第5話 剣豪と剣士の差異


 上手くいかない……


 スタミナは減っていく毎に疲弊感を感じ、どれだけ減っているかは何となく感覚的に分かる。なのに分身は現在スタミナを0まで減らされダウン中。

 スタミナは全損すると半分まで回復するまで動けない。


 だが、これは分身が下手という訳じゃない。分身の能力は確かに俺と変わらない。俺自身も何度もスタミナを削られ、分身に助けられている。


 相手は一体。攻撃対象も当然一人だ。

 しかしその所作は確かに剣豪と言えるそれ。

 俺の知ってる中じゃ親父の剣にそっくりだ。


「スタミナ回復するまで耐えとけよ」


 分身が膝を付きながらそう声を掛けて来る。

 しかし、こいつだって俺なら気が付いている筈だ。

 このままでは俺たちは負ける。


 まず、こいつにはパリィが利かない。こいつの剣技は、タイミングをズラす事に長けている。女神曰く「ディレイ」と呼ばれるその攻撃は、剣術にも通ずる所はある。そして、死ぬ程読みにくい。


 だが、剣士にだって通常は自分の技とリズムやタイミングがある。それを自在に使い分けるなんて戦い方は、そりゃできるなら強いだろうが……


 こいつのリズムは変幻自在で更に一撃の威力も高い。

 パリィを失敗すると真向からその剣戟を受ける事になり、そうすればHP以上にスタミナが消し飛ぶ。だから分身もダウンしてた訳だ。


 かと言ってステップでは、回避はできるが連撃に対応できない。ステップで取れる距離は2mと少し程度、剣豪スライムはその程度の距離は一瞬で詰めて来る。


 要するに、いつまでも俺のターンにならないのだ。


 最終的にやはり攻撃を受けさせられる。そうしてじりじりとスタミナを削られダウン。復帰する頃にはもう一方の俺のスタミナが無くなっている。


「打開策は決まってる」


 パリィを決めればいい。


「俺がやる!」


 スタミナが回復した二号が、弾かれた俺と入れ替わる形で前に出る。

 パリィを狙っているのは明白だ。


 俺も減ったスタミナを回復させながら、フレアで援護する。


 だが、俺たちが上手くやれないもう一つの理由。


「「あっ?」」


 俺がステップで前に出た瞬間、分身がステップで一歩下がる。

 結果は激突。


「何やってんだ二号!」


「そっちこそ、俺は一歩下がって体勢をだな!」


 ぶつかって尻もちをついた俺たちは怒声を上げながら、しかし敵影が迫ると同時に立ち上がって散開する。


 何度目だ。

 この戦いが始まってから10回近くぶつかってる。

 多分、俺たちの思考回路が同じ過ぎて、空いていて利用できると思うスペースが高確率で被るのだ。


 俺たちには明確な役割が決まって居ない。

 どちらも剣士で、どちらも全く同じ戦術を選ぶ。

 その結果は激突。

 チームワークの欠片も無い。


 立ち上がり、前に出た俺は剣豪スライムと対峙する。

 ぐちょぐちょしてるクセに鎧兜まで再現しやがって。

 意味ねぇだろ防具。


 しかし、腕から伸びた剣の斬撃能力は本物だ。


 よく見ろ。所詮相手の剣は一本だ。

 同時に飛んでくる技の量も一本だ。

 なら、必ずパリィできるタイミングはある。


 さっきまでの動きから、相手の行動を予測して。


「フレア」


 横から二号の声と共に火炎が、剣豪スライムに当たる。

 それは、膝の辺りへ命中し煙を上げる。


「まずっ」


 煙で、相手の手元が見えねぇ。


「ステップ」


 で、バックステップする。

 けれど、即座にそれに反応して剣豪が迫る。

 本物の剣士の動き。


 流れるように放たれる隙の少ない速撃は俺の首を見ていた。


 また俺は逃げた。



 逃げたから


 詰んで


 負ける。



「――よくやった一号オレ!」



 その声は、目前の鬼の更に奥より響く。

 同時に、鬼の胸から俺が持つのと同じ刀の刃が飛び出してくる。


「グッ」


 それでも、剣豪は最後の力を振り絞り俺に向けて刃を振り下ろす。

 けれど、胸を刺されて最適な速撃が一瞬遅れた。

 ならば、俺の剣もまた届く。


 その一撃に、今ままでのキレは無い。

 胸を貫かれているのだから当然か。

 ただ、振れるから振った。

 そんな一撃。だったら!


「パリィ」


 刃を宛がい刀を弾く。

 剣豪スライムにとって刀は一部で、それが弾かれると奴は大きく仰け反った。


「はっ!」


 それを追う様に、刀で首を薙ぐ。


「コングラチュレーション」


 女神の声と共にスライムがポリゴンになって融ける。

 俺と分身は同時に尻もちをつく。

 スタミナ不足でもないのに、精神的に疲労した。

 それと同時に分身が消える。どうやら効果時間が終わったらしい。


「素晴らしい成果ですね」


 パチパチと手拍子を叩きながらアポルが近づいて来る。


「嫌味かよ。

 ただ運とタイミングが重なっただけだ」


 フレアで視界が削がれたのは敵も同じ。

 そのタイミングで咄嗟に放った俺のステップは隙だらけだった。

 だから、剣豪スライムも好機と捉え攻撃を誘発できた。


 そのタイミングで、後ろに回り込んでいた分身が丁度いい場所に居ただけ。


「しかし、あのタイミングで貴方の分身が裏に居たのは、攻防を予測し奇襲できるスペースを見つける洞察力があったからでしょう」


 だとしても、俺は剣士として凡そ全てがあのAIに負けていた。

 そもそも2対1の時点で負けみたいなもんだ。


 将棋やチェスで人間は人工知能に勝てない。

 それは純然たる事実だ。

 けれど武道では、少なくとも剣道では違うと思っていた。


 もちろんこれはゲームで、俺の体も奴の体もステータスというパラメータに依存した物だ。完全に負けを認めた訳じゃねぇ。

 だが、もう一度やって勝つ為にはもっと修練が必要だとも思う。


「中々、やるじゃねぇか」


 そんな負け惜しみを言ってやるのが精一杯だった。


「それでは、貴方に適した「ジョブ」「属性」「装備」「スキル」を決定し、貴方を送りだすとしましょうか」


「あぁ、頼む。マジで疲れたし、任せるよ」


「まず装備に関してですが、カツラギ様の空間把握能力と回避力を考えると最も適する武器種は『銃』となります」


「これでも一応剣術が得意なんだけどな」


 少し怒りを込めて、そう抗議する。


「確かにカツラギ様の剣の腕は一級品です。

 ですが、銃があれば貴方の足りない攻撃力を一歩分増せます。

 ですので貴方の武器は二つ、刀と銃です」


「剣士が銃なんか握れって?」


 確かに刀を片手で振るう事もやろうと思えばできるだろう。

 しかし、両手で持った時に比べれば威力も下がるし弾かれる可能性も高まる。

 それは、物理演算的にこの世界でも同じだと思う。


 腕を生かさず、銃に頼れと。


「馬鹿にしてる、って訳じゃないんだよな」


「貴方も分かって居る筈です。攻撃の手が足りていない事を。

 それに「フレア」の精度や使い方にも舌を巻く所がありました」


 ゲームのAI如きが何を知った風な口を……そう思わなくも無い。


 だが、現実の人間では無く心の無いAIが言う事であるからこそ、それは思惑の介在しない事実であるのだと理解できる。


 機械は嘘を吐かない、か。


「所詮遊びゲームだしな……

 遠距離攻撃もあった方が良いに決まってるし……

 分かった、それでいいよ」


 嫌なら使うのを止めればいいんだ。

 貰える物は貰っておくとしよう。


「属性は影。ジョブは盗賊。

 スキルは地上に降りてからステータスを確認してください。

 それともう一つ、もう一度私に到達できた暁にはキス程度ならしてさしあげますよ」


 大きく一拍、女神アポルが手を鳴らす。

 瞬間、世界の色が反転した。



 夜天に散りばめられた星々の中央で、月光が広大に輝いている。



 そんな幻想的な光景と共に、俺は地球へ似た、けれど地球とは地形が全く異なる大地惑星へ落下した。







《チュートリアル》

基本報酬:獲得したEXPの200%。

基本報酬:貸与されたスキルの中で熟練度が高かった物3種。

基本報酬:適性武装一式。


攻略報酬:第三段階スキル1種。

攻略報酬:始まりの街周辺のランダムなフィールドが開始地点となる。


普通に20回くらいリセマラすればそこそこ上手いプレイヤーなら攻略できる。

第三段階スキルは序盤は強力だが、やってればそのうち手に入る程度の物。

ただし、進化するスキルは戦闘ログを参照されたかなりランダム性が高い物で狙ってスキルを選べる物ではない(ガチャ)。


ちなみに攻略サイトに乗ってる【ソードジェネラル・スライム】の倒し方は「ステップと全力疾走で逃げまくってフレアとショットを撃ち続ける」という物。近づいたら一手ミスるだけで連撃で死ぬ。

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