第6話 一週間後 ハチスの幸せ

 「ハチス~……おはあよ」

 のっそりとベッドから起き出したが、彼からの返事は無い。時計を見るともう十時だ。テーブルには焼き魚が置いてある。俺が遅く起きた時も、毎回朝食を用意してくれているのはありがたかった。天使に睡眠は必要ないのかもしれないが、見た目は人間なので「えらいえらい」と思ってしまう。

 ハチスが仕事に出ている間、俺は絶賛ヒキニートをしていた。とりあえず服はもう一式を通販で買った。ネットスーパー便利すぎる。

 今日は何をしようか。まずはハチスのいないうちに部屋の掃除でもしてやろうか。

「ハチス、今日は何時に帰ってくるのかな」

 雇われてから一週間経つが、ほぼ毎日残業をして帰ってくる。司祭にはうまく事情を話して遅くまでいるらしい。俺のために。嬉しい。

 だが、不安にもなる。天使って奴らの生態がよくわからないが、普通俺みたいなニートを養うってかなりの苦痛だと思う。もしそれに心からの喜びを感じるんだとしたら、その創造主である神ってのは偉大過ぎる。


「なあ、お前は幸せなのか?」

「はい」

 即答。

「それなら、いいんだけど」

「はい」

 いつものように、彼は屈託のない笑みで答えた。俺はハチスの髪を指でくるくるしながら言う。

「でもさ、こんなヒキニートを養うって本当に神からの御使命なのか? それで幸せを感じるわけ?」

「感じますとも!」

 ハチスはぐいっと身を乗り出してきた。良い眺めだ。

「主は私を創られました。そして私を遣わしました。あなたを幸福にするよう命じられました。私はそれを成し遂げるために、この世に存在しているのです。それが何よりの証拠です」

「そうか……」

「そうです! そうでなければ、この世に存在する意味がないではないですか。私は、あなたと出会うために生まれてきたんです。生きているだけで幸せです」

「そうか……」

 そう言われるのは悪い気はしない。嬉しい、というよりは眩しすぎる。だけど、彼の言葉の端々に違和感を覚えることがある。

「なあ、ハチス。真面目に答えてほしいんだがいいか?」

「はい、何でしょう?」

「あのな、お前は俺のことが好きなのか?」

「もちろんです」

 ハチスは目を輝かせながら答える。

「それは、どういう意味で?」

「愛しています」

 俺は黙った。

 やっぱり、そうなんだよな。

 彼は俺を愛している。だから、こうして養ってくれるし、一緒に暮らしてくれるのだ。だが、彼は天使なのだ。神からの命令なら人間を愛するのなんて造作もないのではないか。第一は神への愛、俺への愛は二の次ではないか。

 でもそしたら、神が味方であってくれる限り、天使というのは人間にとって都合のいい存在なんじゃないだろうか。

 つまり、天使とは人間の理想の具現化であり、俺が想像したような、あるいは期待したような、そういうもの――――つまり、俺のためだけに生きる――――そんな存在。

 そう考えると辻妻が合う。例えば、ハチスが料理を作ってくれるのも、俺の「美味しいものを食べたい」という願望を叶えるためだし、ハチスが教会に勤めるのも「俺が楽したい」ため、司祭様に「信仰深い人間が増えた」と思わせるためだろう。

 ということは、ハチスが「主なる神からの御使命です」と言うたびに、それはすなわち俺への愛の告白なんじゃないかと思ったりする。

「神様は、俺なんかのことを見ててくれてるのかねえ」

「はい。見ていますよ」

 俺は苦笑いした。それはそれで気色悪いと思ったからだ。

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