第10話 四日後 おかえり (グロ・暴力表現注意)

 四日後、ハチスが帰ってきた。

 俺は玄関まで迎えに行った。

「お帰り」

「ただいま戻りました」

 ハチスはいつも通り微笑んでいたが、少しやつれているように見えた。俺が手を伸ばし、頬に触れると、その手の上にハチスの手が重ねられた。

「どうしました?」

「お前、大丈夫か?」

「ええ、もちろん」

 ハチスは微笑んだ。

「それより、あなたは大丈夫ですか?」

「ああ、元気だよ」

「本当ですか?」

「うん」

 ハチスは悲しそうな顔をした。

「嘘ですね」

 なんでわかるんだよ!

 ハチスは優しい目で俺を見た。まるで聖母のように。

「わかりますよ。私はあなたのことが好きですだから」

 ハチスは慈愛の笑みを浮かべたまま言った。

「私もあなたの役に立ちたいんです。だから、本当のことを言ってください。お願いします」

 俺はハチスの腹にナイフを突き刺す。血が溢れ出す。

「ぐっ……」

 ハチスは驚いた後、苦悶の表情を浮かべる。

「うっ」

 俺はもう一度突き立てる。今度は背中まで貫通する感触があった。俺の胸に押し付けられる彼の頭の感触がいい。

 そのまま押し込むとハチスは床に倒れる。高い音がして、床に押し出されたナイフが抜け、ハチスの腹の中で中途半端に留まっている。

「はぁっ」

 俺はそこを避けて腹を踏みつける。ビクンと跳ね上がり苦痛の声を上げるハチス。ナイフが抜けて床にゴツと落ちる。

「ごめんなさい……」

 ハチスの目からは涙が流れる。それって何に対して謝ってんの? ありきたりすぎるぞ。

 俺はハチスを蹴飛ばす。軽すぎる体は壁に打ち付けられる。俺はハチスを殴る。ハチスは抵抗しない。

「死ねよ」

 俺はハチスの首を掴む。

「死にたくないです」

 ハチスは泣きながら言う。よしよし、いいぞ。

「じゃあ俺が死のうかな」

 俺はナイフを自分の首筋に当てた。ハチスは慌てて俺の手を掴み、震えていた。

「あなたが死んだら、私はどうすれば良いんですか?」

「知るかよ」

「あなたがいなくなったら、私は生きていけません」

「だったら一緒に死ぬか?」

 ハチスは俺の手を引っ張り、ナイフの先を自分の喉に向けさせた。彼は嗚咽をもらしつつ、

「本当に申し訳ありませんでした。謝りますから、どうか、それだけはやめてください……何でもやりますから……どんなことでも受け入れますから……」

 上出来。

 だが、ちょっと応用問題に挑戦してもらおう。

「なら、死んでくれ」

 そのまま、ツン、と刃先で突くと、彼の首から一筋、血が出た。

「あ、う……できません……それは無理なんです……」

「やってみなきゃわからないだろ」

 そのままグッと押し込む。復習じゃないと察したハチスはうろたえて悲鳴を上げた。

「ごめんなさい死ねません無理です主よお救いください」

 彼の声は頭に直接響く。

 主って言ったからプチンと来た。俺はハチスに馬乗りになり、ナイフを何度も叩きつけるように刺した。ハチスの体から出る血が俺の服にかかる。胸のあたりに血溜まりができている。胸が上下に動く。口の端から唾液が流れ落ちる。

 俺はいったん動きを止めた。

 ハチスの瞳孔が開いている。手がぴくりと動いた。まだ生きている。

 俺はハチスの心臓に刃を突き立てた。

「はあっ」

 ハチスの口から息が漏れた。体がびくんと跳ねる。

「あ……ああ……あ……あ……ああ……ああ……ああ……」

 ハチスの顔は青ざめていく。ハチスは俺の腕を掴んで、体を引き寄せると、唇にキスをした。舌が入ってくる。俺はそれを噛んだ。ハチスは舌を引っ込める。彼の舌から血が出る。ハチスは悲しげな顔をして、俺の頬に両手を当てた。

「私、は……」

 何かを言おうとしていたが、ついに手から力が抜け、動かなくなった。

 紫色の唇、瞳孔が開ききった目、全身が血で黒っぽく染まっている。俺はその美しさに見惚れていた。美しいものは好きだ。眺めているだけで心が満たされているような気がするから。

 よいせよいせと俺はハチスを風呂まで運んだ。重くなったな。いつも軽いのに。聖なるパワーが無くなったのかな。天使も死ねば人間と同じか。天国でじっくり休んでくれ。

 シャワーを浴びせて洗っていると、後ろから声をかけられた。

 振り返ると、そこにいたのはハチスだった。

「あれ?」

「どうして……」

 裸で立っている。胸にも股間にも付いてる。紛れもなくハチスだ。

「なんでそこにいんの?」

「あまりに損傷が激しかったので……」

 ハチスは自分の死体に目を向けていた。悲しそうに表情を歪めて、こちらに歩み寄ってきた。

 俺は見せびらかすように持ち上げる。

「これさー、お前じゃん? お前を殺したわけだけど、なんで生きてんの?」

「それは、私が天使だからです」

「天使ってマジで不死身なのか?」

「はい。天使の本体は精魂ですから」

「へえ、すげえ! クローンじゃん」

 俺は死体を湯舟に沈め、ハチスを壁に押し付ける。

「じゃあさ、また殺せるよな?」

「はい。できますよ。どうやって殺すか考えましたか?」

 ハチスはくすぐったそうにした。天使はユニークだし懐が深くていいな。

「考え中」

 あらためて見たハチスの体が綺麗だったので堪能することにした。しながら訊く。

「俺に殺られてどんな気分だった?」

「怖かったです……ナイフを突き立てられた時、すごく痛かった……」

「だろうな」

 多分、練習しているうちに、痛みの概念がわかってきたんだろう。成長したってやつだ。当人にとっては嫌な成長だろうけど。

「でも、あなたのためなら我慢できると思いました」

「ふうん……」

 聞きながら、俺はハチスの胸に耳を当てる。どくんどくんと心臓が動いている。

「これからも、どんなことでもしますから……どうかお側においてください……」

「わかったわかった」

 俺は適当に返事をした。ハチスの心臓の音を聞いていると落ち着く。

 ハチスの体を触る。こいつの体はすべすべしている。傷一つない肌は滑らかで触り心地がいい。

「お前は俺のために死ねるんだ?」

「はい」

 即答するハチス。もう迷いはないようだ。まあ、知ってたけど。こいつはそういう奴だから。

「痛かったけど、私は幸せでした」

「へえ……」

 ナイフと同じように中に押し込むと、ハチスは顔を歪ませて肩を震わせた。

「嬉しいです……こうしてまたあなたにお会いできて……私にはそれが一番嬉しかった……」

「お前、健気でかわいいなあ」

 俺はハチスを抱きしめる。彼は俺の背中に手を回し、しがみついてきた。温かく柔らかな感触に胸が高鳴る。最高だぜ!

 ハチスは俺の耳元で囁く。

「殺しても死なないんだろ?」

「はい……死にませんから、安心してください……」

 俺はハチスを壁に押しつけ、動きを封じるように抱きしめた。彼は少し苦しそうな顔をしたが、すぐに俺の背中に手を回し、ぎゅっと力を込めた。

「あなたのことを愛しています……」

「知ってるよ」

「私があなたを愛していることを、覚えていてください……」

「忘れたくても忘れられないよ」

 俺たちは抱き合っていた。死体が浮いてる湯船の中で。俺とハチスは二人っきりの世界で二人きりの時間を楽しんだのだった、

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天使(生活保護) 片葉 彩愛沙 @kataha_nerume

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