101 佐藤明日香
明日香はいらいらしていた。自治会用の配布書類を分類しながら、クリップで止めていく。全戸配布用、自治会員配布用、隣の棟の全戸配布用、自治会員配布用…。
全盛期に建てられたこの団地は、もう築40年近くになる。特殊な作りで部屋のサイズにバリエーションがあり、ファミリーや単身、様々な人が入居している。できた頃は入居者も多く、賃貸にしては珍しく自治会が作られ、今も機能している。
しかし今では自治会員は激減。若い単身世帯は自治会によるつながりを必要としないし、ファミリー世帯は共働きが多く、自治会活動をしている余裕がない。
高齢世帯は自治会によるつながりを求めてはいるものの、高齢のため活動に加わることが難しい。活動できないことを気に病み、脱会する人も少なくない。明日香の棟も例外ではない。この棟は3部屋×3回で9部屋あるが、棟員は明日香と上階に住む高齢の女性しかいない。
隣の棟の会員はみな高齢で役員のできる人がおらず、明日香がそちらの分の事務作業も担っている状態だった。
もはや、誰が誰のためにやっていること、やるべきことなのか、わからなくなってきていた。抜けたいが、古参の会員に泣きつかれ、3年連続役員をしていた。
しかし棟の人間は、感謝も何も思っていないだろう。腹立たしいことこの上ない。
来年は自治会を抜けよう。明日香はそう決意した。
つながりの希薄さは気にかかるが、それも当たり前になりつつある。隣近所で誰が住んでいるかもよく知らない、なんていうことは珍しい話ではない。明日香も実は、自分の棟の住民のことすらよく知らないのだ。
時計を見る。八時半だ。どこかでインターホンが鳴った。
そういえば夫はまだ帰って来ない。ここのところ特に遅いようだ。あまりに勝手に遅くなるので、ここ数日は夕飯も作らず、9時を過ぎたら寝ることにしている。
ちょっとくらい寂しい思いをすればよいのだ。こっちの気も知らずに。そしてふと思う。そういえば、夫の顔をしばらくまともに見ていないな。
夫がこの前帰って来たのはいつだったか…。
今月はどうだったか? この前の盆の帰省の時はどうだったか? 帰省? 一体どこに? 姑とは折り合いが悪く、会えば罵り合いになるため、いつからか行かなくなってしまった。自分の両親はすでにもう亡い。
盆の前、ゴールデンウィークは? 今年の正月は? はて、夫の顔を見たのはいつだったか…。
いや、良いそんなことより、自治会だ。ああ嫌だ、本当に嫌だ…嫌だ嫌だ…。
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