男女交際禁止の高校で、公に恋愛をする方法 その2(完)
誰一人動かない中で廊下を突き進む宇田川。彼はポケットからカメラを取り出し、顔の前に構える。フラッシュがあたりをパッと照らす。
顔を寄せ合っている二人の生徒の前で立ち止まる。
「おまえら校則行為違反だ。本校は恋愛禁止だ。知っているな?」
宇田川が、二人を見下げていった。
「俺はな、お前らが入学時期ですでに付き合っていることを知っていた。噂に聞いていたんだよ。今まで俺にうまく隠し通していたようだが、今日が運のツキだ。一年生のようだが、俺の前で唇を重ねるとはいい度胸しているな」
「宇田川先生。そういえば、なんで男女恋愛禁止なんですか?」二人の内、学ランを羽織った男子生徒が言った。
「うちはあらゆる部活動において言わずと知れた強豪校だ。男女の恋愛は勉強、部活動すべての活動において集中の妨げになるからだ。だからどうだというのだ! 理由を聞いたところで、お前の退学は確定だ! 今日中にも、校則指導課の会議にてお前らの処分が決まる! いや、俺が下す!」
「私たちは付き合ってなんかいませんよ。先生の勘違いですってば」と女子生徒が髪を指で巻きながら言った。
「付き合っているかどうかを判断するのはお前らじゃない! 証拠だ! キスまでしたお前らがいまさら付き合っていないと主張するのか? カメラに収めたんだよ! 恋愛行為と俺が判断したんだよ! お前らに言い訳はない。おしまいだぁ!」
「私たち男女交際なんかしてませんよ」
「いくらでも言い張るがいい。明日の朝、第二会議室に来い。判決を俺がじきじきに言い渡してやる! それまで二人で愛の確認でもしてるんだな!」
宇田川は去った。二人の生徒は立ちすくんでいた。次の授業を告げるチャイムが鳴った。
「失礼します」
長机の端に座った宇田川は二人を迎えた。長机の中央には、白いスーツをきた女性教員と黒ジャケットのなかに黒シャツを着た男性教員の姿があった。
「よくきたな。では、早速お前らの処分を言い渡したいと思う」
宇田川は二人に目を向けることなく、手元だけを見ていった。
「処分内容、退学。理由、校則の一つである男女交際禁止を破ったため。以上だ。退出しなさい」
「あの一つ、質問いいですか?」
女子生徒が手を挙げた。宇田川が面倒くさそうに顔をあげた。
「なんだね」
「もし、いま宇田川先生の言った理由が間違っていたら、私たちはどうなるんですか」
「おいおい、潔く出ていきたまえ。いったい──」
「告げた内容に誤りがあった場合、我々はその責任をとる。程度によれば、それ相応の責任を果たす」
黒スーツの教員が言った。
話を遮られた宇田川はその教員をにらんだ。しかし教員が睨み返すと、宇田川はバツが悪そうに顔を伏せた。宇田川は何か言いかけたものの、手を挙げられ黙った。
「例えば、退学処分の理由が正当なものではない、または恣意的な意図が込められていた場合、その教員は辞職勧告を受けることになる」
黒スーツの教員はそう言って、手を差し出して二人の生徒に意見を求めた。
「私たちは、男女交際禁止のルールを破ったから退学させられるんですよね?」
「そうだ」
「では、私たちが男女ではなかったら?」
机に座った三人の表情が変わった。
「男女ではない、というと?」
「つまり、私たちが女の子同士で恋愛をしている場合、その男女交際禁止のルールにあてはまるんですか、ということです」
「それはあたりまえだろ──」宇田川が言いかけると、
「ルール外です。」白いスーツの教員が遮った。続けて、
「本校は男女交際を禁止しています。あなたたちの言う通り、あなたたちが同性ならば本ルールは適用されません」
「私たちは、肉体の性は女です」
すると、黒スーツの教員が手元にあった青いファイルを開いて繰りはじめた。すこし唸ってため息をついた。
「彼女たちは確かに両方とも女性だ。そっちの学ランを着ている子は、心の性が男だ。しかし、入学時に提出された戸籍情報によれば性が女となっている。つまり宇田川くん、私たちが彼、いや彼女を女とする証拠はないということだ」
宇田川の顔が青ざめる。
「おい、そんなことがあっていいのか! やつは見ての通り男だぞ!」
宇田川は立ち上がって、学ランをきた男子生徒を指した。
「女なわけない!」
「彼女は女性だ。君が好きな物的証拠は私が持っているこのファイルのみ。女性同士の恋愛を禁止する校則は本校にはありませんよ。しかし彼女たちはレズビアンではなくて、異性愛ですけどね。ただし、その異性愛を証明するものはなにもないというわけです」
「そんなことがあっていいはずが」
狼狽する宇田川に白いスーツの教員が、着席するよう注意した。
「座りなさい。あなたを含め、私たちははどうやら誤った判断を下してしまったようね。それも、退職レベルの。同性恋愛禁止のルールはないということで、私たちはどうやら責任を取らなければならないようですね」
黒スーツの男がうなずく。
「そうですね。彼女たちの退学処分に関わった教員は我々三人。退学処分の理由に過失が認められたので、辞職勧告を我々自らが通達することになります」
「ちょっとまて」宇田川が慌てふためく。
「待てません。さあお二人とも、お騒がせしましたね。もう退出して下さり結構ですよ。元気に学業に励みなさい」
白いスーツの教員がいうと、二人はお辞儀をして部屋から出た。教員は宇田川の方を向く。
「宇田川先生。私個人の意見ですが、そもそも男女交際禁止という考えは古いですよ。昭和の人間が考えることです。あなたは非常に優秀な教員でしたが、いささか時代遅れです。私はあなたの退職をずっと待ち望んでいましたが、私にはあなたの仕事をやめさせる権力はありませんでした。しかし本校の未来を安定的なものにするためには、私は辞職など厭わない覚悟でした。つまり、あなたを道づれにするのも厭わないということです。そして今回、私が望むことが起こった。あなたが同性を取り締まろうとすることを」
宇田川が勢いよく立ち上がった。顔を真っ赤にしている。黒スーツの男は静かに立ち上がって、ネクタイを締め直した。
「宇田川先生。あなたがいなくなることで、本校のくだらない校則を廃止することができるようになりました。我が校の発展を願って、私たちと共にここを去りましょう。私自身、IT関係の仕事に転職しようかと考えていたので、タイミングもいいですね」
「ぜんぜんよくない。よくなあい! ぜんぜんぜんぜんぜんぜんよくない!」
宇田川は発狂した。黒スーツと白いスーツの教員は宇田川を会議室に残して、去った。
二人は、息を吐く。
「男女交際禁止の高校で、公に恋愛をするために、同性で恋愛をするなんて馬鹿げています。どんな性だって誰もが自由に恋愛をする学校が必要なんです。だから、校則を廃止するのが一番良い方法なのです」
25作品目「男女交際禁止の高校で、公に恋愛をする方法」 連坂唯音 @renzaka2023yuine
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