ」


 多分、こいつは全力でやらないと負ける相手だ。鹿狩りで1レベル上がって現在のレベルは11、ステータスに振れるポイントの余りは110ポイントある。


 STR+30

 AGL+30

 LUC+30

 SEN+20


 振り分け完了。筋力が増し、速度が上がり、運が良くなって、感覚が研ぎ澄まされる。持久SPは100+AGLの数値らしいので、SPの最大値も+30された。


 身体能力の急激な変化。けれど、やはり違和感は余り無い。まるで最初から自分の身体はそうだったように、一瞬で自分の体に「慣れ」ていく。


「こっちに来い、クソトンボ!」


 二号の怒号と共に俺は二号の右前に展開。

 二号が銃弾を連射すると蜻蛉が低姿勢での突進を始め二号はそれを迎え撃つ。


 さっきの蜻蛉の攻撃パターンが再現されているのなら、あいつの攻撃は前足と顔面での突進。多分、張り付かれると足でガッチリロックされる。そうなったら今の俺たちに抜け出す手立てはない。


 だが、二号もそれは分かっていてあそこに立っている筈だ。前足と頭の動きに注目しているのが、俺の角度からでも分かった。


「あれ……?」


 ぽつりと俺の口からそう漏れる。俺も勿論、飛来する蜻蛉を見ている。そこで気が付いた違和感……あの蜻蛉の姿勢、主に翼の位置がさっきと違う様な気がする。後方の蝙蝠の翼が停止し、さっきより低い位置にある。


 側面から観察できる角度だから、それが分かった。


「っ! そういう事か、避けろ二号!」


 あれは突進じゃ無い。


「そういうことかよ!」


 ステップで二号が蜻蛉の延長線上からギリギリで離れる。二号が居た位置を翼が通過して、その先の木々を薙ぎ倒した。


 あれは突進じゃ無く「翼で打つ」だ。

 顔や足に注目しても弾けない。


 だが、パターンが分かったのなら。


「次は仕留められるな」


「あぁ」


 二号の返事を聞き、残りの不安材料を整理する。


 見えて居ればあの羽にパリィを合わせる事はできるが、問題は俺と二号がまた激突するかもしれない事だ。


 蜻蛉が迫って来る速度は高速道路の車並みで、咄嗟の回避でぶつかればまず間違いなくダメージを負う。そうなれば、一撃でどれだけHPが減るか分からない。


 分かってる。勝つ為には、二号と協力しなければならない。

 別にそれが嫌って訳じゃない。


 ただ「歯車が合い過ぎて」いて、連携の質が寧ろ下がっているというのが現実だ。さっきみたいにどっちが「盾」をするのか明確に決める方法もあるが、それでは結局あの蜻蛉の「狙い」によっては陣形が崩れる可能性がある。


「分かってるだろ一号」


 あぁ。そうだな。


「狙われた方がパリィ。狙われてない方が遊撃」


 俺の俯瞰視野は半径6m弱の正方形。

 そして、対象は一人まで。

 剣道という競技ならそれで良かった。

 けれど、今フィールドには自分を抜いて2つの対象が居る。


 遊撃に回る方は2つの動きを正確に捕捉し、俺たち同士がぶつからない様調整しながら攻撃する必要がある。


「やれるのか、二号?」


「お前ができるなら俺もできる。そういう事だろ」


 そう言って二号が不敵に笑う。

 そのムカつく顔を見て俺も笑った。

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