5
「またセパレートだ」
ふうりの声は少しばかり不満げに響く。
「流行ってるの、これ?」
言いながら手に取った皿は先ほどわたしがおしゃれカフェ風と失言した皿と同様に仕切りのあるものだ。わたしは「さあ」と首を傾げながら、こういうのをセパレートって言うのか、と今更ながら思う。同時にふうりはこういうの嫌いなんだ、とも口に出さず思う。
「でもこれだったら洗い物少なく済んで便利かも」
常日頃本当に思っていることを上手く口にできたためしなく、それだからこのほども思ってもいないことを提案してみるが、ふうりにはなにもかもお見通しのようだ。わざとらしく目を細めた彼女は意地の悪い笑顔を浮かべ、「あとで嫌になるのはきっとまほろの方だよ」といやに得意げな声音で言う。ちょっと悔しくなったわたしは負けじと、そうかなあ、といかにもそうでもなさそうな風を装い言ってみるが、この皿を買った先の未来はきっとふうりの言葉通りになるだろうと、深く考えずとも予想はつく。分離された二つのスペースを持つその皿は、それでなお一枚の皿である。まるでふうりとわたしのようだと、ふうりは決して思いはしないだろうことを思ってみて、しかしやはり声には出せそうにない。ふうりは既に皿を戻し、次の皿を探し始めている。早く見つけてくれ、とわたしは思う。一刻も早く見つけ出してくれと、本当はこれっぽっちも思ってはいないのに、切に願う自分がいる。
ふうりは店の中の皿を一通り見終えると、それほど興味を引かれるものがなかったのか無言のまま隣の店へ移動する。移動した先は高名なイギリスのブランド食器店だ。色使いやデザインが外国の食器らしく洗練されていて、ここに来る前ふうりがいたく気に入ったブランドのひとつでもある。中には手が出せないほど高価なものもいくつか見られるが、大抵のものは高くともどうにか購入可能な価格帯に収まっている。
これ素敵、と言ってふうりが手に取った皿は、一目見たわたしの目にも素敵だという風に映る。その店の商品の中では比較的シンプルな丸皿だが、縁の部分が淡い緑色をしていて、その上からコーティングされた銀の装飾模様はとてもスタイリッシュな印象がある。きらめく皿に目を奪われて、ふうりもわたしももう少しのところで購入してしまいそうになる。肝心なことを思い出させてくれるのは、値札の横に注意書きされた「電子レンジ使用不可」の赤文字だ。たちまち現実感とともに庶民的感覚も引き戻されて、ふうりとわたしは交互に「残念」と呟きながら皿を元の場所へ戻す。その後も店に留まり陳列された皿を隈なく見て回るも、いいなと少しでも思えた皿のいずれもが電子レンジ使用不可のものだった。あれも駄目、これも駄目と際限なく繰り返すわたしたちを見かねた親切な店員が電子レンジ対応の皿が置かれた棚まで案内してくれたが、ふうりはその中のどの皿にもしっくりこないようで、いつまで経っても彼女の指が伸ばされることはなさそうだった。気まずくなったわたしは迷いながらも腕を伸ばし、小花柄が全面に描かれた白色のプレートを手に取ってみる。ふうりは店員の手前わずかに笑みを浮かべながら「うーん」と悩む演技だけはしてくれるものの、本心では全く気乗りしていないのはすぐに悟られる。諦めたわたしはなにも言わずプレートを置き直す。言葉のストックを失ったわたしたちの代わりに店員はすぐさま口を開いて他の皿を勧めようとしてくれるが、もはや我慢もできないほどに居た堪れなくなってしまったわたしはなんとか会釈して逃げるように店を出る。その間ふうりはずっとわたしの背中に隠れるようにして難を凌いでいる。ふうりがわたしを盾にするようになったのはいつの頃からだったろうかと、わたしはふと疑問に思う。そしてわたしがふうりの盾になったのは一体いつからだったろう。ふうりの指が肩に触れ、振り返ると彼女はにこにこと屈託なく微笑んでいる。こら、と言って顔を顰めるとふうりは悪びれずへへっと舌を出し、最後にはふざけて「まほろちゃん大好き」と囁く。声はいつにも増して甘ったるくわたしの鼓膜の内側に響き、すると苛立ちも不快感も跡形なく消え去って、わたしを脳髄まで麻痺させてしまう。こういう時いつも思い出す光景は、決まって制服姿で泣きじゃくるふうりの姿だ。まほろ、まほろ、と震える声で連呼しながら、わたしの胸に縋り付くふうりの小さな背中だ。
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